第一章 カナメの日常
「ホントに、働けるんですか?」
「その代わり、給料は安いわよ? えーっと……」
テーブルと椅子だけがある白い部屋で、私は一人の男性と向き合って座っていた。
電脳世界。
端的に言えば、インターネットの中である。
厳密に言うなら、コードで形成された世界と言うべきか。ダイブシステム対応の機種を使う、或いはインプラント手術を施し脳に直結する事で入る事が出来る、もう一つの世界。
なので、目の前の男も現実では別の外見という可能性もあるのだが、この世界のベースとなる外見は元の肉体。昔で言うプチ整形をするのにすらそこそこお金がかかるので、電脳世界の掃き溜めである第十層の住人に外見変化処置が出来るはずも無い。
まぁ、第十層なのに何でか金持ちもいるみたいだけど、
「あぁ、あったあった……って、そっか。この惑星か」
「あの、何か?」
「気にしないで。現在地が第三州なら問題ないから」
少なくは無い面倒くささを滲ませつつ、男性へとスクリーンを展開して見せる。
「すぐに働けるのがここ。ちょっと遠いけど寮を完備してるし二食付き。最低賃金を少し上回る程度で、週休二日。一日は問題が無い限り八時間労働だから、合間に良い職場探し――」
「やりますっ!」
「――そんな喰い気味に言わなくていいけど」
「そんな好待遇で雇ってくれるなら、行きますっ! 頑張りますっ!」
「……うん。あの国だと、そうなっちゃうみたいね」
第三州。
第三王子の州という意味だ。、
正式名称はあるらしいが、その惑星に関わる人なら第三州、第三王子州と言うだけで通じるので、わざわざその名前を調べてはいない。
と言うか、調べないと出てこない時点で、そー言う国でありそー言う惑星な訳だ。
カムナ統一惑星。
全銀河系をみればそれなりにある単一国家惑星の一つであり、惑星そのものが一つの国。
それ故に、地球で言う国家の範囲が、カムナ統一惑星では州に当たる。住所で言えば、○○州○○領○○県○○市○○町って感じだ。
まぁ、日本国なんて書かないから、○○州ってのは省くんだろうけど。
「やっぱりポイント制で?」
「……はい。学生の時に、少し。そのまま、どうしようもなくて」
すぐ死にそうな人達への対応は終えているので、今は少しは余裕がある人達ばかりだ。
とはいえ、放っておけば一年先も怪しい人達が多いけど。
「日雇いですら、ポイントがある人優先ですし……住むとこも……」
グスグスと泣き出した男に、私としては頰を引きつらせる事すら出来ない。
人民管理法。
カムナ統一惑星では殆どの州で適用されている法律だ。
例外は第五州だが、惑星全体で見れば国土の九割がその法律を適用している。
内容は、ポイントによる減算方式。
産まれた時に百ポイントあり、そこから法に触れたり州の支援を受けたりすればその分ポイントが減って行くというシステムだ。
ポイントとは、社会的信頼。カムナ統一惑星では学歴以上に重要視されるステータスである。
男に同情しないでも無いが、個人的にはそのシステムを嫌いじゃないんだけど。
お金でポイントが買えるという側面もあり、金持ち有利。生まれが全てという側面を孕んでいるいるものの、まともに生きていれば普通は大丈夫なのだ。
この第十層と同じように、一度転落したら這い上がるのが非常に難しいけども。
「まぁ、第三州だから良かったと思えば」
「はい。……他の州だと、駄目だったんですか?」
涙を拭って問いかけてきた男へと、私は苦笑いを返した。
駄目というか、紹介できる職場が殆ど無いのだ。
「私達が展開してる介護事業は、第一、第二州には無いのよ。中央と第三州は、条件付きで一施設ずつ建てれたんだけどね」
「……ポイントが無いと、州の移動も出来ませんしね」
「そー言う事。ま、幸運だったと思って頑張んなさいな」
