記憶を盗む会社を退職すると、面倒な男から呑みに誘われ、退職祝いに、身に覚えのない日記をもらう話
会社をあとにするとき、久々にいい店で呑まないかと誘われて、かなり無理矢理、小ぢんまりした割烹屋に連れられた。
久々に、と言われて腕を引かれたときは、正直、面食らった。
この男と呑みに行くのは初めてだ。初めて呑みに行く仲だというのに、「久々に」と誘うなんて……ずいぶん珍妙なことを言う。
それにしても、かなり狭い店だな。
「それにしても、かなり狭い店だな、って思ったんじゃない?」
珍妙な男が、僕の顔を伺いつつ、得意げにほくそ笑む。
「はあ、まあ……」
「これね、俺の持論じゃないんですけど……この手の店って、狭けりゃ狭いほど名店って、相場が決まってるんすよ!」
「いや、それは必ずしも――」
「当てはまらないって思う?」
「そりゃあ……」
「ところがどっこい! ご安心めされい。ここは俺が知ってる中で、一等美味い、名店中の名店ってやつよ! ね、大将?」
カウンター席に座っている僕たちの目の前に、大将が直々に、生ビールを置いてくれた。大将はずいぶん気難しい顔を見せつつも、「……そう言ってくれんのは、あんただけですよ……」と、愚痴なのか謙遜なのかよくわからない言葉をこぼして、天ぷらを揚げる方に戻ってしまった。
まあ……あの大将の腕前だけは、信じられる気がする。僕をこの店に連れ込んだ男のことは信用ならないとしても。
僕はジョッキを手に取り、一応、社会人らしい会食のマナーを口にした。
「ひとまず、お互い、初めましての挨拶がわりに……乾杯」
「あーあ、やっぱ、そういう反応するんだー。カンパーイ」
男は珍妙なことをのたまうと、トホホと言って肩をすくめ、一杯目のビールをぺろりと空けてしまった。
何がトホホだ。初対面のくせに。
とは思うが、珍妙な男は、僕のことなんか一切構わずお品書きを開くなり、ウキウキと調子よく、酒とアテとを次々と女将に注文していく。
僕もついでに、仙台の地酒と、鹿児島大根の蕗煮、陸崎のトキマグロを頼んでおくことにした。
女将は柔らかい微笑みでもって、僕たちの横に地酒を一合ずつちょこんと置くと、「お料理の方は、あとちょっとだけ、ちょっとだけなの。お待ちくださいね」と、まだ恋も知らない乙女のようにはにかみながら、奥へ引っ込んだ。
「チェッ! じゃ、いいっすよ! お互いハジメマシテってことで」
珍妙な男は、なぜかふてくされながら、胸ポケットから名刺を取り出している。
「はい、これ俺の名刺!」
「……はあ……」
「あーあ、やだなあ! そんな、読みもしないでさっさと懐にしまわないでよ! 大事なことが書かれてたらどうすんの? はい、まあ一杯飲んで!」
「いや、どうも……」
「だって、聞いて驚いちゃいけませんよ? 俺の仕事、泥棒だぜ? けへへ!」
「そうですか……」
驚くなと言われる方が面倒だと言いたくなるほど、驚くほど面倒くさい男だ。
一応、礼儀の範疇で名刺を読むフリをしたが……何なんだ、この名刺は?
