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76 私の蜜、売られてしまうの

 私、植物モンスター幼女のアルラウネ。

 飼い主である魔女に、私の蜜が売られてしまうことになったの。



 これも魔女っこが生活に必要な道具を街で買いそろえるため。

 そのために、無一文の私たちにはお金が必要なわけ。



 魔女っこが街への出発の準備を終えました。


「アルラウネの蜜、きちんと売ってくるね」

「無事に、帰って、来てね」

「魔女だとはバレないように用心するから大丈夫。万が一の時は鳥に変身して飛んで逃げるから、安心して」



 魔女っこは、蜜がいっぱいに詰まったバケツを持っています。

 私の新居であり半身といっても過言でなかった鉢植えは、今や蜜の入れ物になっているの。


 蜜を売りに行くといっても、私たちにはその入れ物がありませんでした。

 なので私のバケツを洗って、蜜入れとして使うことにしたのです。



 そう!

 ついに、私のバケツの鉢植え生活に終止符が打たれたのです。


 もうバケツアルラウネは卒業。

 今日から私は、森のアルラウネになったのだ!



 地面に根を張ったから、水分補給も鉢植え生活と比べると格段に良くなった。

 しかもバケツに邪魔されることなく、根っこが自由に成長できる。

 これなら幼女から大人アルラウネへと成長するのも時間の問題だね。



「わたしがいなくても、一人でお留守番できる?」


 魔女っこが私の頭をよしよしと撫でてきます。


 そんな子ども扱いしないでちょうだい。

 見た目は幼女だけど、こう見えても中身はお姉さんなのです。

 だから私に関しては心配ご無用だよ!



 それよりも、私は魔女っこのほうが不安なの。

 街の人に、魔女だとバレなければ良いのだけれど。

 姿を現さない魔女っこの帰りを、忠犬のようにずっと待ち続けるのはいやなんだからね。



「じゃあ行ってくるね」

「お気を、つけて」


 魔女っこの小さい後ろ姿が目に入ります。

 一人で街に出かけさせるのは心配。


 でも、それだけじゃない。

 私の蜜が売り物にされてしまうという事実に対しても、私の心は平穏のままではいられなかったの。


 私は喉がカラカラになるまで頑張って蜜を搾り出し、バケツいっぱいに蜜を貯めることができた。

 おかげで疲労困憊(ひろうこんぱい)なのですが、それ以上に私の分泌液が売られるということがまだ現実のことだとは実感できていない。



 自分の唾液が物として売られ、知らない人の手に渡ることを喜ぶ人はそうはいないはずだよね。少なくとも私は戸惑うよ。


 けれども、これも全ては魔女っこの生活のため。

 可愛い魔女っこのためなら、お姉さんとして身を売る覚悟です。



 でも、まさか自分の分泌液が売られることになるなんて、想像もできなかったよ。

 元聖女的には、とても心が騒がしいです。

 なにもやましいことはないのに、なんだか悪いことをしている気がして変な気分。



 知らない街の人間に、私の蜜が買われるところを想像します。

 見ず知らずの相手に購入される私の体液。

 

 

