6.sideメイド
私はヴィズナ伯爵家でメイドをするリリー。
ヴィズナ家での愛娘シルリア様は専属の侍女がいない。逆にいえばメイドに等しく機会を与えられている。
誰でも平等にシルリア様の専属侍女になれる可能性があるのだ。妙齢のメイドが集められ侍女になりたくてみんな虎視眈々としている。何せ給金が全然違うのだ。侍女になれれば給金とは別におこぼれだってあるかもしれない。生まれもなにも関係ない。シルリア様に気に入られれば侍女になれるのだ。それはそれは壮絶な争奪戦である。
リリーはもともと男爵家の令嬢だったが、父の死後あっという間に家が傾きそのまま没落してしまった。今は身体の弱い母とまだ幼い弟を自分1人で支えねばならない。だから、このチャンスをものにするしかないのだ。
メイドの中の醜い争いもひたすら耐えてきた。1人、また1人と離脱者が出ていく。しかし、離脱者が出てもまたすぐ補充がくる。ライバルは全く減らない。
そして肝心のシルリアお嬢様はまるでお人形のようなお方だった。絹のように白くて長い髪に、小さな顔。アメジストのような綺麗な紫色の瞳は人を魅了する力があるのかと思う。しかし、感情が読めないのだ。感情がないかと錯覚するくらい。正気が感じられないというか、ホムンクルスと言われたら納得できるくらい、なにも感じてないように見えるのだ。
だから、どんなに心を砕いても反応がないお嬢様に心を病むメイドや、腹をたてて辞めるメイドが後を立たない。
いつのまにかリリーはメイドの中でも古株に近い存在になっていった。
お嬢様の侍女になる条件はお嬢様が心を開く事。お嬢様が愚痴を言ったり相談できる相手となり、我儘を言える存在になる事だ。
だから、たくさんのメイドがお嬢様に媚を売り、褒め称えてきた。しかし、お嬢様は私たちに必要最低限の用事しか言いつけない。どうやったらお嬢様の中に入り込めるか。そんな事を毎日考えていたら、頭がおかしくなる。そのうえメイド同士の足の引っ張り合いがあるのだ。
自然とメイド達でルールができた。毎日日替わりで3人お嬢様のお世話をする。お嬢様のお世話ができるのは週に一回。
初めはお嬢様と会う機会が減る事に文句を言うメイドも多かったが、文句を言うメイドはすぐ辞めていった。
侍女長もいないこの異質とも言える状況では、並の精神力ではやっていけない。家の力なんてあってないようなものだ。
そんなある日アルド王子殿下の婚約者候補を決めるお茶会が開催された。その日のメイドの気合の入れ方はものすごかった。しかし、シルリアお嬢様はいつもと同じお人形だった。
のにだ!急に帰ってきたのだ。メイド達に激震が走った。お嬢様から人間らしい一面に何事かと思った。
あぁ、私が担当なら色々聞けたのにとブツブツ言うメイドもいた。お茶会で何かがあったのだ。
しかし、お部屋にこもって暫く静かに過ごされた後は、いつもと変わらず何事もなく1日がおわった。
結局誰もお嬢様に踏み込めなかったのだ。
これはチャンスだ。次の日は私の担当の日だった。
ベルが鳴る。お嬢様の起床だ。
「あ、お茶いつもと違うものも飲んでみたいのだけど、種類を変えてもらえない?」
………これは、必要最低限の内容ではない。お嬢様の気分を害してしまったか……いつも同じ種類の紅茶をめしあがると思っていたが……
思考が巡ってすぐ言葉がでない。
「………はい。かしこまりました。何かご希望がございますでしょうか?」
変な間が空いてしまった。どうすれば挽回できるだろうか。慎重に返答しなければ。嫌な汗が身体から噴き出る。
「……ごめんなさい。紅茶の種類なんて全然わからないのだけど、なんだか今日は今まで飲んだことのないものに挑戦したい気分なの。」
私は目を見開いた。……これは……気分を害したんではない……もしかして……お嬢様の我儘……??紅茶の種類を変えたいなんて仰られた事は未だかつてなかった。もしかして、もしかしなくても、私が侍女になれるチャンスなのでは……
紅茶の種類を変えたいなんて、ささやかではあるが未だかつてそんな希望もされた事がなかっただけに衝撃が走った。顔がニヤケそう……
自分を落ち着けないと。お嬢様の信頼を得るために……思い込みはいけない。今日もお嬢様のお世話をするメイドは3人いる。遅れをとってはいけない。すぐに対応しなければ。
「………すぅ……かしこまりました。料理長と相談してお持ちします。新しい紅茶をお持ちするのにお時間がかかると思いますので、それまでこちらの紅茶でお食事をお楽しみくださいませ。」
料理長ならお嬢様にお出しした事のない紅茶をご存知かもしれない。すぐ、用意せねば。このチャンス絶対ものにする。