第二章 王族会議
キャーッ! っと、とんでもない歓声が響き渡った。
第三州王城前。
カムナ王家では、王族会議の際に王城前で姿を見せ、王族としての権威を国民へと示しつつ王城まで歩くというのが通例になっている。
その為、王子が姿を見せれば歓声が起こる。
それはいつもの事。
権威に対する歓声というのも確かなのだが、王族という時点で美形揃いなのだ。
百代と続く王家は、象徴ではなく力ある主導者として国のトップに君臨し続けている。必然的にその時代で美しいとされる人物が嫁、婿として迎えられ、結果的に見目麗しい者が殆どとなっている。
だからこその歓声なのだが、今回はそれが、一回り以上も大きいものだった。
馬車を降りた黒髪の執事。
その姿に悲鳴じみた声が上がり、彼が手を取って王子を下ろした瞬間に爆発じみた歓声が響いたのだ。
そんな国民にレビは笑顔で手を振って、護衛二人を先頭に歩き出した。
「……とんでもなかったね」
「殿下。会話はお控え下さい」
「くっ。……そのすまし顔も、ズルい」
「お黙りなさって下さい」
「ぷふっ」
必死で笑いを堪えるレビを前に、レグは平静そのものの顔で続く。
執事としての同行だ。他には、秘書に書記官、侍女が二人。護衛は先頭を進む二人を含め全六人。肉眼では見えないが、狙撃対策に護衛六人によって周囲にシールドが展開されている。
馬車から開かれた王城の扉まで、三十メートルほど。
城にしては短い前庭だが、この惑星にとっての王城とは今や議事や社交界用の箱物。本邸は王城の先にある為、本当の意味での前庭は、王城から見た後庭にあたるのだ。
なので、王城の前庭自体は質素な作り。
権威を示す為、城自体は立派な物なのだが。
城に入ると赤い絨毯が敷かれており、豪華なシャンデリアが玄関ホールを照らしていた。
「やぁ。良く来てくれたね、クルレド」
階段の下で待っていたスーツ姿の男が、笑顔と共に両腕を広げ、レビを迎えた。
「お久しぶりです、ジュリオ殿下」
「あぁ、本当に久しぶりだ。三年ぶりかな?」
親しげな様子で一度レビを抱きしめると、その肩に手を置いて言葉が続く。
「また背が伸びたね。男らしくなった」
「ありがとうございます」
「ははっ。じゃあ行こうか。後は第一王子待ちさ」
「それは……。遅れてしまったようで申し訳ありません」
「何、気にする必要は無いさ。馬車でかかる時間も分からなかったんだろう?」
「お恥ずかしながら」
「はははっ! 全く、古くさい仕来りには困ったものだよ」
二階へと歩みを進めながら、ジュリオは言葉を続ける。
「今どき馬車だからね。道まで封鎖して、理解に困る」
「伝統なれば、仕方ないかと」
「そう、伝統は大事だ。時代錯誤な点を除けばね」
立場的に第五王子を下に見ている素振りはあるが、随分とご機嫌なジュリオ。
その饒舌さに、レビは内心で辟易しつつも笑顔を張り付けて頷いていた。
「あぁ、準備は必要かい? それなら会議室に行く前に、控え室に案内するけど」
「お気遣いありがとうございます。ですが、問題ありません。……君たち、控え室は分かるね?」
レビの言葉に侍女二人は頭を垂れると、その場に足を止めて廊下の脇へと下がった。
護衛六人は玄関で待機済みだ。
何せ、今王城にいるのは人口百億人の王。第三王城の主である第三王子の私兵ですら一階フロアを警備するにとどまり、警備の主導は国王陛下の近衛が握っている。
ジュリオに言わせれば、時代錯誤な全身鎧姿。彼らは廊下にも点在し、過去の時代を感じさせる。
だがその性能は現代に適応した物で、実際は軽量化を施したパワードスーツだ。防衛戦力としては、十分すぎるほどの性能がある。
「それで、ジュリオ殿下。どのようなご用件でしょう」
「……ははっ! 察しが良くなったようで兄として誇らしいよ」
僅かに目を見開いたジュリオは、それを誤魔化すように笑みへと戻し、レグ達を一瞥した。
「あぁ、彼らはボクの秘書と書記官、筆頭執事です」
単なる執事では無くなっている事に戸惑いつつも、他二人に続いてレグは頭を下げた。
「では、少し待っていてくれるかな? 殿下」
「ホント、察しが良くなったね」
嬉しそうな笑顔を浮かべるジュリオに、レビも笑顔を返して廊下の先へ。
