第七章 決戦
翌日。
カムナ統一惑星時間 PM13:25。
カムナ統一惑星と惑星カザーダ内で全ての映像受信が可能なスクリーンが起動し、元より起動していた映像装置に関しては自動で映像が切り替わった。
それは、両軍の艦機共に同様だった。
映し出されたのは、カムナ統一惑星星王その人。
背景はどこかしらのメインデッキを思わせるものだったが、多くの者は王その人が生きていると言う事実に驚き、息を呑む。
『静聴せよっ!』
王の声が響く。
『我が名はルブド・デビ・カムナ・ルビ・レイ。カムナ統一惑星星王である。此度は汝等に慶事を齎しに来た』
パッと映像が変わる。
そこに立っているのは、二人。
一人は白いスーツに赤いネクタイをつけ、ガチガチに身体を強ばらせた美形の青年。
もう一人は一輪の花を思わせる白いウエディングドレスに身を包み、金色の複眼で真っ直ぐ前を向いている。
『今ここに、惑星カザーダ大統領が孫、ベザル・グラーマと、カムナ統一惑星第五王子クルレド・レビ・カムナ・ルビ・レイが永き契りの約を交わす。これは、終わりの見えぬ無為な争いを鎮める礎となる為の約である』
ベザルちゃんが黒い右手を伸ばし、レビがおずおずとその手を取る。
政略結婚――王の言葉はそうとしか取れない内容ではあったが、互いに目を合わせ、微笑む様には、それ以外の何かがある事は確かだった。
『同盟は成った。両軍とも、退くが良い』
映像が王へと戻り、そう告げた王はしばしの沈黙の後、一つ息を吐いた。
『とはいえ、そう簡単に退けはすまい。それほどに多くの死者が出た。故に、次代を担う者より提案がある』
映像が再び、手を繋いだ二人へと戻る。
二人は一度視線を交わすと、頷いてから口を開いた。
『次代を担う王子、クルレド・レビ・カムナ・ルビ・レイとして――』
『次代を担いし姫、ベザル・グラーマとして――』
『『今ここに、カムナ統一惑星と惑星カザーダ両軍に対し、決闘を申し込む』』
先に口を開くのは、レビ。
『これは、憎しみに溺れた者への救済である』
『戦争に目が眩んだ者達への慈悲です』
『我らはより良き未来の為に、憎しみの連鎖を断たねばならない』
『これは、その為の提案。私達は、哀れにも狂った方々に力を示しましょう』
『憎しみの連鎖を断つ為に、汝等は我らにその憎しみをぶつけるが良い』
『女神の寵愛により結ばれた私達が、お相手しましょう』
『こちらの戦力は三十機。日時は明日のこの時間』
『そちらの数は問いません。戦争の継続を望む者のみの参加を望みます』
『心得よ。女神の加護は、狂いし汝等の悉くを消し去るであろう』
そこまで交互に告げた二人は、繋いでいた手を離すと、右手を胸に当ててその場に跪いた。
ヤバい。
咄嗟に映像を王へと切り替える。
『女神様の御心のままに』――そんな言葉が聞こえてきた気がする。
もうね、アホかと。
確かに私が出るけど、これは惑星間の戦争だ。そこに女神教を持ち出すなって話である。
……建前でも結婚すれば宗教なんてどうでも良くなるかなぁと思ったんだけど……ちょっと、考えが甘かったかもしんない。
いきなり映像を切り替えられた王は、だが戸惑った様子を見せもせず、一つ咳払いをすると口を開いた。
『以上だ。我らを打ち倒せたのならば、もう戦争には干渉せぬ。好きにするが良い。だが、我らが勝ったその時は、終戦に対する異議申し立ては受け付けぬ』
ふっ、と王は笑った。
『軍民の制限はない。戦争を続けたいという愚か者共よ、総力を挙げてかかってくるが良い。それこそが、狂った貴様等に与えられる女神の慈悲である』
