第81話 不殺の剣編③ 不殺の剣
「ねえ。王女、エミリー、クロ・・・。
俺もいい加減、覚悟を決める時が来たのかな?
・・・人を殺す覚悟を!!」
ゆ、勇者?
「そ、それは・・・。」
「王女・・・前にこんな風に言ってたよね。
自分や仲間の命を守るために手を掛ける事は否定しない、って。」
「確かに言いましたけど。」
少し前、山賊討伐を引き受けるか、引き受けないかでもめた時の話ね。
・・・聞いてたんだ。
「強すぎる力を持つ俺が平気で人を殺すような人間になって欲しくない、と。
君がそう思っている事は知っている。
俺も誰かを殺したりなんか、したくないよ・・・。
でもこの世界はあまりにも危険すぎる。
いつまでもそんな甘い考えじゃ、自分も、皆も守れないんじゃないかって。
ヒーツに叩きのめされて、そう痛感したんだ。」
・・・勇者。
「ま〜、言いたい事はわかるけどさ〜。
そこまで思い詰めなくてい〜んじゃない?
ヒーツ程度なら、私と王女が力を合わせれば追っ払えるもの。
クロの索敵があれば、奇襲も防げるしね。」
「うんっ!!」
そうよね。
確かに勇者一人だけなら、ヒーツのような相手は相性が悪すぎて危険よ。
けどどんな敵が相手でも、勇者一人で戦わなければいけない訳ではない。
色々あるけど、私達は仲間なんだから。
「・・・確かにヒーツ程度なら、王女達だけでもなんとかなると思う。
だけどもしジークのような、王女やエミリーよりもはるかに強い奴がさ。
殺意剥き出しで襲い掛かって来たら・・・。
そんな時、手を汚す事に怯えて、君達を助けられなかったらって考えたら。
俺、俺・・・。」
「う、う〜ん。」
そこを指摘されると痛いわ。
とは言え、私はともかく聖女の守りすら打ち破るような猛者は早々いないはず。
・・・いないはずだけど、勇者の運命力を考えると、そんな猛者を引き寄せないとも限らない。
それに見方を変えれば、ジークの一件だって、彼が人殺しを躊躇わなければ、誰も危険に晒さなかったかもね。
もちろん、私にそこを責める権利は無いし、責める気も無いけど。
とにかく勇者の言ってる事は、甘い甘い私の言い分よりも正しいかもしれない。
でもね。
「ダメですよ。
勇者様。」
「王女?」
そんなあっさりと決心してはダメ。
「簡単に人を殺す覚悟なんて決めないで下さい。
私の使命が果たせなくなるじゃないですか。」
「君の使命って・・・。
俺を元の世界へ無事、帰すってやつ?
それを言うなら、益々俺は生き残るためにも人を殺す覚悟が必要になるんじゃない?」
「それは違いますよ。
人を殺してしまったら、体は無事でも、心が無事なまま、元の世界へ帰せなくなるじゃないですか。
特にあなたのような人にとっては。」
「あっ!?」
例の山賊の一件で、私は聖女やクロに向かって、こんな話をしたわ。
--------
「それでも可能な限り、人殺しは避けるべきだけどね。
だって勇者はいつの日か元の世界へ帰るんだから。
そんな経験をしてしまったら、真っ当に生きられないかもしれないわ。」
--------
ってね。
勇者が聞いていたかはわからないけど。
「あなたの世界では、悪人であれ殺人は犯罪になると聞きます。
人殺しを躊躇わなくなるのは好ましくありません。
だからダメですよ・・・ね。」
「王女・・・。」
私が頑なに勇者に人殺しをさせまいとする理由は二つある。
一つは世界をも破壊しかねない力を持つ勇者が殺戮を躊躇わなくなるのを防ぐため。
そしてもう一つは勇者の心を壊さないようにするため。
元の世界へ帰った時、異世界での経験が足枷とならないようにするため。
・・・物語に登場する綺麗な心を持つヒロインと比べたら、凄く個人的な理由で人殺しをさせまいとしてるけどね。
自らの手を汚してでも誰かを救う、なんて考える気になれない私達は傍から見れば醜いのかもしれない。
けど、構わないのよ。
勇者も私も他人の言い分に従って、英雄のように生きる義務なんかないのだから。
それで良いのよ。
「・・・ご主人様〜。
あたしも人を殺そうするご主人様なんて、見たくない。
だってご主人様の顔、凄く辛そうだもん!!」
「クロ・・・。」
クロは人殺しの是非以前に、辛そうにしている勇者を見たくないようね。
「まあ私も、なるべくテンイに人殺しはしてほしくないけど〜。
・・・せっかく出会えた、凄い力を持つ割に真っ当な性格の男の子よ?
殺人なんかでおかしくなったら、私が困るわ!!」
「あ、あはは・・・。
君らしいね、エミリー。」
相変わらず聖女らしさの欠片も無い言い草ね。
でも勇者ったら、ホッとした表情で彼女を見ているわ。
これで彼も思い直してくれたかしら?
「・・・けどね、王女。
テンイに人殺しを止めさせるのはい〜として。
対策を立てない訳にはいかないわよ?」
「うっ!?
そ、そうだね。
エミリー。」
もちろんよ。
いくら彼が真っ当に生きようとしても、それで自分勝手な悪人がいなくなる訳じゃないもの。
「私としてはアビス様に全部お任せするのが、一番手っ取り早いと思うけど〜?
その結果、どうなっても手を汚したのはテンイじゃないから無問題って寸法よ!!」
「あのね、エミリー・・・。
それはいくらなんでも酷すぎるでしょ!!」
そ・・・そうね。
そんな考え方は自分の手を汚すよりも醜いって。
例え竜であるアビス様が人殺しを嫌がらなかったとしても、さ。
「じょ〜だんよ、冗・談♪
そもそもアビス様なら、上手い事人を殺めずに敵を無力化出来るでしょ。
だからアビス様にお任せ作戦は、我ながら凄く良い案だと思うわ。」
なるほど。
アビス様はエンシェントドラゴンと呼ばれる古代竜よ。
最強のドラゴンと言われるだけあって、底知れぬ力を秘めているだけでなく、力の強弱も上手くコントロール出来る。
以前も悪人をただの一睨みで、殺す事無く無力化していたわ。
だけどね・・・。
「・・・そうね。
聖女の案も状況によっては凄く有効だけど。
ヒーツのようなケースだと、対策としては少し弱いんじゃない?」
「あ〜・・・。
そ〜かも。」
「なんで〜?」
聖女は私の言いたい事に気付いたようだけど、クロにはよくわからなかったようね。
勇者もピンと来ていないみたい。
「召喚魔法は発動するまでにタイムラグがあるからよ。
ヒーツのような急に襲い掛かってくる相手には使い辛いわ。
・・・だからと言って、ず〜っとアビス様を召喚し続ける訳にもいかないし。」
召喚魔法は召喚したモンスターとの繋がりが切れないよう、召喚者がモンスターに魔力を流し続けているの。
つまりモンスターを召喚する時間が長ければ長い程、召喚者の消耗も激しくなるわ。
召喚しぱなっしにするってのは、ちょっと非現実的ね。
それにエンシェントドラゴン様を個人的な理由で拘束し続けるってのも、どうかと思うし。
「じゃあ、どうすれば良いんだい?」
だから私は勇者にこう提案した。
「あなたの身を守る武器を・・・。
不殺の剣を手に入れましょう!!」




