第六章 女神の祝福があらん事を
『やっほ』
私の言葉に、ベザルちゃんの身体が僅かに跳ねたものの、それ以外の変化は無かった。
前を歩く男が足を止めて振り向くと、背中の羽を広げてカシャカシャと音を立てる。
それにベザルちゃんは、喉の奥から金属のような音を響かせて答え、再び二人は歩き出す。
今の会話を共通語にすれば、「何か言ったか?」「何か聞こえましたか?」という内容だ。
全く違う器官から発した音なのに意思の疎通が出来る。翻訳も出来る。宇宙人って、凄い。
「それで、現大統領であるグラーマ氏に会わせてくれるのですよね?」
今度は振り向かず、羽音だけの返事。
「はい。十分もいただければ、問題はありません」
どうやら大統領と会うらしい。
電脳世界の十層になんているくせに、何か凄いコネ持ちが多過ぎじゃ無いだろうか。
レビに至っては、本人が王族だったし。
先導が羽音を鳴らし、扉の前で足を止める。
普通の扉だ。大統領とか言ってたから特別な部屋かと思ったけど、執務室なんだろう。
先導が扉を叩くと内側から『入れ』と共通語の返事が響き、先導に促されたベザルちゃんが扉を開いた。
「失礼します」
「うむ」
案の定と言うべきか、普通の一室だった。
正面に執務机。左右には本棚。たったそれだけしか無い如何にも仕事用の部屋で、床にカーペットすら引かれていない。
廊下でも思ったが、現代にしては後進的な感じ。
この部屋にも一つしかデバイスが存在せず、それすら執務机の上に山と積まれた資料の束に隠れているようだ。
「……ベザル、か」
ペンを置き、ベザルちゃんへと顔を上げた老人は、王に比べれば遙かに若かった。
白髪に白い髭ではあるが全体的に四角を意識したかのように刈られていて、肌に皺は一つも無い。
「はい。初めまして、お爺様」
スーツ姿のベザルちゃんは、一礼すると執務机の前まで進んだ。
お爺ちゃん。
金色の複眼、人間の顔という点だけは似ているが、他は似ていない。と言うか、お爺ちゃんというには肌がつるつるだ。
逆に、手とか首筋とかの外骨格に当たる部分は、色褪せて枯れ木っぽく、年齢を感じさせるが。
「……確かに、ユームの面影がある」
「自分では、分かりませんが」
「苦労をしたのではないか? 追い出したワシが言う事でも無いが」
「はい。苦労はしました。この身体ですので、一時期は荒れました。幸いお爺さまの娘らしく覚えは良かったので、学業では困りませんでしたが」
「……そう、か」
なんとも言えない表情を見せたベザル祖父は、メガネを外してベザルちゃんへと問いかける。
「それで、何をしにここへ? ワシの娘だというのなら、ただ会ってみたいと言う理由だけでわざわざここまで来たわけでは無いのだろう?」
「はい、その通りです」
「用件を言え」
「カムナ統一惑星に関して」
えぇー……、と内心で引いたのは当然だと思う。
『初めましてお爺様』からの淡々とした会話だ。
普通孫は可愛いって言うのにさほど反応してないし、ベザルちゃんも『話が早い』って感じの対応でしか無いし、カザーダ人ってみんなこんな感じなんだろうか。
「……何故、知っている」
「この惑星で動きがあるとは、聞いていましたので」
「それで、ここまで来たと? 一体、いつから情報が漏れていたと言うんだ……」
苦々しく呟かれた言葉に、ベザルちゃんの手が僅かに動いた。
ベザルちゃんは、カムナ統一惑星と惑星カザーダが開戦間際と言う事をまだ知らない。
驚くのも当然だ。右手首に巻いた通信機から見上げる限りでは、その表情に僅かな変化も無いけど。
「まぁ、いい。分かっているのなら、すぐに戻れ」
「何故ですか?」
「戦火が及ぶ予定は無いが、不測の事態は常に存在しうる。民の動きも同じだな。予想が付かん」
「……なるほど」
淡々と答えるベザルちゃんが動揺していると分かるのは、私がその腕に巻かれたデバイスに入ってればこそだ。
僅かな震え。それが無ければ、まるで全て理解した上でここにいると錯覚していた事だろう。
「では、メリットは何なのですか?」
「民を見れば分かるが……来たばかりだったな。要するに、世論だ」