子どもの冗談みたいな会社の肩書きと、お笑い芸人でも名乗らないだろう突拍子もない名前が書かれているのが見えて……馬鹿馬鹿しくなって、地酒の方に手をつけた。飲まなきゃやってられない、というやつだ。
ただ、酒の味は本物だ。
お猪口に唇が触れた瞬間、儚く溶けるような口当たりのよさに胸を打たれ、一気に飲み干してしまった。
ふうとため息をつくと、盃の底から現れたのは、目を奪われるほど鮮やかな藍色。狙い澄ましたような、絶妙なタイミングで目が合った。
日本人に生まれてよかったと思う瞬間だ。輝いて見えるほど見事な藍色が、視界いっぱいに広がる――僕はこういうのに、至福の時を覚える。
ただ、酒は旨いが、面倒な男に捕まったな――とため息をこらえながら、御通しのエビに箸をつけた。
これも美味い。予想だにしなかった。なのに一口で食べ切ってしまったなんて、もったいないことをしたな。
ふと、店内を見回してみたくなった。かなり狭いが、趣のある、いい店だ。
旨い酒。気の利いた料理。静かな店内。
そして、僕が座っているカウンター席のとなりには……こんないい店を知っている、面倒な同僚。
こんな変な男でも、間違いなく、僕の同僚に分類されるはずだ。社内で会った覚えは一度もないが、状況証拠からの推理というものだ。ここで無理に席を蹴ったり、「馬鹿にするのも大概にしろ!」と怒鳴りつけることはできない。
何せ最悪の場合、僕はこんないい店を出禁になり、さらには明日出社したとき、エレベーターホールで気まずくこの男と鉢合わせ、馴れ馴れしく笑い者にされるんだから。
僕の職場は、仕事の性質上、かなり人の出入りにうるさい。うるさすぎて、敵わない。そんな会社の敷地内で、僕に声をかけてきた男だ。同僚ということだけは、決して狂いのない事実だ。たとえ彼とは、一切、面識がないとしても――。
厄介だな。この男が同期なのか、上司なのか、はたまた中途採用されたばかりの頭のおかしな部下なのか、見当もつかない。ただし、まかり間違っても、名刺に書かれていた通りの肩書きなわけがない。
スティーリング・ホールディングス(株)
記憶窃盗 総務課 部長
一体、何の冗談かと頭を抱えたくなるほど、粗悪なユーモアグッズだ。
彼の肩書きは、総務課の部長らしい。
総務課の――部長?
いや、いやいやいや、待ってくれ。
課長の部下に、部長がいるのか?
頭が痛くなる。
一体どんな組織構造の会社だ。
「トホホ、俺も耳を疑いましたよ……」
面倒な男は耳を疑ったらしいが、僕も僕で目を疑っている。社会人にもなった男が、同僚にこんなパーティグッズを、うやうやしく名刺がわりに差し出すな。
「だーって課長、今年度いっぱいで、ウチの会社、辞めちゃうんでしょ?」
それを言われて――ギクリと箸が固まった。
この男……僕の肩書きが課長だと知っているうえに、退職時期まで知っている。だとしたら、やはり彼は、僕と同じ会社の人間なんだろう。
「ええ、まあ……」
「そういうこと、もうちょっと早く言ってほしかったなー!」
初対面の場でそんなことを言われるとは、夢にも思わなかった。
「それは……どうも、悪いことをしました……」
「だってさあ、こうやって呑みに行けるのも、これが最後だよ?」
「ああ……残念、ですね……」
「って思うと、ちょっぴり寂しいし……はいっ! 急な話だったもんで、大して気が利いたもんじゃないっすけど、これ、俺からの退職祝いってことで!」
面倒な男はそう言って、薄汚れたキャンパスノートを、何冊か手渡してきた。
それは、日記だった。
身に覚えのない日記を、束でもらった。
どのページを開いても、まったく身に覚えのない出来事が書かれている。
だが僕は、ランダムな日付を読んでいくうちに――みるみる酔いが醒めていくのを感じた。
『この会社、なぜか課の下に、部がある。
課長の下に、部長がついている。
いや、いやいやいや、待ってくれ。
頭が痛くなる。
一体どんな組織構造の会社だ。
と訊きたくなるが、今日からここが、僕の職場だ。』
『仕事の性質上、仕方ないとはいえ、かなり人の出入りにうるさいな。
うるさすぎて、敵わない。』
『まあ、記憶窃盗 総務課に配属されたわけだから仕方ない。