こいつまで女神とか言い出したし。
もういいや、と私は広域通信を遮断した。
まぁ、ちょいちょい問題はあったけど、概ね打ち合わせ通りの内容である。
明日のこの時間にしたのは、他惑星からの干渉を制限する為。
同時に、民間人で参加したい者がいた場合に、間に合うようにだ。
家族を殺された者もいるだろう。
愛しい人を殺された人もいるだろう。
その誰もが参加できるわけではない。だが、どうしようもなく狂った人は参加するはずだ。
そう言う今後の問題になりそうな人達を片付けるのが、私の仕事。
ベザルちゃんを結婚までさせたのだ。
満更でもなさそうだったけど、そう指示した張本人として、彼女らの未来の為に手を出す義務がある。
本当は干渉する気なんて無かったんだけど……十分過ぎるほどに死んだしなぁ。
他人が死んでも何も思わないけど、億単位の死者はさすがに。
「これで良かったか?」
カメラへと向かって笑みを見せる王に、私は音声だけで言葉を返す。
『女神とか言い出さなければね』
「だが、神でもなければ止められまい」
『神様なんかじゃないから止めるのよ。……これ以上続くと、知り合いまで危険そうだし』
「我が儘だな?」
『神様っぽいでしょ?』
「はーっはっはっはっはっ!!!」
酷く楽しげに笑う王に、私は内心でため息を吐いて第五州へと移動した。
決戦用の機体は、全て第五州の軍施設にあるのだ。
一応最新機体だけど、カスタムする余裕は無いのでどノーマル。
ま、搭載している輸送艦でチャージは出来るし、どうにかなるだろう。
一通りチェック済まして、発進申請。
全てはシナリオ通り。
だから私は、気楽な気分で一度電脳世界へと戻っていったのだった。
思ったよりは少ない。
決戦前に陣取った両陣営の数を見て、私が抱いたのはそんな感想だった。
まぁ、それでも戦闘機が五百近く。戦艦系も二十ほど。戦闘機は全てが発進しているわけでも無い筈なので、もう少し増えるだろう。
戦力で言えば、こっちの二十倍以上。そう言うと無理ゲーだけど、想定の半分以下だ。
その理由は単純、全てが民間人扱いになっているからだ。
正義やら王道やら言われて持て囃されるような戦争をしていたのだ。あんなことを言われて、軍人として参加は出来なかったのだろう。
なので、全てが個人所有。
戦艦系があるのは、企業とかの支援を受けたからだろう。普通は民間人で所有できるような代物では無い。
まぁ、それは戦闘機も同じだ。ピカピカの機体が半分以上を占めるのは、戦争を続けさせたい企業の多さを物語っている。
これが二十四時間後だから良かったものの、もう一日延ばしていたら三倍にはなっていただろう。
そんな企業なら潰れるぐらいの損害を被っても心は痛まないので、それもありだった気はするけど。
「ホントに、いけるのか?」
『ンな事よりも……何勢揃いしてんのよ』
王が乗る中型航行艦のメインデッキには、言葉通り全員が揃っていた。
第一から第五王子、カトレアちゃんにベザルちゃん。ベザル祖父まで車椅子で参加してたりする。
でもって、見た事無い女性も三人。それぞれに場違いなドレスを着ていているので、王妃かなんかなんだろう。
そんな中で唯一平民のレグがしれっと混ざっているが、美形だからか何の違和感も無い。
「こやつらのした事が正しいとは言わんが……間違ってるとも言えん」
『うん、知ってるけど』
「ん?」
『ねぇ? ベザルちゃん』