二人が話していたのは十分程か。
その場でジュリオは先へと進み、レビだけが戻ってきた。
「ホゥラ、モブ。先に行って側近としての挨拶を。ボク達もすぐに行くよ」
「「畏まりました」」
二人は一度頭を垂れてから、ジュリオが向かった方へと進んでゆく。
その二人が十分離れてから、レビは張り付けていた笑顔を消して大きく息を吐いた。
「あの二人、側近なんだろ?」
「クルレド王子の、ね。信用は出来るけど、友達じゃ無いし」
「……で、そんな嫌な話だったのか?」
「単に疲れただけだよ。嫌な感じはするけど」
レビに促され、レグも足を踏み出す。
「一つは、メラド先生の作品に関してだね。ボクには関係ない、≪ディアホーム≫の話だから、手は出せないと伝えておいたけど」
「まぁ、道理だな」
「で、もう一個が、法案の改正なんだけど」
憂鬱そうにレビは首を振る。
「ハッキリとは伝えて貰えなくてね。この国の為に法改正を提案するつもりだから、賛成して欲しいって」
「……それだけじゃ、答えようがないな」
「そうなんだよねぇ」
顔を顰めるレビ。
その様子に首を傾げ、レグは疑問を口にする。
「で、嫌な感じってのは?」
「言ったと思うけど、ボクはカザーダ人に殺される。そのきっかけが彼、ジュリオ第三王子って事だけは分かってるんだ。……で、今回のがそのきっかけになりそうで、ね」
「……占いとか何かか?」
「まぁそんなもんだよ」
軽い口調で返してきたものの、その目は確信していた。
予想や予感ではなく、絶対に起こる未来なのだと。
それが分かったからこそ、レグは暫く考えてから口を開いた。
「断ると、そうなる?」
「それが分からない。分かってればもう少し楽だったんだけどね」
「……っつーか、殺し屋に狙われてるってのも確定だったわけじゃないのか」
「その点に関しては、ちゃんと言ったよね? 殺し屋に狙われているみたいって」
「あー。……まぁいいけどさ」
怒るほどでも無いと、肩を竦めるレグ。
その様子に、レビは苦笑する。
無駄に悩んでも仕方が無い。それが二人の共通認識だ。
「じゃ、頑張ろっかな」
「おう。黙って立ってるよ」
「ははっ。うん、頼もしいよ」
そんな会話をしながら、二人は廊下の先にある巨大な扉へと向かっていった。
ルブド・デビ・カムナ・ルビ・レイ皇帝陛下。
円卓の最奥に腰を下ろすその人物は、誰が見ても一目で王都分かる服装に、威厳を纏っていた。
レビと同じ青い瞳ではあるが、その目を向けられただけで身が竦むほどの鋭さを伴っている。
だが、老人だった。
六十を過ぎたばかりとは思えないほどに嗄れ、痩せ細っている。長く伸ばされた白い髪、同色の髭で誤魔化していても、重病患者のように肌色が悪い。
だが、不調は感じられない。
その口から紡がれる言葉は重々しく、だがハッキリと鼓膜に捉えられるほどに良く通る。
そんな王の御前だからか、会議は粛々と進められていった。
それぞれの秘書、または宰相から各州の財政状況などが伝えられ、州政府として行った政策などの報告。起きた問題や今後の対応などが語られてゆく。
レグが事前に聞いていた通り、そこに家族としての情や馴れ合いは存在しなかった。
それぞれに州政府の代表として、或いは王子として、自分が成した成果を織り交ぜながら報告を済ませてゆく。
例外は第四王子。
見た目こそレビ同様に整っている物の、無精髭を剃りもせず、身だしなみも高い衣服とは思えないほどの雑な着こなし。付き人もおらず、『特に変化はありません』というやる気無い報告だけだった。
自分の成果を誇らないと言う意味ではレビも同じだったが、ちゃんと資料は配付してあるし、数字で変化も説明している。州政府の代表としての責務を果たしていないと一目で分かるのは、彼ぐらいなものだろう。
ちなみに、出席している第五王子まで全員男だ。
レビの後に産まれた第一王女が存在するらしいが、中央州にある統一王城の離宮にて療養中らしい。
レグが知っているのは、その程度だ。
「うむ。では、報告は以上で良いか?」
王の言葉に、全員が一つ頷く。
そして、ジュリオが手を上げた。
「……どうした? ジュリオ」
「はい。一つ提案があります」
「提案?」
「はい。我が国のより良い未来の為に、必要と思われる提案。法改正です」