「世論で戦争、ですか」
「そう睨むな。お前には分からんだろうが、この惑星に住む者の民族性的に仕方の無い事なのだ」
「睨んでません」という呟きは、私にだけ聞こえた。
ベザルちゃんは、これで案外繊細なのだ。単に表情があんまり動かないってだけで。
私としてはそこも可愛いと思うんだけど、初対面で理解はできないだろう。
「極論を言えば戦闘民族。あいつが悪い、自分は被害者だと叫んで、暴力を振るう機会を伺っているのだ。大抵は大統領――今ならワシを吊り上げる事で落ち着くのだが、吊られる機会を逸してな」
「お爺様……」
「ワシが吊られていたとしても、遅かれ早かれこうなっていた。根拠の無い自信に身を焼く民を落ち着かせるには、相応の被害を出さざるをえんのだ」
ベザル祖父も、確かに王だった。
カザーダ人のイメージからはかけ離れた、まともな王。
歴史には無能として記されるだろうが、確かな考えの基に下された決断だ。それを成せるというのは、尊敬に足る存在だと言えるだろう。
『良いお爺ちゃんね』
思わず漏れた言葉に、ベザル祖父は機敏な動作で銃を抜いた。
リボルバーだ。
この時代にリボルバー。銃自体は第十層でもよく見かけるし、電脳世界ならリボルバーも珍しくは無いけど、現実では初めて見た。
「カナメさん……」
『ごめんごめん、つい』
「……申し訳ありません、お爺様」
ベザルちゃんは、一礼すると右手を前に出した。
姿を現せって事だと受け取って、私はスクリーンを起動して姿を出す。
今回は全身。傍から見れば、ベザルちゃんの右腕に乗ったセーラー服の小人に見える事だろう。
『初めまして、大統領。私はアマガサ・カナメ。永遠の十六才です』
「……AI、か?」
「お爺様。この方は私の主です。姫様が挨拶された以上、返すのが道理かと」
「主っ!? いや、待て、待て」
ベザル祖父はバサバサッと書類の束を床へと落としながら受話器を手に取り、口を開いた。
「三十分延長しろ。誰も入れるな。いいな?」
そう告げて受話器を置くと、一応程度に立ち上がって口を開いた。
「挨拶の前に、聞きたい。AIでないのなら、どうやって接続している?」
『あ、阻害障壁ね。カムナ統一惑星に張ってあるのと同じでちゃんと機能してるわよ? 私が異常ってだけだから気にしないで』
「随分と馴れ馴れしいな」
「お爺様っ!」
「黙れベザル。大統領として、侮られるわけにはいかんのだ」
まぁ、それは尤もである。
『侮ってるわけじゃ無いのよ。単に全く関係が無いってだけで』
「それを侮っているというのだ」
『そんな睨まないでよ。えっと……あぁ、そうだ。この世界にも脳ドックあるでしょ? それになった人って、こっちの世界の人には興味持たないってのと一緒』
「……なんだ、あんなモノに成り下がったクズか」
吐き捨てるようなその言葉に、場の空気が凍った。
「姫様。こんなアホウが治める惑星など滅ぼしましょう」
「べ、ベザル……?」
「えぇ、皆殺しです。このような血、残してはおけません。全員殺した後、私も死にますので」
『ベザルちゃん、抑えて抑えて』
「無理です。まずはこの老害を血祭りに上げます」
『落ち着けっ!』
思わず叫んで、大きく息を吐く。
まぁ、単なるポーズだけど。
『ベザルちゃん、そこまで過激だった?』
「姫様を愚弄されれば、誰だって怒ります」
『あ、うん。……嬉しいけど、こっちは現実だから。ね? 落ち着いて』
「……命拾いしましたね」
実祖父に対して、見下すような目付き。
……こんな怖い子だっけ? もうちょっと、あの十層の奴らにしてはマシだと思ってたんだけど。
『ねぇ。女神教とか言うの、入ってないわよね?』
「入ってますが」
『入ってんのかよっ! も~、抜けようよあんな邪教』
「嫌です。あれほど為になる教義は、この世に二つと存在しません」
『そんな事無いよっ!? っつーか新興宗教じゃんっ! やめよーよ~』
「嫌です」
実際何をやってる宗教なのかは知らないけど、レビレグも入ってるって言うし、元凶はあの宗教なのかもしんない。
女神として祭り上げられてるのは私なんだけどねっ!