まかり間違っても、仕事で盗んだ記憶を、逆に盗まれるわけにはいかない。』
『久々にいい店で呑まないかと、かなり無理矢理、同期に誘われた。
急に誘われたときは面食らったが、
僕が課長に就任したお祝いだと言って、いい店に連れ込まれた。』
『妙に面映いというか、正直、面倒だ。』
『僕としては、同期の中では彼の方が、先に出世すべきだと考えている。
その考えは、今でも揺るがない。
だから「昇進の件は祝わないでくれ」と、あれだけ断ったはずだが……。
面倒な男だ。』
『それにしても、かなり狭い店だった。』
『旨い酒。気の利いた料理。静かな店内。』
『これはあくまで、僕の持論だが、
この手の店は、狭ければ狭いほど名店だと、相場が決まって――』
いや。
いやいやいや。
そんな持論が僕にあるなんて、僕には何ひとつ身覚えが――。
「まあまあ、一杯飲んで!」
急に声をかけられ、心臓がバクリと振動し、店内で大声をあげそうになった。
***
「あ、あの……これは、一体!?」
「いいから、今は呑みましょうや。ほら、大根だって冷めちゃいますよ?」
「ああ……い、いただきます……」
僕は、手にした日記をひとまず閉じて、ぬるくなった大根の蕗煮に口をつけた。
美味しい、とは思ったが、正直、それどころじゃない。頭がパンク寸前で、幻にダシ醤油をかけて噛んでいる気分だ。
身に覚えのない日記――だが、他人の日記じゃない。
僕の日記だ。
身に覚えのない、僕の日記。
それを、この男は、退職祝いとしてくれた。
頭の中で色々な考えが、グルグルと悪酔いのように巡っていく。
ひとまず、ひとまずだ。ひとまず状況を整理しよう。
そういえば、この同僚の肩書きは、何だったか?
確か――記憶窃盗 総務課 部長。
記憶の――窃盗?
「あの……す、すいません……先ほどいただいた名刺、は……本物、ですか?」
「あっはっは! そりゃ、社会人がハジメマシテの場で、ニセの名刺を渡すわけないっしょー」
「はは……です、よね」
一応、笑っておいたが、正直、笑えない。
色々と、訊きたいことが多すぎる。
「それで……記憶の、窃盗って……具体的に、どのようなお仕事で……?」
「そりゃ当然! あーたと大して変わりゃしませんよ!」
「僕と、変わらない……」
彼は、僕と同じ仕事をしている――らしい。
僕と同じ仕事――だから、つまり――。
僕の……………………仕事、は?
「あ、の……少し変なこと、お尋ねして……よろしい、でしょうか……?」
「あー全然いいっすよー」
「た、例えば、僕が普段、職場で、な、何をしていたか……それに、同僚の名前とか……い、いえ、それ以前に、僕がどこの会社に勤めていたか――」
「まあ、それが思い出せるなんて言われちゃ、ウチも商売上がったりっすよー」
「し、しかも……申し訳ないんですが、何も、何ひとつ、思い出せないんですよ。あなたと僕が、普段から、の、呑みに行っていた、なんて……」
「おっと! いつもなら、こんないい店には連れて来ませんよ? けへへっ! 安酒をしこたま煽れる隠れ家店で、のんべんだらりと、たわごと語ってるだけで十分なんすから! でも、たまにはいいっしょ? こういういい店に来るのも!」
すると大将が、岩盤のように気難しそうな顔をグルリとこちらに向け、「お二人とも、もう少し、顔出してくれてもいいんですよ……」と、ラブコールなのか嫉妬なのかよくわからない言葉をこぼした。
背筋が凍るほど、奇妙な話だ。
僕はこの店に、以前、訪れたことがあるのか? しかも大将の口ぶりから察するに、一度だけじゃない。この男に連れられて、何度も足を運んでいる。
いや、それにしても、だ。
僕は恐る恐る首を回し、となりを見た。
こんな面倒くさい男、一度会ったら、二度と忘れるはずがない。トキマグロの刺身を一口頬張っただけだというのに、「大将、大将」と幸せそうな酔いどれ口調で、急に人のことを呼びつけている。何を始めるんだと思いきや、聞いていてあきれるほど百花繚乱の言葉尽くしで、ただ大将の腕前を褒めまくりたいだけのようだ。
だが、どれだけ思い返しても、会った記憶がない。ひとつもない。
盗まれたんだ。
僕は今年度いっぱいで、記憶を盗む会社を退職するものだから、仕事に関わる記憶を、洗いざらい、盗まれている。
