第115話 過去編(聖女)⑥ 騎士との決別
Side ~聖女~
「へー・・・。
パーシヴァーって、元は平民の出なんだ。」
「ああ。
俺には戦う事しか出来ないからな。
親兄弟を養うためには戦争で手柄を上げるしかなかった。」
あの一件以来。
私はパーシヴァーの前では聖女の仮面を外し、素の態度で話すようになっていたの。
彼は平民の出で、あくまで親兄弟を養うためだけに戦ってたようね。
けれど頼れる騎士として、周りからは慕われていたわ。
「エミリー。お前には大勢の人々を救う素晴らしい力がある。
だがその一方、他者を傷付ける力はない。
だから一人では、運命と言う名の悪意を打ち払えないかもしれない。」
「・・・うん。」
「だから・・・その・・・。
俺がお前を、運命から守るよ。」
「パーシヴァー・・・。
ありがとう!!」
ファイツ国にやって来てから、私に救いを求める人は大勢いた。
けれど私を守ってくれると言ってくれたのはパーシヴァーが初めてだったわ。
戦争に付き合わされる日々はとても辛かったけれど、彼と一緒なら悪くない。
そう、思ってた。
けれど私の運命はそんな些細な幸せすら、許してくれなかったの。
********
「えっ!!??
私が王子・・・様と婚約、です、か?」
何の前触れもなく、ファイツ国の王子と婚約する事になったから。
どーやら理由の1つは、政治的な目的のようね。
聖女である私と王子が結ばれる事で、王族のイメージアップに繋がるんだって。
心底、どーでもいーけど。
それ以外の理由としては・・・。
「類まれなる美貌を持つ聖女エミリーよ。
君には私のような偉大な男こそ相応しい。」
「・・・そ、そんな事を言われましても。」
単なる性欲ね。
ファイツ国の王子はやたらと好色で、既に何人もの女の子を囲っていたわ。
まあ王族だったらそれくらい、特に珍しくもないんだけどさ。
でも私は王子と伴侶になんか、なりたくなかった。
ハーレム野郎だってのはこの際置いとくにしても、強欲で凶暴で身勝手・・・。
権力者の悪い所ばかりを寄せ集めたような人間だったからね。
「王子、いけません!!
聖女エミリーは世界から求愛されし神聖なる存在・・・。
手を出しては、その偉大な力も失われてしまうかもしれません。」
パーシヴァーもそれをわかってか、私を庇うように発言してくれたわ。
別に『聖女は処女を失った瞬間、その力を失ってしまう』訳じゃないけどね。
でもどーも世間ではそーいう迷信が根強いようで、だからこそこの国では私に手を出す事を禁じていた。
「ハッ。
そんなものは何の根拠もない迷信ですよ、パーシヴァー。
これまで聖女様に手を出すのを禁じていたのは、愚か者の暴走を牽制するために過ぎません。」
・・・と思っていたのだけれど、使者の発言を聞く限り、そーじゃなかったみたいね。
ちなみにあの使者は、どーやら王子の腰巾着のようで中々権力があるみたい。
サザル国のような遠国に派遣されるくらいだから、単なる下っ端とばかり思ってたけれど。
「し、しかし聖女は我が国のためによく尽くしています。
なのに望まぬ婚姻などあんまり・・・。」
「・・・望まぬ婚姻だと!?
元庶民の騎士風情が、王子に向かってなんて無礼な・・・。
恥を知れ!!」
「!!・・・。
も、申し訳、ございません。」
「まあ、待て。」
パーシヴァーが権力に押さえ付けられる中、貶されたはずの王子は不敵に笑っていたの。
その時点で嫌な予感しかしなかったわ。
「納得が行かぬならパーシヴァー、私と模擬戦をしようではないか。
貴様が勝てば、聖女との婚姻の話は取り消してやろう。
・・・なーに、王子だからと遠慮はいらない。
殺す気で掛かって来い。
でないと、貴様が死んでしまうからな♪」
だって、ファイツ国の王子は権力があるだけのボンクラじゃなかったから。
********
「あ・・・、が・・・。」
「パーシヴァー!??」
「これで思い知ったか。
身の程知らずの騎士風情が。
ま、私と戦って息があるだけでも大したものだが。」
ランク3の魔法・スキルを使えるパーシヴァーが、ファイツ国の王子相手に手も足も出ずに叩きのめされる。
実は王子って、過去に『異世界パワー』を浴びた事があるの。
だからほとんど鍛錬を積んでないにも関わらず、ランク4の魔法・スキルを扱える程のパワーを持っていたわ。
基本的に真っ向勝負に限れば、より強力な魔法・スキルが使える方が勝つ。
多少のパワーの差ならまだしも、ランク1つ分もの力の差を覆すのは困難よ。
それだけパワーの差というのは、戦いにおいて大きなアドバンテージがあるの。
「ま、まだだ・・・。
まだ私は、・・・戦え・・・。」
「パーシヴァー・・・。」
それでもパーシヴァーは私を守るために、立ち上がろうとしてくれた。
でもね。
「ち。
戦力が減っても困るから、トドメを刺すのだけは勘弁してやったのによぉ。
そんなに死にたいか、ああっ!!」
「止めて!!」
このままパーシヴァーが戦い続ければ、王子に命を奪われるのは明白だった。
「まあまあ、お待ちください。王子様。
パーシヴァーもいい加減、己の立場を弁えなさい。
あんまり我らに歯向かいすぎると、あなたの大切な家族がどうなるかわかりませんよ?」
「なっ!?