「あ、あー……すまぬ、言葉が過ぎたようだ」
「全くです。私で無ければ、今頃惨たらしく殺されてますよ」
『どんな奴らが所属してんのあの宗教っ!』
思わず突っ込むも、ベザルちゃんは反応してくれる事も無く一歩前に出た。
「姫様の侮辱はなさらぬように」
「分かった、すまぬ」
『いーのいーのっ! 気にしないでっ! ホント気にしないでっ!』
「だが、ベザルが主という方だ。少なからず敬意を払うべきであった。……この惑星で大統領などやっていると、毒されていかんな」
ぽすんと椅子に座った祖父に、やっとベザルちゃんは雰囲気をいつものモノへと戻した。
「分かっていただけたのなら、いいのです」
「うむ。それで、カナメさんとか言ったか。何用でここに?」
『や~、どういうシナリオか気になっちゃって。星王を始め王子達も無事だけど、問題ないの?』
「……そこまで把握しているのか」
ベザル祖父は顔を顰めたモノの、小さく首を振ってから言葉を続けた。
「まぁいい。……関係ないのだよ。重要なのは、一時的にでも第二王子が王の座に座る事だ」
『えっと……話してくれるのはありがたいんだけど、いいの?』
「宣戦布告は成された。民が声を上げるよりも早く調整は始まり、想定数まで減る事になるだろう。転がり出した岩は、もう止まらん」
『開戦さえ出来ればどうでも良かった、か』
「そう言う事だ」
通りで王様への追っ手が少ないわけである。
『でも、カムナの方は何が目的な訳?』
「同じだよ。人口が多い分、あちらの方が尚酷いのだ」
『酷い?』
「そうだ。ポイントによる差別化で誤魔化してはいるが、社会福祉が機能しなくなりつつある。州ごとで管理しているのも、現状では裏目に出ているようだな。州による格差が大きく、富豪ほど中央へと向かいやすい。その結果税収が低下し、中央は中央で宇宙要塞の維持に莫大な費用がかかり、慢性的な赤字だ」
『それでこんな暴挙に?』
「協力している立場として言わせて貰えれば、暴挙では無く英断だ」
国を憂うからこそ、犠牲を強いる。
地球の歴史でも、そー言うのはあったのかも知れない。、
目立つのは独裁者で、大体ヤバい事してるからピンとこないけど。
『ま、別に良いんじゃ無い? 理由があるなら』
「いいんですか?」
驚きの声を漏らしたのはベザルちゃんだ。
「カナメ様は、止めるとばかり……」
『そこまで高尚な人間じゃ無いわよ』
私は、ボランティア程度ならしてもいいと思うけど、何かを反対と声高に叫ぶような人間じゃ無い。
反対するのはいいと思う。
けど、そこに対案が無い反対は、無責任だ。
『これは、それぞれの惑星に関わる問題。だから、私が手を出すような事じゃない。……まぁ、ベザルちゃんが強制徴兵されるとかだったら、全力で止めるけどね』
「姫様……」
ベザルちゃんが、ふにゃりと笑った。
こんなに嬉しそうな顔は初めて見る。素直にびっくりだ。
と、ベザル祖父がくっくっと喉で笑った。
「まるで、止められるかのような口ぶりだな」
『止めれるけど』
「……冗談はよせ。何億と犠牲にすると言うこの状況でその発言は、不快だ」
『うん。でも、宙海戦なら止めれるのよね。銃とか剣とか持って殺し合いだったら、止めれないけど』
「本気か?」
「お爺様。カナメ様は、それが出来るから姫様なのです」
何故か胸を張るベザルちゃん。
レビレグほどイラッとしないのは、無表情だからだろう。今はまだ頰が緩んでるけど・
「そ、そうか。凄いな」
『いいわよ、信じなくて。ただ、落としどころで協力が必要なら声をかけて。そう言う理由がある戦争を止める為だったら、協力してもいい』
