5.限りある提出期限にコピー・ペースト
君に付き纏われてと言うと、人聞きの悪いこと甚だしいが、日常は依然として変わらずだ。
毎日のように隣に座り、授業中は私語を慎んでいるため、雑談は休み時間に。授業中にはたまにメッセージ付きの紙切れが飛んでくる。
なんとも原始的な方法だろうか。今や、電子機器を使って学習をする時代であり、エアドロップで、メッセージは送れる世の中になってしまった為小学生の頃が懐かしく思えて、何度か私も返した。
部活に所属することのできない、進学コースであることから、時間が重なるので一緒に駅まで帰る。日直で時間がズレるような日は「またね」と声をかける。
林檎の変化は、「みかんちゃん」ではなく、「みかん」と呼ぶことが増えたことぐらいだろうか。
そんなこんなであっという間に1ヶ月が過ぎ、中間テストが近づいてきた。
「全然わかんないや………」
小さな林檎の声が聴こえる。
それは、きっと林檎だけではなくテスト週間に対策と称して与えられたプリントを解きながらみんな頭を抱える。私も、何が国立の二次試験出題だ。基礎もグラグラの私たちに。と、心の中でボヤいていたところだ。
チャイムが鳴り、解けなかったところは家でやってくるようにと、課題となった。
「なぁ。おみかんよ。これ、わかるか――え?」と林檎はヒラヒラと半分以上がまだ白紙の問題用紙を振りながら聞いてくる。
「私も半分ぐらいしか終わってないから課題だよ。」
明日までに間に合う気もしない。ある程度解いて、提出するが吉だろう。などと学生で課題が終わらない人がよく考えそうなことを私は考えていたのだが
「今日、うち来ない?」と言い出すのは林檎。
「んえ?」と、間抜けな声で答える私に、
「二人で半分ずつやろう。そしたら終わる気がする。」
「……たしかに。」
この教科を担当している教師の作るテストは、平均点がとても低く、提出物で成績が決まるようなものだ。
「うん。そうしようか。」悩むことなく私は答えた。
テスト週間なので、授業が一コマ少なく、下校が早い。私は、課題のために私の家で勉強だという林檎の提案に乗り彼女の家に向かうこととなったことにはなんの問題もない。
しかし、私は、今、「私の家はここだよ〜」という彼女の言葉を真に受けていいのか分からなくて、困惑している。
目の前にあるのは、掘っ建て小屋で、人が余裕を持って住むには明らかに狭い。
さらに、ここは、鉄道橋の下であり、明らかに人が住める場所ではない。
いつもの冗談の延長線上なら本当に?と聞いてもいいが、違う場合もある。
「―――地下とかあるの……?」
見た目に騙されてはならないと、自分を言い聞かせるためにも聞く。
「ないよ?寝るだけならこれだけで充分。」
そう言いながら、自転車と大差ない鍵で扉の南京錠を解錠する。
室中に入ると、カセットコンロや、衣装ケースなどから、生活感を感じられる。彼女の発言に信憑性が高まった。
「びっくりするよね。」と、彼女は、ちゃぶ台を引っ張ってくる。
「一人でここに暮らしているの?危なくない?」と、純粋な心配の言葉をかける
「あ!親に見放されているとか、そういうのでこういう環境にいる訳じゃないから安心して欲しいかな。話すと少し長くなるんだけれど、私の『無敵』って寝ている間とかは融通が全く聞かなくって。」
「無意識だと敵を選別できないんだよ〜」って笑いながらちゃぶ台を拭いた。
「という感じで、寝ている間に家を壊しちゃったりするから、ここにいるわけ。ここならホームレスもいないし、一応うちの親戚の土地らしいから大丈夫なんだよね。」
常温の麦茶を出してくれる。
「それなら、いいんだけど……」と、返す他ない私は、お茶を啜る。少し濃いな。ひとつ気になるので訊いてみる。
「ここ、電気と水道はあるの?」
最も心配な点である。
「電気は発電機で、水道は外にあるけど、手でも洗いたかった?」
本当にどうやって生きているんだろう。でも、スマホを使っているわけだから、お金が問題という訳ではないのは確かなのかもしれないが、これは精神的に大丈夫なものだろうかと流石に心配になる。
「さて、始めよう。」と言いながらニコニコと彼女はプリントを広げる。
個室の勉強室と思えば狭くないので、私もプリントを開き、取り組む。
私は、前から。林檎は後ろから。
いつものようにふざけてはいられないので会話は極限まで少なく、この公式これで合っているかな程度のものだった。
ふたりが中間にあたり割り切れない分であった問題を同時に解き終わった時は日が暮れる直前だった。
お互いに解いたところをある程度見直しながら写すという非道を行い、無事に終わった。二人でやらなかったら終わらなかった。はずだ。
「駅も近いし自分で行くよ。」と、私は彼女の家?を出る。
夕陽に当てられる掘っ建て小屋を二度振り返る。傷つけることは言わなかっただろうかと、私は考える。
本来なら人並みの暮らしができるはずなのに、体質とは厄介極まりない。明日からのテストに備えるべく、私は駆け足で駅に向かった。