あまだちの始まり
「お疲れ〜。」
何気ない日常が、この一言で終わりを告げる。
汗だくになった、シャツが背中に張り付きながらも今日という1日を終え、笑顔で帰る足取りは、何故か重い。
仲間とロッカーでくだらない話に花を咲かせつつも、偽りの自分を隠すのが日課でもあった。
23歳で結婚をし子供は2人いるが、家に帰るそのはずのその足は、他の場所へと向いていた。
橋の手前の交差点を曲がると、そのまま河原の駐車場へと向かった。
型落ちのワンボックスを駐車場に止め、そこで大きく溜め息を吐く。
煙草に火をつけ解放感に酔いしれながら、街の灯りに目を向ける。
(まだ、みんな働いているのか・・・。)
身も知らぬ人の事を考えては、自分の生活と照らし合わせ、そのまま目を閉じた。
今の自分を縛り付けているのは、家族への想いでしかない。
当たり前の生活を過ごして行く事、そして、家族を食べさせて行く事だった。
そんな生活の中で、自分の中に引っかかっている事があった。
体でも無い、言葉でも無い、2人の時間が少しづつ違う事に気づいてしまったのだ。
高校時代から付き合い始め、互いの想いを寄せ合い結婚をした。
2人の生活が始まると思っていたが、現実は違った・・・。
僕の心にあまだちが降り始めたのは、それから間もなくだった。