第35話 ゴブリン討伐編① 依頼の受注
私の名は元ジャクショウ国の王女デルマ。
王命である魔王討伐を放置し、転移勇者テンイを元の世界へ戻す方法を探している。
けどおそらく、勇者を元の世界へ戻す方法は簡単には見つからないでしょう。
だからまずは勇者がこの世界で充実した日々を過ごせるよう、手を尽くす事にしたの。
彼は魔法やスキルさえ使えば、ドラゴンやヒドラをも軽々と倒してしまう。
その一方、パワーが強すぎて小回りが利かず、力の使い方を誤ると、周りに甚大な被害を及ぼす可能性があるわ。
幸い、勇者には素晴らしい剣の才能がある。
なので、魔法、スキルを頼らずとも戦えるのか確かめるため、ゴブリン討伐のクエストを引き受けようって話になったの。
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・・・聖女が『ドラゴンやヒドラの素材を売りたい』って、言い始めたから、少し後回しになったけど。
ドラゴンやヒドラの素材は高額すぎて、一気に売り飛ばす事は出来ないのが悩ましいわね。
「はい。テンイ、王女。
これが売上の分け前ね。」
聖女が売上の分け前を私達に渡す。
正直、これだけでも数年は遊んで暮らせるだろうけど、今は少しでも良いから勇者の心を鍛えたいの。
今の状態だと、チンピラに絡まれただけで大騒動に発展しかねないので。
「ありがとう。
エミリー。
・・・そう言えば、クロには分け前を渡さないのかい?」
あのドラゴンやヒドラの素材は、クロが仲間に入る前に手に入れたものよ。
だからクロに分け前を渡す義務はないかもしれないけど・・・。
「クロ?
ああ、しばらくは彼女に分け前なんて不要でしょ。
お小遣いとして、月に銀貨3枚くらいあげれば十分じゃない?」
「?~。」
って、ちょっと!?
「・・・いくら何でも酷すぎない?」
「そうよ!!
聖女。
あなた、そんなに自分の分け前を減らしたくないの?」
「ん~・・・。
それもかなりあるけど。」
かなりあるの!?
「それ以前の問題だってば。
王女、あなたには前に話したと思うけど、お子様のクロに大金を渡すのは危険よ。
きっと悪人達に狙われちゃうわ。」
「!??
そんなの、やだぁ~・・・。」
うっ!?
確かに聖女の言う通り、お子様に大金を持たせるなんて、危険極まりない行為ね。
しかもクロはアイテム・ボックスやゴールド・ボックスを使えない。
何百枚もの金貨を持ち運ぶのさえ、一苦労しそうだわ。
「それはそうだけどさぁ。
だからって、銀貨3枚は少なすぎない?」
「そうよ!!
そんな少額じゃあ、まともな生活だって送れないわ。」
銀貨3枚程度では、数日生活するのだって難しい。
「あのねぇ、あなた達・・・。
言ったでしょ、お小遣いとして渡すって。
クロの生活費はもちろん、私達で払うのよ。」
えっ?
「普通、保護者は子供に生活費を出させたりしないわ。
衣食住に掛かるお金は全部、保護者が払うものよ。
その代わり、子供が自由に使えるお金はお小遣い程度だけどね。」
「なるほど。
日本でも小学生に何十万、何百万円も持たせる親なんて、いないからね。
だけどご飯代とかは親が全部払ってくれるから、問題なく生活できる、と。」
・・・よく考えればその通りだわ。
聖女はたまに思慮深くなる。
「あとは誰がクロの生活費を払うかだけど・・・。
それくらいなら私が払ってあげましょうか?」
「・・・いや、俺が払うよ。
クロを連れて行くって決めたのは俺だから。」
「あら、そう。
じゃあよろしくね、テンイ。」
そんな事を話し合っていると、クロが私の服をクイクイと引っ張っていた。
・・・話についていけなかったようね。
「え~っと、あのね。クロ。
これから毎月、あなたにお小遣いとして銀貨3枚、あげようって話してたの。
あげたお金は好きに使って良いわよ。」
「ほんと!?
