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07

 


「お嬢様、大丈夫ですか」

「……ええ」


 お茶を運んできたメイドにぼんやりと返事しながら、バルバラはぼんやりと空を見上げる。

 サンドロと話している現場を見られてからもう半月ほど経った。

 この間、ハーロルトはおろかシュレンザからの連絡も途絶えてしまった。

 当然だ。あんな姿を見せてしまったのだから。


(ハーロルト様……)


 これで良かったと思っているのに、どうしてだか胸が痛い。

 じくじくと苦しいのは何故なんだろう。


「バルバラ」

「……お父さま」


 いつからそこにいたのか、父親が気遣わしげな表情でこちらを見ていた。


「最近はハーロルト殿にあっていないようだが」

「ええっと……」

「お前にその気がないのならば、私の方からお断りの連絡をせねばならん」

「あ……」


 探るような父親の視線に、バルバラは目を伏せる。

 ずっと先延ばしにしていたツケを精算する日が来てしまったらしい。


「そうですね。やっぱり、あの方は私には……」

「お嬢様、大変です!!」


 そこに血相を変えたメイドが駆け込んできた。


「どうしたの!?」

「それが、ハーロルト様のお嬢様が……」

「シュレンザ!? シュレンザに何があったの!?」


 まさか何かあったのではとバルバラがメイドに詰め寄れば、その後ろに小さな影を見つけた。


「……バルバラ!」

「シュレンザ!?」


 どうしてと目を丸くすれば、シュレンザが大きな瞳からボロボロと涙を流しながら抱きついてきた。


「バルバラ、お父さまが……お父さまが!」

「落ちついてください! ハーロルト様になにがあったのですか……!!」

「う、うわぁぁぁん」





 ベッドにぐったりと横たわるのは顔色の悪いハーロルトだ。

 バルバラはその近くの椅子に座り、時々様子を見ていた。

 同じ部屋のソファには泣き疲れて眠っているシュレンザがいる。


(ハーロルト様が急に倒れてびっくりしたのね)


 仕事中にハーロルトが突然倒れ、パニックに陥ったシュレンザがバルバラに助けを求めたのは3日前のことだ。

 ハーロルト邸に来てみればすでに医師の診察は終わっており、疲労と風邪という診断が下されていた。

 ここ数日、なにか根を詰めたように仕事にのめり込んでいたと知らされる。

 シュレンザはそれでも不安でたまらずバルバラを訪ねてきたようだった。


「お父さま、大丈夫?」

「寝ていれば大丈夫ですよ」

「本当? お父さま、いなくなったりしない?」

「シュレンザ様を置いて、ハーロルト様がどこかに行ったりするものですか」

「バルバラ……バルバラも傍にいて」


(怖いよね。シュレンザにとってはたったひとりの父親だもの)


「もちろんですよ」


 目に涙をいっぱいにためて懇願されれば断れるわけもない。

 結局、あの日からバルバラはここに留まりハーロルトの看病をしていた。

 肝心のハーロルトは眠ったまま意識を取り戻してはいなかった。


(顔色が悪い。忙しかったのね)


 額の汗を拭きながら、愁いを帯びた美しさについついときめいてしまう。


(そういえばシュレンザの母親も、先王を看病しているうちに恋仲になったのよね)

(不謹慎だけど弱っている美形は卑怯だわ)


 乱れた黒髪をそっと整えていると、ふとハーロルトの目がひらく。


「……バルバラ?」

「あ、気がつかれました……、実は……」

「君がここにいるなんて……都合のいい夢かな……」

(熱で朦朧としている……?)


