9 誰か私に雨乞いのやり方を教えてください
急に夏がやってきた。
暑いよ。なんなのさ、この天気は。
雲一つない空を見上げながら私は両手を伸ばす。
雨、降らないかなあ。
お水がね、欲しいのだ。
夜に光る未確認飛行物体を見たあの日から、いきなり夏が訪れてしまった。
夏を呼ぶUFO。
電波的な青春の気配を感じるけど、そんな話はこの世界でも聞いたことがない。
猛暑が続いて雨が降らなくなったせいか、地面はひび割れを起こすところも発生し始めていた。
日照りである。
森が水不足だと悲鳴をあげているのだ。
私の体もね、うめき声をあげているよ。
もうね、水っ気がなくなってしなしななの。
自慢の花びらも萎れているし、葉っぱもひび割れてきたんだよ。
植物の水の通り道である維管束が、早く水を体中に送りたいと絶叫していた。
最近、仕事がなくて暇なんだよね維管束は。
でもね、その苦情は根っこに言って。
私だってやれることはやっているんだよ。
今ある力を振り絞って、根っこを奥へ奥へと伸ばし続けているんだから。
もっと水分を吸収してこいと、根っこに指令を送る。
それでも霞のような水量しか手に入らなかった。
それほどまでに日照りは続いているのだ。
周囲の木は、こんな状況でもまだ余裕があるはずだ。
他の植物と比べると私は身体が大きい。
というのもアルラウネという魔物の植物なわけだから、他の植物よりも一日に消費するエネルギーが全く違う。
大きな球根に口があるのも、蔓を自在に動かせるのも、花に人が生えているのも、私だけ。私は植物にしては特殊で珍しい存在な分、燃費が悪いのだ。
なんとか耐えられればいいんだけど。
早く雨、降らないかな。
それから数日が経った。
ある朝目を覚ますと、違和感があったの。
これ、誰かに触られているよね。
なにかが球根にぶつかっているような圧迫感を覚えていた。
下を確認すると、地面から誰かの根っこが出ていた。
どういうこと。昨日まではここに根っこなんてなかったのに。
うん、私の根っこではないよね
ということはこれ、あれかな?
セクハラかな?
セクハラの犯人はすぐに見つかった。
なにせ堂々と私の正面に仁王立ちしているからね。そこの木、あなたのことだよ!
近くの木の根っこが私のところまで地表を露出しながら伸びていたのだ。
こないだまではこんなに根は伸びていなかったはず。
そこまで急成長してしまう動機はなんなのか。
もしかしてあなたは、えっちな木なんですか?
現行犯です。
あなたには黙秘権があります。それか慰謝料として大量のお水を恵んでくれるのなら、お巡りさんに突き出さずに今回はなかったことにしてあげてもよいでしょう。
それくらいにね、お水が欲しいの。
この木も同じだったのだろう。
地表を露出させて、木の根を張り巡らせていた。少しでも水分を集めようとした結果これである。
たった数日でここまで根を成長させることなんて普通の木にはできない。もしかしたらこれが魔木と呼ばれるものなのかもしれない。初めて見た。
でもね、セクハラはよくないよ。
だから悪い子はしまっちゃいましょう。
もちろん、私のお腹の中にね!
魔木までの距離は10メートルもない。私の蔓の射程圏内だ。
蔓でセクハラ主に天誅を下す。
半日かかったけど、なんとか根から引っこ抜くことに成功した。
蔓で枝を折っていき、下の口へと運びます。
いただきまーす。
うん、少しだけ水分があるね。
そうか、この手があったか!
私は元気を振り絞って、周囲の草木を搔き集める。
こいつらは枯れていない。ということはまだ体内に水分が残されているはず。
つまり水の取り放題というわけ。
私は名も知れぬ雑草や、近場の茂った植物、はたまた樹木まで手をかけていく。
ここは自然界。
弱肉強食の世界なの。
だから弱い植物は強い植物に駆逐されていく。
しょうがないよね。
だって生きていくには必要なことなんだから。
そうして私は雨が降らない中、なんとか水を得て耐え忍んだ。
水不足に同情してくれたのか、ハチさんは蜜回収を一時休止してくれていた。
助かるね。できれば川から水を運んでくれればもっと助かるんだけど、ハチにそんなことは頼めない。ハチさんの手じゃ水、汲めないからね。
それでも生活は厳しかった。
もしかして拷問でも受けているのかと錯覚するような悪質な環境。
水が欲しすぎてどうにかなっちゃいそう。
ハチさんに気を使ってもらったりしたけど、ついに私に限界が訪れてしまった。
頭がおかしくなったのだ。
あめー、ふれふれー!
あめよふれー!
天上におわす女神様、どうかわたくしめに恵みの雨をほどこしたまえー。
ははーとお祈りをするアルラウネ一匹。
とてもシュールである。
でもね、そんなことはもう言ってはいられない。
水がね、めちゃくちゃ欲しいの。
そのためならもう雨乞いの儀式だってなんだってやるよ。
やり方とか知らないけど。
こんなことなら前世で雨乞いのやり方を調べておけばよかった。
それでもやるかやらないかと言ったら、やるしか道はない!
気分は神に祈りを捧げる巫女である。
これだけ雨乞いをしているんだし、そろそろシャーマンとしての能力に目覚めても良いころだと思うんだよね。
慣れない巫女業に私が切磋琢磨していると、近くの地面から視線を感じた。
私が雨乞いの儀式をするのを、すぐそばで白い鳥が眺めていた。
最近よくあの鳥を見かける気がするな。
鳥さん、あなたは良いよね。
だってお空を自由に飛べるんだもん。
喉が渇いたら水場に行ったついでに水浴びでもしているんでしょう。うらやましい。
鳥さんは哀れそうな瞳で私をじっと見つめている。
なんだあいつ、もしかして私に喧嘩でも売りに来たのか!
