一本の電話
「なんでこんなことに…」
途方に暮れる彼女の眼前に広がるは、一面の銀世界。
古びた木造の駅舎は強風に煽られ、雪が舞い込む。周囲を見回すも駅員はおろか、人の気配は全くない。あたりは薄暗く、時折点滅する蛍光灯が不安を誘う。
「さむ…」
呟いた声は、白く霧となって消えた。
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事の起こりは今朝に遡る。
いつも通りオフィスに出社した私は、就職して2年目、営業事務を担当している。ルーティンワークも難なくこなせるようになり、後輩ができて雑用からも開放され、仕事が楽しくなってきた頃で、いつもより早めに出勤し、通勤途中に購入したコーヒー片手にメールチェックを始めた。
「おはよう」
「おはようございます!」
丁度自分の上司が出勤したところに電話が鳴った。営業時間外のため留守電につながったようだ…とPCの画面から電話に目をやった途端、響き渡る怒鳴り声。
『どうなってるんだ!すぐに連絡しろ!!』
ガシャン!!と受話器を乱暴に置く音に思わず肩がビクッと震え、上司と顔を見合わせる。
今の声は、最近よく隣の課が連絡をとっている大型案件の顧客ではなかっただろうか。普段の電話のやり取りでは温厚な印象で、あそこまで激昂した声は聞いたことがないので自信はないが。
「今のは…」
上司の問いに、関わりたくないなぁ…と思いながらナンバーディスプレイの履歴から顧客の情報を調べて報告する。
「一課が担当している大山建設さんのようです」
予想が当たり、げんなりする。
確か話がまとまり、隣の課に配属された新入職員が契約手続きを進めているところではなかったか。自分は直接担当はしていないもの、歳が近いという理由で新人から相談を受けていたためなんとなくの内容は把握していた。
「確か担当は金沢くんだったか…」
名前の上がった営業担当のスケジュールを確認すると、遠方出張の予定が入っている。営業課長と二人、今頃飛行機の中か…。
その旨上司に報告しつつ、LIMEで後輩に連絡を取る。
『大山建設さんから至急連絡が欲しい旨電話あり、なにか知ってる?』とメッセージを送るとすぐに既読がつく。
『ごめんなさい…体調が悪くて今日は休みます。先輩から伝えていただけますか?』
その返信を最後に、後輩と連絡がつくことはなかった。