第3話 序章③ 聖女エミリーの想い
「勇者様。私はあなたの力に感服致しました。
どうか是非、あなたの伴侶とさせて下さい。」
・・・・・・ええええええええ!!!!
「伴侶だってえ?」
「聖女様がなんであんな化物に・・・。」
「イケメンだからか?
イケメンに限るって奴か!?」
聖女エミリーの突然の嫁になる宣言に私も、周りも驚きを露わにする。
でもなんで急に?
勇者がイケメンだからかしら??
けど勇者が暴走する前は普通に接してたのに、変ねぇ。
そう言えばさっき、力に感服したとか話してたような・・・?
「勇者さまぁん。
うふ、うふふふ。」
・・・何、あの極上の餌を前にした猛獣のような目は?
聖女ったら本気で勇者に惚れたんじゃなくて、単にその力を利用したいだけなんじゃ・・・。
「ちょっとやめてよ、エミリーさん。
どうか落ち着いて。」
しまいには感情を爆発させ、王の間を破壊した勇者にまで落ち着けと言われる始末。
その勇者もさっきまでとは違う意味で混乱し、動揺を隠せずにいる。
って、まずいわ。
こんなしょうもない事で力が暴走でもしたら、たまったもんじゃない!!
「ささ、聖女様もどうか落ち着いて下さい。
・・・少し向こうでお話しましょうか!!」
「えっ、ちょっと王女!?
何すんのよ、うわわ??」
そう言いながら、私は聖女を勇者から無理矢理引き離し、下り階段がある所まで移動する。
王の間が最上層だったおかげで、それ以外の階層への被害がほとんど出なくて良かったわ。
********
さて・・・。
「ちょっと、聖女様ぁ。
何を企んでいるのかしら?
正直に話しなさい!!」
「企んでいるなんて失礼ねぇ。
私はただ純粋に勇者様を慕ってるだけよ。
それとも嫉妬しているのかしら?」
嫉妬?
う~ん、何のことかしら。
それはともかく、勇者様を慕ってるなんて絶対嘘ね。
・・・そりゃまあ、世の中には一目惚れだなんて、意味不明な理由で恋心を抱く人間もいるけど。
だからっていきなり伴侶にしてくれだなんて言い出す女性、まずいないわ。
しかもさぁ。
「いやだって、勇者様に抱き着いてた時のあなたの目、極上の餌を前にした猛獣みたいだったもの。」
「何よその例え!?
失礼ね!!」
「それに力に感服したとか言ってたし、何か良からぬ事を考えるとしか思えないわ!!」
勇者や聖女が誰とくっつこうが、他人事と言えばそれまでよ。
けどもし、この聖女が良からぬ野望を抱いたまま、勇者と恋仲になったりでもしたら、世界に災厄をもたらす恐れがある。
「あのねぇ、別に恐ろしい野望なんて持ってないわよ。
ただ、あれだけの力を持つ勇者とくっつけば、金も地位も全て手に入れられる。
そう思っただけ・・・。」
・・・うわぁ、見事なまでに打算まみれだわ。
実際の所、こういう動機で転移勇者に近づく女性は珍しくない。
でも、少し変ね。
「いや、だってあなた聖女だし、とんでもない美少女でしょ。
わざわざ転移勇者とくっつかなくても、良い男なんて選びたい放題じゃない?」
聖女エミリーと言えば、とても優秀な白魔法の使い手。
しかも誰もが見惚れるとんでもない美少女。
その気になれば良い男なんて、簡単に捕まえられると思うけど。
「バカねぇ、私は才色兼備の聖女よ。
そこいらの男となんて、釣り合いが取れるわけないじゃない。」
な、なんて嫌な台詞。
そりゃあ人間、マウントを取りたがったり、他人を格付けして見下したがったりするけど。
「そうよ、普通の男は私となんか釣り合わないのよ。
本気で愛した人も、周りが私とは釣り合わないなんて言い始めたせいで、別れる羽目になって・・・。
・・・死ねよ、あのゴミ共!!」
ん?
「『聖女は私にこそふさわしい』なんてほざく男共は、どうしようもないクズばっかり。
あいつらのせいでどれだけ私が苦しい思いをしたか!!」
んん??
「私なんて所詮、落ちぶれ貴族の娘だから、お偉いさん達からは見下され、依頼をこなしてもロクな報酬すらもらえない。
自分一人じゃ、金も地位もままならない・・・。」
「えっ、えーと。
聖女、様?」
「だからあの勇者は私にとって、絶対必要なお方なのよ!!
勇者が伴侶になれば、きっと私は幸せな人生を過ごせるわ!!
おほほほほ、おーっほっほっほ!!!!」
・・・ヤバい、ヤバいわ。
この聖女様。
想像以上に病んでらっしゃる。
正直、勇者に近づくのはやめろだなんて言い辛いわね。
とは言え、勇者のためにも、聖女のためにも話しておかなければいけない事がある。
「ま、まあ、あなたの気持ちはよくわかったけど・・・。
それでも転移勇者と恋仲になるなんて、やめた方が良いって。」
「なんでよ!?」
「『転移勇者との付き合い方 ~ハーレム編~』って本によると・・・。」
「何よ、そのピンポイント過ぎるタイトルの本は!?