「はいっ」
「あ、一応言っとくけど、故意に問題を起こした場合はすぐにクビだから。そこだけは注意してね」
「勿論ですっ! 頑張りますっ!」
良い返事をする男へと私は頷いて、右手を振った。
男の姿が掻き消える。
本来の居場所、第十層へと戻したのだ。
最近の面接はこんな感じで、一人に十分ぐらいかけている。
就職面接に十分は短いかもしれないが、これでもかなり伸ばしたのだ。
最初は今にも死にそうな奴ばっかだったからなぁ……。
まずは明日を生きられる為の手配に、未来の為の教育。一般常識を叩き込んだぐらいで就職先が見つかるわけでも無いので、現実で彼らの受け入れ先として介護事業を始めた。
その結果複数の惑星や国で介護事業を始める事になり、今やそこそこの規模を有した企業になっていたりする。
その名は≪ディアホーム≫。
大量に雇用している第十層の奴らが名付けたらしい。
まぁ、私は丸投げしただけだから、名付けに関しては何も言うまい。
「……たまには顔出そっかな」
そう呟いて私は席を立ち、右足を踏みならした。
部屋が、消える。
宇宙のような闇。だがそれすら、私の目にはコードで形成されているのが視える。
「さて、と」
独りごちて、瞼を閉ざす。
意識するのは、行きたい場所。
私は電脳世界における私は異常な存在だけど、コードそのものを操作する事は出来ない。ただ、意識すればコードが結果を与えてくれるのだ。
ゆっくりと瞼を開けば、目の前に目を見開いた女性がいた。
「め、め、女神様っ!」
椅子を倒して立ち上がり、ビシッと敬礼する女性へと半眼を向ける。
『ちょっとぉ?』
「あはは。ごめんなさい。みんながそう言うから、つい」
『ホント止めてよね。ちゃんと止めてくれてる?』
「無理ですよぉ~。今や入居者すら女神様呼びなんですから」
『マジで?』
「マジです」
大真面目に頷く女性に、私は項垂れて首を振った。
その動作だけで気分を察してくれたのか、女性は口元に手を当ててクスクスと笑う。
それが嬉しい。
今の私は、本当なら脳だけの存在なのだ。現実世界の人と、目を見て話せて、ボディランゲージで意思を伝えられるってのは、本来不可能な事。
だから嬉しいのだ。
電脳世界では私としての疑似肉体で交流するのとは違う喜びがある。
まぁ、伝えられた事実は不愉快だけど。
『なんでそーなるの?』
「ほら、格安で入居させてますから」
『有人の入居施設としては格安ってだけでしょ?』
「それがこの時代のニーズに合ったんですよ。人の手で介護して貰いたいって人は多いですからね」
まぁ、そこを狙ったのは事実だ。
現代の介護施設は、殆どがロボット任せ。
高級な所でもアンドロイドが一般的だ。
AIはかなり進化しているし、外見も人と何ら変わりないレベルまで来ているのだが、それでもプログラムはプログラム。学習機能がついていても、人ほどに柔軟な対応は出来ない。
そもそも、アンドロイドにしろロボットにしろ、初期投資が嵩むし、メンテナンスにも費用がかかる。長期的に見ればお得ってだけだ。
だから介護業を選んだ。
初期投資を抑えられ、需要を見込め、すぐに開業できると踏んだからだ。
「さすがカナメさんです」
『いや、同じ状況なら、誰だって似たような選択したと思うけど』
二十人分の個室がある箱物を買い、二人その道の熟練者を雇った。
後は、常識を叩き込んだ十層の奴を送り込むだけの簡単なお仕事。
『腰掛け程度で兎に角働ける場所を作りたかっただけだから、人件費は格安で。その分入居者には条件を付けて、同じく安いお値段に。……たったそれだけ、だったんだけどね』
入居者に対する条件は、『常軌を逸したクレーム、行動に関しては最悪退去もある』という一点だけ。
それでなくても安い賃金で働かせるのだ。理不尽な環境にだけはしたくなかった。