「ふむ。……続けよ」
王の言葉にジュリオは頭を下げた。
「ありがとうございます。では、まずは我が国の現状確認から行いたいと思います」
そう告げると、部下が資料を配って回る。
「既にご理解いただいている内容にはなりますが、簡単に纏めたものです。人民は減少傾向にあり、財政に関しては領土の狭い第五州意外は赤字。これは主に貿易赤字が原因と思われます」
「うむ」
「食糧自給率に関しての問題もありますが、それ以上に問題は資源でしょう。安く資源を仕入れ、かつ人口増加を望める手段が一つあります」
そこでジュリオは一度言葉を止めると、周囲を見回してから王を見つけ、ハッキリと告げた。
「惑星カザーダとの同盟です」
「巫山戯るなっ!」
声を上げたのは第一王子、カムド。
王自身も、承服しかねると眉間に皺を寄せている。
「あんな蛮族共と手を組むだとっ!? 正気とは思えんっ!」
「同盟に賛成」
「なっ!? アベイド、正気かっ!?」
「カムド殿下。資料の最後を見て下さい。同盟によるメリットは、我が国にとって大きな物かと」
第一王子カムドは、第二王子アベイドの言葉に顔を顰めながらも資料へと目を落とす。
アベイドは若干緑がかった髪の色。三十代前半程の外見で、頰の辺りから後頭部付近までが赤い鱗で覆われている。レビと兄弟と言える点は美形という大枠ぐらいで、青い瞳こそ同じなのだがその瞳孔は縦に伸びていた。
対するカムドは、三十代後半の精悍な男性。日頃鍛えているのか長身には十分な筋肉がつき、クビまで太い。笹のような長い耳だけが線の細い美形だったという面影を残している。
「……ジュリオ。こんな予想が、実現できると本気で思っているのか?」
「州政府として場を設け、打ち合わせた上での数字です。正式に国として打診すれば、多少の上下はあるでしょうが概ねこの辺りの金額で落ち着くかと」
「信用できんっ!」
「その点は重々承知です。ですが、実際に話した結果がその数字なのです」
「カムド殿下。この値段で資源を輸入できれば、再び黄金の時代を迎える事が出来るかと」
「アベイド。……お前、幾ら貰った」
「失礼な。私は、国の為を思えばこそ」
「黙れっ! あれだけ虫野郎を嫌っていたお前が賛成するはずが――」
「静まれっ!」
王の一喝に、静寂が落ちる。
立ち上がっていたカムドとジュリオが椅子へと腰を下ろすと、王の視線が第四王子へと向かった。
「モーム。お前の意見は?」
「いいんじゃないですかね?」
「何故だ?」
「ぶっちゃけ、利益になるならどーでもいいかなぁ、と」
非常にやる気無い答えに、王は一つ頷いて残る一人へと顔を向けた。
「クルレド」
「私は……反対です」
「ほぅ」
そう呟いたのはジュリオだ。
だがレビは発言を変える事は無く、その場に立ち上がって言葉を続けた。
「人種による差別は認められるべきではありません。ですが、信用とは長い時間をかけて築かれるモノ。不信も同様、埃のように積み重なってゆく」
そこで一息。
レビは、諦めきったような笑みを浮かべる。
「かの惑星の者は、信頼を暴力で崩し、容易く拭いきれないほどの不信を重ねてきました。殆どの州で入国を規制することで関係を薄めて尚、カザーダ人に対する不信は積もっているのです。現状で同盟と言う事になれば、国家の根底を揺るがしかねないかと」
「それは違うぞ、クルレド。彼らは信頼に足る人物だ」
「ジュリオ。その理由を示せ」
王の言葉に、ジュリオは鷹揚に頷いて席を立った。
「同盟の締結に関わらず、会談を開けば一年分の資源提供を約束してくれています。惑星カザーダで発掘される資源に限りますが」
「……先方のメリットはなんだ」
「メリットと言うより、デメリットでは無いと言うべきでしょうね。かの惑星では、鉱石が大量に眠っています。過去の行いにより輸出対象となる惑星が少ないのですよ」
「ふむ。……つまり、あの惑星の者達が経済に興味を持ち始めたと?」
「話した限りでは。かの惑星では兵器の製造こそ活発ですが、それだけです。食糧自給率も五十%を切っていますので、より良い取引相手を求めるのは当然かと」
「なるほど。確かに、惑星フェラットとは上手くやっているようだな」
「父上っ!?」