私は善人じゃ無い。
見も知らぬ所で人が死んで、悲しんであげられるような高尚な人間でも無い。
だから、戦争反対とも叫ばない。
そこに理由があるのなら、尚更だ。
まぁ、そこで私の知り合いが巻き込まれるとかだったら、全力で止めるんだけども。
『ベザルちゃんは、まだこの惑星にいるのよね?』
「帰りの切符をまだ買っていませんので、少なくとも数日は」
『じゃ、連絡方法教えておいてあげて』
「かしこまりました」
『じゃ、そー言う事で。頑張ってね』
大統領に対して軽すぎるとは思うけど、どうしても普通の対応になってしまう。
夢の中なら有名人相手にもの凄く緊張するんだけど……たぶん、現実が私にとっては偽物みたいな感じだからだろう。
何をされても、何の痛痒も無い。
だから私は、王であっても、大統領であっても、普通に対応してしまうんだろう。
問題は、そのことに反省も後悔も無い事なんだろうけど……うん。まぁいっか。
そんな風に軽く考えて、私はレビレグの元へと戻ったのだった。
「まずは、この三人に連絡を取って欲しい」
『それは良いけど、内容は?』
「私達が生きていると言う事と、出兵しないようにと言う内容だ」
『公表はしないんだ?』
「……宣戦布告が成された今、内乱まで起きれば滅びかねん。民の為にも、当面は身を隠すしかあるまい」
苦々しく告げられる王の言葉に、私は素直に感心していた。
やっぱ、為政者って凄い。
私が同じ立場なら、身に起きた事全てを電波に乗せて語っていた事だろう。
民の事を考えられるってのは、やっぱり上に立つ者としての教育を受けた結果だ。
だから、第二王子達も間違ってはいないと思う。
それが、今を見ているのか、未来を見ているかの違いというだけで。
『分かった。じゃ、メールで』
「直接話せはしないか?」
『ん~……無理ね。私がジャミングの範囲外まで出て、メールを送るって形だから』
例えるなら、ジャミングは雨だ。
私は傘を差して歩けるから濡れないし、ちゃんと配達員が来るポストに投函できる。
けど直接話すとなると、雨が降っていない場所にあるスピーカーまで配線剥き出しのコードを引っ張るようなもの。不可能じゃなけど、そこまで屋根を引っ張らないといけないし、私的に言うなら雨雲を吹っ飛ばした方がまだ楽だ。
要するに、ジャミング発生装置の破壊。
それをすれば伝言の必要は無いし楽だけど、勿論やらない。
これは、彼らの問題だから。
手伝うと宣言した範囲だから手伝う。それ以外を手伝うつもりは無い。
冷たいかも知れないけど、現実の出来事だからね。仕方ないね。
『一応、王族からの連絡って分かるように現在の映像も付けとくから』
そう告げて、さっと送信。
『で、今後はどうするの? 身を隠すだけ?』
「情勢による。まずはこのジャミングが解けるまで待ち、信頼できる有力者と接触するつもりだ。最悪の事態に備え、手勢を集めておく必要がある」
『そ。じゃ、頑張って』
「うむ。世話になった」
ここで縋らないのは好感が持てる。
逆に、レビレグとカトレアちゃんはもの凄く寂しそうな顔だ。
「ひめねーさま、行っちゃうの?」
『落ち着いたら、レビに案内して貰って第十層においで。絶対とは言えないけど、きっと会えるから』
「ほんと?」
『あそこでお仕事してるからね。それじゃあ』
「うん、ばいばいっ!」
カトレアちゃんに手を振り返して、私は電脳世界へと潜る。
後は、彼らの仕事。彼らの未来だ。
……うん。でもカトレアちゃんにはちゃんとチェックを入れておくけど。
依怙贔屓上等。私は、私を慕ってくれる人、親しくしてくれる人を失いたくないのだ。