 自分のことを夢だと認識している様子のハーロルトをあえて否定せず、優しく微笑んでみせる。

 ぼんやりとした視線を向けるハーロルト。


「夢にまでみるなんて……俺はやっぱりどうやら君にずいぶんと魅かれているらしい……」

「え……」

「何故、他の男と一緒にいた? 何か理由があったのか? それとも、金と地位がある男ならなんでもいいのか……?」

「あの、ハーロルト様……?」


 戸惑いながら一歩後ろに下がったバルバラの手を、ハーロルトがそっと握りしめて引き止める。


「バルバラ……俺は、君がいい……君とシュレンザと、家族になりたい……」

「!!」

「……」


 そこまで言うと、ハーロルトは再び目を閉じ意識を失ってしまった。

 バルバラは自分の顔が焼けそうに熱くなるのを感じる。


(ずっ、ずるい……)


 心臓が口から飛び出そうだった。

 恥ずかしさと嬉しさで涙が出そうになる。

 これまで荷が重いだのなんだの言い訳していたのが馬鹿らしくなる。


(やっぱり、私……ハーロルト様が好き。傍にいたい)


 そのためになにをすべきか。

 眠ったハーロルトにシーツをかけながら、バルバラはゆっくりと立ち上がったのだった。





 バルバラは再びあのバラ園にきていた。

 夕暮れ時ということもあり、周りには殆ど人がいない。


(ハーロルト様の熱も下がったし、シュレンザも落ちついたし)

(とにかく鍵を手に入れて、あの手紙を回収しなきゃ)

(そして私の気持ちをハーロルト様に……)


「おーい」


 サンドロの陽気な声が響く。

 みればサンドロが嬉しそうに手を振りながら駆け寄ってきた。


「やあ、バーバラちゃん。久しぶり。また誘ってくれるなんて嬉しいなぁ」

「先日は失礼しました。知人にあって驚いてしまって」

「知人、ねぇ」


 どこか含みのある笑みを浮かべるサンドロに、首筋が粟立つ。

 嫌な予感がするが、鍵を手に入れるためだと笑顔を作る。


「それで、その鍵のことなのですが……」

「ああ、これね。申し訳ないんだけど、これを持ち出しているのが父にばれちゃって、あげられなくなっちゃったんだ」

「そんな!」


 思わず悲鳴じみた声が溢れた。

 じゃあなんのためにと青ざめていれば、サンドロがにやつきながら近寄ってきてバルバラの肩を抱いてくる。


「ちょ……」

「ところで、どうして君はこの鍵が欲しいんだい?」

「それは、友人の誕生日に……」

「おかしいな……ハーロルトの誕生日はもう過ぎただろ?」

「!?」


 何故それを、と顔色を変えれば、サンドロが笑いだす。


「わかりやすいなぁ……駄目だよ、バーバラちゃん……いや、バルバラちゃん。嘘をつくならもっとうまい嘘をつかなきゃ」

「なっ!!」


 逃げようとするもしっかりと、捕まっていて逃げられない。


「父上。捕まえました!」


 サンドロがそう叫ぶと、物陰から数名の男たちが出てきた。

 その中にはドーン公爵がサンドロによく似た軽薄な笑みを浮かべ立っていた。


「よくやったぞサンドロ。たまにはお前も役に立つ」

「ひどいなぁ父上」


(どうしてドーン公爵がここに!?)


 パニックになり状況を把握できないバルバラ。

 拘束されたまま、二人の顔を見比べる。


「さて、お嬢さん。どうして君はこの鍵を欲しがっている? 王家の花園の鍵など、君には無用の品ではないかな」

「それは……可愛い鍵だったか、ら……」

「ハハッ! ずいぶんと嘘が下手だな。君がハーロルトの婚約者であることはもうわかっている。奴に頼まれて、この鍵を欲しがったんだろう?」

「へっ……!?」


(まだ婚約者じゃないし!? しかもなんか勝手に勘違いされている!?)


