序 キーズ
キーズ・クロストス・モリスは、アレクゼスより半年早く、マグダム公国の公王に就任した。便宜上、公王と呼ばれるが、爵位は公爵、現役の軍人でもある。
現在の陸軍の階級は少将、公王としては、最高指揮監督権を持つ。
キーズの初陣は、17歳の時。
マグダムの四天王・モリス家の長男として生まれたキーズは、幼い頃から、貴族としての教育と、士官としての教育を受け、最初の戦場で、指揮官としての初めての勝利を挙げた。
どちらかと言えば、血の気は多い方で、指揮官として後方にいるべき場合でも、自分が先頭に立ち、どんどん前に出て行く。直属の部下や、モリス家の者たちは、将来公王になるかもしれない男の身を案じて、日々神経をすり減らしていた。しかし、兵士たちの士気は良く上がった。
10年程前、当時マグダムは同盟国の支援の為、キンレイ帝国と小競り合いを繰り返していた。そんな中、キーズは、”シドウェル”の噂を耳にするようになる。
正規軍に対する敬意は一切ないが、恐ろしく目端が利く者がいる、と。キーズの部下にも、危ない所を助けられた者が何人もおり、しかもその男、傭兵団の頭目をやっていて、随分前に死んでいる筈であるとか、いや実は生きていたのだとか、いや別人だとか、様々な話を聞き、兎に角、興味を惹かれた。
キーズは、部下を使ってシドウェルを探し出し、指揮所へ出頭するよう命じた。
そしてシドウェルは、大人しく出頭してきた。
シドウェルを初めて見た時の事をキーズは今でも忘れられない。
彼は、まるで死を間近にした老人の様だった。目つきも顔色も悪く、自分が何故ここにいるのか、分かっていない様だった。齢を聞くと自分より7つも下だった。おいおい、冗談じゃない。
「俺の部下になれ」
思わず、そう言った。こいつには、何か、支えが必要だ。
しかし、シドウェルは、
「自分には、分不相応です」
と、思ったより、しっかりとした断り方をした。キーズは、一旦は引き下がった。
キーズは、その後、何度もシドウェルを雇い、自分の作戦に参加させた。時には一個小隊の指揮を執らせた。シドウェルは、期待に応え、味方の勝利に貢献した。
キーズが、シドウェルを雇うのは、面倒を見てやりたいという気持ちの表れだった。仕事の成果が彼を支えられるかと思ったが、どうも様子に変わりがなかった。
そんな時、遂に、シドウェルに限界が来た。自分の過失で、部隊を全滅の危機に陥れてしまった。辛くも、皆、無事に帰還する事ができ、シドウェルのお蔭と称えられたが、彼自身はもう潮時と悟った。
雇うのをもう止めて欲しい、と言って来たシドウェルに、キーズは、
「イザリアに会え」
と、言った。 シドウェルは、一瞬、固まった後、
「イザリア様と言うと・・・」
「マグダミアの魔女だ」
マグダミア王国の女王、イザリア・エヴァ・バーミリアン。
公王キーズの治めるマグダム公国とマグダミア王国は、キンレイ帝国の世界統一を阻止するという目的を一つにした連合国である。島国であるマグダミアは、高い海軍力と航海術によってキンレイの力の拡大を防いでいた。その実力を指し、時として”マグダミアの魔女”と呼ばれていた。
キーズは、シドウェルの傭兵の格好を改めて見た。
「お前、持っている服はそれだけか?」
「はい」
シドウェルは、正直に答えた。
キーズは、シドウェルを自分の屋敷に連れて行き、そこで自分の贔屓の仕立て屋に、シドウェルの着る礼服を作る為の採寸をさせた。しかも、金はキーズが全て出すと言う。流石のシドウェルもこれには恐縮しきりだった。
「後は、髭だな。剃れ」
すっぱりと、キーズが言った。
シドウェルは、渋い顔をする。
「髭が無いと、、、その、迫力が無くなると言いますか、子供っぽくなると言いますか、、、」
キーズはまじまじとシドウェルの顔を見て、
「大丈夫だ。お前、あいつの好みだ」
「女王陛下にもててどうすんすか」
「仕上がりが楽しみだな」
にんまりと笑って、キーズが言った。