わたしだけのまほう
神殿騎士たちは精鋭だ。
本来兵士ひとりでなんとかなる相手ではない。
だけど。
鮮やかな剣さばきでひのきの延し棒を振る小柄な妊婦さんはおなかの重さを感じさせない。
その人の妻(※配偶者の意)と思しき男の人が指を動かすと次々と魔剣が主人たちを見切って地面に自ら落ちる。
恐ろしい拷問吏は伝説の騎士と呼ばれるおじいちゃんが素手でボコった。強い。
「援軍連れてきたぜタナトス!」
明日の、もう今日だけど聖別の儀式に紛れていたのだろう子供たちを率いてガブロとコゼ、見慣れた兵士たちがきた。
「おせえわ! 被害者確保及び安全圏に避難誘導終了!」
「うーん? でもわたし他にいいの見つけたけど」
コゼがぴらぴらとなにか書類を見せる。
「神殿内に勝手に立ち入り貴様らの数々の冒涜行為は……」
「ここでは話さなくて構いません。議会で証人喚問に応じていただきますゆえ。
令状は急遽仕上げました。検察及び議会とて因習に縛られ破門をおそれ道理に目を逸らす無能ばかりではございませんよ! 人の罪を神に押し付けるなかれ。太陽王(※みよとこしえに!)」
堂々と教会権力に宣戦布告したやり手議員さんは長い髪をふわりと押さえて呟く。
「英雄時代より前、確かに異教徒は神殿娼婦を設けて次代となりうる女は連れて帰ったといいますが」
彼女は吐き気を抑えるように呟く。
かの伝説の公娼ソネットの名前を継ぐだけあってほんときれいなひとだ。ミクが危惧を抱くだけのことはある。
安心しろ。胸はミクおまえが勝ってる。ジムはお尻派だけど。
「人身売買は厳罰だ。わかっていると思うが」
そのお尻好きが呟く。
事件で知り合いになる他の女の子には異様にモテるのにぜんぜん気づかないままいろんな女の子にコナかけてみんなにフラれるざんねんなやつめ。
ミクはかわいいんだからもっといいやつに乗り換えるべき。故郷にひとり心当たりがある。『教授』の末裔だし良縁だぞ。……でも弟はちょっと幼いか。むー。
まぁ、ジムと似たようなやつが隣にいるけどおいおい考えよう。
一度のくしゃみを人は言う。
À tes vos souhaits。
願いが叶うと。
三回もするならもう病気だ。
Que dieu te vous bénisse 。
神のご加護を願うしかない。
私の病気は『二回ぶん』だ。
そしてそれは魔法でも治せないのだから困る。
……À tes vos amours 。
コゼがきれいな声で歌い出す。
ガブロが続く。
「下向け恵め」
「上向きゃ拳骨」
タナトスとわたしも続く。
魔女は歌うのが好きだ。例外はない。
「おいらはスラムの紳士」
「あたしはスラムの令嬢」
「ボロのマントをきらめかせ」
「クズのドレスにネズミの宝石」
ジムの手をミクが握ってた。
ざんねんだ。弟は良縁なのに。
凱歌あげて我ら堂々帰還せり。
時は穏やかに流れる。
私はもうすぐ15歳になる。
背はかなり伸びた。
ミクと姉妹と言っても通じる。
できたら学園に一緒にきて欲しい。
「で、まぁ無事学園に通う認定とれたわけで、この快適なおうちも……」
「牢屋に入りたがるアホがいなくなってせいせいする」
む。
わたしは伸びた背丈に任せて彼に詰め寄る。
「ところでさ。私の故郷ってすごい田舎なの。護衛を雇いたいのだけど休暇取れるかなタナトス。
……15歳の誕生日に間に合えば良いのだけど」
「衛兵は暇じゃねえ。手癖の悪いおまえが金持ってるはずが」
一日でいいからと説き伏せる。
それならただでいいと彼はいう。嬉しい。
彼はジムと休暇を変わってもらうことでしぶしぶわたしの箒に跨った。
無事取り戻した箒さんはあの後めちゃくちゃ大事にブラシしてあげて時々葺き替えてあげている。掃除には使うけど。
箒なんだからそれは違えてはいけない。
騎士は剣を取り魔女は箒に乗り兵士は捕手縄をもち農民地にて鍬をふるう。
神は空にしろしめる。
すべて世はこともなし。
背中越しに彼を感じる。
何故かくすぐったく思い、甘い香りのくすりを飲む。ちょっと手元が震えている。