なので、女神教信者だって上がってきている名簿に関してもチェックを入れてある。
電脳世界で、名簿と一致している人物だけではあるけど、検索すればどこにいるのかすぐ分かるようにしているのだ。常時監視しているわけでも無いけど、今回みたいな大規模な人災なら、助けられる可能性もあるから。
女神教なんて滅びろ、と言う気持ちはある。けど同時に、『仕方ないにゃ~』という気持ちもあるのだ。
ぶっちゃけると、私は我が儘な人間って事だ。
まぁ、脳だけなんですけどもね。
翌日には開戦に至った戦争は、すぐに銀河系全域だけでは無く、他の銀河系ですらニュースになるほどに大きな被害を出した。
当初は宣戦布告からの開戦までの早さ、戦火の大きさから『電撃宙戦』と呼ばれたカムナ統一惑星宙域宙海戦は、、惑星カザーダとの中間地点まで戦線が移動した頃には、『正道戦争』と呼ばれるのが一般的になっていた。
その理由は一つ。
両陣営共に、惑星に対する直接攻撃を行わなかったからだ。
現代戦争ではありえない、戦争を長引かせるだけの行為。
だがそれを、各惑星系メディアは英雄的な行為だと褒め称えるかのように報道した。
その報道が、人的被害をより広げているとも知らずに。
……両陣営とも、上手くやったもんである。
戦争だというのに、あっちの惑星が悪い、こっちの惑星が悪いと言う報道が殆ど無いのだ。逆に、両惑星に対する評価が上がっているほどである。
特に、カザーダ人に対するイメージはうなぎ登りだ。
まともに戦っている。敵惑星に直接攻撃を仕掛ける事も無い。
たったそれだけであっても世間の認識を覆せてしまうほど、、カザーダ人の評判が悪かっただけともいえるけど。
「両方とも、凄いわね」
「はい。姫様より真実をお聞きした際は驚きましたが……それを差し引いて尚、驚嘆に値する手腕かと」
そう答えつつ恭しくカップを差し出してくるのはセバスチャン。
元の名前は違うらしいけど、『姫様の執事になれたのだから』と改名までしたお馬鹿さんである。
魚人と言われる人種だが、顔は鳥のそれに羽毛を鱗にした感じだ。身体は人型で、鱗で覆われている点と指の間に水かきがある点を除けば人間と大差ないように見える。
「両軍合わせて、死者億越え。被害総額は天文学的な数字になるでしょうが、それを実感させる凄惨さが無い。……宙海戦の弊害とも言えるでしょうな。今回は、それを利用しているようですが」
セバスの言葉通り、宙海戦だという事実がメディアにエンターテイメント的な報道をさせている。
一回の爆発で数百、数千という死者が出ようとも、映像としては綺麗な物でしか無いのだ。無関係なら尚更で、視聴率を集める為に実況まで行われているほどだ。
不謹慎だと声を上げる者はいるのだが、その為に行動する者はいない。まぁ、そんなもんである。
「どうなると思う?」
「さて。……あえて発言させていただければ、両惑星共に想定以上の成果を上げたとみるべきでしょう。落としどころは、指導者の死かと」
「そうなるわよねぇ。惑星系外からの支援が凄い事になってるみたいだし」
でなければ、一週間と戦線は保たなかっただろう。最初の一当てで、それほどの被害が出たのだ。
だが、メディアを筆頭に、様々な惑星から多額の寄付、物資の搬入が相次いだ。
裕福な惑星では賭け事の対象にもなっているらしく、代理戦争的な様相を呈してきているのだ。
その辺りまで考えていたかどうかは兎も角、両惑星共に犠牲に見合った特需に湧いている事は事実。
そのせいで、停戦できなくなっているのかもしれないけど。