カムドの叫びを右手で制した王は、ジュリオへと目を細めた。
「ならば、貿易協定という形で良いのだな?」
「いえ。先方は、同盟を希望しています」
「何故だ?」
「それは、会談を開いて貰わない事にはなんとも。打ち合わせた内容は、先程伝えた事が全てですので」
「……むぅ」
「父上っ! 私は反対ですっ!」
「カムド兄様。私の手柄だというのがそんなに不服なんですか?」
「なんだとっ!?」
そこから始まったのは、会議と言うよりも兄弟喧嘩。
主にカムドとジュリオが怒鳴りあい、王が諫め、アベイドとレビがたまに意見を口にする。
そのまま昼食すらとれずに会議という形をとった兄弟喧嘩は続き、結局進展が無いままその日の話し合いが終わる事になったのだった。
「二日目があるとは、聞いてなかったなぁ……」
「あはは……はぁ。ボクが参加するようになってから、二日目ってのは初めてだよ。まさか、同盟だなんて」
「法改正どころじゃなかったな」
「まぁ、同盟を結ぶ事になればカザーダ人関係の法律を変える必要があるからね。一応、嘘は吐いてないよ」
二人共に疲労しながらも、気楽に話せているのは王城に与えられた一室だからだ。
第五王子の寝室として急遽与えられたその部屋は、広く清潔。日頃使われていないと言うのが嘘のように整えられており、ベットもまさに王様が使うような巨大サイズ。
二人が向き合って座っているソファーも、五人ずつ座れそうな程に大きく、ふかふかだ。
なのでレグは、護衛も兼ねて同室で寝ると同行者達に伝えた。
何を考えたのか、侍女の一人が鼻血を出してぶっ倒れ、もう一人も両手で顔を覆ってその場にしゃがみ込んだが、疲れ切っている他の面々は気にしなかった。
七時間ぶっ通しは、それだけキツかったのだ。
「しっかし、カザーダ人ねぇ。≪廃棄城≫にいる奴はまともだったよな?」
「電脳世界に来てる時点で例外だよ。カザーダ人は、戦い以外で傷付く事を嫌うからね」
「そうなのか?」
「本人に聞いたから間違いないよ。でもって電脳世界を見下してるから、まず来る事が無いんだって」
「……あの人もカザーダ人、だよな?」
レグの疑問に、レビはその姿を思い出して微笑んだ。
「両親がカザーダ人だね」
そんな会話をしつつ、紅茶を啜る。
夕食の食器を片付けるついでに、レグが入れてきた物だ。侍女を連れて来たものの、二人で気楽に話したかったレビがお付き用の部屋に帰したのだ。
「ただ、産まれる前にカザーダを離れてるから、あんまり思い入れは無いみたいだね」
「……何か嬉しそうだな」
「素敵な人だったからね」
「へぇ」
勘ぐったレグはニヤッと笑ってみせるが、当のレビは気にした様子すら無くニコニコ笑顔のままだった。
「論理的に物事を考えられるし、何より表情が良いよね。無表情なのに何か感情の動きとかが分かりやすくてさ。きっと、ボクが恋するならああいう人なんだろうね」
「……他人事みたいに言うんだな」
「残念ながら、これでも王族なんだよ? 自分の感情ぐらい他人事みたいに観察できるし、恋やら愛で人生幸せになれると思ってない」
中々シビアな言葉に、レグは続けようとした軽口を止めて、関係ある事を口にした。
「けど、カザーダ人って評判悪いんだろ?」
「個人的には民族とかで判断しちゃうのは嫌いなんだけど……会議でも言ったように、契約を守らないんだよね」
まるで、紅茶がとんでもなく苦かったかのように顔を顰めて、レビはカップを置いた。
「個人として付き合う分には問題ない。問題は、人種としての特性というか、群れた場合の思考誘導性というか。あの惑星の政治体系で言えば分かりやすいかな?」
その辺りに関して全く分からないレグは、黙って話を聞く。
「一応民主制なんだけど、あの惑星の大統領って十年に一回ぐらいの割合で弾劾されて殺されるんだよね」
「……は?」
「そうなるよねぇ」
思わず漏らしたレグの声に、レビはクスクスと笑う。
「普通はあり得ないんだけど、あの惑星では普通なんだ。群れて、不満をぶつける事で満足する人種と言うべきかな? その対象が管理側に向くのは必然で、管理側だって殺されたくはないから関係を持った他の相手へと矛先を逸らす。それが、一方的な契約の破棄に繋がるわけだね」
「ちょっと、待って。意味が分からん」
