#オトナリさんを落とす方法
俺の住んでいるマンションで、また子どもが行方不明になった。今度は、女の子。
これで、3人目。
エレベーターの防犯カメラには怪しい人物は映っておらず非常階段には、はなから防犯カメラはない。管理人は在中しているが話によると不審人物は見かけなかったと断言している。
1人目の女の子は、外に遊びに行ったきり帰って来ないという母親の証言から誘拐説が浮上したが、敷地内から出た姿や誰かと遊んでいる姿を目撃した人はおらず度々、虐待する声や体のあざから誘拐の線は消え虐待の末による死亡の線が濃くなった。
2人目の男の子は、敷地内から出ている姿は、防犯カメラに映っていなく親が犯人ではないかと世間が初めから騒いでいた。当然、両親は否定している。
3人目の女の子は、日常的に母親から虐待されている声を聞いてた。耳を塞ぎたくなるような罵詈雑言。あんな小さな身体で耐えきれないだろう。通報も何度かあったと思う。だが、それは形ばかりのもので結局のところ、その女の子も行方不明になりいずれも死体すら見つかっていない。親からすれば、どこかで生きていてくれているのだろうという希望は持てるのだろうか。
俺の家にも刑事がやってきて軽い雑談の後、答えられることにはすべて答えたが、仕事柄不規則なもので捜査の役に立ったかはわからない。不規則だから近所付き合いもほとんどない。もっとも、このご時世、近所付き合いは軽薄だ。同じマンションに住んでおきながら1人目と2人目の子は知らなかった。敷地内で見かけたような気もするがさだかではない。隣に住んでいる人くらい顔は知っているが知っているだけでそれだけだった。3人目の女の子はそうだった。出かけるとき、ごくたまに顔を合わせ会釈をする程度。母親に引っ張られるように手を引かれた手首にはあざを覗かせていた。俺がちゃんと動いていればあの子を救えたのだろうか。
それが今現在の状況だった。
行方不明になった女の子とは俺の逆隣に住む住人から時おり食事に誘われる。近所付き合いをあまりしていない俺だが情報収集のためにこの誘いに乗っていた。この人の作る料理がどこで食べるものとも違っていて美味いのが1番の理由だ。もしかしたら、人の作る温かい手料理に飢えているからそう感じるのかもしれない。作ってもらっているからこちらから催促するのも気が引ける。この日は、やっと仕事が落ち着いてきた事もあって俺はふたつ返事で食事の誘いを受けた。
「いつも食事に呼んでもらって悪いな」
「そんなひとり作るのもふたり作るのも変わりませんから」
そんなことを言ってテーブルに並ぶのは、彩りの良いサラダにトロトロに煮込んだであろう肉にはじゃがいもと人参が添えられている。そして黄金色のコンソメスープ。その味を想像すると思わず喉が鳴った。
「今日は、ワインもあるんです。一緒にどうですか?」
「もらおうかな」
ちょっと待っていてくださいと言ってキッチンに歩いて行きワインボトルとグラスを持って戻ってきた。ワインをグラスに注がれたので俺も注いだ。互いに乾杯と口にし、まずは匂いを嗅いでみた。程よい酸味。これなら食事にも合いそうだと口をつけた。酸味の他に渋味があとから来る。一口目で理解る。これは呑みやすいからといってパカパカ飲んでいたら確実に酔うやつだ。そんな俺に気がついたのかくすりと笑った。
「ふふ。まだ沢山あるのでゆっくり呑んでまずは、料理も楽しんでください」
「あ、ああ。いただきます」
手を合わせてそう言い、ナイフで切れ目を入れるとホロホロと崩れそ落ちれだけで鍛錬に煮込まれた事がわかる。
「うまっ」
肉を舌に乗せた瞬間、思わず口に出してしまった。
「お口にあったようでなによりです」
嬉しそうににっこりと笑って言った。
はじめからこの人の作る料理は、俺好みの味だった。おふくろの味とはまた違った味。これを食べるとなぜだか帰ってきた感がある。
「お肉に限ったことじゃないですがどんなものだって手間をかければ美味しくなると思うんですよ」
調理した手間からか愛しさ半分憎らしさ半分と言った口ぶりだった。
「俺は、普段からあまり料理をしないからその感覚はわからないな。したとしてもカットされた野菜に袋麺を入れたり冷凍の肉だんごを入れたりするだけだ」
「それだけでもお肉から出汁が出て美味しいですよ」
「そんなことない。だから、こうして呼んでもらえて助かっている」
出されたワインと一緒に苦笑交じりに口にした。鮮やかな色をしていてまるで鮮血のようだった。空のグラスに気がつき、注ぐ挙動をしたのでありがたく受けることにした。
「このワインも美味しいな。料理に合っている」
ボトルに目をやるがラベルはなくどこのものだかわからなかった。
「なんか、マグロの解体ショーって人間を解体しているようにも見えますよね」
