日報 新米聖女見習いのお仕事奮闘記 後編
引き続き、新米聖女見習い視点です。
あたしの名前はニーナ。
塔の街に赴任してきたばかりの、新米の聖女見習いです。
新生活にもやっと慣れてきたある日。
あたしは女神さまの祝福にも似た、神秘的な食べ物と出会ってしまいました。
あれは、真夜中に街の食材店から様々な保存食が盗難されたという、謎の怪事件が起きてからすぐのことでした。
街の広場で、フードを被った女の子から不思議な蜜を購入したのです。
最初は誰からも見向きもされていないのが可哀そうで声をかけたのだけど、すぐにあたしの視線はバケツの蜜へと釘付けになりました。
驚くことにその蜜は、神々しいと感じるような光を放っていたのです。
あたしは目が良いのが取り柄。
でもそれは、視力が良いだけではない。
聖女見習いとして修行しているうちに、光魔法のオーラを目で視認することができるようになったのです。
そのせいで、光魔法が満ちているような、聖なる光の波動を感じてしまった。
まるで女神様より祝福を受けた神の蜜かと思えるような、神秘的なものでした。
どことなく、イリスさまの光のオーラとも似ている。
ふと先日、塔の街に来るときに目撃した、鳥が持っていたバケツを思い出します。
そういえばあの時に見たバケツとこの女の子が持っているバケツは、なんだか同じ物のような気がする。まあ同じバケツなんて何個もあるから偶然でしょうね。
蜜の光がきっかけで、女の子の話を聞くことになりました。
そうしたら、女の子の身の上話を聞いて感動してしまったの。
どうやら足がなくて動けない1歳の妹のために、一人で働いているらしい。
まだ10才なのに、すごくしっかりしたお姉ちゃん。
あたしも故郷の村には弟と妹が5人いた。
だから長女の苦労は痛いほどわかります。
感動したあたしは、蜜を全て買うことにしました。
近くの露店で壺を買って、その中に蜜を移してもらう。
見た目も香りも美味しそうなその光る蜜は、この世のものとは思えないくらい甘くて蕩けるような代物でした。
「なにこの蜜。おいしすぎでしょう!」
蜜が美味しすぎて、つい手づかみで食べてしまう。
聖女見習いとしてはしたないと気がついたときには、手がベトベトになったあとでした。
けれども、そんなことはどうでも良いと思えるくらい、蜜は濃厚で天上の世界を味わえるような至福の味がしたの。
あたしは蜜を舐めることで、光の女神さまを感じることができた。
気がつくと、壺の中身は空っぽになっていました。
翌日。
あたしは蜜売りの女の子から、再び蜜を購入しました。
これでまた至福の時間が味わえます。
「ニーナさま、それは何をつけているのですか?」
昼ごはんを食べるとき、同席した教会のシスターさんに、蜜のことを尋ねられてしまいました。
あたしが食堂に壺を抱えて現れたから不思議に思ったみたい。
「蜜ですよ。パンに塗ると、とても甘くて舌がとろけるように美味しいのです。よろしければいかがですか?」
「それではニーナさまのお言葉に甘えさせていただきます」
恥ずかしがりながら、3人のシスターさんたちがパンに蜜をつけていきます。
この時にわかったのですが。この蜜が光魔法を帯びているように光って見えるのは、あたしだけだったようです。
「ニ、ニーナさま。この蜜はいったいなんなのですか?」「とても美味しいですわ」「わたくし、虜になってしまいそうです」
シスターのみんなも、甘いものは久々で喜んでくれたみたい。
実は最近、塔の街は食料不足です。
原因は冬の大寒波。
あの大雪のせいで、食材の値段が上がってしまっている。
そのため、甘いものの値段は高騰していた。だからみんな甘いものは我慢しているわけです。
それなのに、こうやって蜜を安い値段で買えて、しかもそれがこんなにも美味しいなんて夢のよう!