それでもすぐに入居待ちになり、市や県、国からの依頼や補助金もあってポンポン乱立。最初に建てた惑星では、今や有名企業の仲間入りである。
「昔の同期から、どうにか一室開けてくれって連絡があったりしますからね。……ふふっ。辞める時あんな馬鹿にしてたのに」
『まぁ、惑星警察から介護職はねぇ』
「全部カナメさんのおかげですっ! 両親にも認めて貰えましたし、何よりこんなに人の役に立ってるって実感が得られるなんて――最高ですっ!」
『ルッティ。それは私のおかげじゃなくて、貴女の努力があったからでしょ』
ルセッティリアム・メラ・ルゥ。
電脳世界第十層の≪廃棄城≫で色々やって以来の付き合いである。
もう二年ぐらいだろうか。
最初は≪廃棄城≫の犯罪者引き渡しの相手として選んだだけだったものの、なんやかんやあって今や≪ディアホーム≫の総合支配人だ。
私の狙いが良かったというのはあるかもしれない。
けど、≪ディアホーム≫がここまで展開出来たのは、間違いなくルッティのおかげだ。
元惑星警察という肩書きはお偉いさんに対して有効で、更にルッティ自身も経営者に向いていた。
私最大の功績は、間違いなく彼女をトップに据えた事だ。
まぁ、肩書き上は会長の私がトップなんだけど。
「……もぅ。カナメさんのそー言う所が女神だなんて言われるんですよっ」
『意味分かんないし』
「もうっ、もうっ!」
喜んでるのは分かるけど、私が映ったスクリーンをバシバシ叩かないで欲しい。
映像が宙に映し出されているだけだから関係は無いんだけど、映像が乱れて何かちょっと気持ち悪い。
「あ、そうですっ! アユさん呼んでも良いですか?」
『アユちゃんを?』
アユちゃんは、プログラムの天才だ。
今は私と同郷であるお爺ちゃんと、整備士のログ爺と共に協力して新しい機体を作って貰っている。
つまり、接点はない筈なんだけど……。
『えっと、私が知ってるアユちゃんよね?』
「そうですよ? カナメ様が来たら連絡してって、メールが来たんです」
『……もしかして、会った事無い?』
「ですね。けど、フェッシモ・オルダ・ヌーンから献金を受けてますし、献金を主導して下さった取締役の方からは、娘の事をよろしく頼むと言われてますので」
フェッシモ・オルダ・ヌーンとは、人工惑星工場を保有しいているほどの大企業だ。
依頼を受けて、先方に満足して貰えるだけの結果を出した事は事実だけど……まさか、献金までして貰えているとは。
「あっ! 先方がもの凄く感謝していましたっ! アユちゃんが部屋から出るようになったってっ!」
『あー……うん』
何となく引きこもりだろうなぁとは思っていたけど、まさかガチの引きこもりだったとは。
「『全てカナメ様のおかげだ。これからもよろしくお願いします』、だそうです。報告が遅れてごめんなさい」
『別に構わないわよ』
「ありがとうございます。じゃ、繋ぎますね」
『あ、ちょっと』
私が言葉を続けるよりも早く、ルッティはもう一つスクリーンを立ち上げ――そこに一瞬だけ女の子の顔が映ったが、すぐに消えた。
「……あれ?」
『うん。あのね、アユちゃんはすんごい人見知りなの』
「そうなんですか?」
『そーなの。じゃ、会いに行ってくるから』
「あ、ちょっと待って下さいっ!」
スクリーンを切る寸前に声をかけられ、首を傾げる。
『何?』
「第三州の施設に、あのメラド先生から作品が届いたんですっ! メッセージカードに、『≪ディアホーム≫の繁栄を願って。全ては女神様の為に』ってっ! どういう関係なんですかっ!?」
『あー……』
女神様とか書いてある時点で、≪廃棄城≫の関係者だ。
パッとは思い付かなかったけど、多分ダイヤで彫像を作った奴の一人だろう。手紙か何かでその名前を見た覚えがある。