「わしがあの花園に帳簿を隠していることをいつ知ったのだ!!」

「ちょ、帳簿ぉ!?」


 なにそれ知らないとバルバラが首を振るが、ドーン公爵は誤魔化すな! と声を荒げた。


「ハーロルトの奴、最近、私の周りをこそこそ嗅ぎまわっていると思ったら、女まで使って卑怯なことだ」

「ハーロルト様が、あなたを……?」


 ハーロルトは本当にバルバラの言葉を信じ、ドーン公爵を調べていてくれたのだ。

 その誠実さに泣きそうになる。


「まったく忌々しいやつだ。見た目同様に、考えることまで腹黒い」

「なっ……! ハーロルト様を悪く言わないで! 私が勝手にしたことよ!」

「健気なことだ……お前は騙されているのだ。あのような悪魔のような見た目の男に言いように使われて」

「まったくだよ、バルバラちゃん。あんな怖ろしい男より、僕のほうがずっと君に優しくしてあげるよ」

「そうだとも。君の家は利用価値が高い。どうだね、あんな男から息子に乗り換えんか?」


 にやつくドーン親子。

 彼らの態度にバルバラは頭の血管が切れるのを感じた。


「……黙って聞いていれば、言いたいほうだい……!!」

「「ん??」」

「ハーロルト様の見た目のどこか悪魔ですって!? あんな超絶美形を捕まえてお前たちの目は節穴かー!!!」

「「ひぃ!」」


 自分からこんな声が出るなんてと驚きながらも止められない。

 ハーロルトを「あんな」呼ばわりされ、どうしようもないほどに腹が立っていた。


「私のハーロルト様は顔がいいだけじゃなくて、優しくて最高に素敵な人なのよ!」


 間違ってもこんな連中に馬鹿にされるような存在ではない。

 ぶるぶるとみっともなく震え上がっているサンドロにバルバラは鋭い視線を向けた。


「アンタみたいなナヨナヨした男を選ぶわけないでしょう!!」

「な、なよなよぉ……!?」

「くそ、小娘を黙らせろ!!」


 公爵の叫びに反応し、周りに控えていた男たちがバルバラの腕を捕まえた。


「離して!!」

「とにかくお前は人質だ……!」

(ハーロルト様に迷惑をかけちゃう!!)


 逃げようとするが相手は男性で、複数。敵うわけがない。

 悔しさで涙がにじみそうになる。


「はは……あの悪魔に目に物を……ん?」


 突然、ドーン公爵たちの動きが止まる。


(なに?)


 彼らが一点を見つめて固まっているのがわかった。

 その視線を追えば、そこには……


「俺のバルバラを離してもらおうか」

「ハーロルト様!?」


 真っ直ぐにバルバラを見つめるのは、ハーロルトだ。

 その後ろには複数の兵士たちが控えている。


「何故!? 屋敷で寝込んでいたのでは? 見張りをつけておいたはず……!」

「貴殿の動向は把握済みだ。その目をかいくぐることなど容易い。舐めてもらっては困る」


 すごんだ表情のハーロルトに、ドーン公爵たちが青ざめる。


「ずいぶんな口のきき方だな! 王妃の父に向かって無礼だぞ」

「そうやって権力を振りかざし、好き勝手にやってきたんだな、貴様は」

「なに……?」

「偽の取り引き情報を持ち掛け、あちこちの貴族から違法に金銭を受け取っていたことはもうわかっている」

「!?」

「それ以外にも、公金の着服横領という疑惑もあるぞ……まさか、証拠の隠し場所を自分から喋ってくれるとは思わなかったがな」

「っ……何の権限があって、この私を……」

「王妃殿下だが」

「なっ!?」

「王妃殿下はすべて承知してくれた。あなたに罪があれば遠慮なく罰してほしいと言っている。もちろん、国王陛下とて同じだ」

「……そんな……」


 娘に裏切られたと知ったドーン公爵は、へなへなとその場に座り込んでしまった。


「ぼ、僕には関係ないし……」

「どうかな。婚約を餌にずいぶんとあちこちでいろいろな女性を泣かせているという報告もあるが?」

「ひぃ!」

「まとめて捕らえろ!」


 ハーロルトの後ろに控えていたが兵士たちが公爵たちをあっという間に捕縛してしまった。

 あっけにとられている間にバルバラも解放され、思わず身体がよろめく。

 それを抱き留めてくれたのは、他でもないハーロルトだった。


「大丈夫か、バルバラ!」

「ハーロルト様……どうして……」


 混乱でなんども瞬くバルバラを、ハーロルトがきつく抱きしめてきた。


「君が、俺の看病に来てくれたとシュレンザから聞いた。君がどれほど優しい女性かわかっていたのに」

「えっ、えっ……?」

「君がドーン公爵たちの悪事を暴くためにサンドロに近づいた可能性には気づいていた。だというのに、身勝手に嫉妬してすまなかった」

「それは……」


(なんかまた勝手に勘違いされている!?)