やったぁ!!」
「でもね、クロ。
貰ったお金を無駄遣いすると、後で欲しいものが出来ても買えなくなるわ。
だからよく考えて使うのよ。」
「は~い。」
子供にお小遣いを渡して使わせるってのは、お金の使い方を学ぶ良い機会なのかもね。
私はお小遣いを貰って喜ぶクロを眺めながら、そんな風に考えていた。
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そんなやり取りをしている間にこの町の冒険者ギルドへと到着。
前回のようなおかしなギルドでなければ良いけど・・・と、心配しながら中へと入る。
入った瞬間、勇者や聖女に目を奪われてる人も少なくないようだけど、それはいつもの事ね。
あの2人、中身はともかく外見はとんでもない美形だもの。
・・・私を見つめる人も結構いるようだけど、勇者や聖女が美形すぎて、場違いだと思われてるのかしら?
別に構わないけど。
それ以外だと・・・。
「誰か山賊討伐を引き受ける冒険者はいないのか!?」
「誠に申し訳ございません。
件の山賊達は異常に強く、今となっては誰も引き受けなくなってしまい・・・。」
やけに山賊がどうちゃら、って話が聞こえてくる。
山賊討伐は意外と難易度が高いけど、誰もが敵わないような力を持っている事はほぼ無いわ。
きっと勇者なら、そのチート能力で簡単に蹴散らせるでしょうね。
もっとも私は絶対、勇者に山賊討伐なんてさせないつもりだけど。
だって・・・。
「・・・ゴブリン討伐の依頼は、と。
あ、あったあった。
ふむふむ、10体討伐で報酬は金貨5枚。
場所もちゃんと書いてあるし、これは嘘の依頼じゃなさそうだわ。」
「それなら安心だね。
偽依頼で酷い目に合うのは、もう懲り懲りだし・・・。」
あらら。
ちょっと考え込んでいる間に勇者達、ゴブリン討伐の依頼を見つけたようね。
まっ、どっちみち山賊討伐なんて私達には縁の無い話だし、これ以上考えるのはやめましょっか。
「あの~、すみませ~ん!!
このゴブリン討伐の依頼、受けたいんですけど。」
「はい、わかりました。
ではこの書類にサインを・・・。」
ギルドの受付の対応も普通ね。
書類も見た限り、特別おかしな内容ではなかったわ。
「あの~・・・一応、確認したいんですけど、この依頼書に書かれている場所。
ゴブリンじゃなくて、実はヒドラの生息地!!
・・・な~んて事はないですよね?」
「それって、少し離れた町の偽ギルドがやらかした事件ですか?
いくらなんでも、そのような鬼畜な真似をするはずありませんよ・・・。
詐欺どころか、殺人と同じですから。」
「ははは。
・・・ですよね~。」
それでも心配だったのか、勇者が受付の人に問うも、微妙に呆れた表情で否定された。
そうよね。
あの偽ギルドの受付達が異常なだけよね。
「本音を言いますと、今はゴブリンよりも他に退治して欲しい奴らがいます。
だけど、依頼内容を騙すような真似をしても、いたずらに犠牲を増やし、我々の評判も落ちるだけ・・・。
まともな冒険者ギルドなら、わざと関係者を騙すような真似はしませんよ。」
「まっ、それが一般的な冒険者ギルドよね。」
受付の話す通り、純粋にギルドを発展させたいだけなら、露骨に騙すような真似は避けた方が良いわ。
所詮、卑劣なやり方で荒稼ぎしても、それで得をするのは少数の醜い人間だけだもの。
クエスト自体は大丈夫だとして、あとは・・・と。
「私からも聞きたい事があるの。
この冒険者ギルドって、子供は預かれないの?」
「残念ですが、そのようなサービスは行っておりません。
宿屋や託児所ならお伝えできますが。」
それは残念。
しょうがないから、宿屋か託児所の場所を教えてもらうとしましょうか。
「ねえ、王女。
どうしてそんな事を聞くの?」
勇者が不思議そうに聞いてくる。
なんでって、そんなの決まってるじゃない。
「もちろん、クロをこの町に置いていくためですわ。」




