エピローグ
そして半年が経った。
サイト村は今日も平和だった。
しかも午後から新顔の隊商が訪れて、代表が土産を持ってアークのところに挨拶に来たから、ご機嫌だった。
「まあ、うちの特産品を見てってくれよ! 絶対気に入るから」
「ご領主様自らご案内いただけるとは、恐縮です」
「あんな上等な葡萄酒もらったら、接待くらいするって!」
四十代ほどの如何にもやり手そうなその商人の、肩を抱いて村を歩く。
後ろをついてくるメイリに、「アーク様はホントどなたに対しても馴れ馴れしくしますね」とツッコまれるが、「領主として美徳だろ?」とやり返す。
そして商人に対しては、セールストークを。
「他のキャラバンにも人気なのが、なんといっても魔剣だな!」
「ま、魔剣ですか!? そんな貴重なものを売ってるんですか?」
「この村にゃ凄腕の鍛冶師がいるし、触媒に使う魔力凝縮素材も目の前の森で取り放題! しかも〈雷練炉〉もあるから量産だって簡単なんだ」
「〈雷練炉〉!? こんなド辺境に――失礼、この村に本当にあるんですか!?」
「あるある。見学してく?」
半信半疑の商人をテッカの工房に連れていくと、実物を見て愕然となる。
次いで売り物の魔剣の品揃えや、テッカの美貌に圧倒される。
アークがジョークで「テッカは売りモンじゃねえから触るなよ」と言うと、メイリに「正論ですが、アーク様が所有者ヅラで仰るのもどうかと」と冷ややかにツッコまれた。
気にせずセールストークを続け、
「ゴッズ王国じゃあ『サイト村産の魔剣』は今や評判でなあ。持ってったら高く売れるぜえ?」
「は、はあ……」
「オレのクソ親父が生前、あの国はボコボコにしてやったからな。クソ親父が死んで、今こそ報復だって、国を挙げた機運になってる。だから魔剣にニーズがあるんだ。標的にされるサロマンにとっちゃ災難かもしれないけど!」
と、商機と理由をアークが懇切丁寧に教えてやると、「なぜか」商人は蒼褪める。
だがアークは気にせず次を案内する。
途中、村民とすれ違うと、多くの者が笑顔で向こうから挨拶してくる。
法務大臣が略奪部隊を率いてきた先の戦いで、アークが村から一人の死者も出さずに完勝させた采配によって、声望を高めた結果だ。
ケインズのように頑なに無視する領主否定派もまだいるが、村の空気は明らかに変わった。
そして、村人の体形も変わった。
黄金竜を討伐したことで得た食糧の備蓄は未だ無料で施しているし、食事事情の改善と日々の労働のお陰で、彼らは見る見る痩せていった。
「まだアーク様のお眼鏡に適うスレンダー美女(笑)はいらっしゃらないようですが」
などと、巨乳のままのメイドにはしょっちゅう皮肉られているが。
とにかく商人が「この村の皆さんは太っていませんね」と不思議がるほど、サロマン王国では特別な風景だった。
そして、そんな商人を連れて行ったのは雑貨屋。
「他にウチで人気なのが、青い陶磁器なんだよ!」
「そ、それは売り物なのですか!? テム――誰かが秘蔵しているのではなく?」
「ああ、いくらでも売ってるよ。製法はさすがに門外不出だけど」
「…………っ」
「パチモンじゃねえから! まあ見てってよ」
半信半疑の商人だったが、本物が無造作に売られているのを見て絶句する。
「今は観光地としても開発に力を入れてるんだ。サイト村に来た甲斐あった~ってなったら、キャラバンだってもっと活発に訪ねてくれるだろう?」
「そ、それはそうですね……」
と説明している傍から、“魔の森”帰りらしいミィがこちらを見つけて、すり寄ってきた。
「アークくん、温泉に行こうニャ~。今日こそ混浴しようニャ~」
とベタベタくっついて(おっぱいが邪魔ッ)誘惑してくるミィの美貌に、商人は羨ましそうにしつつ訊ねてくる。
「温泉があるのですか? 付近に火山はないはずですが……」
「お、学があるねえ、オタク。そう、天然の温泉はサイト村にはない。あり得ない。オレが火羆公っていう“ヌシ”を最近狩ってな。そいつの火袋を利用した人工の温泉だ。芯から温ったまるし、効能も魔法みたいにスゲエんだぜ?」
「あの“ヌシ”をそんな、いとも容易げに……」
「他にも千里眼猫の目を使った展望台とか、氷の精霊の核を使った低温貯蔵庫がウリのレストランとかも建造中だ。次に立ち寄る時が楽しみだって、みんな言ってくれてる」
「そ、それはそうでしょうね……」
「まあ、見ててくれよ。このオレが領主になったからには、この村を一国の王都にも負けないくらい発展させてやっから。目にもの見せてやるから。絶対にな」
アークがおちゃらけた口調から最後に一転、ドスの利かせた口調で宣言すると、「なぜか」また商人が真っ青になった。
残念そうに一人で温泉に行くミィとは別れ、アークは次を案内する。
だがほとんど入れ替わりに、テムリスと鉢合わせる。
「おや、アーク様。お客人ですか? 見ない顔ですな」
「さっき村を訪ねてくれた、キャラバンの代表だ」
「なるほど。それはそれは」
サロマンの商売の全てを知り尽くしている稀代の大商人に、アークがそう教えてやると、好々爺然と――だが意味深長に微笑んで立ち去った。
アークは気にせず、最後の場所へ商人を案内した。
「ウチの特産品は現状じゃあと一個! 絶対気に入るから見てってくれよなあ」
「……アーク様は本当に性格が悪いですね。喜々としてますね」
「そんなに褒めるなよ」
メイリとそんなやりとりをしつつ到着したのは、サイト村の農地だ。
一面に広がるサロマ芋畑だ。
アークにとっては確かに悪夢のような光景だが、この王国ではどこにでもある日常風景。
なのに商人まで目の当たりにするや、愕然となって打ち震えた。
追放されたアークが初めてこの村に来て、この畑を見た時同様に、呆然とへたり込んだ。
理由は簡単。
法務大臣モラクサ閣下が、泣きながら畑仕事をさせられていたからだ。
「ねえ、どう? 自分の主君が馬車馬みたいに働かされる姿を見て、今どんな気持ち?」
「なっ……!?」
アークが一緒になって腰を下ろし、商人の肩をつかむ手に万力のように力を込めつつ訊ねると、その男は瞠目した。
そう――
こいつがキャラバンの代表などというのは真っ赤な偽り。潜入調査。
その正体は、帰らぬ法務大臣を心配して村を訪ねた、腹心の部下だったのだ。
やり手はやり手でも、商人ではなく文官の方だったのだ。
「どうしてそれを!?」
「王都に向けたお手紙にさあ、『何も心配しないで』って長文をしたためながら、『助けて』って符牒を織り交ぜるとか、手口が古いんだよね。このオレが見抜けないわけないだろ?」
「っ!?」
「だから、そろそろ来るころだって待ってたんだよ――オタクも社会勉強していきな」
「この悪魔め!」
罵る男に対し、アークは口の端を吊り上げて受け止めた。
「本物の悪魔より悪魔らしい顔ですね。憎たらしい」
とメイリに嘆息混じりにツッコまれながら。
ここまで読んでくださり、ありがとうございました!