第86話 不殺の剣編⑧ 転移勇者VS辻斬り
不殺の剣を手にした勇者と、卑劣な辻斬りヒーツの再戦が今、幕を開けたの!!
「「うぉおおおおおおおお!!!!!!!!」」
雄叫びを上げながら、二人は鍔迫り合いを続けている。
至近距離で互いの剣を押し合い続けたかと思えば、距離を取り、相手の隙を伺う。
「大丈夫かしら?
勇者・・・。」
私の見立てでは剣の腕前だけなら、勇者の方が上だと思っているわ。
だけど所詮、勝負は水物。
確実に勝てる保証なんてなく、一太刀でも浴びれば、即死だってありえる。
でもピンチになったら、聖女の防御魔法でカバー・・・と言うのも、今回のケースでは難しい。
盾を出すシールド系統の魔法も、バリアを作るバリア系統の魔法も、接近戦の横やりには向かないもの。
だったら。
「ねえ、聖女。
あなたなら、剣も通らないくらい体を頑丈にするタイプの強化魔法、使えるでしょ?
今からでも遅くないから、勇者に使ってくれない?」
勇者の世界で例えるなら『守備力を上げる』タイプの魔法ね。
「・・・ん〜。
一応、使えるけどさぁ。
今回ばかりは勝負が着くまで、横やりを入れるのは止めない?」
「聖女!?
さすがにそれは危険よ!!
どんなに凄い力を持つ転移勇者でも、死ぬ時はあっさり死ぬのよ・・・。」
聖女だって、勇者に死なれたら困るでしょうに。
『ヒール』を使う間もなく絶命したら、助けようがないのよ。
「王女・・・あのね。
これはテンイが自分自身の力で乗り越えるべき試練よ。
心配なのはわかるけど、私達に出来るのは彼を見守る事だけ。」
「で、でも・・・。」
「あなただってわかるでしょ。
彼はこの先、もっともっと危険な出来事に巻き込まれるはず。
ヒーツには悪いけど、今回の勝負はテンイが大きく成長するためのチャンスでもあるのよ。」
うっ!?
転移勇者は望む、望まないに関わらず、トラブルに愛され、波乱万丈な人生を歩む羽目になる。
・・・なんの根拠もない、バカみたいな話だけど、現にテンイは既に多くのトラブルに巻き込まれてるわ。
そもそもの話、トラブルに愛されるような人間でもなければ、勇者召喚なんかに巻き込まれないからね。
「仮に私達の力を借りて、テンイがヒーツに勝ったとしても・・・。
それじゃ彼は自分の力を信じる事が出来なくなるわ。
そうなってしまえば、自分の運命に耐えられなくなったテンイは安易にチート能力に頼るようになる。
そしてあなたが危険視するような災厄を巻き起こすかもしれない。」
それも決してありえない話じゃないかも。
自分の力を信じられない転移勇者にとって、頼れるものなんてチート能力くらいだもの。
「だから信じましょう。
テンイの勝利を。
彼ならこれくらいの試練、軽く乗り越えられるわ。」
「・・・う、う〜ん。」
「大丈夫だよ。
王女様!!」
あらら、クロ・・・。
どうしてそんなに自信満々なの?
「だってご主人様。
ピンチの時ほど頼りになるんだもん!!
だから大丈夫〜♪」
「まるで普段はちっとも頼りにならないような言い草ねぇ。」
クロったら、聖女も呆れるほどの毒舌ね〜。
だけど確かにその通りだわ。
普段は情けない所が目立つ彼だけど、いざとなったら本当に頼もしくなるもの。
「そうね。聖女、クロ。
私も信じるわ。
勇者の勝利を!!」
私達がそんな風に話している間にも、勇者とヒーツは剣を交え続けている。
そして。
「死ねぇええええ!!!!
テンイイイイイイイイイ!!!!」
ヒーツが剣を上段に構え、勇者の頭上から剣を振り下ろしたわ!!
だけど勇者はヒーツの剣を下から受け止め、相手の頭上へと弾き飛ばす。
「なんだと!?」
「はぁああああああああ!!!!」
相手の攻撃が一瞬、止まった隙を突いて、勇者がヒーツに胴斬りを決めたの!!
「!!!!????
あ・・・ぐ・・・。」
勇者の持つ不殺の剣では、いくら攻撃を加えても相手の肉体を傷付ける事は出来ない。
でも今のヒーツは木刀で腹を思いっ切り殴られた時と同じくらいの痛みを受けているはず。
「テ、テンイ・・・。
貴様ぁ!!」
胴斬りを受け、怒り狂ったヒーツが剣を激しく振り回す!!