これは……困ったことに、なった。
と途方に暮れながらも、ひとまず、大根の蕗煮に口をつけるしかない。
……幻に醤油でもつけて食べているようだ。美味しい以外の実感が湧かない。
とりあえず、取り戻せるものから取り返していこう。
僕はこの男と、ずいぶん仲が深いらしい。ところが恥ずかしながら、名前が思い出せない。
酒もアテも、かなり進んでしまった手前、いまさら訊くべきか迷ったが……酒をグイッと煽った勢いで、意を決して訊いてみた。
「えー? さっきあげた名刺、読まなかったんすか!?」
「あれって……本当に、本名なんですか?」
「失敬な! 本名っすよ! 左右差均等、だからシゲちゃん!」
いや……いやいやいや……よくわからない。
一体どういう理屈が働けば、『左右差』という名字、『均等』という名前の人物から、シゲちゃんというあだ名が出てくるんだ?
とは疑問に思ったものの、なかなかに酒が回ってきたせいか、「ああ、なるほど、だからシゲちゃんか」と言って、適当にうなずいてしまった。
***
困ったことになった……と悩んでいるうちに、幻の酒が徳利一本分、空になっていた。これほどの名酒を味わいもせず飲み干すなんて、バチが当たりそうだ。
盗まれた記憶は、もうどうにもならない気がする。記憶を取り返そうにも、その方法が何も思いつかない。思いつかないように、うまいこと記憶を盗まれたんだろう。
「辛気くさい顔しちゃってさ、まったく! ホント、あーたは酒が入らなきゃ、ちっともエンジンが掛からないっすねー」
シゲちゃんは僕の肩を説教くさく叩くと、僕にもう一杯と勧めくる。
「いえ……僕はあまり、人前では呑みたくないもので……」
「そんくらい知ってますよー。喋り上戸になっちゃうから、ってやつっしょ?」
「そうですよ。だから勧めないでください……」
「だから勧めるんじゃないっすかー! 鈍いっすねー!」
シゲちゃんは「めんどくせー奴」と言って口を尖らせながら、わざとらしく音を立てて、酒をちびちびすすっていく。
そういえば――この男とは、同期だったか。
同年度に入社して、僕は課長、彼は部長の役職をもらうまで、何年も何年も、同じ会社に勤めていた仲だった――らしい。
僕は、深呼吸とため息の中間のような捨て鉢な気分で息をつき――辛口一献、一気に煽った。
「勧められたからには……まあ、呑みますけど……」
「お?」
「どうなっても知りませんよ」
「けへへ! そう来なくっちゃ!」
***
我ながら情けなく思う。情けなくなるほど、酔うと歯止めが効かなくなる。
それを待ってましたとばかりに、シゲちゃんも一杯煽っては、気前よくどんどん饒舌になっていく。
どれもこれも、シラフじゃとても恥ずかしくて、人に話せないことばかりだ。
組織とはどうあるべきか。
部下を教え育てる、良き上司のあり方とは。
そもそも会社とは、社会にとっていかなる使命を果たすべきか。
……なんて、まるで駆け出したばかりの若手社員のような、根も葉もない理想をのんべんだらりと語っては、「そうだそうだ」とうなずき合って、またお互い、グイッと一献、お猪口を空にしていく。酔えば酔うほど舌が回って、互いにますます気分もよくなって、酔っ払いのたわごとに拍車がかかる。
ただ、ずいぶん酔いが回ってしまった。僕はふと、お手洗いのために席を立ち、狭い店内の奥にある、さらに狭いトイレに向かった。
何気なくスマホを開くと――日付には「三月三十一日」と表示されていた。
サァーっと血の気が凍る。
急に立ちくらみが起き、耳鳴りが痛いほど、愕然とした。
どうやら僕は、そんなことまで、徹底的に記憶を盗まれていたのか。
だが、これではまるで、全財産を預けていた預金通帳が、知らない間に残高ゼロになっていたような、血も涙もない奪い方じゃないか。
僕は今年度限りで、会社を退職する。だからこそ、その日が来るのは、まだまだ先のことだと高をくくっていた。
ところが僕の出社日は――実は今日が最後だった。
あの職場には、もう二度と出入りすることは――。
三月三十一日。
まさか。
だとしたら。
シゲちゃんの言う通り、今日が本当に、最後の日じゃないか!
