3-1 だから私は捕獲ができない
「イグニ様、なにとぞご助力をお願いいたします!」
ムゥは両手両膝をつき、床を叩き割る勢いで頭を下げた。
もはや人と組みたくないとか信用できないなどと言っている場合ではなかった。
ランク3への昇格任務を受けてから十日ほど経つが、いまだに何の成果もあげられないでいた。むしろ悪い方向へとかたむいていると言っていい。
ダハ集落には他にも狩人はいるが、みんな上辺だけの付き合いだった。それなりの相互扶助はする。しかし、欠け角のオルランドの打倒を掲げているムゥに対し、深く関わろうという者はいない。人柄と実力がある程度担保され、なおかつ協力してくれそうなのはイグニだけだった。
「いきなりなんなんだよ、やめろって!」
ムゥが泊まる宿屋の一階で朝食を取っていたイグニは、周囲を見渡しつつムゥを立ちあがらせる。よほどトルティーヤが気に入ったのか、イグニは数日おきにこちらに食べに来ていた。
朝早いこともあって他に客はあまりいない。だが確実に注目は集めてしまっている。
「スプリングボック捕獲できない。手伝って」
ムゥはイグニの向かいに座り、テーブルにぐったりと上体を預けた。
スプリングボックは鹿に似た巨獣だ。全体的に黄褐色の体毛に覆われているが顔だけが白い。竪琴型の大きな角と、口から目元にかけてこげ茶のラインが入っているのが特徴だ。
スプリングというだけあって足のばねが強く、体高の倍以上の高さまで跳躍できる。走るスピードも速い。強靭な腱は弓の素材などにも使われている。
おとなしい草食獣であり、基本的に狩猟対象にはなっていない。しかし、数年おきに大発生するため、その際は個体数の調整をおこなう。
ちなみに今年は、大発生の年でもなんでもない。
「えぇ……?」
「ケリー・ケリーちゃんが角を折らずに捕獲しろって言うんだよー。無理だよー。暴論だよー」
ムゥは突っ伏したまま、テーブルにがんがん拳を叩きつける。集落で流通している調度品はみな一様に耐久力が高く、多少のことでは壊れない。
帝都のさる名家の方が、スプリングボックのハンティング・トロフィー――ようするに頭部のはく製だ――を所望している、というのが今回の依頼内容だった。しかも本人が手ずからはく製処理をしたいと言っている。
名族貴族からの依頼は面倒なものが多い。労力を考慮に入れず注文してくるのが原因だ。
ランク3への昇格任務として、わざわざこの案件をまわしてきたケリー・ケリーに悪意を感じずにはいられない。
「なにも挑戦もせずに無理だったって言ってるわけじゃあない。目が合ったやつ片っ端からぶっ叩……殺さないように手加減して」
「もう今の段階でおかしいだろ。自分でおかしいことに気付いたから言い直したろ?」
「待って待って、殺してないよ。何回やっても角が折れちゃうってだけで」
「最近、草原のほうで角の折れたやつをよく見かけるけど、あれ全部アンタのせいか……」
「まさか。まだ十八匹しかやってない」
「……うん? ちょっともう一回言って」
「まず角の強度確認のために五匹の頭を叩き、次に、死なないラインを探るために追加で五匹の頭部を殴打。前述の検証結果をもとに、実際に捕獲できるように力加減をしながら頭を――」
「だから頭を叩くのをやめろよ! 九九パーセント、それが原因じゃねーか!」
イグニは唾を飛ばす勢いでムゥの言葉をさえぎる。誤解のないように努めて論理的に説明しようとしたのにダメだった。
「つーか十八匹もヤっといて、なんで感覚がつかめねーんだよ。捕獲なんか手足バキバキにしても生きてさえいればいいんだから、むしろ楽だろ」
「うげー。サイコパス」
「どっちがサイコパスだ!」
「狩人になる奴なんてみんなどこか頭イカレてるよ」
「それには同意だけど、主語をでかくして論点ずらすな」
「イグニって見た感じ、頭とガラが悪そうなのに、意外と冷静に見てるのね」
「あのな……日を追うごとにどんどん俺に対して遠慮がなくなってない?」
「そりゃあ裸の付き合いをした仲だから」
ムゥはさらっと軽い調子で言った。
こういうネタで人をからかうときは、決して言外に意味を含めるような言い方をしてはいけない。それをやってしまうとただのセクハラだ。相手が反応しやすいように言葉と伝え方を適切に選ぶ必要がある。
「っ! ばっかやろ! 語弊があること言うな!」
イグニは顔を真っ赤にし、眼光鋭いつり目をより一層きつくした。
やはり、からかうなら反応が素直な人間にかぎる。ケリー・ケリーもからかうのにうってつけだ。しかし彼女の場合、やりすぎて機嫌を損ねると面倒な依頼ばかり押しつけてくる。
「まぁまぁ。今の言葉選びはわざとだけれど、イグニのことを裏表のない良い人だと思ったのは本当。信頼……とまではいかないけれど、背中を預けるのに足る狩人だと思ってる。だから、できればランク3の昇格任務であるスプリングボックの捕獲を手伝ってほしい。報酬は今回の依頼の全額。もしそれで足りないなら追加で出す。……どうかな?」
ムゥは居住まいを正し、しっかりとイグニの目を見て話した。
イグニはテーブルの上の食べかけのトルティーヤをかじり、ゆっくりと咀嚼する。
「……ったく、最初からそうやって普通に言えよな」
ムゥに聞こえる程度の小声で呟き、イグニはライムジュースを一気に呷った。
「報酬はいらない。ローバークラブの時にほとんど何もできなかったから、今回の手伝いでチャラだ。あと、一つだけ約束しろ。絶対にスプリングボックの頭殴んな。絶対にだからな」
了解の代わりにムゥは歯を見せて笑い、イグニの手を強く握りしめた。
※スプリングボック……鹿のような見た目をだが実際には牛の仲間。インパラやガゼル、レイヨウにも似ている。威嚇・警戒等のために跳ねまわる。
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