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第一話

 王都からサイト村へは、馬車で半月ほどの長旅になる。


「マジどうしようもねえド田舎だな。お陰で道中、退屈で仕方ねえ」

「いいから前見て操縦してください」


 メイリと二人で御者台に腰かけ、道中ずっと悪態をつき合う。


 なお馬車を馭すのはアークの仕事だった。

 父マークスに「馬の世話一つできぬ奴、馬車の操縦一つもできぬ奴は、武人ではない!」と、幼少のころから叩き込まれたのだ。大貴族の若様なのに。

 メイリとて骨惜しみしない優秀なメイドではあるのだが、如何せん馬車を操る技術がない。できないものはできない。

 お陰でどっちが使用人かわからない状況になっている。

 

「オレやっぱ可哀想すぎるだろ。拾う神いなさすぎるだろ」

「こんな美少女メイドと二人旅なんて、充分に報われすぎなんじゃないですか」


 メイリはぬけぬけと言ったが、アークは全く意見が異なる。


「確かにおまえはツラはいい」

「女性のことはもっと素直に褒めないと、モテないですよ」

「だけど胸が残念なんだよ! そのデッケー二つの脂肪の塊、ちゃんとしまっとけよ!」

「それサイテー発言ですよ。ご自覚あります?」

「昔から言ってるだろ? オレはスレンダーで妖艶な年上の美女が好きなんだ! 浮き出たアバラ骨をナメナメしながら、よちよち甘やかされたいんだよ!」

「昔から思ってますけど、性癖歪みすぎじゃないですか?」


 そんな風にメイリと悪態を応酬していると――口で言ってるほど――道中、退屈しなかった。


    ◇◆◇◆◇


 サイト村はサロマン王国の東端に位置し、地図でも特筆するレベルの巨大な森の、玄関口のような場所に存在する。

 人口三百人程度の、小さく寂れた村だった。

「辺境の村」と聞いて、まさに思い浮かべるイメージ通りというか。

 夕暮れ時に到着すると、ますます物寂しげな光景に見えた。


「まあこんなチンケな村でも、領地は領地だ。村人全員、オレの所有物だ!」


 ひざまずかせ、かしずかせ、自分好みのスレンダー美女を侍らせてやる。

 アークはメイリを先触れに出し、自分は敢えて時間を置いて村に乗り入れた。

 村人総出で新領主を歓迎するようにと、お達しさせたのだ。

 ところがいざ着いてみると、出迎えに立っていたのはメイリを含めてたったの三人。


「サイト村の総人口二人かよ!」


 アークは癇癪を起しながら、馬車を停めて降りる。


「どういうことだ、メイリ?」

「私はちゃんと大声で触れて回りましたよ。でも皆さんに無視されて、応えてくださったのがこのお二人だけでした」

「なんて無礼な村人どもだ! 新領主サマへの敬意がないのか!?」


 アークはますますいきり立ちつつも、ちゃんと出迎えに立った感心な二人を値踏みする。

 どちらも二十代前半くらいの、綺麗なお姉さんだった。

 ただしどちらも胸が大きくて、アークの好みからは外れた。


「ようこそサイト村にいらっしゃいました。まさか新しいご領主サマがいらっしゃるなどと寝耳に水のことで、歓迎の準備が整っておらず恐縮ですわ」


 と片方のお姉さんが、こんな辺境の村人とは思えない貴族的な口調で挨拶してきた。

 身に着けているものも、どこか神聖な趣きのある純白のドレスだ。


「わたくしはテレーズ・カウレスと申します。ここでは親しみを込めてテッカと呼ばれておりますわ」

「カウレスというと、あの鍛冶爵の?」

「ええ、そのカウレスで間違いありませんわ。わたくしは傍流の生まれではございますが、鍛冶の腕前なら直系の者たちにも負けませんの」


 とテッカは嫣然と微笑んでみせる。


 カウレスというのは、このサロマン王国で最も著名な鍛冶師の一族である。

 優れた職人を代々輩出し、国宝級の武具を次々と王家に献上している。

 ために王家から「鍛冶爵」という特別な爵位を賜り、準貴族として扱われているほどだ。

 その権勢や財力、実力は、そんじょそこらの男爵を凌いでいる。

 

