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2.悠久の始まり


 一刻も早く帰りたいような日ではあるが、春に似つかず雨は冷たく、絶え間なく降り注いでいる。

 頭痛が収まりそうになく、私はめまいと吐き気を抑えるツボを押す。

 水捌けも悪く走ると濡れてしまうだろう。靴の中が濡れると、頭痛よりも厄介なものになることは間違いない。

ため息をひとつ。

 フラフラと道を歩く。信号機に足を止められ、次の電車には間に合うだろうかと、時間を確認すべく携帯電話を徐ろに取り出す。

 十分後か。この信号に捕まってなかったら間に合ったな。

 画面が暗くなり私の顔が映った。覇気のない顔。暗い画面に映ると光のない目はさらに死んだように見える。コンプレックスという訳ではなく案外気に入っている。

 しかし、冷たい雨に似合わず騒がしい。

こちらに向けて誰かが叫んでいるせいである。何事だろうか。

 私は声のする左側。反対車線の信号機付近を見るべく振り返る。が叫んでいる理由は明白になる。こちらに車が猛進してきている。

 咄嗟に携帯電話と鞄を街路樹の付近に向かって投げる。これで被害は私だけで済む。

 瞬く間に車は私に衝突するはずだった。私を何者かが突き飛ばす。

 恐ろしい衝撃音と共に車が潰れた。

 私が轢かれるだけなら私の制服が多少傷ついて終わるはずだったのにな。

 私が避ける動きをとっていれば私を押したであろう人物は助かったのだろうか。

 それでも勇気も持ち主は飛び込んできたのだろうか。

 それならば私が『不死身』だということを知っていなければ飛び込む選択をしない未来は選べなかっただろうか。

 


                       ◇


 

 「星和みかん」変な名前だとは自覚している。まるで商品名みたいだ。さらに給食でみかんが出ると共食い。そんな名前である。

 それは話題になる時に留まっており、事あるごとにいじられるようなキャラになるようなことはなかった。運動は得意、勉学も人並みのちょっと上だ。その上、文句を言わない使い勝手がいい生徒だったのか班長などの役職をしながら義務教育を終えた。

 そんなごく普通の生徒であった自身の異常性を自覚したのは小学五年生の頃に行われる林間学校でのことだった。

 登山をする企画があり、私は最後尾で、クラスを見守る役目を任されていた。ちょっとした不注意だったのだ。誰も気がつかぬ間に足を滑らせ一人、滑落した。

 落下地点は石場であり、強く頭を打った。動かぬ体では視界に映る血液の量で明らかに致命傷であると判断するしか他ない。指ひとつ動かぬ苦しみと、全身をぶつけた喚きたくなる程の鈍痛。苦しいと目を瞑った。

 五分―――ほどだったのだろうか……。

「大丈夫?」と呼びかける副担任の声で目覚める。

 その時に違和感をはっきりと捉えた。一切、体に傷がないのだ。持ち物や衣服はボロボロ。落ちたことに間違いはなく夢ではない。私は不死身の可能性があると。

 気がつくのが遅いと思うかもしれない。しかし、軽い傷となると、確認する前に癒えてしまうため、擦り傷などは、痛いだけで勘違いだったと終わって来たのだ。

 帰宅後も、不思議な体験を経験した。

ある日の私は、恐怖を抱きつつも、カッターで太ももを切り裂いた。そして確信を得た。俗にいう『不死身』というやつだと。

 この世界は能力者が蔓延る世界ではない。即ち、人に見つかれば実験台送りである可能性は高い。ましてや『不死身』ともなれば喉から手が出るほどだろう。

そのため私は、誰にもその事実を告げずに生きてきた。そのため実験と称して一人で色々試した。

 軽い骨折や怪我などはただ癒えるだけだが、死亡だけは少し勝手が違う。なぜか全て健康な状態にリセットされるのだ。現状把握できたことはそこまでで、それ以上のことは上半身と下半身で分断されることや、頭だけ吹き飛ぶような状況にならないと分かりそうにはなかったので、一般的な死因の範疇止まりとなっているが、回数制限なく復活することができるようだった。

