第130話 お兄ちゃん編③ 転移勇者は「お兄ちゃん」と呼ばれると泣く
Side 〜クロ〜
あたしね。昨日、王女様に教えてもらったの。
あたしくらいの女の子がご主人様に『お兄ちゃん』って、呼んだらね。
大喜びしてくれるって。
なのに・・・。
「うっ、うっ。」
泣いている!?
あたしが『お兄ちゃん』って、呼んだからなのっ?
「テンイお兄・・・。
・・・ううん。
ご主人様・・・。」
「クロ!!
・・・。
ゴメン、さっきは怒鳴ったりして。」
・・・。
「どうしてご主人様は『お兄ちゃん』って、呼んでほしくないの?
あたしが元奴隷だから?
奴隷は主人に『ご主人様』って言わないと、ダメなの・・・?」
「・・・違う、そうじゃない。
クロはもう奴隷なんかじゃない。君は何も悪くない。
でも悲しくなるんだっ!!
元の世界の事を思い出して、涙が止まらなくなるんだ・・・。」
元の・・・世界?
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「俺が元いた世界にはね。
2つ年の離れた妹がいたんだ。」
少し落ち着いたご主人様は、なんで泣いちゃったのかを説明してくれた。
「あいつもクロと同い年くらいの時は、俺を『お兄ちゃん』って呼んでたんだ。
あの頃のあいつは可愛かったなぁ。
・・・今じゃすっかり『兄貴』呼ばわりの生意気な奴になっちゃったけど。」
「へ~、テンイって妹がいたんだ。
あなたの妹って事はさぁ・・・。
物凄い美少女なんでしょ?」
「・・・まあ、かなりモテてるみたいだね。
俺からすればちょっと不思議だけどさ。
あんな生意気や奴がモテるなんてさぁ。」
ご主人様にも妹がいたんだね。
「でも俺が剣の修行を投げ出して、荒れてた時には気を使ってくれてね。
なのに俺はあいつにまで辛く当たっちゃって・・・。
悪い事をしたなぁ。謝りたいなぁ。」
・・・。
「ま、クロと比べたらちっとも可愛げのない、生意気な妹だけどさ。
君に『お兄ちゃん』って呼ばれ続けて、あいつの事を・・・家族の事を考えちゃったんだ。
・・・そして、もう二度と会えないかもしれないって。
そう思うと、涙が止まらなくなったんだ。」
「ご主人様・・・。」
「王女が俺を元の世界へ帰す為、頑張ってくれてるのは知っている。
でも必ず帰れるなんて保証はどこにもないからさ・・・。」
そ~言えば王女様、言ってたっけ。
異世界人を召喚するよりも、元の世界へ帰す方がず~っとず~っと難しいって。
「・・・そういう事でしたか。
申し訳ありませんでした。勇者様。
私の軽はずみな教えのせいで、あなたを悲しませてしまい・・・。」
「ま~そりゃ辛いか~。死に別れよりはマシでしょ~けど。
・・・けどテンイがこのまま元の世界に帰れなかったらさ~。
死に別れと変わんなくなるのか。」
だよね・・・。
「・・・俺は可愛い女の子から『お兄ちゃん』なんて呼ばれるよりもさ。
本物の妹から『兄貴』って呼ばれたい。
もう一度あいつに・・・家族に会いたいよ・・・。」
あ。
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「私だったらね。
年下の可愛い男の子から『お姉ちゃん』って甘えられるよりもさぁ。
本物の弟から『姉さん』って呼ばれたい・・・。」
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聖女様と同じだ。
・・・。
「あたし、ご主人様の気持ち、わかるの。」
「クロ?」
だってね。
「どんなに仲良くなっても、あたしはご主人様の妹にはなれない。
だって、ご主人様はあたしの家族じゃないから・・・。
ご主人様はもう二度と家族に会えないかもしれない。
あたしだって、もう二度と殺された家族には会えない。」
ご主人様はあたしの本当のお兄ちゃんでも、お父さんでもない。
王女様や聖女様だって同じ。
本当のお姉ちゃんでも、お母さんでもない。
「クロっ・・・。
ごめんっ。
俺は自分の事ばかりっ。」
でもね。
「例え、本物の家族じゃなかったとしてもね。
あたし、ご主人様の事が大好きだよっ♪
だってご主人様のおかげで、毎日が楽しいんだもん。」
奴隷だった頃はね。
ずっとお腹ペコペコでとっても辛かった。
意地悪な人ばかりで、誰も優しくなんかしてくれなかった。
一人ぼっちで寂しかった。
けど今はそうじゃない。
毎日が楽しい。
それもこれも全部、ご主人様や王女様、聖女様に出会えたおかげなのっ。
「クロっ!!」
わっ!?
どーしたんだろう?
急に抱き着いたりして・・・。
「俺だって、君の事が大好きだよっ。
・・・だから良いんだ。俺の呼び方なんて、どうだって。
君が一緒にいてくれるなら・・・。」
ご主人様!!
「じゃあ『テンイお兄ちゃん』って、呼んでも良い?
その方が『ご主人様』って呼ぶより、ず~っと仲良くなれるんでしょ?」
「ああっ。構わないさ。
これからも仲良くやっていこうね。
クロ。」
「うんっ。
テンイお兄ちゃん♪」
良かった。
ご主人様・・・ううん。
テンイお兄ちゃんが元気になってくれて。
「やれやれ。これで丸く収まったのかしら?
しっかし例の本ってあれねぇ。『ナデポ』と言い、『妹萌え』と言い・・・。
異世界人やハーレム要員を喜ばせるためのものじゃなくて、ホームシックにさせて泣かせるためのものなの?」
よく考えたら、そ~かも。
あたしも前にテンイお兄ちゃんから『ナデポ』されて、泣いちゃったんだっけ。
「いや、そんなはずはないんだけど。
単に勇者やクロが例外なだけでしょ?」
「・・・そもそも俺はクロに『ナデポ』なんて、目論んでなかったからねっ!!
やっぱ、例の本は悪書として盛大に燃やすべきじゃないかな?」
「そ・・・それだけはお許しを。
あれでも異世界人について知れる、唯一無二の貴重な書物なのです。」
「そうは言うけどねぇ。
例の本の話を聞いてると、ネット民から理不尽な風評被害を受けてるみたいでさぁ。
腹が立ってくるんだよっ!!」
?~。
「あらあら。
テンイの世界にも風評被害を広める醜い人達がたくさんいるのね。」
「性根が醜いのは『悪い』ネット民だけだけどね。
人に迷惑を掛けない『良い』ネット民や、『普通』のネット民だってもちろんいるよ。」
なんか難しい単語がいっぱいだな~。
・・・
あ、そーだ。
「あのね。これからは王女様の事をデルマお姉ちゃん・・・。
聖女様の事をエミリーお姉ちゃんって、呼んでも良い?
そっちの方が仲良くなれるんでしょ?」
「えっ!?
・・・例の本には何も書いてなかったけど、そ~いうものなのかしら?
まあ別に構わないけど。」
「んー・・・。
呼び捨てやおばさん呼ばわりはさすがに嫌だけどさぁ。
『エミリーお姉ちゃん』ならま、いっか。
好きになさい。」
ホントっ!?
「やったあっ。
ありがとう。
デルマお姉ちゃん、エミリーお姉ちゃん!!」
「・・・なんか照れるわねぇ。」
「あー、わかる。」
「アハハ。」
今のあたしには家族がいない。
テンイお兄ちゃんも、家族に会う事が出来ない。
でもあたし達、ず~っと楽しく過ごしていくんだ~。
だって皆が一緒だもんっ♪