「・・・。」
けれど怒りと、先ほどの一撃の苦痛のせいで、ヒーツの剣筋はあからさまに乱れ始めたわ。
そんなヒーツの剣を勇者は冷静にさばき続けている。
そして隙が多くなったヒーツの右手首に一撃を入れ、続けざまに頭上から不殺の剣を叩き付けたの!!
「ぐわぁ!!??
・・・うっ、うっ。」
胴体に続き、右手首と頭にも強力な一撃を食らい、痛みの余りヒーツは頭を抱えながら悶絶し続けている。
これは勝負あったわね。
「ヒーツ・・・君の負けだ。
もうこれ以上、俺の命を狙うのは止めてもらおうか。」
「ぐっ!!」
ハラハラしたけど無事、勇者が勝てて良かったわ。
「良かった・・・。
勇者が死ななくて。」
「やったじゃない!!
テンイ。」
「わ〜い。
ご主人様の勝ちだ〜♪」
「ありがとう。
皆。」
そして私達は勇者の勝利を喜び合ったの。
「なんという事じゃ。
人も殺せぬ剣士がこれほどの腕前を持つとは・・・。」
お爺さんも勇者の剣技を前にただただ驚くばかりね。
・・・さてと。
これでヒーツの一件も無事解決・・・。
「あ、甘いな。
テンイよ。」
え?
「いくら不殺の剣で私を斬ろうがなぁ。
私の体は一切傷付かぬ!!
不殺の剣のような玩具による攻撃などどれだけ食らおうが、受けるのはせいぜい偽りの痛みのみ。」
「ま・・・まあ、確かにそうなんだけど。
けど、ヒーツ。
あなた、不殺の剣を甘く見すぎよ。」
顔を歪ませながら苦しそうに語るヒーツに、私は思わず反論する。
ヒーツの指摘は決して間違いではないけど、だからと言って不殺の剣はそこまで甘い武器でもないわ。
拷問に使われる程の道具なのよ?
仮に偽りの痛みだとしても・・・。
「テンイがどれだけ私を斬ろうが、私は倒せぬ。
だが私は一太刀でも浴びせれば、貴様を殺せるのだ!!
不殺の剣なぞに頼った時点でテンイ、貴様の負けなんだよ!!」
「え、え〜っと。」
理屈だけで言えば、ヒーツの言ってる事は正しい。
・・・正しいんだけど。
「テンイ、貴様を斬り殺すまで、私は何度でも立ち上がる。
そして貴様の死体の前で泣き喚く女共を思う存分、犯してやるからなぁ・・・。
ははははは、あーっはっはっはっ!!」
え、ええ〜・・・。
「うっわぁ。
キモ。」
「?〜。
犯すって、な〜に?」
ドン引きする聖女と、汚い言葉がわからずに首をかしげるクロ。
「あのね、クロ。
ヒーツはテンイを殺した後、私達を食べてやる〜、って脅してるの。
キモいから、近づいちゃダメよ。」
「!!??
こ、怖いよ〜・・・。
聖女様。」
クロったら、絶対『食べる』の意味を誤解してるでしょうね。
まあ『犯す』なんて言う男に近づいちゃダメなのは事実だから、怖がるくらいが丁度良いのかしら。
「けどクロの言う通り、確かに恐ろしいわね。」
「あらま。
さすがの王女も『犯す』なんて脅されたら、怖いんだ。」
そりゃそうでしょ。
「当たり前じゃない。
野生動物みたいに女を犯そうとする男なんて、どんな性病を持ってるかわからないもの。
もし病気がうつったらと思うと、悍ましいわ。」
「そっちかい!?
そりゃまあ、そういう意味でも怖いけどさぁ。
相変わらずあんたはずれてるわねぇ。」
私は病気なんかで苦しみたくないもの。
これ以上、ヒーツに近づくのは止めとこうっと。
「貴様らぁ!!
この私を侮辱する気か!?」
「侮辱されるような態度ばかり取るからでしょうが!!
自業自得よ。」
聖女が正論すぎて、反論のしようもないわね。
って、あら?
「へ〜・・・え。」
ゆう、しゃ?
どう、したの??
その輝かんばかりの笑顔は?
そんな彼の笑顔をど〜して、私は恐怖してるのかし、ら・・・。
「ヒーツ。
君、俺を殺した後、王女達をどうする・・・って?」
「・・・・・・。
へ?」