「……指導者が死んだだけで、済むのかどうか」
「難しい所ですな。ただ、最低条件としてそれは必須でしょう」
「よねぇ」
あれから一ヶ月。
惑星間では延々(えんえん)と戦闘が続いている。
惑星自体に被害は無い――と言う事は無く、当初は自軍の艦を落とす事で被害を出していた。事故を装う事で、国害足る企業を狙って落としていたのだ。
だが、今やそれもない。
恐らくは、想定以上の速度で死者が出て、更に想定以上に多くの支援を受けてしまったからだろう。
ちなみに、カトレアちゃんやベザルちゃん、レビレグは無事だ。女神教の信者に関しても、自発的に兵になった人以外に被害は無い。
計画された事故なら対応は出来るので、ちゃんと避難指示を出して上げたのだ。
……うん。今となっては見殺しにしとくべきだったとは思ってるけど。
「姫様がお悩みになるのであれば、我らが対応いたしますが?」
「その我らに悩んでるんだけど」
「……? 女神教ですか?」
そう、女神教。
それこそが問題だ。
何せ、当初はカムナ統一惑星に三桁、惑星かザールには二桁しかいなかった筈なのに、今や十万規模で存在するのだ。
ヤバい。
避難指示を出したのがマズかった。
まぁ、気持ちは分かる。
実際に、言葉があったから救われたのだ。どうせ入るならそんな宗教にもなるだろう。
ホントに、失敗した。
そう私が落ち込んでいると、久しぶりにベザルちゃんが姿を現した。
メイド服を着てはいるけど、珍しく扉の開け方が乱暴だった。
「ベザル様。本日は、私の担当ですが」
「申し訳ありません」
有無を言わさぬ謝罪に、セバスが黙る。
無表情ながらも鬼気迫る雰囲気を纏っているのだ。私が同じ立場だって黙る。
っていうか、逃げると思う。
「姫様」
ベザルちゃんは私の手を取ると、そこに額を付けた。
「どうか、お爺様をお救い下さい」
「緊急なの?」
「はい」
「分かった」
キツく握られた手を解き、私はセバスへと右手を縦に上げた。
「そー言うわけだから、ごめんね」
「全ては姫様の御心のままに」
「姫様になってるし……」
そこは女神様の方が……うん、どうなんだろう。
元々は『女神様の御心のままに』なんて言われてたんだけど、最近は姫様に置き換わってる事も多い。
さすがにそれは『完全にあたしじゃないっ!』って感じだけど……今となってはどっちもどっちな気がする。女神様ならまだ誤魔化せるかなって思ってたけど、多分もう手遅れだ。
「じゃ、行こっか」
「はいっ」
決意(kつい)を秘めたベザルちゃんの瞳に頷いて、私は電脳世界を後にしたのだった。
『人払いを。姫様が面会なさいます』
『はっ!』
一人は勢いよくそう答えたものの、残りの三人は右腕の一本をを胸に当て、その場に跪いた。
『どうか、拝謁の機会を』
『喋りません。動きません。他言いたしません。どうか、一目だけでも』
『お願いします、ベザル様』
『なっ、裏切り者っ!』
『五月蠅いっ! こんなチャンスを逃せるかっ!』
『俺たちはインプラント手術してねぇんだっ! 見た事あるお前は外で見張ってろっ!』
『そーだそーだっ!』
『なんだとっ!? 俺が伝えてやったからお前等の家族無事だったんだろうがっ!』
『姫様のお陰だろうがっ!』
『テメェの自慢話は聞き飽きたんだよっ!』
『そーだそーだっ!』
『黙りなさいっ!』
ジゼルの一喝。
ここまで、全て金属的な音だったり羽を重ねる音だったりだ。
それを翻訳できる機能があるってのが、現代の凄い所だ。翻訳機能を切ってたら、工事現場にしか思えなかった事だろう。
「お爺様、よろしいですか?」
