第112話 過去編(聖女)③ 売られゆく聖女
Side ~聖女~
「離して、離して!!
・・・ハァ、ハァ。」
私は唐突なスカイドラゴンの襲撃から、ランク4の防御魔法を使い、国を救った。
なのに、場に居合わせたファイツ国の使者に捕らえられた挙句、サザル城へと連れて行かれたの・・・。
もっと体力に余裕があれば、防御魔法を使って拒絶出来たけれど。
初めてのランク4の防御魔法で、相当消耗していたから、抵抗する余裕すら無かったわ。
「あの落ちぶれ貴族の娘が聖女だとは・・・。
誠ですかな?」
「ええ。
我らは見たのです。
たった一人でスカイドラゴンの襲撃をも退けた姿を。」
「・・・なんと。」
サザル国の王とファイツ国の使者が話し合う中、私はひたすら戸惑っていた。
そして、泣きそうになっていた・・・。
「どうしてファイツ国の人達が私を捕えるの?
・・・聖女だからって、虐げる気なの??
・・・どれだけ多くの人を救っても、聖女は忌み嫌われる運命なの!?」
あの時の私はわからなかった。
なんで命を助けた人達から、こんな目に合わされてるのか。
どうして悪い事をしていないのに、こんな目に合わされてるのか。
「虐げられている? 忌み嫌われてる?
・・・まるで我々があなたに酷い扱いをしてるようではないですか。
聖女様。」
「酷い扱いをしてるでしょーが!!」
「貴様!?
偉大なるファイツ国の方々になんて口の利き方を・・・。
この落ちぶれ貴族の娘がっ。」
冷静さを欠いていた私は、他国の使者である事も厭わず、口を荒げる。
世界屈指の強国であるファイツ国に恐れを抱くサザル国王は、反抗的な私を怒鳴りつけたわ。
・・・ま、故郷ながらサザル国なんて、下の上~中の下程度の国だからねー。
使者相手に国王がへりくだるのもやむを得ないでしょーが。
「あ・・・。
そうです。
所詮、私は落ちぶれ貴族の娘なんです!!
そんな私が聖女だなんて、ありえないですって。
何かの勘違いじゃないですか!?」
そして、立場を貶されたのを良い事に、必死で聖女じゃないアピールをしたの。
けれど使者からすれば、聖女なのを頑なに否定する姿が気に食わなかったようね。
「やれやれ・・・。
あなた方は一体、娘にどんな教育を施してきたのでしょうか?
ねえ!!」
「父さん!!
母さん!!」
「「エミリー!!」」
知らぬ間に捕えられていた父さんと母さんを連れて来たの。
この時点で嫌な予感しかしなかったわ。
「エ、エミリーが聖女だなんて、誤解だ!!
だから頼む・・・。
娘の命を奪わないでくれっ。」
「さっきから、なんなのです。
・・・あなた方は。
見え透いた嘘ばかり付いて。
そんなに我らの事が信用ならないのでしょうか?」
誰がどう見ても信用に値しないと思うけどね。
けれど使者は私達の態度に業を煮やしたのでしょう。
「まあ、良いでしょう・・・。
エミリー様が聖女かどうかなど、すぐにでも確かめられますからね!!」
笑顔で剣を抜いた挙句、何の躊躇いもなく、父さんの足を突き刺したの!!
「がああっ!??」
「あなたっ!?」
「父さん」
私は拘束が解けていた事にも気付かず、父さんの足に向かって手をかざした。
・・・そして。
「やめろ、エミリー!!
これは罠・・・。」
「ヒール!!」
父さんの制止も聞かず、回復魔法を使ってしまったの。
あの時以来、全く使ってなかったのにも関わらず、私の魔法は父さんの傷を完璧に癒す。
「あ・・・あれは聖女にしか扱えない回復魔法!??」
「もしやエミリーは本物の聖女、だったの、か?」
「ふふふ。
やはり回復魔法も使えるようですね♪」
「!!!!????
