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第十話

 テッカたちが領主館に呼び集めたのは、三十人ほどの男たちだった。

 それでも大きな屋敷ではないので、玄関広間(エントランスホール)がぎちぎちになった。

 アークは吹き抜け構造になった二階から、領民どもを睥睨する。

 すぐ隣にはメイリが立ち、ミィとシロも近くにいる。

 一同、一様に顔が強張っている。例外はアークとメイリだけ。

 

「諸君――戦争の時間だ」


 むしろアークは面白そうにしながら、階下の村人どもに告げた。


「ミィに偵察させたところ、既に街道は封鎖され退路なし。敵兵力はおよそ千人程度とのことだ。サイト村の人口三百を包囲して、皆殺しにできる数だな。王国の正規軍だが、その実態は略奪部隊。つまりは山賊野盗となんら変わらん。死ぬのはどちらか、遠慮会釈なく教えてやれ」


 アークの言葉の一つ一つに、村人どもがざわつく。

 彼らの半分は既に覚悟を決めてきた顔だが、もう半分は未だ現実を直視できないらしい。


「どうにか回避できませんか、ご領主様!」


 中でも一番根性のなさそうな男が、ほとんど悲鳴になって言った。

 その懇願にアークは懇切丁寧に答えてやる。


「じゃあ降伏して、家財も食糧も根こそぎ献上するか? ()()()()()()。オレとオレの女だけは“魔の森”を通って逃げられるからな。税を払わなかったのは百オマエラの責任だし、罪を償いたいって言うなら止めはせん。全員、飢えて死ね。言っとくけど、先に斃れるのは体力のない子供たちからだぞ? おまえに家族はいないのか? 自分の子供が目の前で腹を空かせて死ぬのは、堪らなく辛いぞ?」


 戦わなければどんな末路が待っているのか、敢えて凄惨に語ることで、現実逃避した連中に逃避できなくさせてやる。

 領主としてごく当然、ごく真っ当な行為だ。

 メイリには「だからって喜々として語るのが、アーク様はクズいんですよ」と小声でツッコまれたが、聞こえない!


「おまえらが覚悟を決めて武器をとるなら、オレは一緒に戦ってやるぞ? 勝たせてやるぞ? その方がお得じゃないか、ああん?」


 ムチから一転、アメをチラつかせるこれも常套手段。

 メイリに「言い方」と小声でツッコまれたが聞こえない!


 それで腰の据わらなかった村人どもも一人、また一人と覚悟完了していく。

 アークはしめしめと相好を崩す。

 ところがそこで待ったがかかった。

 両開きの玄関扉がバーン! と開き、現れたのは――魔術師ケインズ。


「よくもぬけぬけとほざいたな! 恥を知れ、クズ領主!」


 と階上のアークを指弾してくる。


「はぁん? なんのことだよ、ケインズ先生?」

「テムリスが全部、白状したぞ。

 アーク――貴様はコボルト族から入手した青い陶磁器(コバルトブルー)をテムリスに持たせ、知己のある商売仲間に託した。そして、法務大臣の手に渡るよう画策した。

 さもテムリスがこの村に、まだたくさんの青い陶磁器(コバルトブルー)を隠し持っているように誤解させつつな!

 今まで放置していたこの村に、法務大臣が急に目をつけ、インネンをつけてきたのはそれが理由だ!

 アーク――貴様がこの危機を招いたんだ! その貴様が俺たちを戦争に巻き込むなど、言語道断だ!!」


 今度はケインズの言葉の一つ一つに、村人どもがざわつく。

 階上のアークに指突き付けながら、「今の話は本当か!?」「どうなんだ!?」と、口々に詰問してくる。

 果たしてアークは答えてやった。


「はーい、オレがやりましたぁ~~~ん」


 一厘も悪びれず、いけしゃあしゃあとケインズの言葉を認めた。

 メイリに「表情(かお)が殴りたくなるほどムカつくんですよ表情(かお)が」とツッコまれながら。


 たちまち村人どもが激昂する。


「ふざけんな! ふざけんなあああああああああああああっ!!」

「テメエのせいで、俺たちは生きるか死ぬかの瀬戸際に追い込まれてんじゃねえか!」

「このクズ領主が!!」

「責任をとれよ!!」


 と批難轟々、止まらない。

 ミィとシロは巻き込まれた格好で、怒号を浴びせられ、あわあわと蒼褪める。

 平然としているのはやはりアークとメイリだけ。

 アークは耳をかっぽじりながら、しばらく愚民どもの好きにさせてやっていたが、批難の嵐が全く収まる気配がないのでキレた。


「うるせえ!!!!!!!!!」

 