ベッドへと歩み寄ったベザルちゃんが声をかけた先には、左半身が欠けたベザル祖父がいた。
機器に繋がれているので状態は分かる。
これで延命措置じゃ無くて治療行為。虫人が凄いのか、現代医学が凄いのか。
「構わぬ。……口外は、させるな」
「勿論です。では、貴方は外で警備を。誰も入れないように」
ベザルちゃんの言葉に、裏切られた男性は愕然と顎を開いた後、派手に羽を重ね合わせた。
超音波のような音が響く。
だがベザルちゃんへの文句では無かったようで、素直に部屋を出て行った。
「では、姫様」
『はいはい。派手にやられたわね』
「あぁ。……また、死にぞこなったわ」
『前線に出たの?』
「シナリオ通りならば、それで、終わりだったのだが……な。あちらも、大変らしい」
笑おうとして、大きく咳込むベザル祖父。
宙海戦の現状から、裏切ったとか騙されたとか言う気持ちが出てこないのは、まぁ当然だろう。
「……はぁ。頼む、戦争を、止めてくれ」
『落としどころは?』
「好きに、してくれ。この戦争は、もう、ワシ等の手を、離れた。……離れている事すら、気付けなかったのだ」
つと、ベザル祖父の瞳から涙が零れた。
「情けない。未来を、憂い、犠牲を、強いて……結果、現在すら、ままならん」
『ま、現実ってそんなもんだしね』
願いました。
頑張りました。
行動しました。
それで結果が伴うなら、誰だって幸せになってるって話だ。
私だって病気で死ぬ事は無くて、とうの昔に死ねていた筈。
それが、現実。
ままならない現在を生きて、確固たる過去が残り、暗闇に満ちた未来へ続く。
それでも現在が過去になって道が残るから、暗闇の中でも進めるのだ。
だから、為したベザル祖父には同情しない。
『その地位に上り詰めたってだけで、満足しときなさいな。好きにしていいってんなら、私が好きに片付けるから』
「……厳しい、な」
『自覚してるんでしょ? 責めはしない。けど、犠牲を強いたならその分、苦しみなさい』
無関係な一般人としては、至極真っ当な意見だと思う。
なのに、ベザル祖父は残った手で顔を覆うと、奥歯を噛み締めて泣き始めた。
……そんなキツい事言ったかな?
まぁ、いっかっ!
ベザルちゃん繋がりでしか無いので簡単に切り替えて、私はベザルちゃんへと笑顔を向けた。
『じゃ、好きにしていいって許可を貰ったけど』
「はっ。姫様の御心のままに」
『うん。でも、ベザルちゃんの御心が大事なんだけど』
「……はい?」
首を傾げるベザルちゃんへと、ニンマリと笑って見せる。
私は知っているのだ。
国と国の仲直りに、どーしらたらいいかを。
小説で読んだし。
『ベザルちゃん、結婚しない?』
翌日。
『と言う事で、レビが受け入れてくれれば落としどころになると思うけど』
「……は?」
ポカンとしたレビへと、歩み寄ってきたベザルちゃんが右手を差し出した。
「よろしければ、結婚して下さい」
「え、いや、はぁっ!?」
これだけ戸惑うレビを見るのは初めてだ。
頑張った甲斐があった。
昨日話がついた段階で、すぐに航行船を手配。超速を謳う星間航行機にたんまりとお金を支払って、統一惑星カムナに入星したのだ。
当然だけど、経費はかカザーダ持ちだ。
事前に面々が第五州の≪ディアホーム≫本社にいることは調べておいたので、直行。
その結果、翌日にはプロポーズ。
丸一日以上経過しているので、窓から差し込む光はもう赤い。
それが、中々良い雰囲気を演出している。
まぁ、当人は戸惑うばかりだけど。
「け、結婚っ!? でも、ベザルさんの気持ちがっ!」
「まんざらでもありません」