・・・・・・・・・・・・。
・・・あ。」
そう。
私は使者の卑劣な罠に掛かり、言い逃れすら出来なくなってしまったわ。
「さて、聖女様。
世界平和のために我らに力をお貸し下さい。」
「こ、来ないで!!
フォース・・・・・・。
・・・うっ!?」
「さすがの聖女様も、相当お疲れのようですねぇ。
我らの国でゆっくりと休むと良いでしょう。」
そして使者による魔の手が迫る。
「や、止めろぉおおおお!!!!
お前らもか・・・。
お前らも姉上の時のように、娘を犠牲にする気か!?」
「姉上?
・・・ああ、あなたは『あの聖女』の弟だったのですね。
あなたやエミリー様にはどことなく、彼女の面影を感じる。
しかし誠に残念ですよ。
彼女はイーニエ国の者に連れられ、世界を守る礎となったのですから。」
「ぐっ!!」
これも後で知ったのだけど、父さんの姉上は実は聖女だったらしいの。
でも私の叔母になるはずだった聖女はイーニエ国の連中のせいで・・・。
父さんが頑なに聖女であるのを隠すよう、語っていたのも、全ては身勝手な連中に肉親の命を奪われたのが原因よ。
「ちょっと待って下され!!
そんな一方的に聖女を連れて行かれては、我が国の損失・・・。」
「・・・仕方ないですねぇ。
では金貨10万枚で手を打ちませんか?
更にあなた方は強国である我らに恩を売れるのです。
悪くない話でしょう?」
「!!!!
そういう事ならやむを得ませんな。」
「聖女エミリー。
ファイツ国の・・・いや。
世界のために命を賭して戦うのだぞ。」
王も周りのお偉いさんも金やコネに釣られて、あっさり私を売り飛ばす。
自国の王や父さん以外の貴族が、これほど醜い存在だった事もこの時、知ったわ。
「王よ!!
私達の娘は物ではありません!!!!
勝手に売り飛ばさないで下さい!!」
「黙れ!!
落ちぶれ貴族の妻風情が、王である我になんと無礼な・・・。
口を慎め、愚か者が!!」
「この国をスカイドラゴンから守ったのは我が娘ですよ?
それを恥知らずにも、金に釣られて他国へと売り飛ばすなんて!!
そんな外道は王じゃない・・・キャア!!」
父さんも母さんも、周りに押さえられてるにも関わらず、必死で私を庇おうとしてくれる。
でもこの時の私はただただ悲しかった。
「私が悪いの・・・?
私がこの国を守ろうとしたから、父さん達は酷い目に合わされてるの??
私が人を救おうとしたから、私は奴隷として売られるの!?」
ただ人を、国を救おうとしただけなのに、なんで私や父さん達まで酷い目に合わされるのか。
今となっては簡単に理解出来る事がわからず、哀しみのあまり、泣き出してしまったの。
「エ、エミリー!?
ち、ちが・・・。
・・・お前はっ、何も!!」
父さんが何かを伝えようとするも、言葉に詰まり、押し黙る。
「「「・・・。」」」
サザル国王やその側近、貴族連中も困惑するばかりで口を開かない。
ま、そりゃそうね。
『人を救おうとしたから、お前は売られ、家族も虐げられる』なんてさ。
声に出せば、周りから顰蹙を買う可能性があるもの。
内心では愚かな娘の無様な泣き言だと、嘲笑ってたに決まってるけど。
それでも表面上は正論や綺麗ごとを騙らなければ、批難されるのが世の常だから。
「聖女様。いつまでそうやって我らを悪しき様に言う気ですか?
あなたの言葉で我らが傷付いてる事がわからないのですか??
そのような発言をすれば、我らが罪悪感に苛まれてしまうと、理解出来ないのですか!?」
しかも使者に至っては、常人には理解出来ないような戯言までほざく始末。
よくもまあ、罪悪感に苛まれるなんて、下らない嘘を堂々と付けたものよね。
そもそもの話、他人を奴隷のように売り飛ばす連中が、罪悪感なんて抱くはずないのに。
「それにそのような口ばかり聞いては、聖女として失望されますよ?