「はい。そちらにいるお爺様に聞きましたので」
「えぇっ!? ボク聞いてないけどっ!」
「……言いませんでしたか?」
「聞いてないよっ!」
そんな感じでイチャイチャし始める二人を見守って、戦場となる宙域へと視線を戻す。
この艦からだと、最大望遠でも豆粒サイズだ。安全を考慮すると仕方ないけど。
『じゃ、万が一も大丈夫ね』
「あぁ。……万が一で済むとは思えんが」
『その為にこの艦を用意したんでしょ? 信じないならそれで結構。私はベザルちゃん達の未来の為に一肌脱ぐってだけなんだから』
「さすが姫様ですっ!」
『レグ、うっさい』
レグがしょんぼりするのも、何か見慣れた気がする。
そう返されるって分かってるはずなのに、なんでいちいち大声出すんだろうか。
『ま、のんびり観戦してて。じゃあね』
そう告げて、私は戦場となる宙域、そこに移動させた輸送艦の中へ。
最悪、私が負けてもベザルちゃん達は無事だ。
でもって、戦争も早い段階で終結するだろう。
あんな宣言をした後の決闘だ。勝ったとしても民意は得られないだろうし、メディアだって黙ってない。
だから全てシナリオ通り。
ま、やる以上は負ける気なんて無いけど。
『双方共に、準備は良いな?』
王の声が流れる。
それに会わせて私は二十機の戦闘機を射出。
十機は防衛、十機は前線、十機は予備だ。
『では、決闘を開始するっ!』
それが、始まりの合図。
私は九機を引き連れて交戦宙域へ。
大事なのは初速。そして、速度を落とさない事だ。
最新機体と言う事もあって、動作が軽い。正三面体の機体は、上下左右に機敏に動く。
まず突っ込んで来る機体は、単独。徒党を組んでいる機体もあるようだが、そう言う奴らは初動が少し遅れている。
乱戦になる前に対処できるのはありがたい。
すれ違いざまにフェザーライフルを発射。シールドで防がれるが、三発目でシールドが剥げ、四発目で被弾、五発目で爆散する。
うん。やっぱり最新の機体は良い。
前回並列操作を行ったのは古い機体だった事もあり苦戦したが、最新機体なら十機同時でもそこそこ動かせる。
まぁ、意識を反映して最高の性能を引き出せるのは一機だけだけど。
それでも、我先にと突っ込んできた奴らをいなすには十分過ぎる。
『さて。じゃ、遊んで貰おっかな』
人を、殺す。
その事に忌避感すら無いのは、私が一度死を経験しているからか。それとも、既に人という器が存在しないからか。
どちらにしろ、殺すのは初めてじゃ無い。
そして、奴らは、戦争を望む敵。
私の、敵なのだ。
だから私は、人を殺す。
躊躇う事無く、殺せるのだ。
「……凄い、な」
思わずと言った様子で呟いたのは、カムナ統一惑星星王、ルブドだった。
その声を切っ掛けに、静まりかえっていたメインデッキが動き出す。
「おいクルレド、なんだあれはっ!」
「おかしいだろうっ!? 異常だっ!」
「ははっ。とんでもない、な」
「うん。……え? あれを、一人でやってんだよね?」
王子達が騒ぐ横で、大統領ボリもベザルのスーツを引っ張った。
「のう。本当に、神なのか?」
「かみねーさま、凄いですっ!」
彼らが見ているのは、メディアによる放送だ。
十分過ぎるほどの安全距離を取っている為、メインモニターでは確認できない。そこで、メインモニターに生中継で放映しているニュースの一つを流していた。
そこで繰り広げられる宙海戦の様子は、カトレアが目を輝かせる程に曲芸じみていた。
曲がる、撃つ。
機体性能で大きく差は無い筈なのに、敵となる機体が止まって見えるほどに動く。