水も飲みにいけないかわいそうな花がこのまま枯れて朽ち果てるのでも見物しにきたっていうのか。
許さない。頭にきたね。
そこの鳥さん、よく見るとけっこう健康そうな体をしているね。
そんなあなたを丸飲みにすれば、喉が潤うってもんだよ。
蔓を伸ばして捕獲。
だがまたしてもするりと飛んで逃げられた。ぐぬぬ。
あの白い鳥はどうやら危険を察知するのが上手いらしい。
だけど良いこともあった。
あの鳥はどうやら本当に水浴びをしたばかりだったらしく、羽ばたいた瞬間に水飛沫が上がったのだ。
ほんの少しだけだけど、それは確かに水だった。
私の根の辺りに降り注いだその水は、数十滴だとしても植物を潤す恵みの雨となったのだ。
ありがとう鳥さん。今日のところは水に免じて見逃してあげましょう。
こうして、私は限界から立ち直ることができた。頭もなおったよー。
それでも雨乞いの儀式は毎日続けている。
だって水がね、本当に足りないの。
私の願いが叶ったのは、雨乞いを続けて一週間が過ぎたころだった。
その日も夜だった。
あの日照りが始まった日のように、光る何かが頭上を通過したのだ。
炎上しているような赤い光を纏う未確認飛行物体は、どこかへ去って行ってしまった。
翌朝、UFOが飛んで行ったほうを確認してみる。
たしかあの方角には大きな山があったはず。山岳地帯が連なっている、魔境の山だ。
魔王の配下もあの山に住んでいるという。
なにしろ聖女だった頃の私たちのパーティーの次の目的地がその魔境の山だったからね。
まあ、今の私にとってはもう関係ないことだけど。
魔王とか興味なくなりました。
森に住む一介の花が気にするようなことじゃないよね。
夜の空を通過していた未確認飛行物体も謎だけど、それも知る手段はない。
もしかしたらこの地方の季節の変わり目に現れる精霊みたいなものだったのかな。
精霊は自然を操る手段を持っていると聞いたことがあるし、可能性はある。
とはいえあくまで推測だ。本当のところは全くわからない。
外界と私は完全に縁が切れているし、仮に外で大きな出来事が起きていたとしてもただのお花さんである私にはなにもできないからね。
だから外のことはあまり考えないことにしているのだ。いつかUFOの正体がわかる日が来るといいね。だから知ることができるその日まで気にしないことにする。
私が気にするのは、一ヵ月ぶりに空を覆うこの曇り空。
はやくはやくと念じながら両手をぎゅっと握る。
すると、地面に一粒の染みが生まれた。
それは瞬きをする間にネズミ算式に広がっていく。
雨が降り出したのだ。
──私は救われた。
ごくり。
お水、おいしい…………。
猛暑だった夏が終わった。
日常が再び帰って来たのである。
あれから日照りは起きていない。
きちんと雨は降るし、変に気温が上昇とかもしていない。
まさかここまで水に飢えることになるとは思ってもいなかった。雨は本当に自然に恵みをもたらしていたんだね。雨が降らなかったら世界は砂漠に包まれていたかもしれないよ。雨に感謝を。お水おいしい。
これでまた快適な日々が過ごせるね。
朝起きて、日向ぼっこして、昼過ぎにハチさんが餌を運んできてくれて、代わりに蜜を提供して、日向ぼっこしながらお昼寝して、夕方にまたハチさんと餌と蜜の交換をして、夜は蕾を閉じて就寝。
どんなニート生活ですかと自問自答してしまうけどね、仕方ないの。
それが植物の生き方なんだから!
もう最っ高だね!
まあ暇すぎて死にそうになるくらい娯楽はないけど!
そんな私の楽園の日々が続いた。
水不足で辛かった分のご褒美だというような最高の環境。
まさに私が夢に絵描いた、光合成をしながら静かに暮らすという植物ライフを実現させてしまったのだ!
ハチさんたちと私は最高のパートナーだ。
日照りも終わったので、感謝を込めてハチさんにはこれまで以上の蜜を与えていた。ハチさんも喜んでくれているみたいだね。
みんな仲良く平和に過ごしていける。
このまま上手くやっていければ、この森を掌握することも可能かもしれない。敵がいなければもう私に危険を及ぼす存在がいなくなるということだ。
そうなれば完全なる植物ライフを送ることができる。
それを達成することで私の望みは本当の意味で叶えられる。
そのためにも私、ハチさんに守られながら頑張って蜜を提供しちゃいます。
あ、すみませんハチさん。
今晩の夕食はウサギさんでお願いします。
見た目がかわいいから好きなの。
小さいから栄養的には足りないんだけどね。デザートみたいな感じだね。
こんなことを考えてしまうくらいだからだろうか。
身の安全と食事の供給が安定化したことで、私は調子に乗っていた。
これまで男の子にちやほやされた経験はあまりないのだけれど、ハチに貢がれて森の姫になるのは悪い気はしなかった。
女騎士のハチさんと蜜担当である私たちの平和な森サークル。
だからだろう。
私は恐れていた。
この状況が終わることを。
なんと、サークルクラッシャーが現れたのだ。
そいつはツォルンビーネに運ばれてきて突然やって来た。
なんとハチさんが新しい姫を連れてきたのだ。
でもね、驚いたよ。
ハチの新しい姫は、まさかの花のモンスターだったのだ。
お読みいただきありがとうございます。
今日も一日二回更新予定となります。
次回、サークルクラッシャー、その名もマンイーター! です。