第62話 婚約破棄編⑥ 固定概念
「魔族は人間に深い憎しみを抱いている。
憎しみを抱いている相手を信用する事なんて、出来る訳ないのよ。
人間と魔族は・・・決して分かり合えないのよ。」
「勝手に決めつけるな!!!!」
!!??
この声はサーラ!?
って、あれれ?
勇者やミロまで私の方に目を向けてるじゃない。
私、聖女やクロとお話してただけなのに・・・。
「・・・あ、あの~。
勇者様、それにミロやサーラまで。
いつから私達の話を聞いてたのです?」
「割と最初の方からよ。
もしかしてあれでこそこそ話のつもり?」
「まあ、王女は話に夢中になると、周りが見えなくなるからね。
しっかり者なんだか、うっかり者なんだか・・・。」
うっ!?
「そんな事はどうでも良い!!
・・・貴様。そこまで事情を把握していながら、結局は魔族を差別するのか?
分かり合えないなどと、勝手に決めつけるのか!?」
怒りと悲しみに満ちた瞳で詰め寄られ、思わず言葉に詰まってしまう。
「・・・あんたが何を思ってるかまではわかんないけどさ。
王女の意見もあながち差別とは言い切れないわよ。
実際の所、はぐれ魔族が人に危害を加える事も少なくないもの。」
「・・・・・・。」
「サーラ。
あんただって別に最初から人間に友好的だった訳じゃないでしょ?」
そうよね。
魔族は人間から一方的に被害を受けてきたんだもの。
なのに友好的だったら、おかしすぎるわ。
「当然だ・・・。
元々、私は故郷で家族と共に平和に暮らしていたのだ。
しかし私の家族は人間共の理不尽な襲撃により、帰らぬ人となってしまった。」
「・・・可哀そう。」
「私は復讐のため、同士と共に人間の国へと攻め入ったのだ!!
そして家族の仇を取る事に成功した。
が、私は大怪我を負い、仲間ともはぐれ、帰るに帰れなくなってしまったのだ。」
「悲しいけど、よくある話よね。」
聖女の指摘通り、はぐれ魔族にありがちなパターンだわ。
だからこそ、人間を嫌わない理由なんて無いように思えるけど・・・。
「だがはぐれ魔族となってしまった私をミロお嬢様が救って下さったのだ。
・・・お嬢様は怯えもせずに、魔族である私に手を差し伸べてくれた。」
「あ~・・・。
そんな事もあったわねぇ。
まっ、始めはサーラの事、魔族じゃなくて変わった亜人だって誤解してたけど。」
「・・・デルマ、と言ったな。
お前の言う通り、私だって最初は人間全てを憎んでいたよ。
けれどお嬢様と出会い、考え方が変わったのだ。
人間の中にも素晴らしいお方がいるのだ、と。」
そんな事情があったのね・・・。
けれどまだ疑問が残る。
「でも今はミロもサーラが魔族だってわかってるんでしょ?
どうして彼を受け入れてるの??
怖くないの???」
人間からすれば、魔族なんて破滅をもたらす悪魔にしか見えないはず。
場合によっては排除を目論んでもおかしくないわ。
「なんで怖がらなくちゃいけないのよ・・・。
別に私も私の身内も、サーラや他の魔族に危害なんて加えてないわ。
憎まれたり、増してや襲われる理由なんて一つも無いでしょうが。」
「・・・いや。
そうだとしても、ね。」
人間を憎む魔族にそんな理屈は通用しない。
・・・通用しないはずなんだけど。
「確かに人間というだけで敵意を抱く愚かな魔族もいるでしょう。
けどサーラがそんな魔族じゃない事くらい、少し付き合えばわかるわ。
デルマ、あなた固定概念に囚われ過ぎじゃなくて?」
「え、ええっと・・・。」
「そうだよ!!
憎んでいるはずだから信用出来ない、なんて勝手に決めつけないで・・・。
そんな理由で心を閉ざすなんてあんまりだよ。」
どうしてか勇者が物凄く真剣な眼差しで熱弁する。
正義感の強い彼からすれば、私の考え方は気に入らないのかしら?
「テンイ様のおっしゃる通りですわ♪
魔族だからなんて下らない理由で、これほど優秀な子を差別するなんて、愚か者のする事です。
おーっほっほっほっ。」
そう、なのか・・・しら?
でもだったらなんで、どうして・・・。
「じゃ、じゃあなんでサーラは勇者をあんなに睨みつけていたの!?
彼だって、魔族に危害を加えた事なんか一度もないのに!!」
「うっ!?
・・・そ、それは。」
「や~ね~、王女ったら。
そんなの簡単よ。
単にテンイに嫉妬してただけよ。」
嫉妬?
「い・・・言うな。」
『言うな』って。
本当に嫉妬してただけなんだ。
けどなんで嫉妬なんか・・・・・・・・・・・・あっ!!
「そうだったのね!!
サーラはミロが好・・・。」
「言うなーーーーーーーー!!!!」
「ムゴッ!?」
顔を真っ赤にしながら、サーラが私の口を塞ぐ。
・・・別にテンイが転移勇者だから睨んでいた訳じゃないんだ。
単純にミロを取られたと思って、嫉妬してただけなんだ・・・。
「嫉妬?
・・・ああ、テンイ様の実力と容姿に?
サーラ、あなただって十分強いし、顔立ちも整ってるわ。」
「お、お嬢様・・・!!」
軽いノリながら、ミロに褒められ、サーラは更に赤面する。
「?~。
サーラさん、ど~したの~?」
「それはね、クロ。
サーラはお餅を焼いていたのよ。
だから顔が真っ赤なのよ。」
「お餅を!?
わ~、美味しそ~♪」
こらこら、聖女ったら。
クロに妙な事を吹き込まないの。
「お嬢様・・・。
私、このデリカシーのない女共が嫌いです。
あいつらとは絶対に分かり合えない。」
いやいや、サーラ。
あなた、さっきは『分かり合えないなどと、勝手に決めつけるな』って言ってたじゃない。
「そ~かしら?
結構、仲良さそうに見えるけど。」
「・・・・・・。」
軽くあしらわれ、サーラは思わず顔をしかめる。
そんな彼を少し呆れた表情で見つめた後、ミロはテンイへのアタックを再開した。
主の意識が自分に向いていないのを確認した後、サーラは小声だが怒りに満ちた表情で・・・。
「良いか、貴様等!!
絶対に、絶対にお嬢様に向かって、余計な事は言うなよ!!」
「はいはい。」
「よくわかんないけど、わかった~♪」
・・・。
「う~ん・・・。
サーラって、本当にミロを・・・いえ。
人間を憎んでるわけじゃないのね。」
「・・・ふんっ!!」
魔族だからって、全ての人間を憎んでいる・・・。
人間だからって、全ての魔族を怖がっている・・・。
ってのは間違った考え方なのかしら?
そりゃ世の中、誰もが常識通りに生きている訳じゃないけどさぁ。
一応、痴情のもつれも憎しみ並に危ういものだから、油断は出来ないけどね。
とは言え、私の中の警戒心が大きく削がれたのも事実よ・・・。
「まっ、サーラは別に大丈夫でしょ。
真に警戒しなきゃいけないのはミロの方よ。」
?
そう言って聖女は真剣な眼差しを彼女を見つめ始めた。
少なくとも勇者の正妻の座が危うい、なんて理由で警戒しているようには見えない。
もっと違う何かを警戒しているように見える。
聖女の態度に若干の違和感を抱きつつも、私達はミロの家へと向かうのであった。




