10.瞬く花火は文字通り一瞬である
チュンチュンと、小さな鳥の鳴き声に起こされるならどれほど幸せだっただろうか。
現実は、コケコッコーっと叫ぶ、旅館で飼われる1羽のニワトリと、私と同室で眠っていたはずの1人の人間である。
「何をやってるの?」私は、窓から顔を出し、裏にある小屋に向かって叫ぶ林檎に声をかける。
「ニワトリって1回、鳴いたら終わりじゃないんだね、何回も何回もこけこけこー!って面白いからさ〜」
コケコケと、言いながら、鳥と戯れる林檎を横目に、私は昨晩、林檎と共に川で濡れてしまったので手洗いし、干した服に着替える。
「素泊まりだから、朝ごはん食べに行かないといけないから準備。」と、自分の一通り荷物を整えてから声をかける。
「あいよぉ!」と、林檎は、窓から戻ってポンポン服を脱ぐので、私もだったが、裏の窓開いたままだった。その事実に、ため息をつきながら扉を閉める。
朝ごはんに良さげな喫茶店でも探そうとスマホを開く。
今日の天気予報が通知で入っている。降水率は0パーセント。
ふんと、ひとつ鼻を鳴らし、私は、地図を開き、喫茶店、カフェで絞込みをする。
「そこの喫茶店、この前、ニュースでやってたよ。」といつの間にか着替えが終わったらしい林檎が後ろから声をかけてくる。
「ほんと?美味しいのかな。」
「量は多いらしい。」
ふーむ。アクセスも悪くない。
「ここにしようか。」
「んだんだ。」
軽い理由で朝ごはんは決定してしまった。わざわざ私が焦って検索するほどでもなかったな。
本来は林檎の『無敵』という体質を私が少しでも知るために来た旅行だったが、気持ちがなぜかざわめき、遠回しにすることにしたのだ。
チェックアウトを済ませた私たちは、バスで、十分程度離れた喫茶店で、味はそこそこで値段の割に多すぎる上に、朝ごはんに適した量ではないと思える朝食を頂いた。
「食べきれなくてごめんおなか大丈夫?」私は、林檎にただでさえ多い量にプラスして食べてもらって、店を後にした。
「ちょうどいい感じ、ここじゃなかったら足りなかったかも。」
元気な体だ。なんとも羨ましい。私にはない要素である。
そして、時間をつぶすため、近くの昆虫館に訪れていた。
「気持ち悪!」と、言いながら目が離せない、同じ生き物とは思えない姿をした彼らをまじまじと見る。
「このカブトムシでかい。これ超捕まえたい。」 と、後ろで目を輝かせている。
「日本に居ないっぽいよ?」横に並び分布図を見るとアジアですらない。
「海外行きたかったなぁ」と、言うので
「高校生の間は無理でも大学生の時とかまだあるよ。」
私は、一年以上先の話をする。それまで林檎と仲良くしていたいという。想いを込めて。
「まぁ、そうだね。」残念そうな横顔には伝わっているとは思えないので、照れずに済みそうだ。
その後は、昼ごはんに同じオムライスを食べた後に再び釣りに来ていた。
「昨日はありがとうございました。」と、おばあちゃんに伝えたかったこともあったが、昨日、負けたままなのが悔しい林檎のためである。
結果はぼろ負け。2時間で6匹も釣った林檎に対し、コツは掴んだものの、今日、3匹の私は
「昨日と今日を足しても私の勝ちだー!」と、楽しそうな林檎を見ていたら真剣にやって負けた悔しさも飛んでゆく。
さて、午後5時を、役場の前の時計は表示をしている。
屋台も並び、私たちは、花火会場の入口に立っている。
昨日、この町に着いたときには見えなかった活気が私の目に映る。
「何から食べようかな~。たくさん食べたいから分けっこね。」
彼女はスキップをしながら人ごみに紛れていってしまう。
「待って」という声は他の音に搔き消される。必死に手を伸ばして袖を握る。
「ん?みかん、何か食べたいものあった?」やはり聞こえていないようだ。
「はぐれそうだったからさ」
「確かに。そうだね。」
そういうと、彼女は私の手をとり、駆け出す。
「わっ」と、いきなりだったので間抜けな声が出て私は引っ張られていく。
カステラに、焼きそば、冷凍ミカンに、謎に光るドリンク、チョコバナナに、りんご飴と、いちごあめ。
「これでだいたい揃ったかな。」ビニールシートの上に並べられた屋台食を眺めながら満足げである。
「飴に包まれし私を食べるといい!」といいながら、りんご飴を差し出してくる。
「なら私は冷凍された私をどうぞ」冷凍ミカンの蓋を開ける。
「これはみかん殿。みすぼらしい姿になってしまって。」と、泣きまねを始めるのでこれはスルーしてやる。
私たちは花火が上がるまで、色々なものを食べて楽しんだ。
綿あめを食べていると、
「残り五分で花火が上がります。カウントダウンを十秒前から行います。どうぞこちらにお集りください。」と、アナウンスが流れる。
さて、日本で屈指の花火拝んでやる。そう意気込みながら、飲み物がなく喉が渇いた。
「飲み物買ってくるね。何かいる?」私は立ち上がる。
「ん~。もう一個冷凍ミカンかな。見張りは任せろ!」
「了解」と、私は面倒なので、冷凍ミカンのお店で冷凍されたスポーツドリンクを一緒に購入し、戻ることにした。
「戻ったよ。」私は腰を下ろす。
「冷凍ミカンすこし食べていいよ。」
「ドリンクあるから大丈夫だから、一つ頂くよ。」
そうして、みかんをひとつ持ち上げたところで辺りの電気が突然消える。
「林檎?」突然暗くなったので私の目は暗闇に適応できず、真っ暗としか分からない。ハプニングではないかと林檎を呼ぶ。
林檎がいたはずの方角に手を伸ばす。その手は宙を何度も切る。
「ドンッ」という心臓をも叩きつけるような音と共に辺りが照らされる。林檎がはっきり見える。
「スマホのライト使えばよかったのに。」と、宙に伸ばしたままになった私の手を握る。
「この旅。というか。ちょっと前から悩みごとがあるみたいだね。いつでも聞くけれど、今じゃない顔だね。まあ気が向いたらでいいよ。」
私は上手く返事ができなかった。どこで気がつかれていたのだろう。
私は彼女の顔を見つめるが、今、聞いてしまえば彼女の『体質』私の思うものと違えば、私は、今から歩む道に迷いが出てしまうだろう。
私が一人で歩けるぐらいに、強くなるその日まで、この悩みは隠しておかなくてはならない。
封じ込められた想いは、常に同じ形でも、見るタイミングが違えば万華鏡のように心の中で姿を変えて現れる。
目の前に現れる私の瞳が見る花火。川の水面に映る花火。彼女の瞳に映る花火。それぞれ元は同じだが、映る場所が違えば抱く感情も違う。
私は何を得て、答えを得ようとしていたのだろうか。彼女の『体質』が期待通りのものでも、彼女が私と同じ道を歩んでくれるとは限らない。安心することなどできやしなかったのではないだろうか。
林檎の手を強く握り返すことで今は安心できるのだからそれでよいのだ。
半歩近づけば私と同じ香りがする。
いつか、悩みを打ち明けるその日に、彼女はどんな顔をするのだろうか。
目の前に広がる花火は視界に入りきらない。
私の心の万華鏡にも入りきらなくなる日が訪れるかもしれない。それでも。
輝く林檎の瞳を見つめながら私は今を噛みしめることに集中したいと思うのだ。