 と大音声で喝破する。

 階下の男どもの大合唱を、さらに数倍するような声量だ。

 愚民どもはそれで気圧され、息を呑んで黙り込む。

 

 いくさ場において、己の号令を大声で末端まで行き渡らせるのも、将軍の器量だ。

 だからアークはクソ親父から、「霊力とともに腹の底から大声を振り絞る」発声法もまた、殴られながら習得させられていた。

 たかだか三十人を喝破するくらい、朝飯前のことだった。


 今の騒ぎが嘘のように静まり返った玄関広間で、アークは懇々と説いてやる。


「ああ、オレは企んだよ。伯爵領を奪ったアイランズの次は、オレを追放したモラクサのジジイにオトシマエをつけるって決めてたからなあ!

 だけど、これだけは言っておく。

 別にオレがモラクサのジジイを誘き出さなくても、遅かれ早かれ『宰相派』の誰かに目をつけられてたよ。だって急に羽振りがよくなったんだもん。月一来る隊商(キャラバン)が見たら一発だよ。そっからすぐ広まるし、軍隊を送る費用対効果が生まれたら送ってくるよ。それともオマエラは、ずっと貧乏暮らしのままの方がよかったか? オレの施しは有難迷惑だったか? じゃあなんで受けたんだよ。食ったもん、今すぐ返せよ」


 畳み掛けるように語るアーク。

 誰かが脊髄反射で反論(どうせ筋が通らないやつ)をしかけても、させる余裕を与えない。

 今はそれが大事で、メイリも「本当に口八丁はお得意ですね」と皮肉混じりに賞賛する。

 アークは続ける。

 啖呵を切るように。挑発するように。


「責任? とるよ? オレは恥を知る男だもん。だから言っただろ? 一緒に戦ってやるって。勝たせてやるって。逆にオマエラはどうなの? 元を質せば前領主を追い出して、無政府主義を気取ってたオマエラの因果応報でもあるんだけど、その責任はどこ行ったの? 恥知らずはどっちか、オマエラの胸に手を当てて言ってみろよ」


 アークにまくし立てられて、村人たちが今度こそ反論の言葉を失う。

 もしアークが逆の立場だったらば、「それがどうした!」と居直ったが、そんな恥知らずはどうやらこの場にいないらしい。

 だから機を見て、もう一度ムチからアメに転じる。


「オレたちの家財を奪おうっていう、正規軍ヅラした山賊野盗を皆殺しにしてやったら、どうなると思う? 王国『宰相派』からすればもう一度、費用対効果が逆転するんだよ。サイト村にケンカを売るのは割に合わねえ、やっぱ放っとくかってなるんだよ。その間にオレがこの村を、もっともっとデカくしてやる。世界の中心にしてやる。『宰相派』がやっぱりこいつら赦せねえなって考え直した時にはもう遅い、手が付けられないほど強い――そんな風にしてやる」


 アークが語ったのは、この戦いの意義だ。

 領主の視点から勘案した「戦略目標」だ。

 それを学のない連中にも理解できるよう、噛み砕いて語ってやった。

 その上で、アメから転じて活を入れる。


「オマエラは負け犬だ。追放されて、何もかも奪われて、こんなド辺境の掃き溜めでいちびるしかなかった負け犬だ。

 凄腕の鍛冶師がいても、達人の拳法家がいても、王国一の商才を持つ男がいても、魔術師ギルドの若き天才がいても、再起しようとはしなかった、牙を折られた負け犬だ。

 オレ? ああ、オレも一回負けたよ? 追放されたのはおんなじだよ?

 でもオレは負け犬じゃない。奪われっ放しなんか冗談じゃない。

 奪い返すんだよ! 百倍にして取り立ててやるんだよ!

 オレは『オレを嫌いない奴』が大ッッッ嫌いなんだよ!!

 だから舐め腐った真似をしてくれた『宰相派』と王国に、絶対に後悔させてやる」


 煽る。煽る。

 アークは身振り手振りを交えて、男たちの心を――矜持(たましい)を煽りまくる。


「別に領主(オレ)のことが気に食わないっていうなら、それでもいい。

 でもおまえら自身のために戦えよ! 家族を守るために立てよ!

