第95話 ハーレムの基本編③ 愛の迷走劇
私、王女デルマはハーレム要員としての責務を全うするため、勇者を慕い、愛する事を決意したわ。
その一環として、まずは彼に愛を囁いたの。
・・・病人扱いされるわ、偽物扱いされるわで、結果は散々だったけれど。
けど私は諦めない。
ハーレム要員としてのプライドに掛けて、絶対に勇者を愛してみせるんだから!!
「勇・者・様♪
ウフフ。」
その一環として、今だって渾身の笑顔を勇者に向けながら、腕を組んで歩いているの。
「い、違和感が凄いなぁ・・・。」
けれど、彼の表情はどこかぎこちない。
顔色も少し赤くなっている気がする。
・・・病人扱いすべきなのは、私じゃなくて勇者だったりする?
「普段の私も傍から見れば、あんな感じなのかしら。」
「?~。」
後ろからゲンナリした聖女と、不思議そうにしているクロの目線を感じる。
あっ!?
そう言えば・・・。
確か聖女はよく自分の胸を勇者にくっ付けようとしていたわ。
・・・つまりただ腕を組んで歩くだけじゃなく、自分の胸を勇者の腕に触れさせるべきなのね!!
私は聖女のような美人じゃないから、あまり喜んでくれないかもしれないけど。
それでも試してみる価値はあるわ。
え~っと・・・。
もっとこう、胸を勇者の腕へ近づけて、と。
「お、王女!?
王女っ!??」
すると彼はゆでダコのように顔を赤くしながら、慌て始めた。
聖女の時と同じ・・・いえ。
更に激しい反応?
さすがは女好きの勇者ね。
私程度でも、胸に触れるのは嬉しいみたい。
・・・にしても、胸を勇者に引っ付けながら歩くのって、難しいわね。
普段よりもずっと動きにくいわ。
って・・・。
「キャッ!?」
「ぶっ!?」
しまった!?
石に躓いて、コケちゃった!!
・・・胸ばかり意識しすぎたせいで、足元が疎かになっていたのかしら。
って、勇者まで巻き添えにしちゃってるーーーー!??
彼の綺麗なお顔が地面の汚れと鼻血で台無しよ・・・。
「も、申し訳ありません!!
・・・勇者様。
聖女、早く勇者に回復魔法を・・・。」
「その程度で回復魔法なんか、使わないわよ。
いつでもどこでも回復魔法に頼り切りじゃ、気持ちが軟弱になっちゃうもの。」
そんなっ!!
聖女ったら、なんて冷たいのかしら?
「王女、いいって。
コケたくらいで参る程、俺はヤワじゃないから。」
少し鼻血を出しつつも、勇者は答える。
私は慌ててアイテム・ボックスからタオルを出し、彼の顔を拭いた。
お・・・怒ってなければ良いけど。
「そんな事より、王女・・・。
よく男相手に自分の胸をくっ付けて、平気そうにしてるね。
・・・その、嫌じゃないの?」
けど何故か勇者は、私のミスで転ばされた事よりも、胸がどうこうなんて話題を持ち出したの。
???
なんで怒って良い立場の彼が申し訳なさそうな表情をしているのかしら?
そもそもの話・・・。
「嫌も何も、全く気にしてませんよ?
男性から体を触られた程度で嫌がったり、取り乱したりせぬよう、母上から教育を受けましたから。
身分の低い王女である以上、どのような殿方の妾となるか、わからなかったですしね。」
質問の意図がわからず、演技も忘れて素直に答える。
曲がりなりにも魔王を討伐するまで戻って来るなと命じられた以上、もう私は国に戻れないし、戻る気もない。
けれど勇者が召喚されなければ、私は政略結婚の道具として、誰かの妾になっていた事でしょう。
故に異性とのスキンシップを嫌ったりせぬよう、母上なりに配慮したんだと思うわ。
「いずれ誰かの『妾』になってただろう、か。
君が俺に触れても嫌がらなかったり、ハーレムに忌避感がないのは環境のせいでもあるのかな?
・・・まあ、本気で嫌じゃないなら構わないけど。」
無罪を言い渡された容疑者のような顔付きで呟く勇者。
何をそんなに気にしているのやら。
「あんた、王女様にしてはどっかおかしいと思ったけどさ~。
親からの教育もやっぱ、おかしかったのね~。」
おかしい、って連呼されるのは心外なんですけど。
私にとってはそれが『普通』だったのよ?
