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きしのつるぎ。まほうつかいのほうき

 正直言って簡単にかたがついた。

 ミクとジムはいい仕事していたのだ。

 自分たちもデートしていたくせに。ふんだ。


 不逮捕特権を振りかざす教会連中に街の人たちが怒り狂い、なんかどさくさ紛れにいい感じになった。


 これもわたしの人徳あってのこと。

 讃えよ愚民ども。ははは。



 いや、ちゃんと色々頑張ったよ?


 私は彼を箒の握りの方に座らせ、穂先に向いて座る。

 背中が当たってちょっとドキドキする。


 もちろん教会はほうきを隠していたが、ほうきなしで掃除するのは難しい。


「よしよしいい子いい子」

「箒って喋るのか?」

 背中越しに伝わる汗の匂いにそのぬくもりは、その力強い声は決して不快じゃなくてわたしに勇気をくれる。


 そう。私たちにとって勇気は魔力だ。


 おそれに立ち向かうこころ。

 それは怒りでなくどこかほわほわしているのにたしかなもの。

 見えないのにわかること。



 ところで箒が喋るかについては私にもわからない。

 相性みたいなのはあるけれどね。


 この子は真面目だけど、ちょっと堅物。

 でもやさしい子だから正義感が強い。

 持ち主は多分神殿騎士。


「だから、騎士様……私たちを救って」

 そっとほうきに話しかける。


 何人か女の子だった人をみた。

 最低すぎる。


 タナトスはなんとか私の目に入らないようにしてくれたけどみえちゃったものは仕方ない。



「……お母さんなら治せるかもしれない」

「? マジか? そんなことできる人間なんているのか?」


 わたしたち『薬師寺』はそれぞれ能力が違う。


 くすりをつくる以外の共通点はないが、それは例えばわたしの指先から放つことができる強い光や精神科で使われる音楽などその概要は大きく異なる。要は処方として有効なものは『くすり』で構わない。


「音楽を聞かせることで吐き気を呼ぶ能力者もいるわよ」「そりゃただの音痴だろ」


 タケシゴーダ・ジャイアーヌという伝説の吟遊詩人がそうだったというわ。

 彼は化け物鯨を歌だけで倒し、病に伏せった老人を魂の熱唱で身長ほども飛び上がらせたのよ。



 ……私は薬を唇に運ぶ。


へくしょん(祝福あれ)!」


 音より速く。

 わたしのくしゃみはきっとお母さんにも届く。


 お母様。お願いいたします。

 我らのともがらをお救いくださいませ。


 ぶっ飛んだ壁を見て彼は驚いている。

「マジすげえ……」

「どんな魔物でも倒してあげるって言ったじゃない」

 私は呟く。


 太陽王国や王国には魔物など出ない。

 それはホントらしい。


 バイドゥとかいう帝国があやつるもののけは別だけど、ここより山岳地帯にある藩王国ではたまに出る。


 彼の表情から畏怖はない。

 それがとても嬉しい。


 ……好奇心とか、そういうのは感じるんだけど。ちょっとわたしがほしいものは今のところ。


 うーむ。これはもう少し胸が大きくなってから考えることにしよう。


 わたしはお母様の子。

 かのシーナだって一度はファルコ・アステリオンを射止めたのだ。

 彼女は狩人で弓の達人だったらしいからそっちの意味かもだが。



 金色の風に飛ばされて、希望と共にわたしのともがらたちはお母様のところに向かった。


 ぶっ飛んだ壁からわれら太陽王国の都が見える。

 ……おっと。みよとこしえに!



 くしゃみを我慢すると目や耳を痛めることがあるけど、これほどの数の怪我人をお母様のもとに送れるなんて初めて知った。


 私はほうきさんを撫でて労をいたわる。


 わたしのほうきさんを見つけないと。

 ダサいダサいといじめてごめん。

 燃やされていたら今なら泣く。


 ミクのアクセサリーまた盗んじゃったもん。

 取り戻さなければ今度こそ朝ごはん抜きだ。



 朝日が登っていく。


 成長性の高さこそ『薬師寺』の特徴である。

 使えないとされるほど尖っていればさらに強い。


 まして恋する魔法使いは無敵である。


 誰が誰に恋しているって?

