おまけ 大統領警護員
ウェッド・ガディーシェム。
彼が大統領付き警護員となったのに、深い理由は存在しなかった。
三年の徴兵を終え、その時のコネで警備員に。
給料が良いので大統領府周辺の警備を担当していた所、当時大統領付き警護を担当していた者が一気に半減し、補充要員として選ばれたのだ。
素行、経歴共に凡庸そのもの。
そんな事は誰よりも本人が理解していた。
だからこそ、引き受けた。
本来ならば、警察官でも優秀な者に与えられる職務。
そんな職務が一警備員に回ってきたと言う事は、それだけ状況が悪いと言う事。
それを承知した上で、ウェッドは仕事を引き受けた。
名誉ある任務だから――というのは建前で、単純に金に目が眩んだだけではあるが。
「そこで姫様がさぁ」
「うっせえぞボボっ!」
「いい加減にしてくれ。もう何十回と聞いたせいで、夢で魘されんだよ……」
「あー、分かる。ボボの奴がずっと呟いてる夢な」
「リーダーも見たのか。……寝体液すげぇ事にならねぇ?」
「なるなる。渇いて腕二本動かなかったもんよ」
三人のそんな会話に、ウェッドは楽しい気分でカンカンと顎を鳴らした。
職場環境は悪くない。
三人が、警察から出向しているというのも大きい。
基本的に、警察官はカザーダ人でも少数派の『戦いたくない』『リスクは負いたくない』という人材が集まるのだ。
なので、温厚なウェッドとも話は合う。
「けど実際、姫様は凄かったよね」
「だろっ!?」
「ボボは黙ってろっ!」
そう怒鳴るのは、ウェッド達四人の中でも一際大柄な、警護員リーダーだ。
羽訛が酷いのでキツい口調として認識してしまうけど、本人としては丁寧な口調のつもりらしい。
「凄いってのは痛感したから、マジで黙ってろ」
もう一人は、首元の器官をこすりあわせて声を出すタイプで、ウェッドにも聞き取りやすい。ただ、単純に口調は悪いけど。
「まさか、宣言した二日後には終戦、なんてね」
「聞いた時は思わず羽広げちまったよ」
「あっちの結婚式も、凄かったらしいしなぁ」
「だろっ!?」
「「ボボは黙ってろっ!」」
「はい」
素直に黙って着替えを始めるボボに、三人揃って苦笑しつつ服の袖へと腕を通す。
民間では服を着ない者も多いが、大統領警護員で服を着ないなんて真似は出来ない。まぁ、窮屈さを感じるわけでは無いので、単純にめんどくさいと言うだけだ。
「そういえば花火だけど、みんなの家族はどう?」
「オヤジが大喜びで参加したな。何せ国家事業だ」
「家も姉貴から連絡来たわ。……一個で良いから都合してくれって。発注してんのあのバカネキだぜ? 俺に言うなって話だよ」
「予約、もう一年先まで埋まったんだったか?」
「二年待ちだと。それに一枚も二枚も噛んでるくせに、何で俺を頼るんだか」
カムナ統一惑星で行われた結婚式で、カザーダで急遽作られた花火が使用されたらしい。
ウェッドも父親経由でしか知らないものの、カザーダで採れる鉱石の粉末からなら素晴らしい物が出来るとかで、惑星系外からも発注があるとか。
そのおかげで、戦後すぐだというのに惑星カザーダは好景気に沸き始めていた。
国家事業として花火製造用の建物が次々と建造され始め、原料となる鉱石を掘る鉱夫から、建築業、不動産業、雇用を得た一般市民と、かなりのお金が回り始めたのだ。
その財源は、カムナ統一惑星。
売国奴との声も依然存在するが、本来なら借りられないほどの巨額融資を受け、実際に民へと還元している。
なので、終戦前後のメディアの狂いっぷりが嘘のように、現大統領を賞賛する声は大きい。
それが一晩で覆ったりするのがこの惑星なので、警護員としては気が気でない所ではあるけども。
「さて、行くか」
「了解リーダー」
「仕方ないとはいえ……やっぱキツいなぁ」
外へと出れば、まだ日の出前。
夜間は大統領付暗部が請け負ってくれるので、前は日の出と同時に大統領の元へと向かえば良かったのだが、今は違う。