グーーーーっ。
あらら?
「あたし、お腹空いた~・・・。」
クロがお腹に手を当てながら呟く。
そ~言えば、もうそろそろお昼の時間かしらね。
「そ~だね。
そろそろお昼にしよっか。」
「わかりました。」
さっそくアイテム・ボックスから聖女・クロ用にパンや干し肉、水を出して渡す。
村や町にいる時は大抵、定食屋で食事を行うんだけど、店が近くにない時は携帯食で食事を済ませてるの。
「ほら。
聖女、クロ。」
「どうも~。」
「わ~い。」
「あれ・・・。
俺の分は??」
いつもなら勇者の分も一緒に渡すんだけど、今日は違うからか少し不安そうね。
けど安心してちょうだい。
あなたの分の食事もしっかり用意してるわ♪
「私、勇者様のために腕によりをかけて、お弁当を作りましたの♪
良かったら是非、食べて頂けませんか?」
「べ、弁当だってぇ!??
・・・いつの間に。」
昨日の宿で、台所を借りてね。
もちろん、普通なら客に台所なんて使わせてくれない。
けれど従業員の手にお金を握らせたら、笑顔で貸してくれたわ。
聖女じゃないけど、お金の力って偉大よね~。
材料もアイテム・ボックスの中に買いだめしておいた食材がたくさんあったから、特に困らなかったし。
「さあ、どうぞ。
勇者様♪」
私はとびきりの笑顔で勇者にお弁当を渡す。
例の本を筆頭に様々な書籍で書かれていたの。
転移勇者に限らず、多くの男の子は女の子の手料理に愛を感じるんだって。
つまり勇者のためにお弁当を作るって事は、愛しているのと同じなの。
「あ、どうも。
って、お弁当なのに暖かくない?」
このお弁当は早朝に作ったものだから、普通ならもうとっくに冷めているでしょう。
けどね。
「アイテム・ボックスの中に入れておけば、時間が経っても冷めませんから♪」
アイテム・ボックスは単純に多くの物を入れられるだけでなく、時間経過による劣化を防ぐ効果もあるのよ。
「・・・う、う~ん。
妙な所で異世界してるなぁ。」
そう言いながらも、勇者は私の作ったお弁当箱を開ける。
「おにぎり、卵焼き、ウインナー、から揚げ、トマト、レタス、エビフライ・・・。
・・・今まで疑問に思わなかったけどさ。
ど~してこの世界には日本の料理が多いんだろう?」
「え?
これって勇者様の国の料理だったんですか??」
私にとっても馴染みのある料理だから、気付かなかったわ。
でもそう言えば・・・。
「確か、料理本にも書いてましたね。
この世界には異世界転移・転生した人達が広めた料理もたくさんあると。」
だから勇者の国でも馴染みのある料理が多かったのね。
ちなみに料理本に限らず、例の本でも異世界人の中には料理を得意とする者も多い。
と、書かれているわ
そして食文化に革命を起こす事さえある、と。
実際の所、全ての料理が受け入れられる訳じゃないけどね。
とは言え、勇者の国は食に拘る人が多いし、何より未知の料理に惹かれるのは人間の本能だもの。
異世界からの料理人が食文化に革命を起こすのは必然かもね。
「まあ、馴染みある料理が多いのはありがたいけどね。
でも、う~ん・・・。」
「・・・勇者様?
ひょっとして、嫌いな物でもありました??」
「いや、別にないよ。
ないんだけど、さ。」
だったらなんで、妙に躊躇ってるのかしら?
「あんたの手料理が不安だからじゃな~い?」
「ちょっ!?
酷いわ、聖女ったら!!」
私をなんだと思ってるのかしら?
「そそそ、そんな事ないよ?
あははっ♪」
「・・・そんな事、あるんですか?」
そりゃまあ、プロの料理人なんかと比べたら、見劣りするけどさ。
そんなに警戒しなくてい~じゃない。
少し凹むわ。
「けど見た目は普通に美味しそうだしなぁ。
・・・・・・。
え~いっ!!」
私の様子をチラチラ伺いながらも、ついに意を決したのか、勇者は卵焼きを勢い良く放り込んだ。
「!??」




