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ムゥは荒野で鎚を振るう-家族を奪った飛竜を打倒するため、令嬢は心身を対価に『巨獣狩り』となる-  作者: 甘酒ぬぬ
第3章

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3-2 依頼の裏側

「本当にすみません、厄介な依頼をお願いすることになってしまって」


(人に頭を下げられるのって結構困るな)


 つい先刻、イグニに対してしたことを棚上げし、ムゥは自分に向かって頭を下げている人物の頭頂部を注視した。髪の毛の量は多いが、白いものが目立つ。


「私のほうこそ何度も失敗してしまってすみません。でも今度こそちゃんと生け捕りにして帰ってきますから」


 店の軒先で暇そうにあくびをしているイグニの方にちらっと視線を向けてから、道具屋の店主であるバイロンの顔を上げさせた。数日前に道具を調達しに来た時よりも頬がこけ、目の下には深い隈ができている。元々年齢以上の苦労が刻まれた顔だったが、今は悲壮感すら漂っていた。


(私がもたもたしているから依頼主にせかされてるのかな。だったら本当に申し訳ない。思ったより事態は切迫しているのかも)


 ムゥが受けることになった依頼を、協会に代理登録したのがバイロンだった。スプリングボックのはく製を欲しがっている依頼主は、得意先の一つであるらしい。


「捕獲用の麻酔薬はまだお持ちですか? あと二つほどならお渡しできますが」


 バイロンはカウンターの上に、薄い赤色の液体が入った瓶を二つ置いた。


 今回の依頼には、角を折らない、ということ以外にもう一つ指定があった。

 必ず、バイロンから支給された麻酔薬を使用すること。

 協会のものよりも強力な薬で、効果時間が長いらしい。


 基本的に麻酔薬は協会で調合・販売されており、一般には流通していない。強力な昏睡作用があるため、取り扱いが難しいからだ。また、悪用を防ぐために購入と所持に制限がある。

「もう一つの指定」は協会から依頼を受けた時には伝えられず、バイロンから直接告げられた。


「ありがとうございます。念のためにいただいておきますね」


 ムゥは対外的な笑顔を作り、道具袋に麻酔薬を詰め込んだ。


「バイロンさん、最近ラーラの姿が見えない気がするのですが……もしかして、怪我か病気とかですか?」


 店の奥にある階段を見ながら尋ねた。バイロンが営む道具屋は二階が居住スペースになっている。集落にある商店や鍛冶屋はどこも同じ構造だ。


 以前に来た時も、バイロンの一人娘であるラーラの姿はなかった。

 ムゥが最後に彼女の姿を見たのは、ローバークラブを討伐して帰ってきた時だ。毒性を持つ巨獣との戦闘後だったため、遠くから手を振りあっただけだった。


「……ええ、昔からよく熱を出す子で。完全に熱が下がりきるまで休ませています」


 バイロンの目は少しさまよってから、伏せられた。


「そうですか。次来る時はラーラの好きな果物でも持ってきますよ。早く元気になるといいですね」


 ムゥは会釈をし、道具屋を後にした。去り際に、バイロンがカウンターに肘をつき、目元を押さえるのが一瞬だけ見えた。



「なんかあのおっちゃん怪しくね?」


 無言で後を着いてきていたイグニが口を開いたのは、集落の入口に差しかかったあたりだった。


「多分ラーラが人質にされてる」

「は?」

「顔に出さないで。あと声もひそめて」


 ムゥはそれとなく周囲をうかがった。往来はいつもと変わらない程度、ほどほどに人が行き交っている。こちらを見張っているような気配はない。


「知り合いに、ラーラの行方と依頼主の素性を探ってもらってる。あとケリー・ケリーちゃんには、この麻酔薬の出どころを特定してもらってる。どっちももう間に合わなそうだけれど」


 ムゥは道具袋から赤い麻酔薬を取り出し、イグニに手渡した。瓶は手のひらに収まるくらいのサイズだ。協会で取り扱っているものと大きさは変わらない。色だけが異なる。


「正直目的はわからない。私に何かをさせたいのか、この麻酔薬を使わせたいのか、そのどちらかなような気はする」


 ケリー・ケリーの勤務時間外に赤い麻酔薬を見せて話を聞いたところ、狩人を指定した依頼だったということを教えてくれた。名指しの依頼はそこまで珍しいことではない。ランク3以上の狩人であるならば。

 もっとも、その怪しい依頼をわざわざ昇格任務に設定したのはケリー・ケリーなので、やはり悪意と作為を感じる。もちろんケリー・ケリーと依頼主が繋がっている、という意味ではない。


(絶対私一人じゃ達成できないだろうと思って設定したんだろうな……)


 ムゥは、麻酔薬を不思議そうに眺めているイグニの横顔を見た。

 いまさら、イグニのマントが新しくなっていることに気づく。ヒョウ柄ではなく、なんとも形容しがたい模様の入ったマスタードイエローのマントだった。相変わらず目立つ。

 ケリー・ケリーが期待しているような感情は湧いてこない。イグニに限ったことではなく、誰に対してもずっとそうだ。そんなものは必要ない。


「じゃあさ、アンタが捕獲失敗してんのは時間稼ぎのためだったのか?」


 イグニが瓶を投げて返した。

 ムゥはいくらか対応が遅れたが、瓶を取り落とさずにすんだ。


「ううん。捕獲失敗し続けてるのは本当」

「ええ……」

「最初は引き延ばそうと思ってやってたんだけれど、ちょっと問題が発生しちゃって。とにかく、行けばわかるから」


 ムゥは鷹笛を咥え、軽く空気を送り込んだ。アオタカにしか聞こえない音が風に乗る。

 ほどなくして空を切る力強い羽音が聞こえ、地面に大きな影が差す。


(私は選択を間違ったのかもしれない。すぐに依頼を終わらせていれば、少なくともバイロンさんのあんな顔を見ることはなかった。完遂してもラーラが無事に帰ってくるという保証はないけれど)


「ムゥ」


 肩を叩かれ、ムゥははっとした。驚いたのは、名前を呼ばれたことに対してだったかもしれない。


「さっさと捕まえて戻ってこよーぜ」


 ムゥは返事するよりも先に吹き出していた。何の変哲もないイグニの台詞が、なぜだか妙に面白かった。


「いやなんで笑うんだよ!」

「ごめん、ごめんって! よくわかんないけど、なんかツボに入ったっていうか」


 ムゥは意識的に咳払いをして笑いを抑え、アオタカにつかまった。


「行こう、イグニ」

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