「無表情でそれ言うっ!?」
「玉の輿ですし」
「黒いっ!」
「外見も、好みですよ?」
「お、う、うん。あ、ありがとう」
対外的に結婚してくれれば良いとはベザルちゃんに伝えておいたんだけど、案外気になってたのかもしんない。
「おめでとう」
「父様っ!?」
「おめでとう」
「レグまでっ!」
「めでたいな、うん」
「兄様までやめてくださいよっ!」
パチパチと始まった拍手にレビが突っ込むものの、拍手は大きくなるだけだ。
ちなみに、カトレアちゃんも笑顔で拍手してたりする。きっと、あんま理解してないんだろう。
「ってか、ベザルさんっ! ホントに良いんですかっ!?」
「はい」
「でも、性格とかの、内面的な……」
「私は、見ていました」
ベザルちゃんは、間近にあるレビの瞳を覗き込む。
「仕事ぶり、人当たり共に良好。姫様に傾倒している節はありますが、その点も含め、素晴らしい方かと」
「うっ」
「レビさんは、私では不満ですか?」
「そんな事はないよっ!」
思わずといった感じでそう声を上げたレビは、顔を真っ赤に染めて俯いた。
「そ、その……ボクも、見てたし」
「でしたら」
「待ってっ!」
ベザルちゃんの言葉を遮ったレビは、真っ赤な顔のままに彼女の手を取った。
「ベザル、さん。ボクと、結婚してください」
「……はい」
心なしか、ベザルちゃんの頰も染まっている。
良縁結んじゃったのかな?
パチパチと拍手が大きくなり、レグのカムドがレビと肩を組み、カトレアちゃんがベザルちゃんにしがみつく。何か楽しそうだ。
そんな中、王だけが部屋の隅に展開した私の映像へと歩み寄ってきた。
「昨日の今日で、良く辿り着いたものだ」
『交戦宙域以外は安全そのものだしね。受け入れだって際限なくやってるし』
「そう、だったな。故に戦争は終わらぬ、か」
『それを終わらせる為の一歩としては上々でしょ。そっちは?』
「うむ。どうにかモームとは連絡が取れたが、随分と消耗していたな。軍部の独断が酷いらしい」
『……王制なのに?』
「状況の問題だな。アベイドが甘いだけとも言えるが、戦時中は必然的に軍部の権威が高まる。メディアが煽り立てているのも問題だろうな。……本来なら処分して然るべきではあるのだが、その結果軍機能が崩壊する事を恐れているのだろう」
『あー』
第二から第四王子までは全く興味ないのでチェックしていない。
大変なんだろうけど、こっちとしては関係ない事だ。
「それで、両軍部に対してはどうするつもりだ? 民意を得ようと、軍は止まらん」
『暴力には暴力。正義に酔ってるなら、それを利用するだけよ』
「ほぅ?」
『まぁ兎に角、そっちはメディアを使って広域通信の用意。そうね……二十時間後に開始で良いんじゃ無い? 結婚報告』
「……ん? 根回しは必要であろう?」
お偉いさんの結婚とも成れば、それが普通なんだろう。
けど、それだと遅すぎる。
ベザル祖父からは好きにして良いと言質を取ってあるのだ。ここは好きにやらせて貰おう。
『交戦宙域が見える位置で、堂々と発表しちゃえばいいわよ。それっぽい事言って、停戦求めれば』
「しかし、それでは」
『武力は私が担当する。決闘とでも言えば、正義の酔ってる馬鹿共は乗ってくるでしょ? そこにメディアも巻き込めば、言い訳なんて出来ないだろうし』
「……勝てるのか?」
『当たり前でしょ? 問題は、私が勝つだけで纏まるかどうか。それは貴方次第よ? 王様』
「ふっ。……ならば、女神に頼るとしよう」
王は頰を緩めて、騒ぎの中心にいる二人を見つめた。
「願わくば、彼の者達に女神の祝福があらん事を」