なにを突然言い出すのかと思い、顔を見ると視線はテレビに向いていた。俺もつられて目をやるとマグロ一匹で何人分の料理ができるのかというバラエティ番組がやっていた。
「そう思いません?首を落として腹を切って臓物を取り出して、背骨を切って部位ごとに切り分けていく」
そこにまるで食材があり切り分けていく動作をしていきながら言った。
「大きさが違うだろう」
「?大きさ?ああ、確かに大人と比べたら違うかもしれませんけど、子どもだったらどうでしょう」
「なにが言いたい」
「このマンションで小さい子ばかり行方不明になっていますよね。3人。もしかしたら……」
そう言ってトロトロに煮込まれた肉を口にし唇の端に付いたソースを舌で舐めっとた。その姿がなんとも艶めかしい。俺は、フォークに刺したままの肉を思わずじっと見た。
「マグロのように解体されたって?解体してどうする?食うのか?」
「ふふっ」
「なにがおかしい」
「まさか、この肉がそうだと思っています?」
「違うだろうな。俺は、人間は食べたことはないがいつも食べているものと変わらない」
肉を口の中に放り込み飲み下した。
「……煮込んでしまえばわからないと思いますけどね。この肉はそうでもあの時食べたものは果たしてそうだったのか。それは、料理した人でなければわからない。スーパーに並んでいるものだった。果たしてそうなのかわからない。ほら、食品偽装流行っていますし」
両手を広げて首をかしげながらよくあることかのように言った。
「流行ってはいないだろう。それこそ、店に人肉が並んでいたら大問題だ」
「バレなきゃ問題になりませんよ。現に長年騙されていた消費者だっている」
この肉がそうだって?バカバカしい。こんなにうまい肉が人肉なわけがない。第一、臭いと聞いたことがある。
「ああ。そうだ。あれも作っていたのを忘れていました」
そう言って立ち上がりキッチンの方に歩いていった。コンロに火を点け温めているようだ。その姿を俺は目を離せない。なにを出す気なのだろう。
程なくして、温まり小鉢に入れたそれをコトリと音を立てて俺の前に置いた。軽い音なのになぜか重々しく感じられる。
「モツ煮込みです」
「洋食なのか和食なのかわからない組み合わせだな」
メインはたっぷりと煮込まれたものとこのモツ煮込み。どちらも煮込み料理。
「腹に入ってしまえばみな同じです。どうぞ召し上がれ」
モツ煮込みもしっかり煮込まれていて美味い。あんな話を聞いていなかったらもっと箸が進んでいただろう。テレビも音がさっきからやけに気になる。
ニュース番組に変わり見慣れた風景が映し出された。硬い口調のキャスターが淡々と原稿を読んでいる。
「まだ見つからないみたいですね」
どうやら同じことを思っていたようでこのマンションで起こっている事件を指しているようだった。
「そうみたいだな」
「でも、どの被害者も誰とも遊んでいるのを見かけなかったりこのマンションから出た姿を見なかったみたいですね。でもこのマンション、非常口に防犯カメラありませんからね。そこからって可能性もなくはないと思うんですよね。
中には虐待をしていた両親がすでに殺したんじゃないかっていう憶測まで出ているようですね誘拐されたとか聞きませんし。
1人目の女の子だって遊びに行ったんじゃなくて家の前に締め出されていたそうじゃないですか。早く見つかるといいんですけどね」
「どうしてそれをお前が知っている?」
「え?」
「確かに虐待をしていた声を聞いた人がいるのは、事実だ。だけど、そうじゃなくて」
「だってあなたも知っているじゃないですか」
口の端を弓のように上げた。
「知っていて当然だろう。だって俺は……」
「……。戸成さんって刑事さんですよね」
職業を当てられた俺は思わず息を呑んだ。
「僕の家にも刑事さんが来て事情聴取されました。その時にこっそり聞いちゃったんですよね。玄関に耳をピターって当てて」
パントマイムのようにまるでそこに玄関があるかのように耳を当てる仕草をした。
「まぁ、その前から知っていたんですけど。ふふっ」
そうじゃなくて、1人目の被害者が締め出されたなんてお前が知っていると言おうとした。
そこで、俺は意識を手放した。
真っ暗な部屋でタブレットの画面をスクロールさせていく。間取りは僕の家とさほど変わらないから明かりをつけていても問題ないのだけれどやはり他人の家でそれをするのは気が引ける。
ネットで気になっている人を落とすにはどうしたらいいのか聞いたみたら思いの外、反応があった。その名も
#オ|トナリサンをおとす方法。
『自分のことは書かずに隣に住む男性を落としたいです。なにかいい方法はありますか?』
