第126話 闇聖女編④ 家族への思慕
Side ~聖女~
あともう一歩でテンイは私のものになるはずだった。
・・・けれど無粋な邪魔者が無邪気に現れる。
そんな邪魔者を眠らせ、立場をわからせ、今度こそ彼とのお楽しみタイムを始めようとした矢先・・・。
「お願いっ!!
もうやめて、エミリー!!
俺は家族と離れたくないんだっ!!」
こんな事を言われたの。
えっ?
「か・・・ぞく?
どういう、意味なの??」
「だって・・・。
君の伴侶になるって事は、この世界で生きていくって訳でしょ?
・・・元の世界へ帰るのを諦めて。」
「まあ、そうね。
あ。」
そう言えば。
「今の俺には元の世界を捨てる覚悟なんか持てないよ。
家族や友達と二度と会えなくなるなんて嫌だよ・・・。
だから・・・だからっ。」
「・・・。」
もしも、私がテンイを強引に自分のものにしたら・・・。
彼は二度と家族に会えなくなるの?
「・・・勇者。
あ。
あなたの故郷の話で思い出しました。」
?
「これを・・・。
脱衣場に落ちていたそうですが、あなたの落とし物ですよね?」
「あっ?
・・・探してたスマホ。
そっか、着替えの時に落っことしてたんだ。」
「スマホ?
確かテンイの世界の道具だっけ。
その黒くて小さな板が・・・。」
なんか王女曰く、すっごいチートアイテムらしいけど。
「そうよ。
何でも調べる事が出来るし、どんなに離れた人とも話せるんだって。
例の本に書いてたわ。」
マジでっ!?
「す・・・凄い道具じゃない!?
ってか、そんな物を持ってるんなら、今すぐにでも家族と話せるわよね?
早く、無事を伝えてあげなさいよっ!!」
「・・・無理なんだ。
とっくにバッテリーが切れてるもん。
いや・・・バッテリーが切れてなかったとしても、家族とは話せないんだ。」
なんで!?
「聖女。スマホは勇者のいた国の中でしか使えないの。
スマホを使えるようにするためには、途方もない前準備が必要だからね。」
「前準備?」
「私も詳しくはわからなかったけどさ。
どーやら、世界規模で大掛かりな呪いの儀式的なものを行わないとダメみたい。
そこまでやって、ようやくスマホはチートアイテムへと変貌するの。」
「せ、世界規模での呪いの儀式ぃ!!??
・・・テンイの国って、そんな悍ましい事をやってるの!?
なんて危険な世界なのかしら・・・。」
もうどこにも平和な要素なんて、ないでしょ!?
まだこっちの世界の方が安全なんじゃ・・・。
「王女っ!!
そんな、悪意のある解釈は止めてよっ!!
そういう物騒なものじゃないから・・・。」
「あら、そうなの?
じゃ、どーすりゃスマホは使えるようになるの?」
「・・・そ、それはえーっと。
皆で協力して、電波が繋がるようにするとか・・・。
まあ色々だって、色々!!」
どうやら難しい事はテンイもよくわかってないみたいね。
そんなものを平気な顔して使い続けるのはどーかと思うけど。
「・・・王女の言う通り、スマホはこっちの世界じゃ何の役にも立たない道具なんだ。
だけど、今の俺にとっては大切な物だからね。
元の世界の思い出が詰まってる・・・。」
テンイったら、なんて切なそうな顔で呟くのかしら。
(*´Д`)=3ハァ・・・。
「や~めた。」
私は脱いだものを着ながら呟く。
「あれっ?」
「な~んか、気が削がれちゃったわ。
気晴らしに外へ散歩してくるわね。
じゃっ。」
「あっ!?