この蜜は今の相場だとかなり安いのだけど、あの蜜売りの女の子はそれでも良いのかな。
まあ、あたしのお給金はそんなに高くないから、小金で買えるのは助かるのですけど。
蜜売りの女の子の常連客になって3日目。
その女の子が、この世の終わりだというような顔をしながら、広場をトボトボと歩いているのを見つけてしまった。
気になったので、呼び止めてみることにしました。
「そんな顔をしてどうしたの?」
「そ、それは……」
どうやら1才の妹が病気になってしまったみたい。
それで元気になるために薬が必要らしいの。
でも、お金がなくて困っているらしい。
これは聖女見習いとして、黙っているわけにはいかないですね。
あたしは蜜売りの女の子に、薬の代金を寄付することにしました。
女の子はビックリしていたけど、そんなことで驚かれていては困ります。
これでもあたし、聖女を目指しているのですから。
それに、これは相場より安い代金で蜜を買わせてもらったお礼でもあります。
ついでにあたしは、あの蜜がどこで作られているのか質問してみました。
光魔法を帯びている蜜なんて不思議で気になるからね。
「も、森で……作っているの…………」
口ごもりながら、蜜売りの女の子は森で蜜を採取していると言いました。
森はモンスターが住んでいて危ない。
それにあのドリュアデスの森は、50年前に当時の勇者が森の精霊に殺されたのだとこの街の教会の人が教えてくれました。
そのことを蜜売りの女の子に伝えると、とても驚いたみたい。
自分がどれだけ危ない場所に出入りしていたか、やっと自覚してくれたのでしょう。
でも、蜜売りの女の子が森に行かなくなったら、この蜜が食べられなくなってしまう。それは辛いかも。
あたしが今後も蜜を手に入れるためにはどうしようと悩んでいるうちに、蜜売りの女の子は消えていました。
「あぁ、森の精霊についての話にはまだ続きがあったのに……」
西の森は人外魔境の地となっていて危険だけど、東の森なら人が出入りできるから比較的安全なのです。
あの子は西の森まで行かなければいいのだけど。
まあ、今度会った時に教えてあげれば良いですね。
蜜売りの女の子の話が気になったあたしは、森を見るために女神の塔へと登ります。
この塔は、宗教上の理由で何百年も前から建て増しされ続けている。
だからか、かなりの高さになっているおかげでドリュアデスの森がよく見えるのです。
塔から見下ろした景色は、一面の大森林でした。
森の手前辺りに、小さな光の塊が見えます。
私は昔から目が良い。
それは視力だけでなく、聖なる力をも見通すことができるの。
光魔法を持つ存在を視認することができる。
だからそれまでの経験上、光魔法が使えるのは聖女だけだと思ったけど、あの森にある光の塊を見る限りどうやら違ったようです。
その塊は、人よりも小さい光の点のよう。
だけど、非常に神聖な輝きを見せていて、とても奥深い。
規格外の底知れない力を持っているような、ミステリアスな雰囲気を感じます。
この光のオーラはどこかで見たことある気がする。
これは──そう、思い出しました。
そういえば亡くなった聖女イリスさまも、こんな風に規格外のオーラを放っていましたね。
いったいあの場所になにがあるのか。
わからないけど、きっと蜜売りの女の子はあそこで蜜を採取していると予想がつきました。
「蜜、食べたいなぁ」
そんなことを呟いたとき、森の向こうから何かが見えてくる。
森の遥か先の空の上に、大きな光の塊が見えたのです。
空飛ぶその光は禍々しく、そしてどこか懐かしい雰囲気の光の波動を放っています。
森の小さな光と比べると少し大きい。
しかも、なぜか光が何層か重なって見える。
まるで一つの体に、いくつもの光のエネルギーを蓄えているよう。
いったいどういうことなのか。
光の正体が鳥だということに気がついたのは、空を飛ぶ光の塊が森の東端へと近づいていたときでした。
あたしは、近くの砦が大きな鳥の姿をした魔王軍に落とされたという話を思い出します。
そういえばその魔王軍は、四天王だという噂ではなかったかしら。
あの鳥は、なぜか体に光魔法を宿している。
さきほどより見えるようになったおかげで、鳥は怨念を内に秘めたような、邪悪な光のオーラを放っているのがわかりました。
とでも悍ましい光です。
邪悪な光を秘めた鳥が、森へと降下していきました。
偶然にも、そこは小さな光が存在する場所。
蜜売りの女の子が蜜を採取すると予想したところです。
光魔法を体に宿す二つの塊が、森で出会ってしまいました。
その二つの光はどちらか片方が消えるまで、その場に留まり続けたのです。
しばらくすると、二つの光のうち一つの光が消滅しました。
森の光と鳥の光、どちらが無くなったのかは、ここからではわかることはありませんでした。
というわけで塔の街での新米聖女見習いのお話でした。
森にいる主人公には知ることのできない、街での様子を少しだけ垣間見ることができます。
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次回、森の魔王軍とその主です。