 思えば、これまで色々なことがありました。

 普通の聖女だったら一生経験することはなかったようなことを、何度も乗り越えてきたね。


 ハチさんに受粉されそうになったり、クマパパに顔をペロペロされたりもした。

 何度も燃やされそうになったし、炎龍様に朝食のデザート兼の観葉植物にしてくださいと命乞いもした。

 お腹を大きくさせて自家受粉だって経験してしまったね。

 ついでに幼女に戻ってバケツに入って生活もした。


 そして今度は、バケツいっぱいの私の蜜が街へと売られていくの。


 私は人間の聖女のままだったら、どれも耐えられないような出来事だよ。

 これ以上変な経験をすることなんて、この先はきっとないよね…………。



 私は目から蜜を流しながら、私の蜜が売られていくところを見送りました。




 その瞬間、目から零れ落ちた蜜を妖精さんが「やったー!」と言いながらキャッチしていきます。



 涙一つでさえ、ペロリストに狙われてしまう。

 私に安住(あんじゅう)の時はやってくるのかな。

 なんだかとても不安になってしまったよ。


 しかも、蜜を欲しがるのはなにも妖精さんだけではありません。

 私の蜜の匂いに誘われて、森の虫モンスターまで現れてしまいました。



 とはいえ現れたのは小物の群れです。

 いつものようにモンスターたちを毒茨で捕まえて、パクリといただきます。


 でも、私の飢えは満たされないの。

 なにせバケツいっぱいになるまで蜜を注いだからね。

 今日の私は、栄養と水分不足です。


 備蓄していたトカゲをおかわりしながら、周囲を見渡します。

 さて、また一人に戻りました。



 いつの間にか、妖精さんはどこかへ飛んで行ってしまったの。

 この辺のパトロールをするんだろうね。

 ドライアド様から私に乗り換えたとはいえ、一応妖精として最低限の仕事は続けるみたい。


 妹分であるトレントも、散策に出て帰らないまま。



 あーあー。

 魔女っこ、早く帰ってこないかなー。

 一人はやっぱり寂しいの。

 だから魔女っこが街から戻ってきたら、たくさん褒めてあげよう。



 たとえ蜜が売れなかったとしても、頑張ったことには変わりはない。

 新妻になった気分で、出迎えてあげましょう。


 晩御飯に私の蜜を用意しておこうかな。

 きっと、魔女っこは喜んでくれるよね。




 夕方になると、魔女っこが帰ってきました。


「おかえり、なさい」

「ただいまアルラウネ。一人で寂しくなかった?」

「平気」


 私はお姉さんですから。

 寂しいなんてそんなこと思わないの。



 それよりも私は魔女っこのほうが気になるよ。

 多分だけど、蜜は売れなかったんだと思うんだよね。

 いくらなんでも、その辺の子どもからバケツの蜜を買う人は、そうはいないだろうからね。


「どう、だった……?」

 恐る恐る、初日の成果を尋ねてみます。



「蜜、売れたよ」

 魔女っこは空になった蜜を見せてくれました。



 うしょでしょう!?

 私の蜜、買われちゃったの? 


 しかもあんなにたくさんあった蜜が全部なくなっている。

 いったいなにがあったというの……?



「最初はまったく見向きもされなかったんだけど、帰り際に女の人に声をかけられたの。その人が全部買って行ってくれたから完売」


 そんなことが起こりうるんだね。私、ビックリです!



「なんか蜜を見た瞬間に目の色を変えて買ってくれた。しかも余分にたくさんお金渡してくれたの」



 私の蜜が知らない人の手に渡ってしまったのは不安でしかないけど、魔女っこが喜んでくれているのなら今はそれで良いよね。



 それにしても、どこの誰ともしれない子どもが持った怪しい蜜を買ってくれる奇特な人が存在していたなんて、良い人すぎるでしょうそのお方。

 きっと聖女のように優しい人に違いないね。



 どうやらそのお客さんが自分の入れ物を用意してくれたらしく、中身の蜜を全て渡してきたらしい。

 代わりにきちんとお金ももらってきている。

 たいした額じゃないけど、それでも無一文だった私たちからすれば大金だよ。


 まだお鍋を買うにはほど遠いけど、この調子なら生活用品を揃える日も遠くはないかもしれないね。



「それでね、わたしからアルラウネにプレゼントがあるの」

「プレ、ゼント!?」

「アルラウネが喜びそうなものを買って来たの」



 え、なんだろう。

 わざわざ魔女っこが私のために買って来たもの。

 しかも初めての売り上げを私に使ってくれたということだよ。

 もうそれだけでかなり嬉しいのですが!



「はいこれ、アルラウネの肥料。喜んでくれるよね?」

「あり、が、とう……」



 魔女っこが初めて稼いでくれたお金でくれた、私への贈り物。

 それは、植物用の肥料でした。


 唖然としたままの私は、言葉を返すことで精一杯だったよ。



 そう、私はただの植物。

 肥料で大きくなるの。

 

 たしかに嬉しいといえば嬉しいのだけど、なんだか嬉しくないともいえる。

 せっかくのプレゼントだというのに、この(むな)しい気持ちはいったいどういうことなのでしょう。


 魔女っこが私の周りに、さらさらと肥料を撒いてくれます。


「これで大きく育ってね」

「うん……」



 私はその日、肥料を撒かれる植物の気持ちを知ることになりました。



 肥料、意外と良いかも!


お読みいただきありがとうございます。

本作を読んで「面白かった」「頑張っているな」と思われましたら、ブックマークや★★★★★で応援してくださるととても嬉しいです。その応援が執筆の励みになります。


次回、出稼ぎ冒険者の仕送り便です。

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― 新着の感想 ―
中毒者が一人しか増えなくて良かったですね(よくない) 売ったお金を自分のためではなく、生産元に投資する魔女っこえらいですね。 商人の素質がありますね(非情な大人目線)
[一言] 肥料よかったのか
[気になる点] 蜜安すぎじゃないですか? [一言] 普通はちみつは安くてg2円高ければg10円を超える。バケツは普通容量は5-11L子供サイズでも1-3L。3Lで計算しても6千円を超える。肥料を…
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