 またテッカがド田舎村には場違いな、純白のドレスをまとっている理由もわかった。

 カウレスの者は気位が高く、鍛冶を神聖視している。

 武具を鍛える時はあたかも聖職者の如く、わざわざ白装束で行うと聞く。

 テッカにとってはこのドレスがその正装なのであろう。


「でもカウレス家の人間が、どうしてこんな辺境にいるんだ? いや、そもそも女の鍛冶師なんて認められるのか?」


 鍛冶師という連中は存外に迷信深い連中で、「女が工房に入ると炉の女神様が嫉妬する」などと世迷言をほざき、女性差別する。

 これはこの時代、大陸西部と呼ばれるこの地方では、たいがいの国でそうだ。


「認められないからこそ、ここにいるのですわ。わたくしは幼少より鍛冶の道を志し、ために一族からは『女が鎚を持つな』と鼻つまみにされ、『女に何ができる』と笑われておりました。ですが、そんなわたくしが一族の誰よりも優れた技術を身に着けると――男たちの虚栄心(プライド)を逆撫でしてしまったのでしょうね――一族を追放されてしまいましたの」

「追放」


 テッカが自分と同じ道をたどって辺境村にいるのだと知り、アークは親近感を覚えた。


 次いでもう一人のお姉さんも自己紹介した。


「ミィっていうニャ。人を殴る蹴るするのが得意ニャ」


 けったいな口調でぶっ飛んだことを言う。

 しかしアークは驚かない。

 なぜなら彼女は猫人(ケットシー)だったからだ。

 形のいい頭からはネコミミが生え、きゅっと締まったおしりからは鉤尻尾が生えている。


「殴る蹴るにもいろいろあるが、ただの喧嘩屋か? それとも暦とした拳法家か?」


 アークは後者と踏んで訊ねると、ミィは得意げに「ケンポー家ニャ」と豊かな胸を反らした。


(やっぱりな! こいつもなかなか腕が立ちそうだ。まあオレやクソ親父ほどじゃないけど!)


 まっすぐ立てているかとか、足運びとか重心の置き所とか、達人クラスであれば何気ない所作からでもわかるものだ。


(もちろん、オレの目がいいからだけど!)


 アークはミィに負けないくらい得意げに胸を反らす。


「それでおまえはなんでこんなド田舎村にいるんだ? 武者修行の途中か?」

「武者修行はもう懲りたニャ」

(ほう。こいつもオレと同類か?)

「王都で道場破りをしまくったニャ。剣士でも槍使いでも片っ端から殴り倒してやったニャ。そしたらアイツら卑怯にも、結託して官憲に被害者届けを出して、ミィを傷害犯に仕立て上げたニャ」

「マジで情けねえなそいつら!」


 父マーカスが生前、すぐ真の武人ガー、風上ガー、と説教垂れるのを辟易して聞いていたアークだが、これに関しては「今すぐ道場の看板下ろせよ」と思ってしまった。


「お陰でミィは王都を追放になったニャ。だからもう暴力は懲り懲りだニャ。人生に必要なのはラブ&ピースだニャ」

「追放」


 また同じ言葉が出てきて、アークは今度は親近感より先に違和感を覚えた。


「オレもぶっちゃけ追放されてここに来た身だが、三人も同じ境遇の奴がいるのは偶然か?」

「いえ、偶然と申しますか――」

「この村に住んでるのはみーんな、どこかから追放されてきた連中ばっかだニャ」

「例外は大昔に追放された者の子孫たちくらいですわ」

「ぐわああああああ、やっぱりか!」


 確認がとれてアークは頭を抱えた。


「「追放村へようこそ」ニャ」


 テッカとミィが綺麗にハモる。

 その笑顔を見れば、二人が歓迎しているのは決して「新領主サマ」ではなく、「同じ目に遭った被害者」であることがわかった。

 まあ人は好いのだろうが、どこまで行っても同類相哀れむの精神だ。


「何が『追放村』だよフザケンナアアアアアアアッ」


 これが――こんなのが自分の領地かと、アークは泣きたくなってくる。

 あの佞臣ぞろいの「宰相派」が、罠にハメて自分を辺境送りにした非道な連中が、道理で気前よくくれるはずだ。

 やはり慈悲でもなんでもなかった。


「要するにこの村の連中は、経歴に疵がある奴ばっかってことだろ!?」


 テッカやミィのように、周囲のやっかみで追放された者ならまだ可愛げがある。

 しかし中には本当に脛に疵を持つ者――ガチの犯罪者もいるんじゃないかと気が気でない。


「全員、今すぐオレが問い質してやるから集めろ!」

「それは無理なご注文ですわ、ご領主サマ」

「何が無理なんだよ! そもそも出迎えがたった二人ってのがおかしいだろっ」

「仕方ないニャ。みーんな領主なんて歓迎してないニャ。毛嫌いしてるニャ」

「不敬ッ。どいつもこいつも不敬ぃッッッ」


 地団駄踏むアーク。

 せめてメイリによちよちして欲しかったのに、さっきからずっと「私は使用人という道具ですから」とばかりの態度で、心を無にして突っ立っている。他人事すぎるだろ!