かわいく飾り立てた箒のふさに視線を落とす。
落ち着け私。これから母に会うのだぞ。
へくしゅん。
私たちは懐かしい準藩王都、いわゆる南の町にいた。
弟は元気かな。まだ幼かったし姉の顔を忘れていたら泣くぞわたし。
「ここ、どこだ? 田舎町にしちゃ広いな」
「広いだけよ」
わたしは平然と嘘をつく。
藩王国には東西北三つの都があるが、母は頑なに四つと主張する。
「なんかでかい家だけど」
「母は頑なに城と呼ぶわ」
「変なかーちゃんだな。うちのおかんもまあまあ面白いけど、おまえんちも変わってるのか」
「たっだいまー。お母様」
わたくしだけの魔法、無事に見出しましたゆえ。
「ハツネ?」
「レデン・『教授』の末裔、ハツネ・シイナ・ウルド『薬師寺』。
ただいま己の魔法見出し帰還しました。
とくとご覧あそばせ」
長身の佳人はわたしの母である。
魔女は老化が普通の人の倍くらい遅い。
「うーん? これでいいの?」
母に鼻の下伸ばしているざんねんな兵士を一瞥して我が母はいう。
「中を見てください。一応化粧するとわりかし美男子」
「悪くはないけど、まぁドゥオーフにもいっとく」
めちゃくちゃフランクなのはうちは田舎で我々がもともと平民であり貴族などではないからだ。
まぁみんなしてレデンとかアステリオンとかアクアマリンとか『教授』だとか、たまに貴族名が必要な時だけカンスとか思い思いに家名を口にしているだけで間違いなくうちの親戚兼仲良したちは先祖代々由緒あるド平民には違いない。
……各々世界をすくいし『星を追うもの』の末裔だけど。だから今どき何だっての?
叔父ドゥオーフを他国の人は『藩王』と呼ぶがあくまで俗称であり、この地域は各々の邑がそれぞれ勝手に国を名乗っている。
例えばさっき通りかかった酔っ払いのおっちゃんは遠くの邑の王様だ。ど田舎なので住み良いここに居を構えている。
例えば藩王領を含む各国の行く末について演説している黒髪煌びやかな綺麗な女の子はお連れの騎士共々ぶっちゃけ母よりいい服着ている。
ああ、なんか最近有名になったひとか。初めて見た。学園きてくれないかな。仲良くなれそう。
「さっきのあの綺麗な人、かーちゃんなのかー。うちのかーちゃんと大違いだわ。まぁかあちゃんは母ちゃんだからかわりはないけど」
「魔女だもん。そりゃ若いわよ」
やつがれもまた長きにわたり若くとどまりつづきますゆえヴァルプルギスの夜覚悟めしませ。
わたしはいとしの弟を腕に抱いて愛でつつやたら広いだけの道路を歩く。よく喋るようになって驚いた。あとペチペチするのはやめなさい。
タナトス。弟に変顔しないで。
町の人まで笑っているから。
辺境では土嚢を埋めることで安価に効率的な道が作れたとのことで、故郷でも早速模倣したらしい。
わりかし歩きやすい。
前は時々牛車がハマって家族揃って恥をかいたもんね。ちなみに肩の高さ約大人二人分にして八本足で石化の火を吐くうしさんだ。
「うしだ! でけー!」
気にしないのか。大物なのか。
……なんか遠巻きにみている町の人たちが彼に余計なことを吹き込みそうなのでくしゃみ薬を飲ませておいた。
母に頼んだ女の子たちは無事に心身共に回復して希望するものはここで修行を続け、魔女を諦める子は家に返したらしい。
うちはびんぼうなんだからそういう気前の良さはいらない。
と思ったら母は王国独立戦争債をバカ買いしていた。抜け目ない。
お小遣いおくってくれないのは魔女の倣いとしてもなにしてるのよ。
これで『復興代金を王国独立戦争債返済義務で賄った辺境伯がたくさんもうけさせてくれる』らしいし、未来の魔女たちに恩を売ったから今後はかの地に何人か行ってもらうという。
そういえば母はかの辺境伯の妻とも仲良しらしいから、ど田舎に住んでいるくせに投資には敏感なんだろう。
あの経歴だけ聞いたら黄表紙みたいなお姫様は辺境伯の妻だが、投機の達人でもあるらしくバリバリ損失を回復中らしいし。
とはいえ。
