78 アルラウネの種子、産みます
私、植物モンスター幼女のアルラウネ。
花として初めての繁殖活動を実践しているの。
蔓にアルラウネの雄花と雌花を咲かせます。
細長い蔓を生成し、雄しべの花粉を雌しべに付着させました。
これで受粉が完了です。
光回復魔法を使用して、成長速度を加速させていく。
映像を早送りするように、あっという間に雌花は実になり、種となったのです。
私と同じアルラウネの種子。
すぐ目の前に地面に植えて、成長を待ちましょう。
受粉時に光魔法をたくさんかけておいたので、すぐに発芽するはずだよ。
予想通り、地面の種が発芽して小さなアルラウネが生えてきました。
雌しべは人間の身体で髪の毛は緑色、花冠も赤で、食虫植物の球根もきちんとある。
うん、間違いなく私だよ。
というかこの子、かわいいのですけど!
聖女だった頃の私の子ども時代を彷彿とさせる容姿だね。
それに私から産みだされたという事実が、余計にかわいく思えるの。
意思疎通ができるか確認したいし、ちょっと話しかけてみましょうか。
「こんに、ちは」
「……ママ?」
その時、私に雷が落ちました。
──ママ。
もしかしてこの年で母親になってしまったの、私?
だって私はまだアルラウネ的には1才だよ。
まあ植物としては1才で受粉は普通にあるだろうけどさ。
聖女的にも女子高生的にも、まだ子どもを作る年ではなかったの。
たしかに私はこの子を産みだしたけど、子供というよりは分身という印象です。
だっておそらくだけど、今の私とこの目の前にいる幼女アルラウネは瓜二つの顔をしていると思うんだよね。
分身だからできれば他の言い方にして欲しいな。
「ママ、以外の、呼び方で、お願い」
「パパ?」
「やめてぇ…………」
たしかにあなたの両親の成分は私からです。
だから遺伝子的にはどちらでも当てはまるのだけど、それだけはやめてください。
元聖女的にパパ呼びは耐えられそうにありません。
「お姉さま?」
うん、そっちのほうが断然凄く良いよ!
でも、なんだろう。
自分のクローンの妹からお姉さまと呼ばれる展開、オタクだった女子高生時代にそういった作品を読んだことがあるの。
元聖女的には有りなんだけど、前世のオタク的にはちょっとその作品のこと思い出しちゃうから他が良いかな。
「お嬢さま……?」
あ、なんだか懐かしい呼び方だよ。
公爵令嬢としての実家に働く使用人たちからそう呼ばれていたことがあったね。
「お母さま……?」
それ、ママと同じ意味……。
どうしましょう。
良い呼び方が思いつかないよ。
とりあえず保留にして、好きに呼んでもらいましょうか。
「好きに、呼んで、ちょうだい」
「わかった、ママ」
結局ママになりました。
私、まだ幼女なんだけど…………。
幼女でママになるとはこれ如何に。
気を取り直して、会話ができるわけですし母子面談と行いましょうか。
「あなたは、私、なの?」
「いいえ、全てが、一緒、というわけ、ではありません」
「というと?」
「能力は、受け継いでも、ママと同じことは、できないかも」
ということは、私を少し弱くしたみたいな感じかな。
100%同じには作れなかったみたいだけど、まあ良しとしましょう。
蔓の花から生み出したことを考えれば十分な成果だよね。
「前世は、覚えている?」
「聖女としても、女子高生時代も、覚えてる。記憶はママと、共有、しています」
頭の中が同じということは、やっぱり子どもというよりは私のクローンだね。
なんだか不思議だ。
こうやって自分自身と会話することになるとは夢にも思わなかったよ。
それにアルラウネの姿を第三者目線で見たのは初めてだから、それも変な感じがする。
それから子アルラウネと一通り実験をしてしました。
私が生成できる植物と同じものが作れるみたい。
口から蜜も出てきました。
これ、もしかして私が二人になれば、蜜搾りも楽になるのではなくて?
二馬力になれば蜜の生産力は跳ね上がるよ!
