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魔女は紙の月を崇めない

「あっタナト……すっ?!」

「ども! 容疑者Aです!」


 詰所門番である彼女は私を睨んで。


「いい加減にしてよっ!」

「だってかわいいんだもん。牢屋が」

 ミクがなんと言おうと抗えない魅力がある。


「牢屋はおまえの無料宿じゃねえ」

「酔っ払いだから今日は堂々と入っていいのだ!」

 ジムに私は反撃した。間違いなく酔っているから取り調べは明日でよろしくタナトス。わたしは寝るから。


「てか、わたしのアクセサリー……」

「あれ? 俺が買わされた奴か。今更だけど気づかなかった。ほうき飾りにしては豪華だけど子供のおもちゃ……」


 私は翌朝、ジムがほっぺたにつねられた痕をつけたまま取り調べしていたその理由を知らない。


 衛兵は一応試験もあれば身分証明も必要だが、実態はとてもゆるい。

 男女比は半々。能力などない田舎の次男坊以降や娼婦くずれが能力者や魔導士を相手にする必要がある。

 当然危険である。



「はっ……はっ……」

 はくしゅん(汝に幸福を)


 喉になにか詰まらせて死にかけていたおばちゃんは私が助けた。崇めろ。


 スキルは事象そのものを生み出すのでこういうことができる。溺死しそうな人でも薬さえ口に入れればなんとかなる。



「助かった衛兵さん」

「まぁ、こいつまた盗みやがったから」

 彼は私を小突いた。ふん。



「ありがとう魔女さん」

「べっ。別に……くすり余っているし。あ、でも花を植えてくれたらまた作れるしでもでも頼んでないし!」


 おじさんの思わぬお礼にキョドっちゃう(挙動不審)

 タナトスは笑っている。とりあえず蹴っとくし。


 彼のブーツのすね。鉄板入ってて痛かった。

 謝罪と賠償を要求する。あと勾留三日追加。

 たしか公務執行妨害だもん。わたし物知り。


「魔女狩り退治、給料出たんだぞ」


 そんなのどうでもいいし。

 ミクになんか買ってあげられるけど。


「別に兵士同伴で勤労奉仕していても向こうから来るんでしょ。さっさと現行犯で縛って教会との関係を……」

「それ以上喋らない」


 はいはい。おとなしくデートしておきますよーだ。


「デート? 誰と誰が?」

 ……私はくしゃみ薬をたくさんたくさん彼に飲ませた。



 騎士や貴族と名乗る地方武装勢力が軍に置き換わりつつある太陽王国においても未だ神殿騎士たちはいる。


 奴らは神の名前のもと独自の逮捕権や捜査権、裁判権などを主張し続けているため、縛るなら神殿騎士どもが出張るまでにやらねばならない。


 異端審問官は最悪だ。

 ジェントリは知識なんてダサいと本を燃やすが、あいつら異端審問官は本当に傍若無人。チクリ魔。あと私刑を辞さず教会に逃げ込んで『処罰は受けた』と平然と次の日出てきたりする。



 これは教会の本部が帝国にあり、教会は伝統的に帝国の支配をその教義で支えてきたからであり、部族がスキルやギフトを得ることで帝国の侵略を防いできた太陽王国からすれば帝国にデカい面をされているようなものなのだ。


 何故そんな宗教がのさばっているのかって? 知らないわよ。帝国貴族は無宗教らしいし。



 私たちは大きな橋を超え(※光曜日に幸あれ)、おとり大作戦の最中である。


 そのうちおとり捜査は禁止されそうだけど今のところ問題ない。いや私が危険か。



 ……私はタナトスをじっと見上げる。

 うーん。どうにもパッとしない。

 香水でもつけたらいいのに。


 でもまぁ、嫌ではないのでそれが重要。

 歳も案外大差ない。


 わたしは匂い梟をくるくる回す。

 匂い梟が鳴いていい香り。


 ちなみにあのあと買った。タナトスが給料後払いで。


 あくまで証拠物件と彼は主張している。

 ふふふ。なのだ。



 革命以降復旧進む教会のステンドグラスや宗教画眺めたり、布施を泉に投げたり、広場で床屋に前髪を切ってもらったり(※このあと無料メイクと辺境の化粧のセールストークを聞くことになる。男性によくあることだが彼は当然ダルダルだ)、釣り人の釣竿借りてみたり、典型的なデートである。