画面の向こうの善人は僕のことを女性だと思ったのか『色仕掛けでしょ』とか『同じ趣味や共通の話題でそこから仲良くなってはどうでしょう』とか『洗濯物が風で飛ばされてベランダに入ってしまったと理由をつけるのはどうか』というのがあった。その中でも、数多くあったのは『胃袋を掴む』というもの。確かに、胃袋さえ掴んでしまえば逃れられない。もとから料理は得意な方だった。誰にも言えない秘密を活かし、試してみると思った以上に効果があった。事実を知って動揺していたみたいだけど墜ちるのも時間の問題だろう。あぁ。口元が歪むのを抑えられない。そんな時、うしろでかすかな物音が聞こえた。
「あ、気が付きました?」
振り向くと、さるぐつわをしているトナリさんが僕のことをにらみながらなにやらうめいている。
「なにを言っているのかわからないです。それをはずしてあげたいですがはずした瞬間叫ばれても困ります。叫ばないと約束してくれたらはずしてあげてもいいですよ」
トナリさんは何度も首を縦に振っている。
僕は、ボール状のさるぐつわをはずしてやった。
手足を拘束され床にはいつくばるトナリさんは変わらずに僕を睨んでいる。
「いい子ですね」
頭を撫でようとしたらトナリさんは口を開き息を大きく吸い込んだ。その瞬間、僕はトナリさんの口の中に自分の拳を突っ込む。
「叫ばないと約束したじゃないですか」
自分の拳がよだれにまみれようが大した問題じゃない。
「今度こそ約束してくれますか?」
トナリさんは涙目になりながらうなずいた。
「なぜ僕がこんなことをしたのか信じられないようですね」
拳を引き抜き、よだれにまみれた手を自分の舌で舐め取る。
「あ、当たり前だろう」
「でも、僕は悪いことをしたとは思っていない。むしろ解放してあげたんです」
「解放?」
僕は、タブレットに保存された画像をトナリさんに見せた。それを見て、眉間にシワを寄せ顔が険しくなっていく。
「みんないい子だったんです。悪い子は誰ひとりいなかった」
初めて撮った写真は5年前。すべて見せ終え僕はタブレットを置いた。
「愛していたはずの子どもを傷つけてしまう事実。護られるべきの存在なのに護られないそんな地獄のような日々からの解放。それを解放してあげたんです。そして、帰るべき場所に帰った」
僕はお腹をさすりながら言った。
「まさか食わせたのか?」
僕は、正解とでもいうかのようにパチンと指を鳴らす。今まで食べさせた肉料理はすべていなくなった子どもたちのもの。職業柄、親たちへの信頼も厚くアイツらは疑うことなく受け取り食べ、僕に感謝した。
「いなくなって寂しい。なにもする気も起きなくてと言いながら変わり果てた我が子を食べた。なにもする気が起きないと言いつつ連日、遊び歩いていることを僕は知っている。
形ばかりの意気消沈したあいつらを見るのは虫酸が走りましたがやはり子ども親のところに帰るのが1番いいですから。でも、骨は返してやらない」
僕は、空を睨むかのように言った。
「骨はどうしたんだ?」
「ハンマーで砕いたり溶かしたりして捨てました」
「こんなことを許されるはずがない」
「なぜ?僕が殺した証拠はどこにもない。あるのは生きていた頃のこの写真だけ」
暗くなったタブレットに目をやる。
タブレットに保存されている画像は親に虐待されていた事実を写したものだけ。僕の行為の画像は一切ない。それが目的じゃないからだ。
「許されないかもしれませんが、トナリさんはこのままのほうがよかったと思いますか?あんな声を聞いたのに?」
「そ、それは」
トナリさんは、僕から目を逸した。
「こんなに近くに助けてくれる人がいたのに助けてもらえなかった。このままのほうが良かったと言うんですか」
僕は、トナリさんの顎を掴み目線を合わせ告げる。
「でも、あの味忘れられなかったでしょ?」
その瞬間、大きく目を見開いた。掴む手から逃れようとするが僕はそれを許さない。
「結局の所、あんたも僕と同じなんだよ」
耳の後ろからそうつぶやき、顎から手を離し立ち上がってトナリさんを見下ろした。
「僕は、この街から離れますがトナリさんはどうします?流石に仕事柄すぐに住居を変えられないとは思いますが、僕と来ればまたあれを味わえますよ。」
トナリさんはなにも答えなかった。当然だろう。事実を知ってもなお付いていくと答えるなんてどうかしている。
いったんしゃがみこみシャツのポケットに紙切れを入れた。
「じゃあ、それではまた、どこかで」
トナリさんをそのままにして部屋から出ていった。
住居を変えても相変わらず親に苦しめられている子は変わらなかった。いつものように、トロトロに煮込んだシチューを温めているとチャイムが鳴った。モニターを横目で確認し一旦火を止め玄関に向かった。
ほら、やっぱり…………。
ドアを開けると、シチューの匂いがそとにもれているのか恍惚の顔をした待ち人が立っていた。
「おかえりなさい。トナリさん」