その結果、評判が落ちるのはあなただけじゃない。
あなたの大切な家族も『ロクでもない聖女の身内』として、周りから批難され、攻撃されるでしょう。」
「!!??
・・・あ・・・あ。」
けれど使者の言葉が、呪いのように私の心に絡みついてしまった。
もしも私が聖女らしく振る舞わなければ、父さん達は迫害されてしまう、と。
「エミリー!!
そんな言葉に惑わされないで、早く逃げてっ。
ハルトと一緒にこの国から逃げるのよ!!」
「痛い思いをしたくなければ、黙っててくれませんかねぇ?」
「そんな脅しなんかに怯むものかああああ!!!!
エミリー、私の事など気にせず、早く逃げろおおおお!!
お前だけは姉上のように、犠牲になって欲しくないんだ・・・。」
なのに父さんも母さんも全く態度を変えようとしない。
自分の娘のせいで酷い扱いを受けているにも関わらず、一貫して私を守ろうとしている。
・・・そんな両親を見捨てる真似なんて出来るはずもなく。
「わかりました・・・。
私は聖女として、あなたの国で世界のために戦います。
だからどうか、家族の命だけは助けて下さい。」
悪党共に屈してしまったの。
「始めから、そう言って下されば良かったのですよ。
しかしなんです?
『家族の命だけは助けて下さい』とは・・・。
そんな言い方では、まるで我らに脅されているようじゃないですか。
平和のため、世界のために戦おうとしている風には思えません。」
使者の醜悪さに反吐が出つつも、激情を胸の中に抑え込む。
「まあ、その辺りは後でじっくり言い聞かせるとしましょう。
それとあなたの家族の事は心配せずとも平気です。
サザル国の皆様が大切に扱ってくれますでしょうから、ね♪」
「も、もちろんですともっ。」
「ま、待ってくれ・・・。
行かないでくれ!!
エミリー!!」
「エミリーーーーー!!!!」
こうして、家族を人質に取られるような形で私はファイツ国に売られてしまったの。
全ては私の愚かな行為のせいで。
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ファイツ国へと向かう馬車の中、私は売られていく子牛のような気分で運ばれていたわ。
「姉さんっ!!」
「ハルトっ!!」
そんな私に向かって、ハルトが必死になって手を伸ばす。
だけど周りに遮られるのもあって、距離はどんどん遠ざかっていったの。
「なんでだよ、どうしてだよーーーー!!??
姉さんはこの国を守った聖女なんだぞ?
ファイツ国の人達だって、守ったんだぞ!!
なのに、なんでこんな目に合わなきゃいけないんだ!?
どうして皆、恩人を奴隷のように扱うんだ・・・。」
それでもハルトは全力で叫ぶ。
私の気持ちを代弁してくれる。
けれど。
「ハルトっ!!
祖国やファイツ国の方々をそのように罵ってはいけません。
私は世界を守るため、彼らと共に戦いへ向かうだけです。
皆様方、弟はまだ幼い故にあのような無礼を働いているだけです。
どうかお許しください。」
「まあ、良いでしょう・・・。
下手に処罰して、あなたの気が変わっても困りますからね。」
ここで聖女らしくない振る舞いをする訳にはいかなかったの。
これ以上、家族に迷惑を掛けないためにも。
「姉、さん?」
そして。
「ハルト、姉さんからの最後のお願いです。
・・・どうかあなただけでも幸せになってちょうだい。
姉さんの分まで、幸せに生きてちょうだいっ!!」
「姉・・・さん。
姉さーーーーーーーーんーーーー!!!!」
別れ行く弟に最後の一声を投げた。
「まったく。
まだ我らと共に生きるのが不幸だとでも言いたげに。
・・・あなたの性根はいつになったら治る事やら。」
「・・・。」
こうして私は祖国から売り飛ばされ、家族と離れ離れになってしまったの。