 また、デメリットとして挙げるなら一度は痛いことだろうか。わざわざ傷を負うようなことは御免であると思っていたのも一年もすると慣れてしまったのだ。

 人間は痛みに適応するものだったらしい。

『死なない』という安心感は危険かもしれないという枷を外す。慣れないトリッキーな動きをしてみたくなるものだ。

 さらに、焦っている時に階段を飛んだりするだろう。それと似たようなものだろうか即座に治癒することをいいことに人が見ていなければ三階から飛ぶことや、人間、生きる上での生理現象によって生じる体調不良や精神的不安定は治癒の判定にならないようだった。そのため、体調を治したいという理由で一度死んでリセットすることなども段々と増えていった。

 成長期が終わるまでは、ごく普通に歳をとっていたと、分かったが、今は、全く分からないのだ。



                      ◇



 私のことはここまで話せば十分だね。進行形で頭痛によって苦しめられている。要するに傷ではないので治癒しないタイプのものだ。人前ではあるが、撥ねられていれば、「運が良かったから助かった。」と、言いながら蘇生し、リセットすることができたかもしれなかったのだ。

 しかし、轢かれた人物は私とは違う。本来なら命を助けてもらった身である、率先して救助はしなくてはならない。

 立ち上がり不自然に潰れた車の前に駆け寄る。こちら側にはいない。車両の下にもいない。運転席の側か。頭を上げると信じられない光景が広がっていた。

 運転手であろう人物と、服が所々切れてしまっている女子生徒が大丈夫ですかと訊きあっている。

 突き飛ばした後に避けられたのだろうか。

 ボンネットを見るに人に衝突した痕跡はあるので本当にただ無事だっただけだろうか。

 私もお礼を伝えるべく女子生徒に声を掛けに彼女の正面へと回る。

「助けていただきありがとうございます……」

どうしても若干他人行儀になってしまった私に対して

「いえいえ。身体がとっても頑丈なんです!」

面接だったなら、第一印象はまず、満点が貰えるであろう。ハキハキとしている子だった。さらには容姿も整っている、素敵な子である。この子は人に好かれるのだろうな。なんて失礼な感想を抱いた。

「あっ!」

突然、彼女が声を出すので、私は肩を震わせる。

「手、血、出てる。ごめん。強く押しすぎてしまったかも。」

まじまじと見ていたことに気付かれ、何か言われるのかと焦ったな。

「ああ。大丈夫です。これぐらい。」

問題ないと返答したものの、恐ろしい不安が私を襲っていた。

 治っていないのだ。この程度の傷が。しかし、傷口をゆっくり見ている時間も与えてはくれそうにもなく。

「絆創膏とかあるとよかったのだけれど、今持ってなくて。着替えたいし、学校一緒に戻らない?」

彼女の言葉にハッとさせられる。言葉を頭の中で反芻し、彼女の身なりを改めて見返せば同じ制服で同じ色。要するに同じ学校の同じ学年なのだ。

 強く物体に衝突した後なのだ彼女は突然倒れる可能性がある。送り届けるのが良いだろう。頷くと出血のない手をとられる。私の荷物と傘を拾い上げる。暖かな手だ。怪我で傘が持てないと思われているのか、私に傘をさすような相合傘状態で歩き出した。


                      ◇


 先ほどまで歩いた道を先ほどよりも時間をかけて戻った。

 保健室には先生は不在だった。彼女は「これは勝手に借りていっていい奴かな~?」と元気そうなのでひとまず安心する。

 私の手はもう治っている。浅いと思った傷が深かったのかもしれないな。と手を眺めながら自己暗示する。

「手……治ってるんだ。」

声を掛けられ驚く。しかし、こんなことでは、私の体質に気づきはしないと、再び自分に言い聞かせる。

いつの間にか着替え終わり、貸出シートに記名するべく隣に座っていたのだ。

「怪我しているように見えて赤い毛糸が付いていたいみたい・・・」

苦しい言い訳になってしまうが

「そうなの?途中で云ってくれたらよかったのに。」と返されるので納得してもらえた?

