プロローグ
メインはカナメですが、序盤は第五王子であるレビを主軸に置いています。
何か違うなー、と思われるようでしたら申し訳ないです。
いつからか、朝身体を起こすのが辛くなっていた。
いつからか、登下校で息切れする様になっていた。
身体が重い。
呼吸が苦しい。
大学への道のりですら途中で休まなければいけないほどになり、検査を受けた。
二つ目の病院でも結果がでず、国立病院へ。
そして、私は、それが治らない病なんだと知った。
『ご両親を』と告げた深刻な医師の表情を、まるで他人事のように眺めて、実家へと連絡を取った。
その日から、全ては目まぐるしく進んでいった。
死ぬという事実を、私は受け入れられていたのか、いなかったのか。
経過観察で入院し、検査の結果進行が早いと伝えられた。
余命は、もって二年だとも。
実感は無かった。
初めて死を意識したのは、入院してから一ヶ月。
ある朝の事。
立つ事すら出来ずにその場に崩れ落ちて、『もう駄目なんだ』と実感した。
その日から私は、闘病に関係ある本を読むようになった。
自分より不幸な人を見て、安心したかっただけなのかも知れない。
それでも、不意に、涙が零れる事があった。
何の為に産まれてきたのか。
何もしないで死んでしまうのか。
それを思うと、どうしようも無く不安になって、泣いた。
今という季節。
今日という一日。
来年の今はもう存在しないのだと言う事実が、怖かった。
けど、私にとっては、それでさえそんなことだった。
会う度にやつれて行く両親を見る日に比べれば。
罪悪感が、怒声に変わる日もあった。
死への恐怖が、涙として現われてしまう日もあった。
それでも来てくれる両親が、弟が、私には一番の罰だった。
何も成せず、死に逝くだけの、身体。
そんな私が、家族に迷惑をかけているという事実が、何よりも辛かった。
気がつけば、泣いている日が増えた。
本すら持てなくなって、終わりがすぐそこへと近付いて。
そこまで追い詰められて、やっと私は気付く事が出来た。
今の私に出来る、唯一の事に。
無理にでも笑ってくれる、お父さん、お母さん、弟。
彼らと同じように、無理にでも笑顔を浮かべた。
表情を動かす事すら日に日に難しくなっていったけど、それだけは最後まで続けた。
誰もにとって辛いだけの時間だとしても、
それだけが、私に出来る最後の親孝行だったから。
ジッと、水槽に浮かぶ脳みそを見つめている。
『……ヤバい』
その事実に気付いて、私は思わずそう呟いていた。
夢遊病だ。
実際の夢遊病とは違うけど、私は夢の中にいて、眠ったはずだ。
なのに今、私は脳ドック≪可能性ノ柱≫にある作業用ロボットに意識を移して、私を見ていた。
夢の中で見た夢が原因なんだろうけど、無意識でここまで行動していた事に少しビビる。
私の本体は、目の前の脳みそだ。
寝る時は、脳ドックの人達で共通している夢の中に戻って眠る。
だと言うのに、今は作業用ロボットの中。無意識の内に意識を移して、更に≪可能性ノ柱≫を操作して、脳が入った水槽をスライドして眺めていたわけだ。
ちょっとしたホラーである。
『最近忙しいからかなぁ……』
そうぼやきつつ、私は私の脳を見つめた。
そういえば、何で私は十六歳なんだろうか?
今見ていた本当の夢の中では、大学生だった。
けど、私は十六歳だ。脳ドックの中で、永遠の十六歳を繰り返している。
だから、普通の笑顔を見せてくれる家族と会えるんだけど。
記憶の中にある、最後の家族の顔。
水槽越しに涙を流して見送る彼らとは違う、無機質なグリーンのレンズで、私を眺める。
『天笠奏芽 貴女の、幸せな未来を願って』
水槽に貼られたプレートは、私の家族が残してくれた物だ。
ねぇ、お父さん、お母さん、俊和。
みんなはもういないけど。
肉体の無い脳みそだけの存在になってるけど。
私は、まだ、生きてるよ。




