1-5 握手は別れ際に
「――私はとても助かったけれど、良かったの?」
協会の支部を出てからイグニに尋ねる。
イグニの交渉の甲斐あって元の報酬の六割をもらうことができた。納入物の品質を考えればぼったくりもいいところだ。
「金が目的じゃねーしな」
イグニは自分の認識票をムゥに見せつける。真新しい金属板には「コールランク3 イグネイシャス・レシュノルティア」と彫られていた。
(名前なっが。舌嚙みそう)
狩人としての登録名は自己申告だ。偽名も黙認されている。
「ランクは私と同じって言ってなかったっけ?」
「今回の捕獲が昇格の条件だったんだよ」
「ああ、だからあの時あんなに必死で止めたんだ」
「正当防衛だったとはいえ問答無用でとどめ刺しにいくような奴がいると思うかよ」
「手負いの獣が一番危ないし」
「それはまぁ間違っちゃいねーけど……」
イグニは呆れたように息を吐く。
「ランク3か、いいなぁ。私も早く上がりたい」
ムゥは首から下げた鈍い輝きの認識票を爪の先ではじいた。
ランク昇格の具体的な方法は狩人に伝えられていない。わかっているのは協会から昇格のための依頼任務があるということだけだ。その内容も依頼の時期も人によって異なる。
「なんか理由でもあんの?」
「二つ名に家族の仇がいる」
「……聞いても大丈夫か?」
「平気。ここの集落にいる人はみんな知ってることだから」
ムゥは自嘲気味に笑った。この集落に運びこまれ、半狂乱で叫び散らしてしまった時のことを思い出す。
「私は、『欠け角のオルランド』を叩き殺したい」
口にすると、つま先から頭の天辺まで黒い何かで満ちていくような気がした。家族と、弟と、何不自由なく暮らしていた頃には戻れない。あの形ある悪夢を殺さない限り、時間が進むこともない。
「片方の角と引き換えに、ランク4のパーティを壊滅させたとかいう曰くつき飛竜か」
イグニは背負っていた二本の剣を抜いた。
右手に持つのはジャッカルの前肢を切り落とした時に見た、刃が三日月型に反ったもの。もう一方は鍔がなく、刃文の美しさが際立つ片刃の直剣。どちらも片手で扱うには困難な得物だ。巨獣を狩るための武器はどれも著しく大きい。
「空飛ぶやつなんて住処特定して寝込み襲うくらいしかヤりようがねーよな」
イグニは空を指し示すように直剣を向けた。赤かった空は夜の始まりの色に変わっている。暗い中で見ると、イグニの派手な色もそれほど悪くない。
「無理とかやめろとか言わないの?」
欠け角のオルランドの名前を出すと誰もが口を揃えて反対した。
たまたま出くわすなんて運が悪かった。不幸な事故だったと思え。まだ若いんだから忘れて生きたほうが良い――聞き飽きた言葉たちだ。
「アンタのことよく知らねえしな。それに誰にでも事情はあるだろ。人間やめて巨獣狩りになった奴ならなおさらだ」
狩人は文字通り人間をやめている。身の丈に合わない武器を扱えるのもそのおかげだ。
「……ちなみに、今の会話で剣抜く必要あった?」
「なんかその、雰囲気だよ雰囲気!」
イグニはうっすらと頬を赤くし、慌てて剣を背負いなおした。
ムゥは思わず小さく吹き出してしまう。
今までに出会ったことのないタイプの人種だ。口調は粗雑だけれど少し抜けていて、人は良いけれど他人に踏みこみすぎない。そもそも年齢の近い狩人自体がいないため、それだけでも新鮮だ。
「今日は色々ありがと。今度機会があったら奢るわ。またね」
「おう、またな」
イグニが右手を差し出した。
ムゥは一瞬考えてから握り返す。意外にもふわふわと柔らかく、厚みのある手だった。
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