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2-2 胸間

「お……えっ、でっ……えっ……! えっっっ……!?」


 人の顔を見るなり今にも吐きそうな声を出すのはいったいどういう了見なのか。

 訪ねてきたのは昨日出会ったばかりの双剣の狩人イグニだった。


 ムゥはわけがわからず首をかたむける。

 イグニは口元を手で覆い隠して顔を背けた。


(この人何しに来たんだろう)


 様子のおかしいイグニはとりあえず放っておき、ムゥは二人前の朝食を女将に頼んだ。宿屋の一階は酒場を兼ねており、朝から昼にかけては食事の提供もしている。


「適当に座ろう。ご飯食べながらでもいいよね。イグニの分も注文したから良かったらどうぞ。いらないなら私が二人前食べるから気にしないで」


 イグニの背中を軽く叩いて着席をうながした。


「あ、あー、おう。もらうわ。その、髪下ろしてるから誰だかわかんねー……ほどでもねーけど、色々驚いたっつーか……」


 異常に歯切れが悪い。昨日の印象はもっと快活だった。


「わざわざ人の宿泊場所を調べてまでどうしたの? 昨日の今日で奢ってもらいに来た、ってわけじゃあないよね」


 ムゥは髪の毛を簡単にまとめながら尋ねた。いつもなら相手の人となりを知るために他愛のない会話をはさむが、夢見が悪かったせいでその余裕がない。


「俺はストーカーでも物乞いでもねーよ。協会からの依頼を持ってきた」


 イグニはむっとし、投げるようにテーブルに皮袋を置いた。協会が報酬金を入れるのに使用している袋だ。「Coir(コール)」と印字されている。


「昨日アンタがもらい損ねた四割が前金だ。依頼内容は特定生物の調査。俺との共同任務だ。こっちに移ったばっかでいまいち土地勘がなくてな、道案内も頼むことになる」

「私はあんまり人と組まないんだけど」


 他人を利用はするけど信頼はしない。イグニは良い人だとは思うが組むことに利点は見えない。

 なにより異性コンビは特にもめる。実際にもめた。駄目になったコンビやパーティも何組も見てきた。


「アンタを推薦したのは昨日のケリーとかいう受付だ。これを達成できれば、昇格任務を受けさせてもいいって言ってたぜ」


(ケリー・ケリーちゃんの悪い癖出てるなぁ)


 ケリーの名前が出たことで合点がいった。

 ビジネスライクな態度のわりにケリーには恋愛脳なところがあった。より正確にいえば、彼女自身が恋愛に積極的なのではなく、誰かと誰かをくっつけることに楽しみを覚えるタイプだ。男女が二人並ぶだけで関係があると邪推する。


「おあつらえ向きのにんじんをぶら下げてくれるのね」


 早くランク3に上がりたいと言った翌日にこんな話が舞いこむとは作為的なものを感じずにはいられない。願望は口に出すと叶いやすくなると言われているが、そんなオカルトを信じるほど楽天家ではなかった。


「別に嫌なら受けなくてもいい。他の奴のところに行くだけだ」


 気分を害した風もなく、イグニは淡々としている。「ケリー・ケリーの差し金」以上の意味はないのか。


 ムゥは返事の代わりに皮袋をかすめ取った。


「その条件が本当なら、道案内でも荷物持ちでもなんでもする」


 ランク3に上がれるなら多少のことには目をつぶる。

 出会って一日程度の相手と組むことを選んだイグニにも、彼なりの事情があるだろう。そこに何か目論見があろうと、ただの厚意であろうと、邪魔さえしてこないなら関係ない。


「俺は言われたことをそのまま伝えただけだ。あとは直接協会に聞いてくれ」


 話がひと段落したところで女将が二人前の朝食を運んできた。

 焼いた鶏肉とアボカド、トウガラシのピクルスが入ったトルティーヤサンドだ。ここで出る朝食は決まってトルティーヤで、その日の仕入状況によって中の具材が変わる。


「こっちは朝飯用意してくれて良いな。俺の所は素泊まりだから」


 イグニはにこにこと嬉しそうにトルティーヤサンドを眺め、口いっぱいにほおばった。

 続いてムゥも一口食べる。

 噛むと鶏肉の脂がじゅわっと染み出てきた。まったりと濃厚なアボカドと合わさると多少くどさがあるが、ピクルスの酸味と辛みがうまく中和している。トマトベースのサルサソースも味の調和に一役買っており、しぼったライムの爽やかさが鼻から抜ける感じが気持ち良い。


(今日の私ちょっと感じ悪いかも)


 食事を取ったことで内省する余裕が出てきた。

 たかだか夢のせいで不機嫌さを他人にぶつけるのはよくない。たとえ考慮される事情があったとしても、だ。もしもイグニが気の短い性格であったなら昇格の話は立ち消えていた。


「どうかしたのか」


 食べ終わったイグニが顔を覗きこんでいた。

 ムゥは慌てて表情を作る。


「いや、私少しイライラしてたかなーと思って」

「そりゃ胸ガン見されたらイラっとするだろ」

「……ん?」

「……ん?」

「あー、最初の挙動不審はそういう」

「仕方ねーだろ! 気付いたらこう、口からなんか出ちまってるし、そもそも見ようと思って見たわけでもねーし……」


 弁解するイグニの顔は赤い。喜怒哀楽が顔に出やすく、隠し事も苦手なようだ。


「いいって別に。目立つものには反射的に目がいくでしょ。私だって頭頂部が光り輝いている人とかつい見ちゃうし」

「同列にしていいのか、それ……」

「とにかく気にしてないってこと。それより、出発は一時間後とかでもいいかな? 武器の補修を頼んでて、それを取りにいかないといけないから」

「急に来たのはこっちだし、時間はアンタに合わせるよ。つーか具体的な任務内容とか聞かねーの?」

「そんなの道すがらでいいでしょ。巨獣を叩きのめす以外、私にできることないし」

「本当に考えがあるんだかないんだかわかんねーな」

「考えても仕方のないことは考えない、ってだけ」


 ムゥは残りのトルティーヤサンドを口の中に入れ、水で流し込んだ。

 今考えるべきはイグニとの共同任務を完遂し、ランク3昇格の為の依頼を受けられるようにすること。


 欠け角のオルランドへと至る道がようやく形になってきた。


 ムゥはテーブルの上の食器を片し、イグニに薄暗い笑いを見られる前に席を立った。

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