スラム出身だからこそ色々と勉強して少しは賢くなったつもりのレブは、額を押さえて首を振った。
色んな人種が存在して、更に大枠で色んな種族も存在する。それに伴って、政治体系も複数存在する事は勉強した。
けど、あまりにも異常だった。
「なんで、それで民主制なんだよ」
「昔は君主制だったみたいだけど、それも国家間戦争が終わるまで。不満をぶつける先が王へと変わって、王が逃げて。で、民主制ってわけ」
「良くそれで機能してるな?」
「そう言う文明なんだよ。『カザーダ人、二人揃えば高く鳴き、三人揃えば世界の敵』ってね。この惑星系では昔から言われている言葉だ」
「それは、なんとも……」
王族のレビがそう言うって事は、事実なんだろう。
「まぁ兎に角、だから関わりたくないってのが一般的なんだよね。今回はそれを補ってあまりあるメリットを提示されちゃってるのが問題なんだけど」
「姫様に協力をお願いするか?」
「……そう、だね。惑星カザーダの調査依頼なら、そこまで迷惑にもならない、かな」
「姫様が、他者を無下にする事は無い。それは、絶対だ」
「ふふっ。うん、その通りだね」
微笑むレビに、レグも頰を緩めた。
「じゃ、やっと俺の出番だな」
「お願い」
「任せろ」
友達だの護衛だのと理由を付けて同行したが、レグは自分が同行者に選ばれた理由をちゃんと把握していた。
電脳世界へのアクセス。
レグに施されたインプラント手術は無線式で、人体に影響があると言われる代物なのだ。
カナメと出会い、救われはしたものの、そのチップは今もレグの脳にある。
手術で取り除く事にリスクがあった為、制御チップを更に埋め込む事で安定化させただけなのだ。
だから、電脳世界へとアクセスできる。
女神と崇める彼の御方の元へと。
瞼を閉じて、意識を電脳世界へと繋ぐ。
だがその瞬間、眼球の奥に激しい痛みが走った。
「ぐっ」
「レグっ!?」
「だい、大丈夫。ただ、アクセス出来なかった」
「チップの異常っ!? そんな、お医者様呼ばなきゃっ!」
「違う。……そう、違う」
餓死寸前まで電脳世界に潜っていたレグだ。何の異常かは、感覚で分かる。
「多分、電脳世界へのアクセスが阻害されてる」
「それって……」
「浅い所までは潜れた感じがした。レビ、デバイスで調べられるか?」
「あ、うん。連絡用の端末があるよ」
レビは小走りで壁際にあるテーブルまで行くと、長方形の土台を持ってきた。
電源を入れると、スクリーンが二つ展開する。一つはキーボード、一つは映像だ。
「テレビはちゃんと繋がる――って、調べるまでも無くニュースでやってるし」
展開したスクリーンでは、『カムナ統一惑星で大規模障害。電脳世界にアクセスできず』なんてテロップと共に、女性アナウンサーが色々と話している。
スクリーンボードで他にも幾つかスクリーンを展開して情報を集めていたレビは、結局テレビのスクリーン一つだけを残して全てを消した。
「どうやら、惑星外との通信が不可能になってるみたいだね」
「……今ニュースをやってるって事は、その障害は発生したばかりなのか?」
「みたいだよ? まぁ国内の通信網は正常だから、問題ないだろうけど」
「ちっ。クソ惑星め」
「レグ。ボクもそのクソ惑星の王族なんだけどね?」
「ならなんとかしろよっ! カナメ様に何日会ってないと思ってるんだっ!」
力一杯テーブルを叩いたレグは、そのままぐでーっとテーブルに伸びた。
「ひめさま……」
「効いてるねぇ」
「十日だ。もう十日も会えていない。……全部、お前のせいだ」
「あ、あははは……。重体だね」
「ホントにな。やっと会えると思ったのに……やる気起きねぇよもう」
ふらっと身体を起こし、そのままソファに横たわるレグ。
「もう寝る」
「うん。明日には通信障害が直ってるだろうし、早めに起きて潜ってみるのもいいかもね」
「そーするよ。おやすみ」
「おやすみ」
不貞寝を始めるレグに苦笑して、レビはスクリーンの映像を切り替えた。
自国の情報を集めるだけなら、現状で何の問題も無い。
王子として、カムナ統一惑星の一市民として。より良い未来の為に必要な選択。
その為の情報を探して、レビはレグが寝息を立てる前で、夜遅くまで情報を探し続けたのだった。