第34話 お勉強編⑦ 心の修行
「本当に凄い魔法やスキルを修得すれば、自信を持てるのでしょうか?」
「・・・えっ?」
強くなりたい勇者から、凄い魔法やスキルを教えて欲しいと頼まれた。
私はパワーこそ弱いものの、多種多様な魔法・スキルを修得している。
そして勇者のセンスであれば、教えたら教えた分だけあっさりと自分のものとするでしょう。
そうなれば、勇者の『力』はより一層強くなる。
けれど、それで『心』まで強くなれるのだろうか?
「一理あるわね。
『力』が強くなる事で『心』が強くなるケースは多いけど、テンイの場合『力』自体はもう十分強いもの。
『心』を強くしたいなら、もっと違うやり方の方が良いんじゃないかしら?」
「私も聖女の意見に賛成です。
そもそも勇者様はどういう風に『心』を強くしたいのですか?」
「それは・・・。
こう、チンピラやモンスター相手にビビらず立ち向かいたい、とか、何があっても取り乱したり落ち込んだりしたくない、とか?
そんな感じの強さ、かな??」
自分でも考えがまとまっていなかったのか、しどろもどろに答える勇者。
まあ、なんとなく納得出来るわね。
けどやっぱり、そういう方向で強くなりたいのであれば、魔法やスキルをたくさん身に付けるってのは、やり方として不適切なような・・・。
「?~。
ご主人様、とっても強いよ~。」
・・・クロ?
「あはは、ありがとう。
でも俺はね、チート能力のおかげで力が強いだけなんだ。
心はこの世界へ来る前と同じ、弱いままさ・・・。」
「?~。
心も強いと思うけどなぁ。
だってあたしを助けようとヒドラに立ち向かった人、ご主人様だけだもん。
他にヒドラに立ち向かおうとした人、誰もいなかったもん!!」
あっ!?
「それもそうよね。」
「・・・勇者はヒドラが怖ろしいモンスターだって理解した上で、クロを助けるために立ち向かったわ。
手の施しようがない臆病者には真似出来ない芸当よ。」
例の本には、異世界人はチート能力があるせいか、ドラゴンなどにさえ怖がったりしない事が多いとある。
危険な目に合わないと確信出来るからこそ、勇敢な人間でいられるのかもね。
けど私は恐怖しつつも、誰かのために立ち上がれる人の方が強い心の持ち主だと思う。
「クロ・・・。
皆。」
とどのつまり。
「勇者の心には強い部分も確かに存在する。
でも今はまだ、心の強さを思うように引き出せないって所かしら?」
「なるほど。
勇者はまだ若いからね。
精神が未熟って事かしら?」
聖女ったら、おばさんじゃないんだから。
勇者を若いなんて言ってるけど、聖女と勇者の年齢差はほとんど無いでしょ。
まあ、それはともかく。
「では、精神を鍛える修行が良いのでしょうか?
・・・そんな修行法、聞いた事もありませんが。」
「精神を鍛えるための修行・・・か。」
何やら考え込んでしまう勇者。
それにしても・・・。
「勇者様は相当、強くなる事に拘りがあるようですね。
だから『魔法やスキルの威力を通常の数十倍、数百倍にする』チート能力が身に付いたのかもしれません。」
「ええっ!?
それって、何か関係あるの?」
あら?
勇者は知らないんだっけ。
「異世界人がどのようなチート能力に目覚めるかは、本人の資質と願望によって大きく左右されます。
基本的に戦闘向けのチート能力に目覚める方は大抵、強くなりたい気持ちが人一倍あるのです。」
「じゃあ俺がこんな危険なチート能力に目覚めたのも、心の奥底で強さを望んでいたから・・・。」
「別に勇者様が悪いわけではありませんよ?
罪無き異世界人を誘拐しようなどと考える愚か者さえいなければ、チート能力に目覚める事は無かったのですから。」
けど勇者の世界ってとっても平和だって伝えられているのに、強さに拘る人達が案外多いみたいなのよね。
不思議だわ。
「俺は向こうの世界でも、ずっと自分の弱さに打ちのめされていて・・・。
強くなりたい、ってずっと願い続けてて、それが叶ってもなお、心は弱いままで・・・。
・・・。」
あらら、悩み始めちゃった。
思春期って奴かしら。
「・・・・・・・・・・・・。
よしっ!!」
あら?
「ありがとう、皆。
相談して良かったよ!!」
「えっ!?
あの~、魔法やスキルは教えずとも良いのですか?」
「大丈夫。
必要になったら、その時教えてもらえば良いから!!」
それで本当になんとかしちゃう勇者、実はとんでもない大物じゃないかしら?
妙にすっきりした表情となった勇者は、急いで私達の部屋から出て行った。
「なんだったのかしら・・・。」
「誰かに相談~なんて、そんなものでしょ。
悩みを解決出来て良かったじゃない。」
「ご主人様。
悩み、無くなって良かった~。」
それもそうね。
しかし勇者は一体、今の相談で何を閃いたのやら。
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あの後、クロのお勉強の続きを行うも彼女、かなり眠そうにしてたわ。
なので一旦、勉強は切り上げて、今日はもう休むことにした。
「むにゃむにゃ・・・。」
クロったら、可愛らしい寝顔ね。
ふふっ。
「ガ~っ、ガ~っ!!」
・・・聖女ったら可愛らしさの欠片も無い、豪快ないびきね。
こんな姿を見たら、百年の恋だって冷めるんじゃないかしら?
さて、私もトイレだけ済ませたら、もう寝ましょうか。
静かに部屋を出た後、トイレ目指して宿屋の中を歩き回る。
ぶんっ、ぶんっ!!
・・・何の音かしら??
窓の外から聞こえるわ。
ふと気になって覗いてみると、勇者が真剣な表情で剣の素振りを行っているのが見えた。
これは・・・魔法やスキルは使ってなさそうね。
純粋な剣の修行みたい。
相変わらず綺麗な太刀筋だけど、どうしてこんな時間に剣の素振りをしているのかしら?
・・・・・・。
あっ!!
これが勇者の閃いた精神を鍛えるための修行!?
う~ん・・・。
私には何故、剣の素振りが精神を鍛える事に繋がるのかわからない。
一応、体を鍛えれば、心も少なからず鍛えられるわけだし、そういう意味では効果がありそうだけど。
疑問に思う所は多々あるも、勇者は一心不乱に剣を振り続けており、彼なりに強くなろうと足掻いているのが見て取れる。
・・・・・・。
今の勇者は力こそ最強でも、心は最強からは程遠い。
でもいつの日か心だって最強になれる・・・と良いわね。
私は心の中で勇者を応援しながら、彼の素振りを眺めていた。