大統領府敷地内の警護員用宿舎から出て大統領府官邸へと向かうと、入り口には五つの影が縛り上げられて転がっていた。
「今日はそこそこだな」
「めんどくせぇなぁクズ共が。おいウェッド」
「はいはい。……まぁいないだろうけど」
それぞれの頭を掴んで顔を上げ、MBでスキャンして照合。
一致無しとの表示が出たのを確認して、ウェッドは三人へと首を振って見せた。
「ま、だろうな」
「そそのかされたアホウもいるんだろうな。哀れなこった」
「二度目はアウトって伝えてますからねぇ」
そう話しつつ、五人を一カ所に集め、リーダーの姿が見えて音が届くようにする。
ちなみに、ボボはずっとだんまりだ。元々無口で、姫様関連の事以外は一言も口にしないのが彼らしさである。
「いいか、良く聞け。お前等は、大統領及び彼女に類する者に危害を加えようとした。にも関わらず生かされているのは、個人を狙ったからだ。多くの犠牲が出るような手段を選んでいた場合、成否に関わらず殺されていたと知れ」
大統領と、その親族を狙う犯行は後を絶たない。
それ故に、その対応もハッキリと定められている。
「そして、お前達は全員初犯だ。だから、無罪放免になる」
五人は身動きすらせず、リーダーの顔を見つめる。
既に見慣れた、ポカンとした顔、と言う奴だ。
と、一人が縄を解こうとするかのようにグネグネと動き始めた。
リーダーはその頭を掴むと、羽を重ねて音を出す。
「音を控えろ。それさえ守るのなら、外してやる」
コクコクと頷いたのを見て、リーダーはロープを解いた。
顎となる長い鋏が解き放たれた彼は、プピャっと小さな音を出すと、口元の繊毛を忙しなく動かして声を出した。
「無罪放免? なんの冗談だ」
「事実だ。大統領とその親族からは、そのように命令を受けている」
「ふざけるなっ」
彼としては怒鳴ったつもりなんだろうけど、音が小さめな種族なのでそう気にならない。
「あの売国奴がっ。そんな奴に、かけられる慈悲などいらんっ」
「そうか。なら、自殺してくれ」
「……は?」
「誰にそそのかされたかは知らんが、お前みたいな馬鹿は一定数存在するんだ。仕事が無いなら、今はある。家族を失ったなら、我慢しろ。それすら出来ないなら、おすすめは自殺だ」
繊毛をピクリとも動かさなくなった男へと、もう一人が続ける。
「さっきリーダーが言ったが、二度目なら不法侵入に殺人未遂、その他諸々付いて実刑だ。現状だとそこそこ地獄だと思うぞ?」
「今ムショに入っているのは、ベザル様が大統領になる以前から入っている者が殆どだ。そして、大統領が為した事業の恩恵を受けている家族がそこそこいる。最新の統計では、ムショ内の支持率十%って所か」
「たかが一割だが、ムショの十分の一の勢力。ムショによってばらつきがあるとは言え、二回も殺そうとして失敗したって肩書きでムショに入ったら……さてどうなるかね」
刑務所は、歪な実力主義だ。
どれほど強くても、何を為してぶち込まれたかによって、待遇は変わる。
『大統領を殺そうとしました』という肩書きを好意的に受け止める者も多いだろうが、『二回失敗しました』という肩書きは、かなり印象が悪い。
そこに大統領派が絡めば……まぁ、幸せな事にはならないだろう。
「お、俺は……」
「先の戦争で、友人が死んだのなら同情はしよう。だが、家族が死んだのなら弔慰金の支払いがある。決闘参加者には支払われないが、その点に関しては仕方がないだろう」
「あれだって戦争の筈だっ」
「なんだ、決闘参加者の家族か。なら同情の余地は無いな」
リーダーは冷たくそう言い放ち、二人も頷いてはいるが、ウェッドとしては別の考えだった。
惑星間戦争としては、極端に短い期間で終わった。
だが、一部では『仕組まれた戦争』と言われるように、驚くほどの戦死者が出た。
短期間とはいえ、あれほどの犠牲だ。心を病んでしまった者も多かっただろう。戦争に魅入られた者も、狂った者も。
そうなった者は、決闘に出ざるを得なかった筈だ。終戦の為の決闘であろうとも、そこ以外に生きる場所を失ってしまった以上は。