そうできる理由は一つ。
単純に、殆ど制動をかけていないのだ。
言葉にすればそれだけの事だが、実際にそんな事をやれる者がこの世界に何人いるか。
回避行動一つでも、普通は制動がかかる。曲がるのでも同様、後方以外から圧がかかれば、僅かなりとも速度は落ちるものなのだ。
だが、カナメが操る機体にはそれが無い。
減速しないように平行してエンジンを吹かし、減速を避けているのだ。
その結果が、圧倒的な機動力。
すれ違いざまに撃墜され、旋回する間に後ろをとられて撃たれる。
前線は、たかが十機だ。
その十機が、五百機を圧倒している。
あまりにも機敏なその動きを捉えられず、同士討ちが多発しているほどだ。
『……現実、よね?』
現地リポーターである女性の呟きに、ワイプで口を半開きにしていた女性アナウンサーが慌てた様子で言葉を発した。
『思わぬ事態になっていますっ! 星王軍の十機が、圧倒っ! 圧倒ですっ! 未だ一機として落とされていませんっ!』
それは、奇跡。
敵対した者にとっては、悪夢と言っても過言では無い。
『宙海戦専門家のジャダールさんにお越しいただいていますが……これは、どう考えたら良いのでしょうかっ!?』
『いや、そう言われても……。……もしかしたら、特殊なAIを搭載しているのかも……』
『あれほどの動きが出来る人工知能、ですか?』
『あ、いえ、聞いた事は無いのですが……その、それ以外に、説明がつかないと言いますか……』
ジャダールと呼ばれた外見だけでは年齢が分からない彼は、止めどなく溢れる汗を誤魔化すように触手の一本で巨大な頭を拭った。
ジネイス人。須く天才と呼ばれるような人種であり、頭部が人体の八割を占める、ぱっと見では蛸。ただ、グロテスクな感じはせず、ちょこんとかけられたメガネには愛嬌すらある。
『す、少なくとも、同一の技術、センスで、十機は動いている……ように、見えますよ』
『そうなんですか?』
『反応速度、対応共に、同一人物が操縦していると見るのが妥当だと、思うよ」
アナウンサーへのおどおどとした態度とは裏腹に、映像を見つめるジャダールの瞳は燃えていた。
『凄い、凄いよ。AIだとしたら奇跡だ。十世代は先を行っている。訓練されたパイロットだとしても、奇跡に等しい。何をどうすれば、あれほどの技術で統一できる? まるで、視界を、意識を共有しているようだ』
『あ、あーっと、そうっ! ですが両惑星にも。言葉通り数十億人に一人という逸材がいますっ!』
『あぁ、フェイズ・バルバロテと、ギギール・ギデ・マドだね』
ジャダールは女性アナウンサーの言葉を奪って、饒舌に語り出す。
視聴者にでは無く、内なる自分に語りかけるように。
『フェイズ君は幼少よりパイロットとしての教育を受けたエリートだ。それだけで惑星内でも知られる程度のパイロットにはなれただろうが、彼には才能があった。最近は酒に溺れているようだが、それでも不敗と呼ばれるパイロットだね』
『は、はぁ』
『そしてギギール君。彼は虫人の頂点に立つパイロットと言ってもいいだろう。十五の頃に頭角を現し、既に四十だった筈だけど、衰えたという話は聞かない。両者ともに、この銀河系に限れば五本の指に入るだろうね』
『……へぇ』
『共闘という形にはならないだろうけど、これは見物だね。何せフェイズ君にはあの共同惑星体イシズの――』
ブヅッと、映像が消えた。
その間、二秒ほど。