『まぁ、貰ったんなら大切に飾っとけば良いわよ。じゃ』
「ちょっ! 飾るってあんな高価な」
ルッティは何かを叫んでいたが、気にせず電脳世界へと潜る。
アユちゃんには、色々と恩があるのだ。あんまり待たせる真似はしたくない。
空間を創造し、辺りをバラで彩る。
今日のイメージは王宮バラ園のテラスだ。
扉を創り、アユちゃんの元へと繋ぐと、すぐにその扉が開いた。
フードを目深に被った女の子。
彼女は顔を上げて私を見つけると、目を輝かせて駆け寄ってくる。
「神様っ」
「カナメよ、カーナーメ」
「はいっ、カナメ様っ」
「だから、様はいらないっての」
呆れてそう告げるが、駆け寄ってきたアユちゃんはニコニコ笑顔で見上げてくる。
引きこもりとは思えないほどに可愛いんだけどなぁ。
何となくその頭に手を置くと、アユちゃんはもじもじした後フードをとって、頭を突き出してきた。
まぁいいんだけど。
「うぇへへへへへ……」
笑い声がなぁ。笑い声だけが残念だ。
一頻り撫でて、手を離す。
非常に悲しそうな目を向けてくるが、そこは無視だ。
「お茶でも飲みながら話しましょ。今日はお団子で」
「おだん、ご?」
「三食みたらし餡子にきな粉。ちょっと濃いめの緑茶でどうぞ」
バラ園には雰囲気が合わないけど、食べたくなったんだから仕方ない。
陶器のお皿に四種の団子。その隣で湯気を立てるのは湯呑みの緑茶だ。
アユちゃんに対面の席を勧めつつ、三色団子をパクり。
当然だけど、知っている味だ。
この世界の食べ物は、私が知っている味で再現される。私が創った物だからというのもあるけど、コードを理解していない私では、電脳世界の食事でも私が知っている味に置き換えられてしまうのだ。
まぁ、今はこれが食べたかったからいいんだけど。
「……同じ、味?」
三色団子の二つ目までを食べて、首を傾げるアユちゃん。
ピンクと白で色が違うのに同じ味ってのが不思議なんだろう。
「ちゃんとしたのなら違う味なんだろうけどね。私は、安いのしか食べた事無かったから」
だから、私にとって三色団子は、色が違うだけで全部同じ味。
けど、求めてたのはこの味だ。
もちもちしていて、何か甘い。妙に残るその甘さを、緑茶の苦みが綺麗に洗い流してくれる。
「……苦い、です」
「ふふっ。じゃ、こっちをどーぞ」
アユちゃんの湯呑みに触れて、中身を変える。
今度はほうじ茶だ。苦いって事はないだろう。
ぬるめにしたこともあって、音も出さずにコクコク飲み出すアユちゃん。
その姿を眺めながら、私は口を開いた。
「ねぇ。お父さんに献金をお願いしてくれたの?」
「……してない、です」
「そーなの?」
アユちゃんはこくんと頷くと、考えるように俯いてから、顔を上げた。
「神様が、介護、始めるって、言いました」
「……お父さんと、ちゃんと話してる?」
「あんまり、です」
話してない事を気にしていないようで、団子を食べ始めるアユちゃん。
アユちゃんパパは、相当嬉しかったんだろう。
献金額は聞いていないけど、相当弾んでくれたはずだ。わざわざルッティが伝言を告げてくれる程に。
「うん。ありがとうって、言っといてね?」
「分かり、ました」
それだけでも、アユちゃんパパへの恩返しにはなるだろう。
「じゃ、のんびり話そっか。最近お爺ちゃんとかログ爺はどう?」
「優しい、です」
「なら良かった。まぁログ爺なんてアユちゃんにはデレデレだもんね」
そんな話をしつつ、のんびり団子を食べる。
百円パックに入っているような味だけど、それがいい。
久しぶりに食べる団子の食感を楽しみつつ、私とアユちゃんはのんびりと会話を楽しんだのだった。
▼△▼△▼△▼△
惑星系フィロリス。
数多ある惑星系の中でも珍しい、三個の自然惑星よりそれぞれに人類が生じた惑星系である。
