第120話 過去編(聖女)⑪ 闇聖女への転機
Side ~聖女~
ファイツ国から逃げ出した私は苦労に苦労を重ね、故郷のサザル国まで帰って来たわ。
だけどそんな私を待ち受けていたのは、住み慣れたはずの屋敷ではなく、その残骸と思われる焼け跡ばかり・・・。
「!!??
エミリーちゃん、なの?」
「・・・あ。
隣のおばちゃん。」
ショックのあまり放心していると、隣に住んでたおばちゃんが声を掛けて来た。
いくら私ら一家が敬語とかどーでも良く思ってるタイプとは言え、貴族の子供相手に『ちゃん』づけで話し掛けてくる豪胆なおばちゃんよ。
結構仲が良かったんだけど、家族の安否が気になる余り、再開を懐かしむ余裕もなく、問い詰めたわ。
「どうして屋敷がない・・・の?
父さんは、母さんは、ハルトはどこにいるの!?」
けれどおばちゃんから返ってきた答えはあまりにも残酷だったの。
「・・・・・・・・・・・・。
領主様とその奥様方は・・・。
殺されたのよ!!」
「ころ、され・・・た?
嘘、でしょ??」
抜け殻のように崩れ落ちる私に向かって、おばちゃんは涙を流しながら事情を説明してくれた。
私が帰って来るしばらく前、イーニエ国の連中がサザル国までやって来た事。
イーニエ国が強引に家族を連れて行こうとし、サザル国のお偉いさんもそれを了承した事。
けれどイーニエ国に姉上を殺されたも同然な父さんが、そんな事を受け入れるはずがない。
父さんも母さんも抵抗したけど、力及ばず殺されたって訳。
「・・・ハルトちゃんも、領主様と一緒に城に軟禁されてたんだけどね。
あの一件から全く姿を見せなくなったわ。
領主様や奥方と違って、死体は見つかってないんだけど、さ。
きっとあの子も殺されたんだろうって噂よ・・・。」
「そんなっ!?
父さんも、母さんも、ハルトも皆、死んじゃったの?
・・・私のせいで。」
その話を聞かされた時が人生で一番、絶望した時でしょーね。
近くに刃物でもあったら、迷わず自害してたと思うわ。
「エミリーちゃんのせいじゃない!!
あなたは何も悪くないわ・・・。」
そんな事を言われても、私の行いのせいで家族が死んだ事実は変わらない。
なのに、隣のおばちゃんったら酷い事を言うのよ。
「エミリーちゃん。
辛い事を言うようだけど、今は悲しんでる場合じゃない。
早くこの国から出て行きなさい!!」
「・・・私が腹立たしいからって、無理に追い出そうとしなくていいわよ。
すぐに父さん達の後を追うから。」
「バカな事を言わないで!!
子の死を願う親がどこにいるって言うのよ!?」
まるで魔王のような事を言って、私の決意を鈍らせるの。
「でもっ!!
・・・だって。
うっ、うう・・・」
「・・・。
エミリーちゃんがこの国に戻った事はとっくに噂になってるわ。
だからあなたを捕まえようと、兵士達がやって来るはず・・・。
そうなる前に逃げるのよ。
そして別の国で人生をやり直すのよ!!」
「・・・。」
結局、命を絶つ覚悟も持てず、ましてやあんな連中に取っ捕まるのも嫌だった私は、おばちゃんの指示に従う他、無かった。
「行きなさい・・・。
生きなさい!!
早くっ!!!!」
「!!!!!!!!」
おばちゃんの言葉に後押しされるかのように、私は走り出した。
********
でもサザル国の対応は予想以上に早くてね。
「待てっ!!
聖女エミリー!!」
「既にファイツ国が魔族に滅ぼされた事は聞いている。
お前には再び、この国の聖女として働いてもらおう。
さあ、城まで来てもらおうか。」
もう私を捕まえようと兵士達がやって来たの。
「・・・嫌よ。
絶対に、嫌!!」
「なんだ、その口の利き方は!!
落ちぶれてるとは言え、お前はサザル国の貴族の娘なんだぞ!?
王命に従うのは当然だろうが!!」
「私は既に、あなた達に売られたのよ・・・。
もうこの国の人間じゃないわ。」
「屁理屈をっ!!」
けど世間の道理がどうであれ、サザル国に従うなんて絶対に嫌だったの。
当然よ。
「何が『お前はサザル国の貴族の娘なんだぞ』よ?
私の家族は全員、この国に見殺しにされたようなものなのにっ!!
今更、あんたらなんかに従う訳ないでしょ。」
「見殺しだと!?
お前の家族は大国であるイーニエ国から招待を受けただけにすぎぬ。
なのにお前の両親ときたら『人質にする気か!?』と世迷言をほざいて抵抗した挙句、はずみで死んでしまった・・・。
イーニエ国の方々はお前の両親を殺す気なんて、なかったのに。」
「そのせいでイーニエ国の方々は聖女の家族を1人も迎える事が出来なかった。
・・・と、お怒りだ!!
こっちとしてもいい迷惑だ!!」
「大体、両親が死んだ原因を私達に押し付けるのは止めてもらおうか。
両親が死んだのは貴様のせいだ・・・。
貴様が聖女だったせいで、命を落としたんだ!!」
あまりにも身勝手な兵士達の言い分だけど、1つだけ。
1つだけ、反論の余地もない正論があった。
「・・・そうね。
両親が死んだのはあなた達のせいじゃない。
私のせいよ。」
そう。
「私が魔物からこの国を守ろうとしたせいで、両親は死んだの。
父さんの言いつけを聞かず、聖女として他者を救おうとしたから、家族を失ったの・・・。
それもこれも、私が人を助けようとしたから悪いのよ!!
こんな世の中で誰かを助けようなんて考える事自体が、全ての間違いだったのよ!!」
責められるは、誰かを守ろうとした私。
他人なんか助けようとしたのが、全ての間違いだった。
あの時、聖女として国の人々を救ったせいで、家族全員が不幸になったのだから・・・。
「だからもう二度と、あんたらみたいなクズは助けない。
同じ過ちは繰り返さない・・・。
そうよ。
他人なんて、どうなろうが知ったこっちゃないわ。
これからは自分の幸せのためだけに生きていくから!!」
「・・・聖、女。
貴様、そこまで堕ちたかぁああああ!!!!」
国に従おうとしない私にヤケでも起こしたのか、兵士達が襲い掛かって来たわ。
でもね。
「フォース・ウォール!!」
「うわっ!?
な、なんだ・・・この壁は?」
「か、硬い!!
壊せない!!」
絶対に捕まる気はなかった。
『フォース・ウォール』は強力な壁を作り出し、相手の攻撃や進軍を防ぐランク4の防御魔法よ。
迫り来る敵から逃げたい時にもってこいの魔法ね。
「・・・。」
「ま、待て・・・・
待つんだ!!
聖女エミリー!!!!」
そして私はサザル国に背を向け、再び走り出した。
行く当てもない。
帰る場所もない。
それでも走り出した。
暗闇の中、道も見えないまま走り続けた。