・・・あ、ああ・・・。」
更に使者がパーシヴァーに向かって、彼の家族を人質に取るような事を言い出したの。
このままだと、彼も彼の家族も殺されてしまう!!
それだけは避けたかったばかりに、あの時の私はとても愚かしい行動を取ったわ。
「素敵です!!
王子様!!」
「!??」
惚れた女の演技をしながら、王子に抱き着いたの。
あんまりにも唐突すぎて、さすがに面食らってたわね・・・。
あの王子。
「ああ、王子様・・・。
なんて強くて頼もしいお方なのでしょう。
是非とも、私を伴侶の1人に加えて下さいませ。」
そう。
王子の伴侶となって、これ以上パーシヴァーや彼の家族に危害が及ばないようにする。
・・・それ以外に彼を助ける方法が思い付かなかったの。
目的こそ違うけど、表面上は山賊王のハーレム達と同レベルの行為よ。
「エ、エミリー・・・。」
「・・・ハハハ。
無様だなぁ、パーシヴァーよ。
あれだけ貴様に入れ込んでいた聖女もこのザマよ。」
「それはそうでしょう。
そもそもパーシヴァー如きでは、聖女様とは釣り合いません。
当然の結末です。」
「だよなぁ。
貴様如きが聖女に想いを寄せるなど、思い上がりも甚だしいわ!!」
釣り合わないって何よ!?
誰が誰を好きになろうと勝手でしょ!?
そんなの他人が横から口出しする事じゃないわよ!!
って、激しい憤りを感じた。
釣り合いがどーだろうが、あの王子から魅力なんて一切感じなかった。
それでも王子に熱望する女性の演技は崩せなかった。
どんなに嫌われたとしても、パーシヴァーを死なすくらいなら・・・!!
「さて、と。
いくら王子様に歯向かった愚か者とは言え、聖女として傷付いた者を放ってはおけません。
せめてもの慈悲として、彼を回復してあげましょう。」
私は負け犬を見下すかのような態度を取りながら、パーシヴァーに回復魔法を使おうとしたわ。
だって彼はかなりの重傷で、このまま放ってなんかおけなかったもの。
けれど王子はそれを許さなかった。
「まあ、待て。エミリー。
すぐに癒してはパーシヴァーも反省しないだろう。
このまま放置し、ロクに動けぬまま敗北感を味合わせる事としよう。
・・・なーに、戦場に出す前にでも回復させれば良い話だ。」
「それは名案です、王子様。
さあ、早くこの愚か者を連れて行きなさい。」
「えっ!?
で、でも・・・。」
悪趣味極まりない提案をして、彼の回復の邪魔をしたの。
不安で仕方のない私に向かって、使者が追い打ちを掛ける。
「そんなに不安がらずとも大丈夫ですよ、聖女様。
今は少しでも戦力が必要な時期です。
彼を殺したり、彼の家族を処罰してやる気を奪うような真似はしませんから。
彼や『あなた』がこれ以上、我らに歯向かわない限りは、ね。」
「ぐっ・・・!!
お、王子様の言う通りですね。
私が浅はかでしたわ♪」
「・・・ああ、良いですねぇ。その表情。
本当は単なるお転婆娘なのに、大切な者を守るために全てを押し殺し、我らの望む聖女であろうとするお姿。
あまりにも尊くてわたくし、ゾクゾクしますよ♪」
・・・あの時ほど、自分に全てを滅ぼす力があれば!!
と、願った事はなかったわ。
けど所詮、私は癒し、守る事しか出来ない無力な女。
なのに自分も、自分の大切な者もロクに守れないどうしようもない女。
あの時の私は、あらゆる恨みつらみを押し殺し、とびきりの聖女スマイルで奴らに従う事しか出来なかったの。