とはいえ、あの苦行をこの子アルラウネにもさせるというのは少し可哀そうだね。
辛い仕事は私一人で十分です。
それに万が一、魔女っこが私ではなくこの子アルラウネばかりを可愛がるようになったりでもしたら…………。
分身の子どもに私の居場所を取られて、魔女っこにいらない子扱いでもされたら私はもう立ち直れない。
捨てられるのは二度といやなの。
やっぱり蜜搾りは私一人で頑張りましょう。
「じゃあ、ママ、そろそろ種に、戻ります」
「えっ!?」
「元々、そのつもりで、私を、作ったよね?」
これはビックリ。
さすが私の分身、私が何を考えて分身を作ったか全てを理解しているみたい。
このまま私の分身を咲かせておくと、間違いなく魔女っこは混乱する。
だからタヒナの能力を使って、種に戻ってもらおうと思っていたの。
「私はママから、生まれたけど、ママの一部、でもある」
「私の一部?」
「ママは特別。私は、ママには、なれない」
子アルラウネは蔓に一輪の赤い花を咲かせます。
その花の雄しべを、ペロリと舌で絡めとりました。
自家受粉をしたのだ。
「今回は、あくまで、実験。だから、ママのもとに、帰る」
子アルラウネの小さなお腹が、次第に膨らんでいきます。
──て、ちょっとぉおおおおおお!
いま私、幼女の私が受粉するところ見ちゃっているんですけど!!
えぇえええ?
自分が受粉する姿を観察することになるなんて、どう考えてもおかしい状況だよ!
あぁ、あんなにお腹が大きくなっちゃって……。
この前、私が受粉したときもこんな感じだったわけね。
あの時は大人の姿だったけど。
もしまた受粉することがあれば、私もこんな風に大きくなるんだね。
あ、もう実になっちゃったよ。
子アルラウネは、空を見上げながら実となり、種になりました。
タヒナの枯れる能力を使ったことによって、本体の花と球根は急激に枯れていく。
記憶を共有する分身だから、生への執着とかはないみたい。
あの子アルラウネは、私の一部であり、分身であった。
望みとおり、私の中に戻してあげましょうか。
地面に落ちたアルラウネの種を、下の口で捕食します。
その瞬間、私の頭の中に映像が流れ込んできました。
もしかしてこれは、子アルラウネの記憶!?
どうやら種を捕食したことによって、子アルラウネが見ていた光景を共有しているみたい。
まさかこんなことができるなんて驚きだよ。
地面から幼女姿のアルラウネが生えている。
でも待って。普通、自分自身を客観的に見ることはできないよ。
ということはだよ、この映像で見えているアルラウネは私というわけだ。
初めて私の顔を見られたよ。今まで鏡がなかったからね。
予想通り、子アルラウネと同じ顔をしている。
つまりは聖女である私の幼女期の容姿ということだ。
でも、なんだかちょっと変。
だって、さきほど相対していた子アルラウネの目は赤色だったの。
でも、この映像で見えている私の目は金色。
どうやら分身と本体の身体的な差異が存在していたみたいだね。
それにしてもビックリ。
聖女のときの私の目の色は金色だったのだけど、アルラウネになっても同じだったみたい。以前よりも濃くなっているけどね。
髪の毛は植物の葉緑素に影響されたのか淡い金色から薄緑色になったのに、目は変わらなかったんだ。聖女の私が残っていたみたいで、ちょっと嬉しい。
子アルラウネの記憶は、動画のようなものでした。
会話内容を知ることができるみたい。
記憶は受粉シーンへと入っていきます。
上を向いていたせいか、森の木々が視界に入る。
すると、頭上の木の枝に大きな鳥の影が存在していることに気がつく。
それも一羽ではない。
十、二十……三十羽以上はいるよ。
緑色の鳥モンスター群れが、獲物を見定めるようにじっと私たちを見下ろしていたのだ。
そのまま子アルラウネは種になり、記憶はそこで途切れる。
──うそでしょう!?
だってこの記憶は、数十秒前の出来事ということになるよね?
私の分身の記憶が正しければ、頭上にいたのは大きなメジロのような鳥モンスターだった。人間の大人くらいの大きさがあったね。
しかもメジロは花の蜜を吸う鳥なの。
もちろん花粉を運ぶポリネーターでもあるから、吸われた花はもれなく強制的に受粉しちゃう。
できれば今すぐにその辺の茂みの中に隠れたいです。
でも、逃げられないの。だって私は植物だから。
祈るように、私は視線を上に向けます。
どうか、子アルラウネの見間違いであってください。
森の木々を見上げた私は、絶望することになるの。
もしかしたら私、鳥の群れに蜜の回し飲みをされちゃうかもしれません。
お読みいただきありがとうございます。
次回、私の妹分がアマゾネスだった件です。