 シートをチラッと見ると、氏名の欄には木森林檎と書かれている。

「私の名前。変でしょ?」と笑いかけてくる。

「確かに木が多いですが、バランスが良くていいと思います。」

名前にバランスって擁護するのはどうなのだろうか。と自身にツッコミを入れる。

「いやあ、きもい林檎とかさ?林檎食べたりすると共食いって色々いじられる訳よ。」

「あ、分かります。自分もみかんって名前なので、共食いってよく言われますから。」

「みかんちゃんか。私たち果物バスケットだね。」

ちょっと分かんない…。なんて返そうかな。しかし、先に口を開いたのは林檎だった。

「みかんちゃんさ。不死身か何かでしょ。」


 時間が止まったかと思うような。という表現をここで使うなら完璧だっただろう。

「―――えっ?」

一文字返すだけになってしまった。どうして?そんなわけないじゃん。などといくらでも誤魔化すこともできたというのに。

「うーん。ごめんね。違うなら忘れて欲しいけれど。」

 彼女はスクッと素早く立ち上がり湿布や、包帯などといった救護箱から裁ち鋏を取り出した。そして私の前に立つと大きく振りかざす。私に刺すのかと体に力を入れる。

 相手が不死身であるか試すには最適ではあるが、違ったらどうするのだろうか。

「………」

「くうっ。」

呻いたのは私ではなく彼女の方だった。

さらに、突き立てられるはずだった刃先は、巻貝のように曲がっている。

「私。無敵なんだ。」

 と、雨が上がりの夕陽が入る保健室で告げる彼女はどこか儚げでどこか救いを求めているような雰囲気で・・・。

 そして、曲がってしまった鋏を落とす。鋏は固い音を鳴らし床に転がる。

「ど、どっきりでした!」と、返事をしない私に対して両手をバタバタと動かし誤魔化しを始めた。

 無敵の意味が全く理解できていないが、このタイミングを逃してしまったら、もう二度とこの不思議な現象を共に抱えてくれる人が現れる気がしないような気分になり焦るように私も立ち上がった。そして、先ほどの彼女のように医療箱から小さめではあるが鋏を手に取り、腕にしようか悩んだが分かりやすい喉を縦に自ら切り裂く。 

 彼女は恐らく私と同じように何か人間離れしたものを持っている。ドッキリで金属製の鋏が渦巻くことはまずない。この選択は間違っていないと自分に言い聞かせる。そこで私は地面に衝突する。

 そして視界には恐ろしいほどびっくりしている林檎の顔が見えて、笑える。さっきの私も似たような感じだったのだろうか。一度視界は暗転する。

 再び目を開けると涙目の林檎がいるので少し申し訳なくなって

「どっきりでしたー」と私も言ってみる。

「もうやっちゃだめだよ!」と彼女は怒るが、似たようなものだろとスカートに着いた埃を払う。

「私は『不死身』です。あなたみたいに無傷という訳ではなく一度傷をを受けなくてはならない。」

「痛くないの?」怖いものを見るかのように訊いてくる。

「慣れてるからね。逆に林檎は痛くないの?」

「全く?」

申し訳なさそうに眉を下げてる。少し可愛い。

「でもさっき「くう」って呻いてたような?」と疑問を口にしてしまう。

「それは、ドッキリでした!って誤魔化しやすいでしょ。」

エッヘンと自信満々である。

「多分ダメだと思う。」

「ええぇ。」

残念そうにする彼女の顔を見ているとクスッと笑ってしまう。

「私が悪い一般人だったら科学者に売られてたよ?」と、脅すが

「赤い糸的なので明らかに滴ってた血を誤魔化そうとしたのもどうかと思う!」と反撃してくる。

「雨が降っていたからいけるかなと………」やっぱり無理だったか。

 とても楽しそうに涙を拭いながら笑う彼女は、初めての理解者になるかもしれない。

 

 これが、林檎との出会いだった。

さて、ここからが始まりです。末永く見守ってやってください(o_ _)o

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フルーツバスケッ おっと誰か来たようだ
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