『はいっ! えー、両者共に所属していた軍を退役した上でこの決戦に参加しているようですっ! 戦争を続けたいのでは無く、友や部下の犠牲が無駄になるのを嫌ったと思われますっ!』
先程まで見せていた冷たい視線が嘘のような笑顔で、女性アナウンサーは気持ち早口でそこまで伝えると、あざとさ全開でウインクした。
『では、生中継をどうぞっ!』
その放送以降、ジャダールの姿を見た者はいない。
二人、とんでもないのがいる。
両機共に艦籍は不明。機体情報に関しても不明だ。
今後も続く戦争の為に作られた機体、だろう。
通常の戦闘機より一回りは大きく、私の機体と比べれば二倍以上。両方共に地上でも航行可能な有翼型だ。
だが、形状は異なる。
一方はずんぐりとした形状で、一目で装甲の厚さが分かる黒い機体。常時展開されているシールドに、数多の武装。その重量故に初速こそ遅めなものの、大出力から発生する加速と十二のエネルギー兵器同時発射による面制圧力は脅威の一言に尽きる。
もう一方は、スマートな形状で、白く輝く機体。武装こそエネルギー兵器が両翼に一門ずつ、機首に大型エネルギー兵器が一門と限られたものだが、恐ろしいのはその速度。初速、加速共に常軌を逸したもので、複数のスラスターによる旋回性も見事の一言。
その二機だけが、ずば抜けていた。
機体もそうだが、パイロットもヤバい。
『これは……無理か』
白い機体に追い立てられ、向かう先には黒い機体。
さすがの私でも、これは無理だ。
けど、簡単には墜とされてやらない。
視界が白く染まりそうなほどの、光の雨。エネルギー兵器の一斉射だ。
その中を、私は小型戦闘機のメリットを最大限に活かした回避行動をとる。
勿論、回避しきれない。けど、エンジンさえ無事なら良いのだ。
たった四門のエネルギー兵器は余波だけで破壊され、被弾した装甲は容易く剥がれれる。コックピットでは無数のアラートが鳴り響き、スクリーンが展開し流れ出す被害状況はコックピットを埋め尽くすほどだ。
次の瞬間にはメインカメラが破壊され、爆発と共にコックピットと外が繋がった。
けど、機能は生きている。
見た目だけなら既に大破。それでもエンジンは無事で、二本のエンジンノズルだけは火を噴いたまま。
衝撃のせいでかなり減速したが、それでも黒い機体の脇を抜け、私は駆逐艦へと突っ込んだ。
『やー……面白いけど、勝てないわねあの二機には』
意識を他の戦闘機へと移した私は、結局僅かに損傷しただけだった駆逐艦を眺めながらそうぼやく。
こっちは残り二十五機。
敵の戦艦系はほぼ無傷。戦闘機だけは撃墜数が二百を超えたものの、あの二機が出てきてからはかなりの劣勢だ。
あの二機だけが、とんでもなくヤバい。
機体性能、パイロットの技術共に一流な上に、味方を動かすのが上手いときている。
一対一ならどうにか勝てるかなって相手なのに、これは無理だ。
共闘する気は無いみたいだけど、互いを上手く利用してるってのがまた厄介。
おかげさまで、あの二人相手だけでもう三機失っている。このペースだと、一時間と保たずに全機無くなっちゃうかもしんない。
ちなみに、失った五機の内二機は、要となる輸送艦への攻撃に対応する為に使った。
決闘、かつ数で圧倒的に勝ってるってのに私の母艦を狙うなんて……うん。なかなか戦略眼のある戦闘狂共だった。
『……ん?』
適当に戦闘機を撃墜していると、あの二機から通信が入った。
対応させている一機に対してだ。
勝てそうに無いので生存優先、兎に角逃走をメインに操縦しているんだけど、文句だろうか?