腕時計を見れば、終電まで、残り三十分しかない。
こうしちゃいられない! 君とはまだまだ、話し足りないんだ。
さっきあれだけ盛り上がった話だ。せめてあの話の、続き、を――。
…………………………………………………………ない。
妙だ。ないはずがない。
さっきまでここに、山ほどあったじゃないか!
僕は慌てて記憶を遡った。
ない。
ない。
どこを探しても、どこにも記憶がない。
いや、いやいやいや。確かに僕は、手元に抱えていたんだ。
どうしても君に語りたかったこと。シラフじゃ人に話せなかったこと。面倒な男だと思われるのが嫌で、鬱々と自分の中に溜め込むしかなかったこと。それが二日酔いの不快感のように、息が詰まるほど腹の底に溜まっていたんだ。
あれだけ吐き出したかった山ほどの何かが――いつの間にか、なくなっている。
いや、なくなったんじゃない。君にすべて、盗まれたんだ!
そのとき――嫌な予感が、ゾクゾクと背骨を這い昇った。
大慌てで手を洗い、極狭のお手洗いをすり抜けたが――まさかこのタイミングで、ドアノブに袖を引っ掛けるとは思わなかった。
忌々しく振り払ったら、そのバチが当たったとばかりに、つま先を敷居に痛打して、恥ずかしいほど爆音が鳴った。
「気をつけな!」厨房の大将から、こちらに喝が飛ぶ。
「す、すいません!」
「ああ、なんだ、またあんたか……もう鼻の骨、折らないでくださいよ。こっちも寝覚めが悪いんでね……」
「……え?」
壁の向こうへ訊き返すと、愛想の悪い大将は、「こんな店でよければ、また来てください」と、不器用につぶやいていた。
その言葉の意味が、遅れて脳に届いたとき……嫌な予感が、確信に変わった。
足元がフラつきながら、隙間を縫うようにカウンター席まで戻ってきた。
まさかとは思ったが、やはり僕がモタついたせいで、予感は的中した。
狭い店内にはすでに――僕しか残されていない。
「……やられた……」
すると厨房から、気立てのいい女将が、「お会計はもう、お済みですよ。お友達の方、先に終電が来ちゃうんですって。必ず伝えてねって、お言付けを……」と愛らしい声でささやき、もじもじと顔を引っ込めた。
***
女将に見送られ、店をあとにした帰りの夜道――僕はふと、懐からあの名刺を取り出して、表、裏と、よく眺めてみた。
すごいな、シゲちゃん……やっぱり君の方が、僕より何枚も上手だった。
だからこそ、僕は退職を決意したんだろう。君の方が、この会社で出世すべきだという考えは、やはり僕の中では揺るがない――と考えて。
それにしても。
君とはこれっきり、もう二度と会うことはないというのに、
裏面にこんなものを書き残すことはないじゃないか。
「いつかまた、どっかで呑もう!」
その乱雑な走り書きを眺めていると、
苦笑いしながらも、情けない涙がひとつ落ちる。
スティーリング・ホールディングス(株)
記憶窃盗 総務課 部長
左右差均等――あだ名は、シゲちゃん。