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第三話

「よし、村に凱旋するぞ」


 雷獣公を斃したアークは、今日はこれで満足した。

 そしてリュックを背負ったメイリを連れて、真っ直ぐにテッカの工房を訪ねた。

“ヌシ”を平気で討伐して帰ったアークのことを、彼女は目と口を真ん丸にする面白い顔で出迎えた。


「まさかご領主サマがそのお若さで、これほどお強いとは……」

「ですよね。私も『口だけデカいクズ男』だとばかり思っていました」

「なんでメイリまでオレのこと見縊ってんだよ!」


 どこまで本気か憎まれ口か判断がつかず、アークは指を突きつけて批難した。


「とにかく、これでオレの『魔物を斃してガッポガッポ、村の食糧事情も一躍改善、女たちよ――美しく痩せろ。そしてオレに惚れろ』作戦も絵に描いたパンじゃないってわかっただろ?」

そしてオレに惚れろ(さいごのひとこと)は愚者の夢想では?」

「おまえこそいっつも一言よけいなんだよメイリ!」


 メイリの切れ味鋭いツッコミに、アークは怒鳴る。


 一方、テッカはしかつめらしい顔になって検討し、


「物を売るにもノウハウがございますわ。信頼のできる商人を見つけなくては、買い叩かれてしまうことも」

「それくらいはオレも承知の上だ。足元を見られてなお、高値で売れると踏んでるんだよ」


 剣術修行ばかりやらされてきたアークは、自分が世慣れてはいないことを理解している。

 また書物から得た知識は所詮、生きた知識とはいえないことも。

 だから生かすために、常に頭を使い続けるよう心掛けている。

 例えば今回なら、


「オレが魔物の素材を安定供給すれば、そのうち噂になって、商人どもがこぞってやってくるはずだ。そうしたら競売にかけられるし、オレたちに商才や販路がなくてももっと儲けられるようになるんじゃないか?」

「なるほど、これはわたくしの差し出口でしたわね」

「わかりゃいいんだ。そしてオレのことをもっと褒めろ」

「くふふっ。わたくし、ご領主サマのことがもっと大好きになりましたわ」

「オレもテッカのことは好きだぞ! だから、これを下賜してやる」


 アークはメイリに向かって横柄に顎をしゃくってみせる。

 メイリはこちらをジトッと一瞥した後、リュックから持ち帰った魔力凝縮素材を取り出し、テッカに丁重に差し出す。


「雷獣公の胆石だ。これでおまえの工房の炉を、改造するといい」


 鉄鉱石からの製錬に、木炭を使うのではなく強力な雷の魔力を使うことで、遥かに純度が高く、しかも多量の鉄が得られるのだ。


「カウレスの本家でも〈雷錬炉〉を使ってるんだろ?」

「よくご存じですわね……」

(これは文献じゃなくて、クソ親父の受け売りだけどな)


 父マーカスは重度の刀剣オタク、特にカウレス家が鍛える業物を好んでいた。

 だからあの脳筋がカウレス家に対する知識は豊富で、よく蘊蓄(ウンチク)語りを聞かされたものだ。

 そしてアークだってどうせなら、より優れた武具を使った方が気持ちいいい決まっている。


「こっちには雷獣公の爪もあるから、玉鋼の触媒に使えるだろ? それで剣を打って、オレに献上しろよ、テッカ。その出来次第じゃ、オレ御用達の鍛冶師にしてやる。おまえが本当にカウレス本家の奴らにも負けない腕前を持っているなら、これからもどんどん魔物の素材をとってきてやる」

「まあっ……鍛冶師として腕の鳴る、魅力的なご提案ですわね」

「だろうが? おまえがオレの実力に見合う武具を鍛えることができるなら――剣聖(クソオヤジ)が使ったカウレスの剣がそうだったように――それら全部が伝説の武具になるってことだ。こんなド田舎で燻ってないで、おまえを追放した本家の奴らを見返してやれ!」