『はいはーい』
どうやら映像通信だったらしく、私の機体に二人の顔映像が現われた。
なので、私の顔映像も相手側に。ちゃんとコックピットの背景付きだ。
『はっ。随分と余裕だなぁおい』
『オンナ、ダト……?』
一方は人間。首筋から目元まで痣がある金髪の男。もう一人は、カマキリのような頭部で複眼だけは黄色い虫人。
『へぇ』
私が思わず目を輝かせてしまったのは、その虫人を見たからだ。
六本の腕を、狭いコックピットの上下左右に伸ばして身体を固定している。まるで狭い所にいる蜘蛛のようだ。
人によっては忌避感を覚える光景かもしんないけど、私は大丈夫。でもって、そんな光景よりも凄いのが操縦方法。
八肢で操縦している上に、それぞれの手足の指、平からワイヤーの様な糸を出して一機を完全に掌握しているのだ。難易度で言えば、私が平行で十機操縦しているよりも遙かに難しいだろう。
白い機体。機動の機敏さが異常だとは思ったけど、なるほど道理ではある。
『何で虫野郎までいやがんだ』
『コチラノ、セリフガ。サル、ガ』
『おうおう、サルの言語喋りやがって、ちゃんとお勉強したみたいで偉いでちゅね~』
『……クソムシ、ガ』
『虫はテメェだろうが、おぉん?』
二人とも、頭は悪そうってのが幸いだ。
『まぁいい、こいつらを片付けたら次は貴様だ』
『ハッ。イヌノヨウニ、ヨク、ホエル』
『うっせぇぞ虫野郎っ! 覚悟しとけっ!』
一流ではあっても、こうやって喋りながらなら操縦は鈍る。それが一瞬にすら満たない僅かな差であっても、かなり逃げやすくなる。
『兎に角だっ! クソガキ、テメェは殺すっ! ただの末端なのか全員がテメェなのかは知らねぇが、俺たちの戦争を邪魔した報いは受けてもらうぞっ!』
『へぇ、分かるんだ』
『ちっ。……動きの癖が、全部同じなんだよ。何をどうやってんのかは知らねぇが、もう覚えた』
『ドウジョウハ、シヨウ。ツクラレタモノ、ヨ』
『ふっ。……あははっ! 貴方達、いいわね』
『狂ったか?』
『……ドウジョウハ、シヨウ』
『いやいや、至って正常よ。ま、私の状態が正常かどうかは知らないけど』
苦笑しつつそう答え。交戦宙域を確認する。
私の忠告通り、いくつかの救命機が戦場を離れてゆく。
私の言葉を聞かなかった人も混じっているけど、まあ良いだろう。
状況は整った。
『私は意識だけの存在。分かりやすく言えばデータの塊ね。実際どうかは知らないけど』
『クルッタ』
『狂ったな』
『失礼な』
パチンと指を鳴らしてみせると、二機の動きが一気に鈍くなった。
『ムッ』
『何しやがった……』
白い機体は僅かに動きが悪くなっただけだが、黒い方は他の戦闘機程度にまで機動力が落ちている。
まぁ、それでもまともに動かせるだけ凄いんだけど。
『プログラムに干渉したのよ。もう終わったから』
『マダ、タタカエル』
『舐め腐ってんじゃねぇぞガキがぁっ!』
白い機体が距離を詰め、黒い機体が全砲門を開き一斉射。
だが、当たらない。
白い機体の射撃ですら簡単に回避できるようになったのだ。黒い機体のプログラム頼りな射撃が当たるはずも無い。
逆に広範囲に広がって、友軍に被害が出ているほどだ。
『何を勘違いしているのかは知らないけど、終わったのは選別。貴方達の終わりは、これからよ?』
『くそ;つ、くそっ!』
『ナニヲ、イッテイル?』
『見た方が早い』
パンと柏手を打った瞬間、宇宙に大量の蛍が舞った。
交戦宙域にいる全ての敵機体を爆発させたのだ。それには戦艦系も含まれる。
一際大きな爆発はそれだ。大型のエンジンを積んでいるが故に、オーバーロードさせた際の爆発は見事なものだ。
ただ、やっぱり映像を繋いでいる二機は無事。
見た事も無い新型なだけあって、その辺りの対策もしっかりしている。
まぁ、背景は赤く染まってアラートが鳴り響いてはいるけど。
『断り切れずに参加しちゃった人とかは巻き込みたくなかったから、ずっと調べてたのよね』
私の指示を聞かずに逃げなかった人、友達を連れて戦場を離脱しようとした人とかは、一緒に爆発した。
