第8話 旅立ち編② チンピラとのお約束?
「・・・困りますよ、聖女様。
せめてドラゴンが完全に立ち去るまでは・・・。」
「心苦しいですが、王命故やむを得ませんわ。
私達がこの国から離れるのは、魔王を討伐せんとする王の強き意志を尊重するためでもあります。
約束の一週間も経ちましたし、もうドラゴンも襲って来ないでしょう。」
聖女とギルドマスターらしき男性が、熱い口論を繰り広げている。
聖女ったら、丁寧に話しているフリをして、全ての責任を王に押し付けてるつもりね。
・・・つもりも何も、これで何かあったら責任を負うべきは王なんだけど。
私、王女デルマと聖女エミリー、そして勇者テンイは冒険者ギルドで手続きを行っていた。
冒険者ギルドに入るのは初めてだけど、昼間っから酔っ払いが大勢いるって噂は本当みたい。
あらま。
酒で顔真っ赤な男性が、聖女を見てさらに顔を赤くしているわ。
張り紙には『ゴブリン退治 金貨二枚』、『薬草採取 金貨二十枚』・・・???
変ね。普通、薬草採取よりゴブリン退治の方が報酬、多いって聞くけど。
よっぽど貴重な薬草なのかしら?
「ちょっと王女!!
キョロキョロしすぎだよ、もう。」
「あら、勇者様?
・・・やだ私ったら。
こういう場所に入るのは初めてでしたから。」
「俺も初めてだよ。でも妙に緊張しちゃってさ。
王女は度胸あるなぁ。」
だって、見るもの全てが新鮮なんだもの。
それに仮にもここは仕事の斡旋所。
アホな真似をやらかす連中なんて、まずいないでしょう。
「は~、やっと終わったわ。
ギルドマスターったら、中々納得してくれないんですもの。
文句があるのなら、王に言ってよね。」
「あっ、聖女。
もう話は付けたみたいね。」
「まあ、なんとか。
そもそもねぇ。
滞在費すらロクにくれない癖に、依頼を延期しろだなんて図々しいにもほどがあるわ!!」
ドラゴン注意報の対策として、冒険者ギルドの依頼を受けた場合、成功報酬とは別に滞在費くらいは出る事が多い。
注意報が出たからって、すぐにドラゴンに襲われるとは限らないから・・・。
なので、滞在費をケチるような真似をすると、付き合ってられないとばかりに人が離れていく。
聖女も本当は受けたくなかったようだけど、ギルドマスターが泣きつくものだから、渋々引き受けたみたいね。
・・・いくら大事なお勤めでも、真面目にやって損しかしないんだったら、やる気なんか出るはずないか。
「ノマール兄上も『ドラゴン注意報対策の予算を削るなんて、父上は何を考えてるんだ!?』って、愚痴ってたわ。
やっぱり兄上の意見が正しかったのかしら?」
「またあのクソ王の仕業なの!?
どんだけどうしようもないのよ、あんたの父親は!!」
「返す言葉も無いわ・・・。」
一応、国の政治のほとんどはノマール兄上を中心に行われているから、それなりに上手く回っている。
だけど王ったら、普段は怠け者の癖におかしな所で出しゃばって場を乱すから・・・。
困ったものだわ。
「はぁ、もう良いわよ。
じゃああとは、テンイ様と王女の冒険者登録だけね。」
「冒険者登録・・・か。
なんだかドキドキするなぁ。」
勇者ったら、期待と不安で胸いっぱいって感じ。
例の本に『転移勇者は冒険者になりたがる事が多い』って書いてあったけど、本当だったのねぇ。
「ちょっと待てよ、そこのクソガキ!!」
?
「???
えっと、俺?」
「こんな綺麗な女を二人も侍らせて、良いご身分だな。
おい!!」
人相だけはやたらと悪い二人のチンピラが、突然勇者に絡み出す。
綺麗な女って一人は聖女だろうけど、もう一人はもしかして・・・私?
あらやだ、お上手なんだから♪
ちょっと嬉しい気持ちを顔に出さないようにしつつ、チンピラ達の様子を伺う。
「・・・何か用でしょうか?」
「冒険者はな、お前のような優男に務まるようなもんじゃねぇ。
死にたくなけりゃ、早く帰ってママのおっぱいでもしゃぶってろ!!」
「帰る場所なんて、無いんだけど・・・。」
心が痛い。
「まあまあ、待て待て。
ここは先輩の俺達がお前に冒険者の資格があるか、テストしてやるよ!!