「くふふっ、ご領主サマは大言壮語がお好きですわね」

「違うな、オレは有言実行がモットーの男なんだよ。おまえはどうだ? 口だけの女か?」

「承知いたしましたわ。わたくしも有言実行の女であることを、御身に相応しい剣を献上することで、証明してご覧に入れます」


 テッカはそう言うなり、メイリから受けとった雷獣公の爪を、恭しく捧げ持つようにする。

 さらにアークの前で片膝ついて、宣言する。


「その暁にはご領主サマ――いいえ、アーク様。わたくしを御身の専任鍛冶師にしてくださいませ」

「おう、オレをがっかりさせるなよ」


 アークはニヤリと不敵に笑うと、満足して家路に就いた。

 メイリがその後を追い、一度だけテッカに振り返り、ぺこりとお辞儀をする。

 ともにアークに仕える同士、これからよろしくお願いいたします、という想いを込めて。


 そう。

 後にメイリは述懐している。

「この日、アーク様はサイト村で最初の直臣を得たのです」

 と。


    ◇◆◇◆◇


 テッカの工房の改造は、一週間で完了した。

 未だ村人に無視され続けているアークと違い、テッカは人望もあった。

 なにせ鍋だの鍬だの、サイト村にある金属製の日用必需品は、全てテッカの手で作り出されたものなのだ。

 そんな日ごろの感謝を込めてか、村の男たちが畑仕事の合間を縫っては、こぞって工事を手伝っていた。

 おかげで落成は速かったし、その日はちょっとしたお祭り騒ぎになった。

 アークはハブられたまんまだったけど。


「オレが雷獣公の胆石を持ち帰ったから、工房も新しくなったのに!」

「アーク様のご領地が、手始めに一歩発展したのですから、よしとすべきでしょう」


 接収した領主館の窓から楽しそうな村の広場を眺め、地団駄踏んでいたところをメイリに諭され、不承不承納得する。

 こんな僻地の小さな村に、王都でも一つしかない〈雷錬炉〉を持つ鍛冶工房ができたのだから、確かに大発展には違いない。


「まあ、ある意味でオレが何も命令しなくても、村人どもが率先して馬車馬のように働いて、オレのための工房を改築したってことだから、溜飲を下げてやるか」


 と、だんだん気分がよくなってくる。

 メイリの冷たい眼差しが横顔に刺さったけれど。


 なおこの一週間、アークは毎日“魔の森”に出かけては、魔物退治を続けていた。

 針兎(ヘッジヘア)の毛皮やら化蜘蛛(タランテュラ)の糸やら、魔力凝縮素材を持ち帰っては屋敷に保管していた。

 テッカとミィの話では、こんなド田舎村にも月に一度は、隊商(キャラバン)が立ち寄るらしい。

 だから、そいつらにまとめて売るつもりだった。

 そして、買い物に群がる村人どもの前で、大金を稼ぐところを見せつけてやるつもりだった。


「あいつらがオレを見る目も変わるだろう! その上でオレはキャラバンから大量のまともな食材を買い付け、村人どもに施してやる! その時、あいつらがどんな顔でオレに感謝するか、今から楽しみだな!」

「やることは間違いなく善行なのに、こんなに感謝の気持ちが芽生えてこないのはどうしてでしょうね」

「そりゃおまえが恩知らずだからだ」

「アーク様は恥知らずですけどね」

「なんだと!?」


 と――そんな口ゲンカをしているうちに、さらに三日が経った。

 その間にテッカは〈雷錬炉〉を試し、さらに献上品の剣を完成させて、領主館まで持参した。

 鞘まで美しい逸品で、刀身は鏡の如く磨き抜かれている。

 一目で気に入った!

 惚れ惚れしながら検めるようにゆっくり抜くと、白刃の上を雷の魔力がパリパリと走る。


「〈稲妻の魔剣〉とでも銘付けましょうか」

「地味な名前だな、テッカ。オレに相応しい華美な銘にしろ」

「では〈華々しき稲妻の魔剣〉と」

「気に入った!」

「……それでいいんですか」


 詩文センスのなさをメイリにツッコまれるが、魔剣に見惚れているアークには聞こえていなかった。

 ウキウキと庭に出て、試し切りを行う。


「アーク様のご注文通り、鞘から剣を引き抜く時の速度に比例し、刀身がまとう魔力(いなずま)の量が増えるように仕立てました」

「どれどれ」


 積まれていた薪を一本、無造作に宙へ放ると、右手一本で抜き打ちにする。

 薪は音もなく両断され、さらに雷の魔力で炎上した。

 前者はアークの技量と剣の切れ味が合わさった、満足のいく結果。

 後者は火の点きが少し物足りない。


「どれだけの速さで抜けば、どれくらいの雷気を帯びるか、調整する練習が必要だな」

「あまり速く抜きすぎますと、アーク様ご自身にまで害が及びかねない、諸刃の剣となりますのでお気を付けを」

「それはますますオレ好みだ」


 じゃじゃ馬を馴らすように、使いこなせてみせるとアークは気を吐く。


「テッカ。約束通り、オレの専任鍛冶師にしてやる」

「光栄ですわ」


 テッカは嫣然と微笑むと、恭しく一礼した。


「つきましてはアーク様。このめでたき日を祝し、一席お付き合い願えませんか?」

「む。酒か」

「工房の改築の方も、村の皆様には祝っていただきましたが、アーク様にはまだお祝いしていただいておりませんし」

「でも酒はなあ」

「まさかお弱いんですの?」

「そんなわけあるかコラいくらでも勝負してやんぞコラ絶対潰してやんぞコラ起きたら朝チュンだからなコラ」

「またそんな見栄を張って……」


 とメイリにツッコまれた通り、実はお弱いのである。酒に。

 葡萄酒だったら(遥か後世でいうところのアルコール度数が低いため)少量を味わって飲むのはむしろ好きまである。

 しかしこの国で一般的に庶民に嗜まれている、サロマ芋の焼酎なんかは無理。宿酔い確定。

 そしてサイト村にも酒場は一件だけだがあって、娯楽の乏しい辺境村だからこそ賑わっていることも知っていたのだが――貧しい辺境村だからこそ、どうせ安焼酎しか置いてないだろうと思い込んでいた。