選んだ者以外は、戦争を望む者、受け入れた者、復讐に染まった者等だ。そう言った奴らを片付ける為の決戦なんだから、誰一人として逃がしはしない。
『ちゃんと逃げれたのは、十人だけかな? ……労力には見合わなかったけど、まぁ私が好きでした事だしね』
『ナニヲ、イッテイル……』
『テメェ、まさか最初から出来たってのに……』
『そー言う事。最後の最後まで戦えたんだから、満足でしょ?』
『やめ――』
黒い機体の奴は私へと手を伸ばし、白い機体の奴は首を傾げたまま――白い光に包まれた。
「あの方こそ、私の主人です」
無表情ながらも、ベザルの背筋が更に反り、胸を張っていると言うのが分かる。
「いや、駄目だろう」
そんな孫に対し、ボリがどうにか絞り出した声はそれだった。
駄目。
色々言葉を探してみた所で、他の単語が出てこないほどの光景。
敵が、全て、爆発した。
その光は、今なお宙域を煌めかせている。
「駄目、だな……」
「何が、駄目、なのですか?」
「う、うむ」
ベザルの疑問に、ボリは祖父として言葉を濁し、王へと視線を向けた。
『分かるだろう?』と視線で問いかけたものの、王はモニターに向かって跪く末の息子を一瞥すると、首を振った。
言葉にしにくい。
それはボリも同じ意見だ。
『息子より孫の方が可愛いに決まってるだろうっ!』と怒鳴りたいのを堪え、ボリはため息を吐きつつ言葉を選ぶ。
孫には、次期大統領の地位を譲るのだ。
怒らせたくは無いし嫌われたくも無いが、アレの危険性は理解して貰わねば困る。
「その、あの方は……そう、偉大すぎるのだ」
「お爺様も、分かりますか。そう、姫様は、凄いのです」
淡々とした口調ながらも、ベザルの複眼は輝いていた。
そんな孫の視線を受けて、ボリが言葉を続けられるはずも無かった。
あれは、危険だ。
現存する兵器の中で、最も危険な存在と言っても過言では無いだろう。
機械への干渉。
パイロットとしても一流ではあったが、恐ろしいのはそこだ。
この世界に機械が存在する限り、アレは倒せない。もしアレに対抗しようとするのならば、機械やエネルギーに頼らない文明にまで戻る必要がある。
不可能だ。
対抗手段が無い現世において、アレは一種の神。孫達が崇めるに足る存在とはいえる。
だが、政治家として文明を、経済を知るボリからしてみれば、まさに悪夢のような存在だ。
何せ、個人で全てを破壊しうる。
対抗しようが無い存在。
それが無干渉ならば、神で済んだだろう。だが干渉出来るからこそ悪魔であり、対抗する術が無いから悪夢なのだ。
「大統領。……いえ、ボリ殿。そう難しい顔をせずに」
「星王。あぁ、いや。ルブド……さん」
「本日は、めでたき日です。えぇ、それで良かったと、しておこう」
そうは言いながらも、ルブドの表情もまた引きつった笑顔だった。
現存する神ほど厄介な存在はない。
その意識が共通できただけでも幾分か気分が楽になり、ボリは一つ息を吐くと頰を緩めた。
「そうですな。本日は、良き日です」
決闘は、結果だけが残った。
後に同盟決戦と呼ばれる事になるその戦闘の真実を知るものは少ない。
真実として残るはずの中継が途切れ、映像が戻った時には全てが終わっていたのだ。
少数が、多数を殲滅した。
残った事実はそれだけ。
一斉に、全ての機体が、艦が、爆発した。
生き延びた者は、そう証言する。
だが、生き延びた者は、逃げた者。もしくは自分達の都合で現実すらねじ曲げるメディア。
そんな者の証言を信じる者はおらず、だが都合の良い証言だけが噂として流れ始める。
女神の忠告を受けた。
その証言がいつしか神の逆鱗に触れたのだと言う話へと変わり、戦争は忌むべきモノだと再認識されるまでにさほどの時間はかからなかった。
そんな噂の裏で女神教が暗躍し、更に勢力を広めてゆくのだが……それは別の話である。
忠告は頂いたのですが、生身の声は「」、機械を通す等の生身以外を『』で表現してますので、どうしてもこんな感じになってしまいます。他の括弧を使うと、逆に分かりにくくなりそうで。
読みにくかったら申し訳ありません。