 彼がなんと言おうとそうなのだ。



 彼にとって問題は全く私たちが襲われないことであり、私にとっての幸福はこのまま日が正午をすぎて太陽傾き出した事実である。

 ああ太陽王(みよとこしえに!)。


「他人のお金で肉がうまい」「同意する」


 いやぁ捜査費用で食べるごはんの美味しいこと。

 先先代隊長夫婦のお父様篤志ありがとうございます。



「ねね。タナトス」

 前から思っていたけど、こいつちゃんとしたらかっこいいのじゃないかな。

 私がせしめた化粧道具の試供品を出すと彼は抵抗した。


 どうも化粧をいやがる男は多いのだ。

 魔女としてはふつうなんだけど。

 ちなみに辺境の化粧は驚くほど害のない顔料を使っていて高品質だ。


「抵抗するなし。

 うりうり」


 私は酒場で周りの酔漢に揶揄われる彼に爆笑しながらそれを施して……うわ。ひくわ。



 ……めちゃくちゃかっこいい。

 どうしよう。


 わたしは急いで紅をくすりゆびにつけて彼の唇とほっぺたにつける。丁寧に撫で付けた髪はボサボサに戻した。


 周りから爆笑が起きた。



 意外にも彼の唇は柔らかかった。カサカサのくせに。



「魔女め、男に化粧を施すとは」

「はぁ? かわいいのが正義だし!」


 たまに変なのいるけど、こいつらは無銭飲食犯(異端審問官)だ。つまみ出すべき。



 タナトスだって十手を見せてタダ飯を食べタダ劇をみたりはしない。後者は治安維持上必要らしいけど子供には教えないって。ふんだ。


 案の定摘み出された異端審問官は悪態ついて金払っていく。


 間違いを認められるおとなはえらい!

 褒めてやる。


 ところでわたしたち『薬師寺』はくすりを作る能力者ではあるが、くすりに強いとは限らない。


 うん。当然だね。

 私なんてほとんどかわいい花を育てるのが能力みたいなものだもの。

 くしゃみになる薬はおまけなのだ。


 例えば、夜道を歩く際、光をゆびさきから出すのもそうだ。

 なんか花をみたらくしゃみと鼻水が止まらない人がいるけど、強い光でそうなる人はいる。太陽を直視するとくしゃみが出るらしい。ちなみに親がそうならうつるのは私たち魔女の魔法と変わらない。


「やっぱり魔法使い(スキルもち)って便利だな」

「崇めろ。我は光なり」

 神官が聞いたら激怒しそうだけど。


 くしゃみは色々あって体温に差が出たり、埃を鼻とかから出したり、精神的な不調だったり、発酵食品が腐ったり原因も効果もさまざまなのだ。


 だから私の魔法も結果はさておき事象は変わることがある。


「確かにミカさんが縛るのに躊躇ためらわないだけあって、『薬師寺』はなんでもありなんだな。スキルというより加護ギフトだ」


 ミカさんは先代の隊長さんで、今は辺境にスカウトされてそっちで治安維持をしている。


「魔法でもできないことはあるよ。『自分だけの魔法』を見つけてお母さんのところに帰るまでが私たちの修行だもの。年に一度だけ誕生日に帰っていいけどそれはただの帰郷」

「ん? お前らスキルは一つだろ」


 そうして魔女は血を繋ぐのだ。



「……でさぁ。タナトス。これってラッキーだよね。向こうからやってきたんだし」

「俺たちが縛られてどうする」


 私たちが目を覚ますと神殿のどこかだった。


「うん。あのお肉美味しかったけど〆のブリサーモンの花山椒クッキーサンドをストロベリーソース和えにしたってのが変な味したもんね」

「あれかぁ!」


「〆のスイーツとして作りやすいから今度ミクに作ってあげよっと。

 考えたらチーズもお魚も身体のお肉になるのは同じだしあの発想はなかったな。藩王国では見たことない。


 あーでもコンソメスープをプティングみたいにしてあんかけにしたコンソメロワイヤル? ってのも最高だった。コンソメは自分で作るの大変だけど」

「おい、コンソメの作り方なんてどうでもいいだろ魔女。大鍋で作れよ」


 あれ専門の職人さんがいるんだぞ。

 高価なんだぞ。

 大抵お母さんから受け継ぐんだぞ。


「わっ。あれ拷問道具かな。

 初めてみた。あれ鋼鉄の処女? なんとかの鉄牛? 資料でしかみたことない。

 わー。スケッチブック持ってくればよかった」

「現場を抑えていないからあくまで置いているだけと言い張られるかもだが、私刑および容疑者虐待の疑いになり得る物件を見たぞ……」


 うーん。それはつまり。


「私たち喋れる状態で帰れないね」

「残念だけどそうなるな。煙草でも吸うか?」



 煙草は大人の味らしいけど、私たちは吸わない。


 ギロチンの際にはタバコを吸えるらしいけど、魔女は紙の月を崇めない(無駄なことをしない)のだ。

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