 ところが、


「葡萄酒も扱ってますわよ。伯爵家で生まれ育ったアーク様のお口に合うかどうかはわかりませんが、安物とは思えない美味ですわ。店主がどこから仕入れてくるのかと常々、不思議に思っておりますの」

「ほう。それは興味が出てきたな」


 アークは祝いの席を設けてやることにした。


    ◇◆◇◆◇


 ミィも誘って真昼間から酒場へ赴き、四人掛けのテーブルを囲む。

 ちょうど昼食時で、店内は九分入りの盛況だった。まだ畑仕事があるだろうに、ちょっと一杯引っかけている者も少なくない。


「無礼講だ。メイリも座って飲むといい」

「ありがとうございます」


 本来なら主の後ろへ控えるべきメイドに命じると、素直に感謝して席に着いた。

 葡萄酒を四人分注文し、まだ年端も行かない給仕娘(老店主の孫らしい)が運んでくる。

 アークは半信半疑どころか、二信八疑くらいで錫製の杯に口をつけるが、


(む……。確かに安物なりに美味い)


 王都を追放されてもうすぐ一月、久しぶりに舌を満足させられる。

 ついうれしくなってグイグイ飲んで、杯半分でもう赤ら顔になる。


「ワハハ、樽ごと持ってこい!」


 早や気が大きくなってわめくアークの醜態に、メイリは半眼、テッカとミィは苦笑い。


 一方、酔っ払いの戯言は真に受けずも、店主が普通にお代わりを持ってくる。

 場末の安酒場には似つかわしくない、上品な風情の老人だ。

 人相がよく、糸目がなんとも温和な笑顔に見える。

 そんな老店主を間近で目の当たりにし――アークは思わず腰を浮かした。


「テムリス! テムリスではないか!」


 親しいというほどではないが、面識のある相手だった。

 王都で一番の大商会を営んでいた、やり手の商人だ。

 城やあちこちの貴族の屋敷で催される晩餐会や園遊会で、よく見かけたし挨拶を交わしたこともあった。

 だが一昨年辺りから、全く見かけなくなった。

 彼の商会も潰されたと聞いた。

 テムリスは後ろ暗い商売にも手を染めていたし、貴族相手の金貸し業も営んでいた。

 王都に拠点を置く商会なら当たり前のことだが、テムリスはやり手ゆえに規模も大きかった。

 それで借金を踏み倒したい大貴族たちが共謀して、テムリスの褒められない商売を槍玉に挙げて、商会ごと罪に問うたのだという。

 その後のテムリスの行方はとんと聞かなかったが――今ここで再会できたということは、この老人もまた王都を追放されていたに違いない。


(悪いがオレにとっては超ラッキー!)


 魔物の素材を売り捌くのに、ちょうど商才のある者が欲しかったところだ。

 しかしアークがどう口説こうかと考えている間に、老人はこう答えた。


「はて? 確かに私の名はテムリスですが、どこかでお会いいたしましたかなあ?」

「…………」


 空惚けたテムリスに、アークは何も言えなかった。

 自分だとて流刑に遭い、再起を誓っているものの、今のまだ落ちぶれた姿を昔の知人に見られたら、恥ずかしくて死にたい。

 ましてテムリスはこんな場末の酒場を細々とやっている以上、再起の目途や野心も持ち合わせていないのだろう。


(値ごろな葡萄酒も仕入れてくるはずだ。テムリスの商才なら赤子の手をひねるようなものだ)


 もはやこの老人にとって、この程度のことが在りし日の栄光の残滓なのである。

 昔は糸目の奥にある、ギラついた目つきを隠し切れない男だったが、今は見る影もない。どこにでもいる好々爺だ。


「ですがお客様がそう仰られるなら、きっとお会いしたことがあるのでしょうなあ。この一杯は私からの奢りとさせていただきます。ぜひ今後ともご贔屓に」


 テムリスはそう言って、厨房に引っ込んでいった。

 まだ残っている彼の粋な心意気であり、同時に口止め料でもあった。


(惜しい……)


 新しい杯になみなみと注がれた葡萄酒を、アークはじっと凝視した。

 しばし熟考した。

 そして決断と宣言をした。


「明日、オレは『山』に行く――黄金竜を斃してくる」


 それは二百年前、軍隊すら全滅させたという“ヌシ”の中の“ヌシ”の名。


「「「は……?」」」


 メイリが、テッカが、ミィが、「いきなりナニ言い出すのこの人!?」とばかりに愕然となっていた。


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