惑星フェラットとカムナ統一惑星。
両惑星はサイズ、質量共にほぼ同じであり、惑星系中心の恒星を中心として常に直線になるよう存在している。
対して惑星カザーダは、星系軸恒星からはかなり離れた位置にある小惑星だ。
厳密に言えば衛星、恒星の周りを巡る恒星の衛星なのだが、人類が繁栄しているという点から惑星として認められている。
近隣の惑星系の人からは、『カザーダ人は野蛮人』と認識されるほどに暴力主上主義で、惑星として認める必要は無いという意見も根強いが。
「カザーダ人が殺し屋として雇われたかも、ってのは分かるが……何でわざわざ第三州に来るんだよ」
レグが向ける半眼に、レビは苦笑を返した。
「君にだけ負担を強いるわけにはいかない……と言いたい所だけど、王族会議なんだよ」
「……それなら中央州なんじゃないのか?」
「中央から第三までの持ち回りでね。それで、どんな感じだい? フェラット惑星マネージャー」
「やめてくれよ」
苦笑いを返して、レグはソファに寄りかかった。
≪ディアホーム≫第三州支部の応接室。
下品で無い程度に高価な装飾品で彩られた一室だ。扉の対面にある壁には、巨大な鏡も掛けられている、
そこに映るちゃんとした青年を見て、レグは一度瞼を閉じた。
あれから二年。未だに、鏡に映った自分の姿に違和感がある。
黒髪に黒い瞳。相変わらず目付きは鋭く、その点だけは昔の自分と変わっていない。
けど、それが以外が変わりすぎた。
餓死寸前の浮浪者が、まともな食事を与えられた事で急速に成長した。働けるようにと身だしなみも整えて貰い、職場まで恵まれた。
恩を返したい。
その思いは変わっていない。だから我武者羅に頑張り、寝る間すら惜しんであの方の会社の為に尽くした。
けど、頑張れば頑張った分与えられ、今やカムナ統一惑星の支店全てを任せられるマネージャーだ。
その地位に対する喜びや誇りはあるが、恩が積もりばかりと言う認識もあって素直に喜べない。
「全て、カナメ様のおかげだ」
「そういえば見たよ? あの映像が二年前って、ホント?」
「悪趣味な映像見てんじゃねぇよ」
「いやぁ、だって気になるじゃん。親友の過去はさ」
「別に隠しちゃいないからいいけどさ。ほら、さっさとそれ見ろ王子様」
ニコニコと微笑むレビに、レグは雑にそう返した。
王子様、というのは比喩では無く事実だ。
カムナ国第五王子、クルレド・レビ・カムナ・ルビ・レイ。
緩くウェーブがかかった金髪に、垂れ目の下に隠れた青く大きな瞳。身長は低く線も細いが、愛らしくも整った顔立ちは十分に美形。ともすれば同性ですら魅入ってしまいそうな顔立ちだ。
「紙の文書ってのも、趣があって良いね」
「姫様の様な存在が他にもいるとするのなら、データのみでの管理は危険だからな」
「あぁ、なるほど。少なくとももう一人はいるみたいだしね」
「姫様が『お爺ちゃん』と呼ぶ方だから問題はないだろうけどな。それ以外にもいる可能性を考慮した結果だ」
「慎重なのは良い事だよ。……って、え?」
資料を読んでいたレビが、勢いよく顔を上げてラグの後ろに飾られた絵画を見た。
「……ほん、もの?」
「そりゃあ知らん」
「知らんって……本物なら家が建つどころか国が買えるよっ!? あのメラド先生の作品だなんてっ!」
勢い込んでそう言うレビに、レグは呆れて首を振った。
「どーでもいい」
「どうでもいいっ!?」
「重要なのは、この支部に送られてきたって事だ。カナメ様からも、大事に飾っておけと指示を受けている」
「飾るって……とんでもないなぁ、姫様は」
苦笑しつつ、レビはソファに腰を落ち着けた。
「それで、兄様がその絵画欲しがってるって?」
「正確に言えば取り巻きだな。全部撥ね除けてるが、場合によっては閉鎖するかもしれん」
「……入居者とか、従業員は?」
