第111話 過去編(聖女)② 運命の選択
Side ~聖女~
両親から聖女である事を隠すよう、言いつけられてからもう数年。
私も弟のハルトも言いつけを破る事なく、平和に暮らしていたの。
だから私が聖女だって知ってるのは、家族と屋敷で働いているメイドの人達だけ。
もちろんメイドの人達も私の秘密をバラしたりはしなかったわ。
「ねえ、姉さんってさぁ。
今でも回復魔法、使えるの?」
「さあ?
あれから1回も使ってないし、もう忘れちゃったかもねー。」
「・・・良いの、姉さん?
いくら父さんや母さんの言いつけだからって、自分の力を隠し続けるなんて。
なんかこう、モヤモヤしないの?」
ハルトもだいぶ背が伸びて、周りの女の子からは美男子だなんて、持て囃されるようになった。
・・・中身はこの通り、まだまだ子供だったけどね。
「んー、別にそんな事はないけど?
だって私の場合、聖女だなんてバラさなくても、美少女だからねー。
だから皆からチヤホヤされるし、何の不満もないわ♪」
「逞しいなぁ・・・。
ねーさんは。」
当時の私は正直、父さんの反応が大袈裟すぎると思ってた。
でも聖女として振舞えなかったとしても、特に不満はなかったわ。
だってね。
貴族にしてはあんまり裕福じゃないけど、優しい両親がいる。
可愛い弟がいる。
屋敷に仕えるメイドの人達も、領民の皆も温かい人ばかりだったから。
あの頃の私はとても幸せだった。
「ハルト。
屋敷の中なら別にいーけど、外で私が聖女だなんて話しちゃダメよ。
特に今はファイツ国のお偉いさんが、この国にやって来てるんだから。」
「わかってるって。
回復魔法どころか、ランク3の防御魔法が使えるのもバレちゃまずそーだし。」
「ファイツ国は魔族と戦争中だからねぇ。
少しでも強そうだと思われたら、戦力として連れて行かれちゃうわ。」
この幸せが続くなら、聖女としての力なんて無かった事にしても構わなかった。
・・・本気でそう思ってたの。
「エミリー!!
ハルト!!」
「母さん!?」
「ど、どーしたの?
そんなに慌てて・・・。」
だけどそんな日常は脆くも崩れ去っていく。
「お父さんの部下がね。
スカイドラゴンが飛び回ってるのを見たって・・・。
だから早く逃げなきゃ!!」
唐突なスカイドラゴンの襲来を切っ掛けに。
********
「と、父さん・・・。
本当、なの?
スカイドラゴンが現れたって。」
「ハルト!!
エミリーも一緒か。
・・・ああ、本当だ。」
「嘘でしょ!?」
スカイドラゴンはドラゴン族の一種で、とっても早く飛べるの。
あっと言う間にやって来て、町や国が抵抗する暇すら与えず、滅ぼしちゃう事も珍しくないわ。
故に野良ドラゴンの中でも特に恐れられてる存在よ。
サザル国のお偉いさんったら、経費をケチってあんまり野良ドラゴン対策に力を入れてなかったからねー。
父さんも必死に説得したんだけど、全然聞いてもらえないってよく愚痴ってたわ。
けれどうちみたいな貧乏貴族に野良ドラゴンに対抗出来るような人材を雇い続ける余裕はないし・・・。
見張り役を配置するのがせいぜいだったの。
「・・・・・・・・・・・・。
私は貴族失格だな。」
「?」
「エミリー、ハルト!!
お前達だけでも先に逃げるんだ。
私も母さんも領民の避難が終わったら、すぐに追い付く。」
今からスカイドラゴンに対抗する戦力を集めるなんて、まず無理だと悟ったのでしょう。
父さんも母さんも、1人でも多くの領民を逃そうと必死だったわ。
でも騒ぎに気付いたのかしら。
父さん達の前に他の貴族や王の側近、更にはファイツ国の使者までやって来たの。
「おいっ。
ス・・・スカイドラゴンが迫って来てると言うのは本当か!?」
「・・・本当です。
だから急いで領民達を避難させている所です。」
「避難だと!?
バカな事を言うな。
国の危機だぞ。領民なぞ、生贄にしてしまえ!!」
しかも肥え太った豚のような連中が、領民を生贄にしようだなんて言い出したわ。
基本的に野良ドラゴンなどは、食事目的で人間を襲撃する事が多い。
だから身分の低い人々を生贄にしてやり過ごそうって考えるクズもいるの。
まあ、そんな真似をしてもその場しのぎにしかならないんだけどね・・・。
大抵は良い餌場だと認識されて、明日にでも再襲撃されちゃうもの。
「バカはどっちだ!!
そんな無意味な一時しのぎのために、領民を犠牲にする気か!?
下らない事をほざいて、避難の邪魔をしないでくれ!!」
「なんだと!?