 一方、テッカたちはアークを宥めるように、


「どうか村民の事情も酌んでやってくださいませ」

「みんな別にアークくんのこと自体を嫌ってるわけじゃなくて、領主って存在自体がもう許せないのニャ」

「ハァ? なんでだよ?」

「以前の領主が最悪の人でなしだったからですわ」

「ミィたちに重税を課して、馬車馬みたいにコキ使ったニャ」

(そんなの領主なら当たり前じゃね?)


 アークは要らんことを言いそうになったが、メイリが当意即妙に動いて後ろから口を塞いだ。


「あげくわたくしたちに、『魔の森』に入ることまで強要したのです」

「冗談じゃないニャ。ミィたちだって命は惜しいニャ。ラブ&ピースだニャ」


 二人の言葉に――アークとメイリは村の向こう側にある、鬱蒼たる森に目をやった。


 地図上に特筆すべきこの巨大な森が、俗に“魔の森”と呼ばれていることは、地理を少しでもかじった者なら誰でも知っている。

 あるいはサロマン国民なら誰でも、「東の方になんかあるらしい」という程度のことは知っているだろう。

 その異名の通りに、凶悪な魔物が大量に生息している超危険地帯だ。

 軍隊でさえ奥まで行けば帰ってこれず、近隣のどこの国も手を出すことができない、どこの領土にも属さない空白地帯。


「なのに前領主は『魔の森』を開墾し、領地を増やせとわたくしたちに命じたのです」

「魔物に襲われたら返り討ちにして、牙や皮を剥いで売ったら大金になるから、一石二鳥だって言ったニャ。自分は安全なところでぬくぬく暮らしながら」

(そんなの領主なら当たり前じゃね?)


 アークは要らんことを言いそうになったが、メイリが当意即妙に動いて後ろから口を塞いだ。


「その結末は――もうお察しのことでしょう?」

「みんなで力を合わせて、前の領主を追い出したニャ。護衛の騎士はちょろっといたけど、魔物に比べたら何も恐くない雑魚ニャ」

「それでどいつもこいつも味を占めて、『サイト村に領主なんて要らない』って今でもイキってんのか」


 やっぱりとんでもない村だった。

 あの佞臣ぞろいの「宰相派』が――罠にハメて自分を辺境送りにした非道な連中が、道理で気前よくくれるはずだ(本日二度目の感想)。

 王国では管理しきれない、かといって軍を派遣するには費用対効果が悪すぎる、辺境のヤクザ村を押し付けたのだ。

 これで万が一アークが村の統治に成功したら、したり顔で「税金、納めてね!」なんてしゃしゃってくるのだろう。

 慈悲でもなんでもない。


「つべこべ言ってないで、鎖で引っ張ってでもオレの前に連れてこい! いいか、最初に教えといてやる。オレは『オレを大好きな奴』が好きなんだよ! 村人が相応の態度を見せるなら、オレも前の領主より上等に扱ってやる」


 村の事情や村人の感情は理解した上で、アークはあくまで我を通した。


 するとテッカとミィが顔を見合わせ、目配せする。

 何を思ったか、アークの傍まで来て挟むように立つ。

 そして、


「わたくしたちは既にご領主サマのことが大好きですわ」

「だからアークくんもミィたちのこと、好きになって欲しいニャ」

「そのわたくしたちに免じ、他の村人のことはそっとしておいてくださいませんこと?」

「代わりにミィたちがアークくんのこと、ちゃんと立ててあげるニャ」


 などと言って、左右からべたべたくっついてくる。


 普通の男なら美人のナイスバディにここまでされて、鼻の下を伸ばしていただろう。

 しかしアークは違う。

 性癖をこじらせた男だ。


「色仕掛けするならオレ好みのスレンダー美女を連れてこいよ! そのぶよぶよしたふくらみをオレに押し当てんな!」


 とテッカたちを喝破する。

 後ろでメイリが「サイテー」と主をディスっていたが、聞かなかったことにする。


 一方、テッカとミィは心外そうに、

 

「わたくしたちより細身の女性なんて、この村にはおりませんわよ」

「ミィの引き締まった腹筋、見せてあげようかニャ?」

「ハ!? そんなデカくて邪魔なもん、二つもぶら下げておいて!?」


 アークはにわかに信じられない。

 確かに二人は――巨乳に目をつむれば――引き締まった体つきをしているが、これが村内最高峰のスレンダーは無理があるだろうと。


「嘘だろ!? こんな寒村でも一人くらいはいるだろ!? 隠してないで出せよ!」

「寒村だからこそですわ、ご領主サマ」

「ミィたちの食糧事情のことも考えて欲しいニャ」

「ま、まさか、あの悪魔の実がこの村にも……!?」


 アークが愕然となって訊ねると、テッカが「恐らくそのまさかですわ」と、村の農地まで案内してくれた。

 そしてアークは愕然を通り越して、その場に呆然とへたり込んだ――


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