アナザーエピローグ 奇跡の先へ
カムナ統一惑星元第三王子であるジュリオの思考は、日が経つほどに沈んでいった。
どこで間違えたのか。
何を間違えたのか。
それが、分からない。
だが、間違えてしまったのだという事実だけが、現実として突きつけられている。
第一王子であったカムドが即位した。
その事に対して、妬みも不満も無い。
元々、兄弟仲が良い悪いと表現出来る様な関係では無かったのだ。
そして、ジュリオ自身も王位を求めていたわけでは無い。
全ては、国を憂えばこそ。
理想が高く、真っ直ぐすぎる第一王子ではカムナ統一惑星を衰退させるだけだと判断して、第二王子に話を持ちかけた。
惑星カザーダの政府と話が纏まりかけた段階で、自州の状態を好転させた第五王子の存在は厄介でしか無く、暗殺も視野に入れた。
少子高齢化が進むこの惑星には、多くの犠牲が必要だと確信していたのだ。
その犠牲に弟が一人足される。
ただ、それだけの事。
ジュリオ自身、カムナの礎となる覚悟があった。
全ての責任を負って死ぬ為に、第二王子と、カザーダの大統領と、三人で幾度となく打ち合わせを行った上での決行だったのだ。
だというのに――。
「何を暗い顔をしている。民の前、婚儀の最中だ。せめて、顔は上げていろ」
「アベイド兄さん……」
「先日の婚儀も見事なモノだったが、今回はカザーダに齎された新たな技術を披露してくれるらしい。楽しみだな」
「……っ。何を、楽しめと言うのですかっ」
キツく握った拳から、血が滴る。
婚儀の場で血を流す罪深さを知っていても尚、そうしなければ声を押し殺せないほどにジュリオは追い詰められていた。
多くの民の前で、二人が婚儀を執り行っている。
その民達は、笑顔でその様子を見守っているのだ。
そんな民達の命を、犠牲にした。取り返しが付かないほどに多くの命を奪った上で、生き延びてしまったのだ。
その罪が、ジュリオを苛んでいた。
「ジュリオ。何を嘆く」
「当然、でしょう。私は、何も、成せなかった。……何故、兄さんは平然としてるんですか」
ジュリオは憎しみすら籠もった眼差しを向けたが、アベイドは自嘲気味に笑うと、空を仰いだ。
晴天ではあるが、灰色の空。
この惑星に住む者にとっては、見慣れた空だ。
「間違いだと、認めてはならない――そう、言われた」
「言われ、た?」
「神に、罰を願ったのだ。……今だから言うがな、ジュリオ。私も、ボリ前大統領も、死ぬつもりだったのだ。両軍の指導者が死ねば、事は丸く収まる。そう思っていた」
始めて聞く事実に、ジュリオは目を見開いた。
自分から持ちかけた話なのだ。だからこそ、全ての責任を背負って死ぬつもりだったジュリオは、二人がそんな事を考えていたとはつゆほども思わなかった。
「軍の暴走により、不幸にも生き残った。その事実を、受け入れられるはずが無い。だから私は、願った。あの二人の前に這い蹲り、殺してくれと」
それは、ジュリオの知らない事実。
「そこに、あの方が現われた。私の願いを聞き、ムッとした後にこう言ったよ。『それで何が変わるの?』と」
アベイドの表情は、ジュリオが初めて見るほどに柔らかかった。
「犠牲を強いておきながら、生き延びてしまった事が罪だと思っていた。だがな、あの方はこう言うんだ。『必要だったんでしょ?』と」
空を見上げるアベイドの頰に、一筋の滴が流れた。
「そう、必要だった。戦争という要素が、すぐ側へと迫る死が、安穏と滅び行くこの惑星には必要だったのだ。……だから、間違いと認めてはならない。死へと逃げてはならないのだ。その為に私達は、罪だと知った上で成したのだから」
ふんっと鼻を鳴らして、アベイドはジュリオへと微笑んだ。
「もっと雑な言葉だったがな。……『間違いかどうかは、未来で決めなさい』、と言う事らしい。全く、他人事のように言ってくれるものだ」
「兄さん……」
こんなに嬉しそうな兄を見たのはいつぶりか。
目を見開くジュリオの眼差しの先で、クルレドとベザルが口づけを交わした。
それと時を同じくして、式場周辺を覆うビルから光が溢れ出す。
一階から二階、二階から三階へと上昇してゆく光は最上階を超え、高みまで尾を引いた光が、大輪の花へと姿を変えた。
花火。
ただ、この惑星系の者達は、その多くが現実で花火の存在を知らない。
電脳世界ではそれなりに有名なものの、爆発の光を楽しむ、爆発に色を付けるという発想がなかったのだ。
だからこそ、その光の色合いに、誰もが釘付けになった。
昼でも燦然と輝く光の花。
その最後に、空を覆い尽くさんばかりの花が開き、大地を震わせた。
「あぁ……」
不意に、ジュリオの目から涙が零れた。
見つめる先には空があった。
どこまでも広がる、青い空が。
「わたし、は……私はっ!」
初めて見る、青い空。
その美しさに零れた涙は、今まで溢れる事の無かった感情と共に止めどなく流れ出し、ジュリオはその場に崩れ落ちた。
赦しは無い。
だがそれでも、あの灰色の空の上に青い空があったように。
未来はすぐそこにあるのだと、教えてくれているようだった。
「生きる者の為に、この身を尽くそう。それが、私達に出来る、唯一の事だ」
「はい……はいっ」
守るべき民の歓声が耳朶を打つ。
その中で、ジュリオは涙を拭う事無くただ泣き続けた。
辛く苦しい日々を、犠牲を強いた人々の事を、忘れない為に。
今の涙から、明日の誰かの笑顔を作れるように。
2は終わりです。
楽しく読んでいただけたなら嬉しいです。