・・・グヘヘヘヘ。」
拳を鳴らしながら、勇者を威嚇するチンピラ二人。
・・・でもあの人達、冒険者にしては弱そうね。
正直、私でも勝てそう。
「ま~たやってるよ、あの二人。」
「けど、あいつらの言う事も間違っちゃいないぜ・・・。
あんなのに勝てない奴が冒険者になっても、無駄死にするだけだからな。」
ひそひそと話し声が聞こえるけど、酷い言われようだわ。
チンピラ達・・・ちょっと可哀そう。
やや怯み気味の勇者だったが、ちらりと私達の方を見た後、急にキザったらしい表情へと変わる。
なんの顔芸かしら?
「わかりました、先輩方・・・。
格の違いってやつを見せてあげますよ!!」
ん゛?
「・・・テ、テンイったら、いきなりどうしたのかしら?
私が話している間、お酒でも飲んでたの??」
お酒なんか飲んでないって。
でもどうして・・・あっ!!
「違う違う、例の本によるとね。
転移勇者は『絡んできたチンピラを圧倒的な力でねじ伏せるのが大好き』なんだって。
聖女みたいな美少女と一緒だと、余計にそういう事をしたがるらしいわ。」
だから『転移勇者がチンピラに勝った後は大袈裟に褒め称え、更に良い気分にさせるべき』とも書かれていたわね。
・・・男の人ってそんなに『俺凄いアピール』がしたいのかしら?
転移勇者云々関係無く、武勇伝を語りたがる男性は多いって聞くしさぁ。
まあテンイならあの程度の連中、楽勝でしょう。
むしろやりすぎを心配・・・。
「なめんじゃねえぞ!!
このクソガキがぁ!!!!」
「ひっ!?」
えっ?
「ちょっと遊んでやる程度で、勘弁してやろうと思ったんだがよう。
よっぽど痛めつけられたいらしいなぁ、お前。」
「あ、あああ・・・。」
ブチ切れた表情で近寄ってくるチンピラ二人に、半泣き顔で後ずさる転生勇者テンイ。
え、ええぇ・・・。
「・・・お、おかしいわね。
勇者って、元の世界でも剣の修行を積んでたんじゃないの?
なのにあの程度の輩にあんなに怯えて・・・。」
急に異世界召喚されたばかりのあの時なら、怯え、パニクっても仕方ないと思う。
だけど今回はさすがに擁護できない。
あんなイキリ方をしておいて、そのビビりようはないわー・・・。
「・・・たまにあるのよ。
無敗の格闘チャンピオンが、刃物持った素人にひれ伏すとか。
剣での勝負なら命すら厭わない男が、素手での喧嘩となると怖がり出すとか・・・。」
未知の世界の勝負故に、臆病風に吹かれるって事かしら?
理解できなくもないわね。
でもだからって、あんな連中にあそこまで怯えなくても・・・。
「・・・ねえ、聖女。
やっぱり勇者を冒険者にするのは諦めない?
もっと安全に稼げる方法、他にもあるわよ。
きっと。」
「それを言わないで、王女。
迷っちゃうから。」
いくら力があったとしてもあの勇者、根本的に戦いには向かないタイプかもね・・・。
そうこう話している内にも、チンピラ二人はどんどん勇者を追い詰める。
ドン!!
あらら。
いつの間に壁際まで。
なんの壁ドンかしら?
「や、やめろ。
やめてくれ・・・。」
所詮喧嘩だし、殺されるどころか、重傷を負う可能性すら無さそうだから、そこまで危機感が湧いてこない。
けど、ほったらかしにするのも薄情かしら?
どちらかと言えば、チンピラ側に非があるしねぇ。
「・・・このまま放っておくのも、可哀そうね。
しょうがない、助けてあげましょうか。」
やれやれと言った感じで、聖女が勇者の助けに入ろうとする。
・・・ヒーローとヒロインの立場が逆転してるわよ。
まあ、いくら武術が苦手な聖女でも、あんなチンピラ二人になんか負けない・・・。
「・・・やめろ、やめろ!!」
!?
お、悪寒が!!
なんで。
あっ!!
「な、なんだ・・・この魔力。
なんだ!!
この魔力は!!??」
「あわわ、あわわわ!!」
ゆ、勇者!?
もしかしてまた、魔力が暴走し掛けてるの!?