エミリー?」
こうして私はテンイの部屋から出て行ったの。
スヤスヤと眠り続けるクロ、呆然とする王女やテンイを残し・・・。
********
私は夜の空を静かに歩く。
あ。
星が綺麗ね。
あーあ・・・。
私ったら、何をやってるんだろう。
せっかくテンイの正妻になる、またとないチャンスだったのにさぁ。
・・・本当、何をやってるんだろう。
「エミリー!!」
あら・・・。
「テンイ。」
・・・私を追いかけて来てくれたんだ。
「良かった、追いついて・・・。
あのまま、どこか遠くへ行っちゃいそうで、心配だったんだ。」
「・・・どこにも行けないわよ。」
だって他に行くあてなんかないもの。
家族はいない。初恋の人も失った。
かといって一人で生きようとした所で、悪人に捕まって、ロクでもない扱いを受けるだけ。
「・・・。」
「・・・。」
少しの間、私とテンイは無言で見つめ合う。
「別にあなたの正妻になるのを諦めた訳じゃないわ。
でも強引に縛るのは違うと思っただけ。
あなたの気持ちを無視して、家族・・・大切な人と引き離すのは間違ってると思っただけ。」
「エミリー・・・。」
「せめてあなた自身が納得した上で、私を選んで貰わないとね。
じゃないと私、あいつらと同じになっちゃう。
私の気持ちを考えもせずに、家族や初恋の人を奪ったあいつらと。」
それだけは出来ない。
テンイの気持ちを無視して、こちらの世界に縛り付けるような真似は出来ない。
・・・せめて彼自身が納得した上で、私を選んで欲しい。
あ。それでもテンイの家族は彼と永久に会えず、悲しんじゃうのかー・・・。
なんかこう、テンイも幸せ。私も幸せ。
テンイの家族も悲しませない方法とかって、無いのかしら?
・・・王女に相談すれば何か良い案、出してくれるのかなー。
「ごめんね。エミリー。
理由はどうあれ、君にはいつも助けてもらってるのにさ。
なのに俺は君の望みを拒絶しちゃって・・・。」
「・・・ほんとよ、もう。
でもまあ、あなたのおかげでお金はいっぱい稼げているからね。
そこを免じて、今回だけは許してあげるわ。」
なんかもういろんな気持ちを押し殺して、普段通りに振る舞う事しか出来ない。
「ま、楽しい事なら王女とやればー?
テンイが言えば断らないだろーし。
責任取ってこっちの世界に残ってー、とも言わないでしょーし。」
「ダメだよっ!!」
わっ?
「・・・そんな真似は出来ない。
そんな、女の子の弱みに付け込むような真似なんて・・・。
そんなの、男のする事じゃない!!」
「あー・・・。」
なるほど。
変な所で律儀ねぇ。
テンイは。
と、言うか。
「あなたってば、あんまり口には出さないけどさぁ。
実はほとんど理解した上で今のポジションをキープしてるんじゃない?
ズルい子ねぇ・・・。」
「・・・・・・。
エミリー。
俺って卑怯な男かい?」
んー・・・。
「・・・そうかもねー。
けど別にいーんじゃない。
んな事で気に病む娘が周りにいないんだもの。
開き直っちゃえば?」
「ハハハ・・・。
君達には敵わないなぁ。」
あらあら。
スッキリとした表情だこと。
彼って、見た目こそ爽やかイケメンだけど、本質的には図太いお調子者かもね。
少し呆れながら眺めていると、ふと彼は真剣な眼差しで私を見つめ・・・。
「今は君の伴侶になる、なんて約束は出来ない。
けどせめてこっちの世界にいる間だけでも君の事を守るよ。
俺がエミリーを運命から守るよ。」
!!
テンイの言葉を聞いて思い出す。
かつて初恋の人から言われた、大切な言葉を。
・・・。
「はいはい。ありがとね。
期待してるわよ。
テンイ。」
でも私は敢えて、軽いノリで返事をしたわ。
それが強がりからくるものか、真面目に返すとテンイの重しになると理解してしまった故か。
自分でもよくわからない。
「せめて俺が元の世界に帰るまでにさぁ。
エミリーを蝕む運命なんか、断ち切れればいーんだけど。」
「そうね。ロクでもない運命を断ち切れたら、どれだけ・・・。
・・・ま、それはともかく、もう夜も遅いわ。
早く宿屋へ帰りましょ。」
「ああっ。」
こうして私達は帰路へ着いたの。