「話は通してある。こう言っちゃあ何だが、どうなるかはそいつら次第だな」
「惑星外企業だしねぇ」
≪ディアホーム≫の本社は惑星フェラットのリーント国にある。
惑星フェラットの主要各国に支部が存在し、新進気鋭の介護企業として注目を集めているのだが、それも惑星フェラット内でだけ。
カムナ統一惑星内では、上からの圧力に逆らえるだけの地盤が無いのだ。
なので、脅迫が酷くなるようなら撤退するしかない。
そもそもの所、≪ディアホーム≫とは女神様の意思による善意の施設なのだ。無理に営業する必要が無い。
「まぁ、困るのは兄様の州民ですから。それより、カザーダ人は……」
「そこに書いてある通り、第三州だと出入国に規制が無くてさ。ポイントによる出国禁止措置とかはあるんだが、出入りが激しくて特定は無理だ」
多くの惑星でカザーダ人の入星は規制されているのだが、カムナ統一惑星では国家間でもポイントによる厳しい制限がある為、惑星としての制限は無い。つまり、第三州が目的地の場合は入星制限が存在しないのだ。
「カムナ国は機体での入国を禁止してるからね。兄様達が許すなら、その国には入りたい放題だよ」
「分かってる。おかげで特定は無理だ。……けど、どの筋から殺し屋がカザーダ人だなんて情報掴んだんだ?」
「ちょっと、ね」
レビはそう言葉を濁しながらも、真っ直ぐにレグを見据えた。
「けど、黒い硬質化した肌、金色の複眼、甲高い声。虫人全般が該当するけど、この辺りで言えばカザーダ人だからね。機体を使うか、ナイフか、銃か。どんな手段で殺されるのかは分からないけど、ボクがそいつに殺されるって事だけは間違いない」
「意味分かんねーんだけど」
「だろうね」
自嘲気味に笑うレビへと、レグは暫くの間半眼を向けてから、一つ息を吐いた。
「ま、いいさ。こっちは護衛を兼ねて、その王族会議とやらに出席すれば良いんだろ?」
「一番可能性の高いのが、ボクが第三州にいる間だからね。悪いけど、頼むよ」
「気にすんな。……つっても、俺が同行したって役に立てる気がしないけど」
「親友が近くにいてくれるってだけでありがたいんだよ。護衛に関してはちゃんと用意してあるから安心して」
「冗談抜きで役に立たないからな? そこは覚悟しとけよ?」
レグが真剣な眼差しで訴えるのは当然の事だ。
スラム出身だから強いと言う事は無い。むしろ、スラムにいたから一般人より弱いというのが普通なのだ。
栄養が足りないから骨格が育たず、貧弱。教養も無いから、技術も知らない。
スラムがヤバいというのは、単に倫理観の無い奴が多いからと言うだけだ。少なくとも、レグがいたスラムはそう言う場所だった。
「大丈夫だよ。ただ、こうやっておしゃべりは出来ないけど」
「その点は、ちゃんと勉強した」
レグは、カナメを敬愛している。
だから、それが態度で示せるように真っ先に学んだのだ。
スッと席を立ち、恭しく頭を垂れる。
「失礼いたしました、第五王子殿下。一介のお付きとして、言動を改めさせていただきます」
「……ぶふっ! あぁ、うん。基本的には口を開く機会も無いだろうから、黙ってくれてれば大丈夫」
「畏まりました。お茶の換えをお持ちいたします」
「あははははっ! ズルいよそれっ! もう、本番は黙っててよね。吹き出しちゃうかもしんないし」
「りょーかい。服は大丈夫だったよな?」
「うん。ちゃんと一式揃えてあるよ」
「じゃあ明日の朝だな。ここでいいか?」
「うん。あぁ、けど日の出ぐらいに侍女を寄越すから、対応お願い」
「……王族は色々あって面倒いな」
「ホントにね。色々と迷惑もかけるし、気が重いよ」
レビの苦笑いにレグも苦笑を返して、最後の打ち合わせを始める。
レグがカムナ統一惑星に来てから早半年。
王族会議は、明日に迫っていた。