つまり、彼らもまた戦争の犠牲者なのだ。
政府としても、世間としても、そう認められてはいないけれど。
「お前が、手足を捥いででも止めるべきだった。お前の身内も、大統領親族も、決闘という形で身体を張ったんだ。何もしなかったクズが、文句を垂れるな」
「な、なっ」
「天涯孤独になって大統領を殺しに気たってんなら、まぁいいだろ。もう一回チャンスはある、好きにしろ。ただ、家族がいるのなら、今回は幸運だったと思え。……もし大統領かその身内を殺せてたら、お前等の血縁が残っていたかどうか怪しいぞ?」
軽く告げられる重い内容に、五人が息を呑む。
だが、警護員としては伝え慣れた言葉だ。気負い無くリーダーは続ける。
「今の景気は、カムナからの支援があればこそだ。恩恵を受けている者が多い現状、惑星の反対側に逃げても殺しに行く奴はいるだろうさ。そっち側でも建設は始まってるし、下手したらこの辺りよりもヤバいかもな。支払いは花火の利益でって地域もあるわけだし」
星王政府が手を引いたら、側すら建てられなくなる。残るのは負債だけだ。
「殺して英雄になりたいってーなら、世間が手のひら返すまで待ってろって。ま、騒ぐような奴ほど死んだから、手のひら返すまで今回は時間がかかりそうだけどな」
「『仕組まれた戦争』の信憑度が高くなるな」
「ははっ。ま、それ言うならカムナの方がよほど酷いだろ。惑星外系出資企業の本社とかに戦艦落ちてるし、王家に反抗的だった軍部の奴らも丸っと死んだって話だし」
「同盟組むとなれば、軍の重要性がさがるからなぁ」
「そもそも、あそこは対惑星カザーダ用の軍だろ? 狙ってやったって感じだよな」
「無駄な支出が減って黒字に転じたって話もある。あ、知っての通りウチは当面赤字だぞ? 侵入したなら分かるだろうが、調度品全部うっぱらうレベルの赤字だ」
そう告げるリーダーが笑顔なのは、少なからず嬉しいからだ。
雇い主がまともなら、誇りも持てる。
まぁ、世間が騒ぐと揺らぐ程度の誇りではあるけども。
「っつーことで、解散だ。ウェッド、顔は取り込んだな?」
「はい」
「良し、じゃあ縄を解いてやれ」
一回だけ、見逃す。
この話も、そろそろメディアに伝わる頃だろう。
そうなれば、『やり場の無い怒りを受け止める為に』なんて装飾語がついて、メディアは喜んで包装するはずだ。
それでも殺される事の無い大統領。
その姿に、カザーダの民なら強さを感じる事だろう。憎しみを抱く者が減るわけでは無いとしても、好意的な者が増えれば増えるほど、それは抑止力となる。
「……ホントに、『仕組まれた戦争』なのかな」
フラフラと去って行く五人を眺めつつ、ぽつりと呟いたウェッドの言葉に、リーダーは苦笑した。
「さて、な。……ま、それならそれで問題は無いだろう」
「え?」
「大衆を味方に付けたのなら、俺達の危険性は減る。それだけで十分だろ?」
「さすがにそれは、薄情じゃない?」
「はっ。金の為に警護員なんて引き受けておいて、何言ってやがる」
「それは、そうだけど……」
良くも悪くも、生き残ったのは無駄死にを嫌う、一般で言うなら『腰抜け』という人材ばかりだ。
けど、だから安定した政治が始まっている。
毎日のようにこうして襲撃はあるけども、本職軍人というのが殆どいないお陰で、対応は楽だ。
襲撃が多い夜間は、警護員の管轄外ってのもありがたい。
「悩んでもしゃーねーよ。その気があるなら、その時身体を張りゃあいいさ。今の上司なら、良い金払ってくれるだろ」
「それは、あるな。……死なねぇ程度の大怪我負いてぇなぁ」
そんな馬鹿な会話にウェッドは苦笑して、背筋を伸ばした。
信念の為に身体なんて張れない。けど、お金の為なら張ってみても良いかと考え直して。
「うし。じゃ、ちょいと早いが向かうか」
リーダーの声に続いて歩き出す。
もうすぐ日の出。
三人はお金の為に、ボボだけは姫様の為に。
今日も一日お仕事にせいを出すのだった。