 まぁ朴念仁にははわからないのです。



「なんの騒ぎ……」「おい、てめえら」

 彼の低い声が小さくも、力強くわたしの耳朶を震わせる。


 彼は今までにないほど怒っている。

 私たちのために怒ってくれている。


「魔女狩りどもと教会にはなんの関係もないって言っていたな……証拠は手に入れたぞ。生き証人たちは……藩王国にでも行ってるかもな」



 抜刀許可は出ていない。

 騎士ならざるもの、魔導と無縁なものには樹脂でできた透明の魔剣を自ら抜くことはできない。


 だが、剣が自ら主のために力を貸す時は別だ。

 芯材にされたぶどう房の枝の如く張り巡らされた鋼の輝きまさに燃え上がり魔剣はただしく真のつるぎとなる。


 正義と勇気に愛されるりんごの杖の力もつ彼の剣は自ら彼を呼んだ。

 誠実と愛情の夫婦羽根埋め込まれし剣とその持ち主を引き離すことなどできやしない。


 彼は隠されていた剣に導かれて、いや剣はいつのまにか自ら彼の手元に。



「調書は兵舎でとってやる。おまえたちは国選弁護人を呼んでいいぞ」


 彼は名前の通り死神(Thanatos)だ。

 何者にも揺らがない強い意思のひと。


 いつも共にいてくれ勇気をくれるひと。

 誰にもはばからぬさばきのちから。



「我々には不逮捕特権がある」

「ねえよ。文盲の俺に教えてくれや。何条何項だ。

 神さまに仕えていたら何してもいいなんて法律は今の太陽王国にはねぇ。いや革命前にだってねえ」


 りんごの杖の剣は解き放たれる。


「兵士一人が剣を取り戻したところで何ができる。剣を我々に向けるなど何と不遜な。神のしもべたる我々を縛ることなどでき……」

 偉そうな異端審問官のカソックだけがするりと切れ、ただのおっちゃんの下着姿になった。


「不殺剣『はなみずき』。一度だけ元副長が教えてくれた。剣が覚えている」


 え、すごっ。

 ちょっとタナトスかっこいい。

 わたし化粧取っちゃったのに美形に見える。ヤバヤバすけっちぶっくないし!?


「……おい、異端審問官さんや。

 猥褻物陳列罪は子供の前だから勘弁してやらぁ。

 関係者は自ら吐け。お上にも慈悲があらぁ。


 てめえらの神になくてもなぁ!」

 え。


「俺の妹より幼い子供らにむごいことをする神さまなんて……」「ストップ!」


 わたしは彼を遮る。

 私たち(まじょ)は紙の月を崇めないが、神は『知っている』。

 彼女達は気まぐれだけど人間をまだ愛している。


「神さまを冒涜するのはよして。神さまに責任はない。あるのは……人間が人間の意思でやったことなら人間の責任。人が人を裁くのは傲慢かもだけど」


 神さまは見守ってくれる。


 ほうきさん。あなたのご主人様たちがきたわ。

 でも大丈夫。りんごの木の魔剣はたとえ敵味方に別れてもあなたのご主人様を救ってくれる。

 そしてひとしく裁いてくれる。


 裁きは罰ではない。新しき地図。

 わたしも彼に救われたのだから。



「神妙にお縄につけやぁ!」


 彼はなかなか冗談の効いたことを言って剣を構える。人智ならざる神の妙(運命)はわたしたちを引き合わせてくれた。



 そして私は彼を信じる。

 神さまを信じるように。



 私は魔女。

 教会いうところ男を惑わす妖婦。

 されど箒に乗せてこえなき声届けるものの末裔。


 わたしに勇気をくれる人よ。

 死神の名をもつ農民の子よ。



 なんじはわたしの勇者なり。

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