貴様・・・落ちぶれ貴族の分際でワシに立てつく気・・・。」
「ギシャアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!!!!!!!!」
「「「ス、スカイドラゴン!!!!????」」」
だけどスカイドラゴンは口論の隙すら与えず、やって来た。
その時の阿鼻叫喚と言ったらもう・・・。
お偉いさんの中には失禁している人もいたけど、こればっかりは無理のない話ね。
「・・・も、もうダメだ。
おしまいだぁああああ!!!!」
「エミリー、ハルト!!
お前達だけでも逃げるんだ・・・。
早く!!」
父さんも我が子だけでも逃がそうと、精一杯声を上げる。
「・・・。」
「姉さん?」
多分、既に準備を整えている私やハルトなら、逃げ延びれたでしょう。
父さんや母さんも強引にでも引っ張って行けば、一緒に逃げ延びれたかもしれない。
それがわかっていながら、あの時の私はどうしようもなく愚かだった。
「私が全力を出せば・・・。
スカイドラゴンからこの国を守れるかもしれない!!」
そう。
聖女として持てる力を全て引き出せば、スカイドラゴンの襲撃だって防げるだろう、と。
今、振り返れば、あまりに浅はかな事を考えていたわ。
「!!??
まさか姉さん!!」
「や・・・止めなさい!!
エミリー。
そんな事をしたら、あなたは・・・。」
「母さんの言う通りだ。
エミリー!!
馬鹿な真似は止めて、早くハルトと一緒に逃げるんだ!!」
「???
・・・あの人達は一体、何を。」
私が何をする気か、家族にはバレバレだったみたい。
両親は必死になって、私を止めようとしたわ。
「でも・・・。
だって!!」
「『でも』も『だって』も無い!!
・・・これほど大勢の前で力を見せたら、もう隠す事なんて出来ない。
後で悪意に晒され、深く傷付くのはお前なんだぞ!?」
「・・・・・・。
一体、何の話をしているのです?」
後になって考えれば、父さんは何一つ間違ってなかった。
なのに私は・・・。
「そんな事を言ってる場合じゃないわ!!
・・・ここで力を使わなければ、大勢の人が死んじゃうのよ?
だから私が・・・この国を、皆を守るの!!」
「エ、エミリー・・・。」
この国の皆を守りたい。
それだけを胸に後先なんて全く考えず、魔力を集中させたわ。
「ギシャアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!!!!!!!!」
私は数年前の時点で既にランク3の防御魔法を修得していた。
あの頃よりも更に成長した今なら、スカイドラゴンの猛攻すらも防げると確信してたわ。
「フォース・バリアーーーーーーーー!!!!」
「ギシャア!??」
そして今の私の十八番とも言えるランク4の防御魔法・・・。
『フォース・バリア』を発動させたの。
「ラ・・・ランク4の防御魔法だとお!??」
「嘘だろ!?
異世界パワーを浴びた者や転移勇者でもないと使えない、ランク4の魔法を・・・。
あんな、落ちぶれ貴族の娘が??」
「・・・まさか?
あの子の、力は・・・!!」
驚愕している周りのお偉いさんなんて、気にする余裕もなかったわ。
今では軽々と使える『フォース・バリア』も、当時の私からすれば大技も大技。
少しでも気を抜けば、バリアは解除され、スカイドラゴンに皆殺しにされちゃうもの。
しばらくの間、スカイドラゴンは私の作ったバリアを攻撃し続けた。
けれど。
「ギシャ、ギシャ・・・。
ギーーーー。
シャアアアアアアアア!!!!」
バリアを壊せないとわかると、この国から離れてくれたわ。
基本的に野良ドラゴン達は防御魔法で襲撃を防ぎ続ければ、諦めて飛び去ってくれるの。
無闇に体力を消耗させないためにね。
まあ、彼らからすれば他に餌場なんていくらでもあるしさ。
一か所の餌場に拘って、余計なエネルギーを消耗させるなんて、悪手でしかないわ。
それにいくら頭の悪い野良ドラゴンと言えど、疲れ切った所を他の敵に襲われたくはないでしょうから。
当時の私はそんな事も知らずに、国の危機を救えた事実に安堵していたわ。
「ふう、良かった・・・。
・・・・・・・・・・・・。
・・・え?」
スカイドラゴン以上の巨悪が間近にいたのにも気付かずに。
「姉さん!??
・・・お前ら、何をする気だ!!
どうして姉さんを羽交い絞めにするんだ!?」
「黙れぇ!!」
「うわぁ!??」
「「ハルト!??」」
当時の私にはどうしてこんな事態になったのか、わからなかった。
「な・・・なんで?
どうして私を捕まえるの??」
「聖女であるあなたを見逃す訳にはいかない。
何故なら、我が国の・・・。
いえ、世界のために戦わなければいけないのだから!!」
ただ一つだけ・・・。
聖女であると知られてしまったばかりに、ファイツ国の使者に捕まえられた事だけはわかった。