誰がそんな物書いたのよ!!」
『転移勇者との付き合い方 ~ハーレム編~』はタイトル通り、転移勇者との付き合い方が書かれているわ。
それ以外にも地球の文化や日本人の特徴、各所で活躍するハーレム要員についてなんかも記載されている、凄く貴重な本なの。
神々が数多の並行世界を観察し、書き記したとも伝えられているくらいよ。
「まあまあ、でね。」
転移勇者は基本的に自分を慕う美少女には非常に弱く、恋仲になるのはそこまで難しくないらしい。
けれど、付き合う上で致命的な欠点がいくつかある。
①転移勇者は女たらしである事が非常に多く、力が強大なのもあって、すぐにハーレムを築きたがる。
特定の一人に入れ込むことはかなり稀。
②転移勇者は自分に肯定的な者には親切だが、否定的な者にはきつく当たり、簡単に切り捨てる傾向にある。
一応、相手のためを想って否定している場合は、より強固な信頼関係を結べる可能性もある。
しかし身勝手な理由で彼らを否定した場合は最悪、消される恐れさえある。
③転移勇者は自分を裏切った者を絶対に許さず、激しい憎悪を抱く事が多い。
殺されるだけで済めばまだ幸せな方で、全てを否定された上で拷問され、惨たらしい最後を迎えるケースも珍しくない。
④未熟な転移勇者は自分の有り余る力を制御出来ず、恋仲になった者にすら危害を及ぼす事がある。
特に感情的になると非常に危険で、些細な痴話喧嘩から一国が滅びた逸話すら存在する。
・・・①はまだマシだけど、それ以外が危険すぎるわね。
②、③は付き合い方を間違えなければ何とかなるかもだけど、④なんてもうどうしようもなくないかしら?
「とりあえずはこんな所ね。
他にもまだまだたくさんあるけど・・・それでもあの勇者と付き合いたい?」
「・・・・・・。
構わないわ、それくらい。
上等よ!!」
ちょ、何言ってるのよ?
「聖女、あなた話を理解してる?
一つ間違えただけで、殺されるかもしれないのよ!!
・・・それでも彼と付き合いたいって言うの?」
特に④なんて、あの勇者にめちゃくちゃ当てはまってるじゃない。
命が惜しくないのかしら?
「別に転移勇者でなかったとしても、大抵の女は男より非力よ・・・。
誰であろうと付き合い方を間違えれば、危険な事には変わりないわ。
特に腐った人格の奴らの場合は、ね。」
「聖女・・・。」
そう言われると、何も反論できなくなる。
聖女はきっと私なんかよりもずっと、波乱万丈な人生を送って来たはずなのだから。
「それにね。
要は信頼関係を結べれば、だいたい大丈夫って事じゃない?
何の心配もいらないわよ!!」
こらこら・・・何バカな事を言ってるのよ、あんた。
私のしんみりとした気持ちを返しなさい!!
「あのねぇ、あなた。
金や地位目当てで、勇者に取り入ろうとしている癖に!!
信頼関係なんて結べるわけないでしょ?」
「そんな事ないわよ。
打算で結婚したけど、それなりに上手くやってる人達なんていっぱいいるわ。
逆に心底愛し合っていながら、最終的には破綻した連中も腐るほどいるしね。」
うっ、確かに世の中なんてそんなものね。
相性の問題なのかしら・・・。
「それに私、金や地位以上に勇者の強大な力が欲しいの。
あの力があれば、ロクでもない連中が寄ってきても返り討ちに出来るでしょ。
その気になれば始末する事だって容易いはず・・・。」
こ、怖すぎるわよ。あんた。
確かにこの聖女、武術や攻撃魔法の類はあまり得意じゃないって聞くけどさ。
だからってそんな動機で勇者に近づこうとするなんて。
「何、恐ろしい発言をさらっとしてるのよ!!
あなた、まさか勇者を利用して人々を傷つけようなんて、考えてないでしょうね!?」
「・・・私は勇者の力を利用して、罪なき人や国を傷つけたりなんてしない。
聖女の名に掛けて、そんな非道な真似はしない!!」
良かった。
とんだ闇聖女とばかり思ってたけど、ギリギリ良心は残っていたようね。
「でも・・・。」
・・・でも?
「卑怯な手で私を苦しめる人や国には、全力で反撃してもらうつもりよ!!
覚悟なさい、クズ共。
勇者の伴侶となった私に怖いものなどないわ!!
ほーっ、ほっほっほっ。」
やっぱり闇聖女だ、この娘!!
しかも中途半端に共感できる分、性質が悪い。
「と、とにかくいきなりあんなにがっつくのはやめてあげなさい。
今はまだ勇者、力も心も整理が付いてないんだから。」
暴走して巻き込まれても、たまったものじゃないし。
「それもそうね・・・。
せっかく築き上げたイメージが崩れるのもあれだし。」
「もう私はとっくに、聖女のイメージが崩れたけどね。」
本当にこの闇聖女を勇者と近づけて、良いのかしら・・・?