出会いは時速320キロメートル
手首に食い込んだ荒縄は藁でできたやつだった。
痛いし臭いが鼻にちくちくする。
「ねぇ。逃がしてくれたら魔物退治でもなんでもするわ」
私は衛兵に声をかける。
「私は魔女だもの」
能力者犯罪を制圧することを専門とする衛兵がこの国、太陽王国にいるのは周知の事実だけど、私のような昔ながらの魔女にとっては迷惑な話。
教会の教えを守る狂信者の一部はその技術を用いて魔女狩りと称して私たちを迫害し始めたのだ。
こっちは伝統を守って細々と生きているだけなのに。
『くしゃみをする薬を作る程度の能力』しかないのよ。私。
「魔女の力を借りるまでもない。
そもそも魔物を倒す魔女を捕らえることが出来る衛兵が、
その魔物に後れを取ったらおかしいだろう。
おまえ『ろじっく』って知ってるか」
衛兵はにべもない。
私ほどの美少女がかわいい服を着ていて、さらに縄に縛られている姿ってフェチズムじゃないかしら。ほら、少しくずして足の先も見えているわよ。
私たちウルド・『薬師寺』(※ウルドは『最も名誉ある騎士』の末裔を意味する)は危険なスキルとして恐れられ、ある時は崇められてきた。
この王国の王家だった家は分家であり、その本家にも『薬師寺』の末裔が仕えていた程度にはね。
ちなみに我が家の宿敵は『泉屋』。
そのスキルは『お茶を淹れる程度の能力』。こいつの元上司だ。
そして数日後。
「反省したか」
「しています」
「『適当に魔物退治でもなんでもすると言って逃げよう』って思っている」
「なぜわかった!」
「そもそもいつも口からデマカセばかり! 魔物なんて見たことねえよ!
お前今日もまた可愛い服盗んだろ!
マジでオハラさんがキレてるからな! 今度こそシャレなんねぇだろ!」
だって魔女のあの服は口覆いとかヘッドドレスとかもっこもこした装いとかダサいもん。今どきほうきで空飛ぶとかなによ。かわいいスカートが下から見えちゃう。
今は科学の時代なのよ。
私だって『ボビィ』みたいに飛行機でビューンと飛んでみたいわよ。
「ハツネ。またやったの」
「ミク、こいつがいじめる」
門番を務めるこの兵士はいちいち猥談が好きな欠点はあれど(※そのくせ彼氏と思しきジムとは一発もヤレていない)、気さくでいいやつだ。
「タナトス、そのくらいにしといたら。
軽犯罪者をぶち込むほど牢屋は空いていないのよ」
「えええ! 可愛いお菓子とお茶と素敵な茶室がある牢屋から、私を薄汚い街に放り出すというの!? あなたたちサディストなの死ぬの?!」
対能力者用の牢は先代の隊長がその『能力』の全てをつぎ込んで作ったものであり、彼女が隊長を務めていた時は何故か私室として用いたということで、私の能力を一切封じる代わりに信じられないくらい快適である。
は! もしやそれを見越して彼女はここを作ったのか?!
「ハツネ。そんなわけないでしょ……いい加減反省しなさいよ」
ミクは穏やかにキレていた。ヤバい。これ以上迂闊なことを言うと容疑者虐待案件だ。
「証拠物件をオハラさんに返却。これにて本件は刑事事件そのものが棄却。
被告人ハツネ・ウルド『薬師寺』はとっとと帰れ」
「ひどい! 勝手に事件もみ消して何が棄却よ! 正式な手続きを要求する!
訴えてやる! 残酷! 悪魔! 転生者! 私を牢屋に帰して!」
「なんか隊長とメイの奴が辺境行ってから変な子が出入りするようになったんじゃね?」
兵士たちの昼飯であるはずのりんごを勝手に食ってる少年たちにタナトス氏は呆れる。
「おめーもだよ。ガブロ。それからコゼ」
「は? 貴族様に偉そうな口たたくとはさすが平民様だな」「だねぇ」
「今は貴族なんていねえよ。ばーか。とっとと喰い終わったら二人とも学校行けよ」
「へーい」「ちぇー。りんご代はおいてく」
王は政務から退き立憲君主制となり、科学の翼が空を飛んでも世界は不思議ばかり。
そんな国で今どき魔女なんてつまんない。
もっともっとかわいいものがあるし、もっともっともーっと! おいしいものを食べたいし、もっともっともっと、いやチョーカッコいい男のコと素敵な恋がしたいのだ。
「で、なんで俺に絡む」
「ヒマだもん」
私とタナトスはカフェでブランデー入りの茶を楽しんでいた。
お互い不本意である。