 ここまで言われてもまだわからねえ負け犬は――いっそ死ね。生きてる意味なんかねえから自害しろ。

 オマエの嫁さんも娘もオレがもらってやるから、安心してあの世で自慰してろ」


 最後、中指をおっ立てて言い放つアーク。

 メイリに「人を罵倒する時、本当に生き生きしてますよね」とツッコまれたが(略)。

 実際、アークの物言いに腹を立てている者は多かったが、逆に言えばそれは怒る気力があるということ。

 この期に及んでうつむいているよりずっといいし、そこまでの負け犬は一人もいなかった。

 そして、明らかに感銘を受けた様子の者たちも少なからずいた。

 アークの傍にもいた。


「ミィはもう負け犬じゃないニャ! アークくんのおかげで猫人(ケットシー)の誇りを思い出したニャ! スタンド&ファイトだニャ! ミィとアークくんで五百人ずつぶっ殺せばそれで勝ちニャ!」

「いやいや、七百はおまえに任すからさ。遠慮すんなよ」


 と――武者震いしながら叫んだミィに、アークは信頼混じりの発破をかける。


「アタシたち犬人(コボルト)だって負け犬ではないデス! 大恩ある主サマと、隣人であるサイト村のためなら戦うデス! アタシの巫女の力にもご期待くださいデス! 戦争なら事前準備が大事デスよね? だったらお役に立てるデス!」

「ハハハ! なるほど、オレも名案が思いついたぞ」


 と――猛アピールしたシロに、その力も使いこなしてやるとアークは嘯く。


 さらには――

 二階にある扉の一つがバン! と開いた。

 いきなりのことに誰もが注目する中、謎の人物が姿を見せた。

 白銀の甲冑を全身にまとい、面頬(フルフェイス)で顔も覆った、騎士然とした人物だ。

 村人たちが度肝を抜かれ、どよめく中、アークの元へと歩み寄る。

 ひざまずいて(こうべ)を垂れる。

 そして、声で何者かが判明する。


「ご領主様。アーク様。御身のおかげでこの村は見違えりました。御身は常に矢面に立ち、それをなさいました。ですゆえ、今度はわたくしに先陣を切れとお命じください。事ここに至り、わたくしもようやく戦う覚悟が決まりました」

「その意気や好しだ、テッカ。いいや、カウレス家のテレーズよ!」


 そう――謎の白銀の騎士の正体は、テッカだったのだ。

 この総ミスリル製の甲冑は、彼女がまだ実家時代に自分用に誂えた一点物だったのだ。

 ド派手な甲冑は、階下にいる臆病な者たちに凄まじい頼もしさを覚えさせた。

 逆に男気ある者たちは、女のテッカが――しかも本職の武人でもないのに――先陣を切るとまで言い出して、負けん気を触発された。

 そもそもミィやシロだって女で、彼女たちばかりにいい格好をさせてなるものかと、そんな空気が醸造されていた。


「やるぞ」


 と誰かが言った。


「やろう」


 とまた誰かが続いた。


 それが皮切り。

 階下の村人たちがにわかに戦意を漲らせ、鯨波を上げる。

 反戦を訴える者はもう一人もいない。

 士気盛んなその様子に、アークは満足してうなずく。


 一方、ケインズは周囲の熱気に圧倒されていた。

 彼は賢く学もある男だが、処世術を知らない。

 ギルドを追放されて身に着けたと言っていたが、所詮は付け焼刃。

 アークの緩急織り交ぜた巧みな弁舌に、ここまでまるで口を挟むことができなかった。

 もちろん、本質的にはアークの言葉に筋が通っていたからこそ、ケインズに付け入る隙を与えなかったのであるが。

 もはやこの流れを覆すことはできないと悟ったケインズは、半ば負け惜しみのように叫んだ。


「本当に勝てるんだろうな!?」


 アークは悠然と答えてやった。


「おまえはオレのことを舐めている」


 と、いつぞやテッカたちに告げたのと同様に。


「オレを誰だと思っている? 剣聖にして常勝将軍マーカス・フィーンドから全てを受け継いだ、唯一人の相伝者だぞ?」


 その豪語を聞いて――階下の男たちが歓声を爆発させる。

 ケインズももう何も言えなくなくる。

 メイリが「でもアーク様だってこれが初陣ですよね」と小声でツッコんでも、「こういうのはハッタリが大事なんだよ。それで士気が高まれば勝ちだ。常勝将軍(クソおやじ)が言ってたんだから間違いねえ」と小声で返す。


 だから最後にもう一度、煽った。


「軍服着た山賊野盗どもを、オレたちで血祭りに上げてやるぞ!」

「「「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」」」

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