「こんな危険まで冒して……すまない。もっと君を信じるべきだった」

「あうあう……」

(びえええ。美形が近い)


 誤解を解こうとするも、美形の過剰摂取でバルバラはこんらんしている。

 ハーロルトに真剣に見つめられ、ますます言葉がつまってしまう。


「バルバラ。どうか俺と家族になってくれ。君以外には考えられない」

「それは」

(ああああ! 顔がいい。かっこいい)

「それに、さっき『私のハーロルト』と言ってくれただろう」

(ぎゃあああ聞かれてたぁぁぁ!!)

「俺のバルバラ。もう逃がさない」

「しぬ」

「バルバラ!?」


 許容量を超えたバルバラはそのままハーロルトの腕の中で気を失ってしまったのだった。



 その後、捕縛されたドーン公爵が持っていた鍵によって花園が調べられた。

 ドーン公爵の裏帳簿と共に、先代国王がシュレンザの母であるメイドと交わしていた恋文や、国王夫妻やハーロルトに向けた手紙も発見された。

 手紙には現国王と王妃が元々は恋人同士であり、ドーン公爵の策略により無理矢理先王と結婚させられていたことを知っていたことや、自分の死後はどうか幸せになって欲しいという願いが記されていた。

 また、ハーロルトの未来を案じる言葉も綴られていた。


『どうか幸せに』


 ハーロルトと国王夫妻は先代国王の深い愛情を知ったのだった。

 わだかまりはすっかりとけ、シュレンザも王家の一員として顔を合わせることとなった。


「あなたがシュレンザね……本当に……そっくりだわ」

「ああ。まるで彼が帰ってきたみたいだ」


 シュレンザの姿に国王夫妻は涙を浮かべ、シュレンザを迎え入れてくれたという。

 国王夫妻は先王がメイドと恋仲だったことを知っており、その行方をずっと捜していたのだった。



 そうして王家の花園は整備され、今では誰でも出入りできるようになった。


「聖地……!!」


 色とりどりの花が咲き乱れる小説の聖地に、バルバラは興奮が止まらず思わず呼吸が荒くなる。

 その隣には、何か吹っ切れたように清々しく微笑むハーロルトがいた。


「連れてこられてよかった」

「……ハーロルト様」

「君のおかげで、公爵家の悪事だけではなく、兄の本当の気持ちも知れた。ありがとう」

「私は、何も……」

「いいや、君は俺の人生に現れた奇跡だよ」

(し、しんどい。いろんな意味でしんどい)


 いろいろ勝手にまとまってしまったので感謝される罪悪感諸々でどうにかなりそうだった。

 加えて、キラキラ増量で押してくるハーロルトがまぶしすぎる。


「もう知っていると思うがシュレンザは俺の娘ではなく、兄の娘でこの国の王女だったんだ。だが、兄はシュレンザを王位継承の争いに巻き込みたくないと願っていた。だから俺の子として今後も育てて行くことが決まった」

「そうなのですね……」

「ああ。いずれは身分を明かす日が来るだろうが、今はまだ自由でいさせてやりたい」

「それがいいと思います。シュレンザも、ハーロルト様の傍にいたいと思いますし」

「……本当は、俺が手放せないと陛下に伝えたんだ。あの子は俺の大切な娘だから、と」

「ハーロルト様……!」


 ハーロルトがバルバラの手を取る。

 うやうやしく片膝をつき、真っ直ぐにバルバラを見上げる表情は真剣だ。


「バルバラ。俺の妻になって、一緒にシュレンザを育ててほしい。あの子にも、そして俺にも君が必要だ」

「はい……!!」


 断るはずがない。バルバラだってハーロルトのことが好きなのだから。

 立ち上がったハーロルトに抱きしめられ、バルバラはうっとりと目を閉じた。

 しかし、ふとあることに気がつく。


(え……てことは、私は王女様の継母になるってこと!? 悪役令嬢の継母より荷が重くない!?)


 気がついてしまった未来は最初よりもずいぶんと自分には不相応な気がする。

 それでも、ハーロルトが隣にいてくれるならきっと幸せだろう。


 おしまい!

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