9.新しい発見と、未来
花火大会が行われるのは、避暑地だと世間で言われている山中にある川辺にて行われる。そのため、外での活動でも、汗ばんで苦しむこともないだろう。
そんな甘い期待は、大きく外れる。山々によって起こるヒートアイランド現象により、もはや町全体がでサウナ状態にある。
時刻的にも室内でなければ影を作ることもない。
「花火大会は明日だから、少しは涼しくなるといいんだけど。」
あまりの暑さに私らしくない下手な同情を求める。
「そうだね。花火は少し風がある方が見やすいって言われているし、せっかくだからベストな環境下で見られるといいね。」
少し声のトーンが高いな。林檎はなぜか、大きな麦わら帽子を被っているので、ただ振り向くだけでは見ることのできない顔をわざわざ覗き込む。
目が合う。
「へへへ。川いこう!川!バスに乗って三十分くらいでいいところがあるみたいなんだよ。」
んん。どういうことだろうか。
「泳ぐつもりはなかったから水着も何も持ってきてないけど何するの?」
訊いてみるのが早いだろう。
「釣りだよ!アマゴかアユだか分からないけど川釣り!川に入りながら釣りするらしいから、冷たくて楽しそうだなって。」
「チェックインまで四時間もあるし、行ってみようか。」
この大田舎で、涼しい場所を探すには手間もかかる。この提案は飲むのが正解であるだろう。
本当に三十分程度、タクシーと呼んだらいいのか、バスと呼ぶのがいいのか分からない車両に乗り私たちは目的地に辿り着く。
「橋の先に見える古民家を目指せ。」と、バスの運転手に言われたので、谷に架けられた橋を渡る。
「バス。人口が少ないから小さいんだね。」
「ね。びっくりした。タクシーかと思って料金が高くつくんじゃないのかと焦った。」
「花火大会が終わったら混むかな?そうなら、先に手立てを考えないとね。」
「うん。あのバス、乗れてせいぜい7人だったし、混むかも。」
そんな、明日のことを考えながら、漁業権の販売。釣り具貸します。と、手書きされた看板の吊り下げられた古民家に入る。
中のおばあちゃんには、「今の時期なら、難しい釣り方しなくても釣れるからね。ここで塩焼きにしてあげるから大きくて旨そうなのを捕ってきてな。あとは、遊泳エリアに入らないように楽しんでね。」と、送り出された。
「釣り堀以外で釣りするの、私、初めてなんだけど。」
私は隣で夏のヒットソングを鼻歌で披露している林檎に伝えるが、
「私もだよ!」と、心配になる答えが返ってきた。
今晩の一品がかかっているのに大丈夫だろうか。
谷の間を流れる川に辿り着くと、上から見た時に想像した姿よりもはるかに太く深いようだった。
林檎は説明書を広げ、川石で押さえる。説明書は先ほどのおばあちゃんによる手書きだろうか。丁寧に書かれていて初心者でも困ることなく準備することができた。
生き餌は怖かったので、私は疑似餌にしたのだが林檎は生き餌だ。
「これで、偽物と本物どちらが良く釣れるか実験できるね。」と、笑っていたので真剣に釣らなくては実験にならない。
膝ほどまで水に浸かる場所まで進んだところで投げては戻す。
水が冷たくてとても気持ちが良い。このまま全身で飛び込みたいくらいだ。
私が初めてヒットした時には林檎は既に三匹ほど釣りあげており、これは流石に厳しい勝負だったなと、自分に言い訳をしながら、「こないな。」とつぶやきつつ、投げる林檎を眺める。
後ろから「あーーーーーー!!!!」と、悲壮感がある叫び声が聞こえたのは、始めの一匹以降、一匹も釣れずに一時間ほど経過し、集中力も切れてきた頃だった。
一人の女の子が少し深いところで岩にぶつかり生じる渦に飲まれ、ぐるぐると、回り、出られなくなって泣いている姿があった。
ライフジャケットを着ているため、大人しくしていれば溺れはしないがパニック状態のため暴れると溺れかねない。落ち着いてと、叫ぶその瞬間に私の横を林檎はすり抜けていく。
そのまま、彼女は助けを求める女の子の元まで何にも咎められることもなく進み助けた。
彼女に強力な水圧という概念は通じないらしい。そして、発生条件に場所は関係ないようだった。
女の子の親にこれ以上にないぐらいに感謝をされ、私たちは釣りに戻る。
「私が助けに行くのは何も危ないことじゃないから、あそこまで感謝されると、『無敵』なんですと言いたくなっちゃうよ。この体質でいいこともあるね。」
「私だと一度溺れていたかもしれない。はたまた、助けられていなかったかもしれないから、私の代わりに行ってくれてありがとう。」
「だから普通のことだって。行ける人が行くんだよ。」
そんな風に再び道具を握る。
「あ。バケツの入り口が川に浸かっていて全部逃げられた。」
恐ろしいほど元気のない声だった。
「もう一匹は釣らないとね。」私は一足先に投げ込む。
「夜ご飯が!」といいながら彼女も始める。
三時間半の予定なのであと、二十分ほどだ。釣れるといいけどと、腕時計を見ていると竿が動いた。
引いてくるが重たい!
「林檎!林檎!」私は助けを求める。林檎は濡れた服で私にしがみつき
「これは大きいよ!頑張ろう。」と、気にもしてくれていないようだった。
三分ほど魚との綱引きは続き、釣れた時にはいきなり力が抜けたように弱まるので、林檎を下敷きにするように共に川に倒れこんでしまった。
「結局、濡れちゃった。」と、二人で笑う。
そして、手元に引っ張り込まれた大きいアマゴ?は無事に捕まえられた。
無事に二匹になった上に、着替える必要もあるので釣りはお開きとする。
古民家のおばあちゃんに二匹の魚を渡すと、
「サクラマスが釣れたかね!」と、目を輝かせて言うので珍しいものなのかと期待したが、調べてみたらアマゴの仲間が成長した姿だった。
着替え終わる頃に、塩焼きも終わったようで、持ち帰るといったところ、プラのパックに詰めて渡してくれた。
道の駅で混ぜご飯を買って定食風に食べようという話になり、私たちは道の駅で早めの夜ご飯を済ませ、お腹が空いたときのためと称して饅頭などの、若者らしくないお菓子を手に旅館に向かった。
旅館に向かうバスの中では林檎は寝ていた。
その顔を見ながら私は今日の出来事を整理する。思わぬ形だったが『無敵』体質は場所に縛られないことが分かった。
後は寿命である。この旅で無理に訊く必要もない。
私も急激な睡魔に意識を盗まれた。
宿は広く、素泊まり三千円のため少し心配していたが汚すぎるというほどでもなかったので、色々良いことの連続である。
明日の午前中はこうしたい。パンフレットには屋台は午後二時からって書いてあった。などと、会話は途切れることなかった。
お風呂は貸し切りだったので、林檎の不自然なほど傷のない体に、感激していたが、それは私も同じようで、林檎がおじさんのような感想を述べながら、変な動きで近づいてくるなどハイテンションで済ませていいものなのか、分からないほどの高揚は寝る直前まで続いた。
時刻は二十二時四十九分。布団の中で明日の花火大会を、瞼の裏に浮かべながら私は眠った。




