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1-4 幼女と受付嬢は心の癒し

 ムゥが拠点としているダハ集落に着いた頃には、空は真っ赤な夕日色に染まっていた。

 森で出会った狩人――イグニの髪もこんな鮮やかな色だったな、とムゥはぼんやりと思い出す。


(ちゃんと笑えてたかな)


 ムゥは人差し指を口角に押し当てた。

 一部の例外を除いて、誰に対しても極力笑顔で友好的に接するようにしている。特に狩人なら、この先共闘することもあるかもしれない。寄る辺のない者にとって、他者との関係を築くのは大切なことだ。


(飛竜――『欠け角のオルランド』には一人では勝てない。利用できるものはすべて、利用しないと)


「――むーちゃーん! おーかーえーりー!」


 集落の入り口で、幼い少女が口元に手を添えて叫んでいる。

 ムゥが少女にむかって手を振ると、少女はジャンプをしながら両手を大きく振り返した。少女の動きに合わせて、金に近い栗色の髪が嬉しそうに跳ねる。


「ラーラ! ただいま」


 ムゥは自然と顔をほころばせ、少女――ラーラに駆け寄る。

 ラーラは飛びこむように抱きついた。子供特有の青臭さのある甘い香りが鼻腔(びこう)をつく。


「むーちゃんなんかくさーい」

「ああごめん、ちょっと色々あったから。一応拭いたんだけどまだ臭うね」

「おみやげはー?」

「次はちゃんと持ってくるから今日は許して?」

「えー」


 ムゥはラーラを抱きかかえたまま門をくぐり、集落の中へと入った。


 集落の中央にはコール協会の支部である建物があり、そのまわりを取り囲むように、日用品などを売る道具屋、狩人が扱う武器のメンテナンスをする鍛冶屋、酒場を兼ねた宿屋などが立ち並んでいる。

 規模の違いはあるが協会が管理している集落はだいたいどこも同じような景観だ。


「こら、ラーラ。ムゥさんはお仕事から帰って来たところなんだから、迷惑をかけちゃ駄目だろう」


 杖をつき、左足を引きずった三十代くらいの男が声をかけてきた。人柄の良さが穏やかな声に表れている。

 ムゥはラーラを下ろし、会釈(えしゃく)をした。


「すみません、ムゥさん。いつも娘が……」


 ラーラの父親であるバイロンが深く頭を下げた。


「そんな気にしないでください。こうやって出迎えてくれるの嬉しいですから」


 ムゥはラーラの頭を撫で、偽りのない笑顔でこたえた。

 ラーラに対してだけは心から接することができる。髪の色や雰囲気が弟に似ているからかもしれなかった。年齢も同じくらいだ。


「バイロンさん、これ、いつものです」


 森で採取した植物をバイロンに見せてから、ラーラに手渡す。父親に代わって荷物を受け取るのがラーラの仕事だ。幼いながら仕事を任され、自信に満ちた顔をするのが可愛らしい。

 バイロンはダハ集落で道具屋を営んでいる。こうして狩猟先での拾得物を渡す代わりに金品を工面してもらっていた。


「ありがとう、助かります。この足ではなかなか仕入がままならなくて」


 年齢のわりに(しわ)の深い顔に苦笑を浮かべ、バイロンは自分の左足に視線を向ける。

 巨獣に襲われ、左足の膝から下と妻を失ったのだと以前話していた。義足をつけているため、左足だけ極端に細いのがズボンの上からでも見てとれる。集落で暮らす者の多くが巨獣によって傷を負っていた。


「ですがどうか、無理だけはしないでください。この地域で見慣れない巨獣の姿が確認されているそうですし。それに、ラーラもあなたのことを慕っているので……」


 父親の言葉と向けた視線の意味がわからず、ラーラは首をかしげる。


「大丈夫ですよ。ランク2なんてまだ駆け出しみたいなものですし、そうそう危険な目になんて()いませんって」


(……今日は調子に乗って死にかけたけれど)


 ムゥは人好きのする笑顔を作り、心の中でそっと付け足す。


「また何かあったら遠慮なく言ってください。できる範囲で取ってきますから」


 半ば強引に話を打ち切り、ムゥは逃げるようにコール協会の支部へと駆けこんだ。



*****



「……これのどこが巨鳥(シュービル)の白羽根と盾くちばしなんですか?」


 威圧するようにマホガニーの机に細い人差し指が叩きつけられた。

 机にはムゥが持ち帰った、血で赤黒く汚れた羽根とくちばしの欠片らしき物が乗っている。


「ちょっと手違いというかトラブルがあって……」


 ムゥはダメ元でにっこりと笑ってみせたが、かえって叩きつける指の本数が多くなっただけだった。


「羽根の品質は最低。くちばしに至っては問題外、っと」


 コール協会の支部で受付業務をしている女は細い眉を吊りあげ、羽ペンで何かを書き記した。


「ケリー・ケリーちゃん待ってー! あともう一日だけくれたら今度はちゃんと完品用意するからー」

「『くちばし壊さないように頭だけ叩くから大丈夫』と言ってこの依頼を受けたのはどこのどちら様ですか?」

「記憶にございません」

「一度ご自分の頭をそのハンマーで叩いた方がよろしいかと思います」

「狩人が人間に対して武器を使用するとその場で死罪だよ。ケリー・ケリーちゃんは協会の受付なのに知らないの?」

「次にお待ちの方どうぞー」

「うそうそ冗談ケリー・ケリーちゃん待ってー!」


 四角四面な受付嬢のケリー・ケリーと相対していると無性にからかいたくなり、つい軽薄な口調になってしまう。ラーラに対するのとはまた別の意味で気の置けない貴重な相手だ。


「あれ、アンタ……ムゥ、だったよな? あの時となんか少し雰囲気違うけど」


 次にお待ちの方だった男が意外そうな声をあげる。

 そちらの方に視線をやると、見覚えのある警戒色が目に刺さった。赤髪とヒョウ柄マントはどこでも目立つ。


「ああ、先ほどはどうも。イグニ……さん付けはいらないんだよね」


(森で会った時は猫(かぶ)ってたんだっけ? いやでも、もうどっちでもいいか)


 ムゥはとりあえず外向きの微笑みを浮かべておく。愛想を良くしておくだけで優遇してくれる異性は多い。


「ムゥさん世間話なら協会の外でやってください。あと、評価は(くつがえ)りませんのであしからず」


 ケリー・ケリーは報酬の入った袋をムゥの顔に押しつける。予定額よりも恐ろしく軽い。


「あー、ちょっと話聞いちまったんだけど、それ多分俺のせいだわ。ジャッカルを取り逃がしたせいで狩猟の邪魔しちまってな。こっちの報酬を減らして構わないから、どうにかならないか。こいつには捕獲の手伝いもしてもらったし」


 ムゥが不平を口にするよりも先に、イグニが話に割って入ってきた。


(見た目はアレだけれどなんか良い人そう?)


 シュービルに関してイグニにはなんの因果関係もない。ジャッカルの捕獲に至っては危うく撲殺(ぼくさつ)して失敗させるところだった。


 しかし、せっかくの厚意を無下(むげ)にはできない。

 ムゥは心の中で両手を合わせ、ありがたく素直に受け取っておくことにした。

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― 新着の感想 ―
[良い点] イグニ、意外と良い人そう。 ムウのフォローもちゃんとしてくれたし、 これは相棒候補かもしれないですね。
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