私は変顔しながら弟と遊ぶ兵士を伴い、町の大通りの真ん中を歩く。
「なんかみんな愛想いいな!」
「だよおーちゃ!」
幼い弟はすっかり彼がお気に入りになったらしい。
ちなみにタナトスは未だこの町がどこかわかっていない。
まぁみんな言葉は太陽王国語で話すから気づかないか。
「田舎町にしては広いし治安いいし、色々整備されているし、良い代官がいるんだなー」
もっとお母様を讃えていいわよ。
彼は「護衛とかいっておきながらわりとのんびり田舎暮らしできた。ありがとうな」と言って帰って行った。
……やっぱり母の見抜いた通りバカかもしれない。うしと牛の違いも気にしないとは。
黙っていたらここに住んでいても一生気づかないかも。
とりあえずでしゃばりの王配(※王の配偶者。代行業務は行うとしても本人に権力はない)はいらないしアレでいっか。
ただでさえうちには三人も藩王がいるのだ。
母は頑なに自らを含め四人というが。
かわいいものは好きだ。
でもお金がないわけではない。
囚われるのは好まないが甘い幸せの牢に捕まえていて欲しい。
わたしは魔女。
魔女は気まぐれなかもめ。
そしてかもめは風任せ……。
さらに日が過ぎた。
私は兵舎にあるミクの寮を出ることになる。
「……ありがとうみんな。これで荷物は全部」
「いいの? ほうきだけじゃん。アクセサリーだっておもちゃだし」
私はミクに微笑う。ジムが家を借りたのだ。同じく寮を出る彼女には家具も必要だろう。
「魔女はほうきがひとつあればいいもの。ジムとお幸せに」
わたしが彼女たちに薬を嗅がせると二人は綺麗に同じタイミングで二度くしゃみを響かせた。
「それに、オハラさんと辺境のアクセサリー屋のユマキさんとことかあちこちに世話になったし」
「どろぼうしていたと言いなさい」「マジで何度頭下げさせに行ったことやら」
ちゃんと御礼は利子つけて払ったわよ。
今頃みんな驚いているかも。
ふふ。
わたしは長く姉代わりをつとめてくれた歳上の親友に問う。
「ねえミク。学園メイドにならない?」
「なるわけないでしょう。私こう見えて兵士として誇りをもって職務に邁進しているの」
残念だ。ほんと残念。
確かにミクは学園メイドになるには少々歳をとっているが。
基本専属の子弟と同い年の子が配属される。
まぁその、ジムとお幸せに。
貴女たちの行方にくしゃみ3回をプレゼントするわ。あと『ちょっとした』祝賀もね。
「とっとといけ。泥棒むすめ」
「ひっど! あの牢屋は私が好きなものがいっぱいあるだけで……ねえタナトス」
私は学園に向かう馬車の上から彼を見下ろす。
「また縛ってくれない? あなたの牢に入れてよ」
「つみびとでもねえ、犯罪歴もねぇことになっているのに縛れるか。大人しくしたいだけなら学校とかいう牢屋にでも入ってろ」
じゃ、牢番が必要ね。
わたしは優雅に胸元から手紙を出したつもりだったがそれはコロンとともに汗ばみ生暖かくシワができてしまっていた。
胸が大きな人だけが決めること叶うものらしい。
「……なんじゃこれ」
「あなたが文字の勉強して、筆記試験を受ける能力があるのは知っているわよ。これは藩王国からあなたを太陽王国学園の衛兵としてまた騎士科特別学生として推薦する藩王ドゥオーフの直筆」
私は彼にそれを渡す。
「わたしの牢番になってくれたら、嬉しい」
「おっ。おうふ……?」
ジムとミクが「いい加減にしろ!」「メイに続いて逃す気?」と余計なことをいうが彼はまだ気がつかない。
同僚二人にどやされ釈然としない様子の彼に微笑み、私は馬車の中の人となる。
わたしは逃げる。
兵士なら捕まえて。
水は清く光輝く。
人々喜びの詩うたい。
路傍の花壇より白き花そよぎ。
宿各々自慢のスウプの香り旅人たちへ鍋叩き轟かせ。
あゝ花咲き乱れ喜びあふれるわれら太陽王国(※みよとこしえに!)。
わたしの、私たちの学園生活がこれから始まる。
願いが叶い恋愛成就重なり神の祝福たるくしゃみ3つとともにいまは筆をおこう。
【幸せ運ぶ風、未来へ。〜完〜】