75 私、脱皮します
私、植物モンスター幼女のアルラウネ。
ちょうど今、私の蔓が何本も燃えているところなの。
このまま炎に焼かれて灰になるか。
それとも自家受粉して種となってバンクシアの能力で緊急脱出するか。
悩んだ結果、私は第三の道を見つけました。
妖精さんが投げた小石。
それは、小石に擬態した植物だったの。
前世の女子高生時代に植物図鑑で見たことがあるよ。
このどう見ても丸っこい石に見えるものは、リトープスという多肉植物でした。
石のようにしか見えないから、イシコログサなんて呼ばれてもいる。
たしか南アフリカやオーストラリアなどの南半球に分布されていたはずだよ。
リトープスは動物から食べられないように、小石に擬態して身を隠しているの。
でも面白いのはそれだけではなくて、なんとこのリトープスは植物なのに脱皮をするのだ。
セミの幼虫が殻を破って羽化するように、二枚の葉の間から新しい葉が生えてくる。
抱き着いてきているままの魔女っこの頬に、蔓を伸ばします。
目を涙で腫らしている魔女っこは、心配そうな顔で私を見返してきました。
「私は、死な、ないから、安心、してね」
「アルラウネ、本当に?」
「大丈夫。私たちは、ずっと、一緒だよ」
魔女っこを安心させるため、頭を蔓で撫でてあげます。
まったく、泣き虫な妹を持つと姉としては大変だよね。
これじゃ魔女っこを一人で残すのが不安で、おちおちと燃えてもいられないよ。
私はリトープスを下の口で捕食します。
これで私は脱皮をすることができるはず。
ただ、リトープスの脱皮だけでは、火から逃れられないかもしれない。
でもね、私には最近手に入れたばかりのもう一つの植物の力があるの。
そう、ユーカリの能力だよ!
リトープスの脱皮で思い出したのだけど、ユーカリの木も似たようなことができるのだ。
自身の葉が燃えやすいため火事に見舞われることが多いユーカリには、火に対する対応マニュアルのようなものがある。
ユーカリの樹皮は、内側は燃えにくいけど外側はとても燃えやすい。
だから木に火がつくと、樹皮が剥がれ落ちて内側まで火が燃え移らないようにできているの。
リトープスの脱皮と、ユーカリの木の樹皮の特性を合わせれば、上手く炎から逃れられるかもしれないよ。
幸い、燃えているのは全て蔓だけ。
炎で燃えている先端部分の蔓は切り離して、球根から近いところだけを残すよう脱皮を調整すれば、命が助かるかも。
そうと決まれば実行です。
私は背伸びをするような感覚で、頭を上に突き出しました。
本来であれば、雌しべである私は脱皮をしない。
けれども、私は植物でありモンスター。
きっと人間の身体から蔓を含めて全身の脱皮をすることができるはず。
リトープスの脱皮とユーカリの樹皮が剥がれるのをイメージして、能力を発動させます。
頭部が薄皮のようなものを突き抜ける。
頭の皮は左右に二つに割れて、剥がれていきました。
頬、胸、お腹、腰、花冠、葉、球根と、順々に皮が分離していく。
そして蔓の内側からピカピカの蔓が現れた。
炎で燃えている先端部分を捨てて、脱皮によって手前の短い部分だけを残すことに成功したのだ。
燃えていた蔓は脱皮とともに私からはがされ、ゴウゴウとしながら地面の上で燃えている。
これで私は炎から身を守ることができた。
やったよ、私!
何度も命を脅かされていた炎に対して、ついに対抗する手段を得ることができたのだ!
これで以前のように火に怖がることもなくなる。
しかも脱皮して新しい皮になったせいか、お肌の調子が良いね。
「アルラウネーっ!」
魔女っこが私に飛びついてきます。
こんなにはしゃいじゃって、まだまだ子供だね。
魔女っこは私の頬に、生きていてくれてよかったと言いながら顔をこすりつけてくる。
しばらくの間、私は魔女っこを蔓で抱擁し続けました。
生き延びた喜びを発散し終わったあと、燃える蔓の皮へと視線を移します。
身の危機は全て解決した。
次はこの火を大きくすれば良いよね。
近くで集めた枯れ葉や枯れ枝を、火種の側へと集めていきます。
次第に火は大きくなって、たき火と言っても問題ないくらくらいの火力へと成長してくれました。
これで火起こしは完了だね。
「アルラウネ、ありがとう!」
さきほどの慌てる姿が嘘だったかと思えるように、魔女っこが落ち着いた様子で話しかけてきました。
「わたしのために植物のアルラウネが火をつけてくれるなんて、嬉しいよ」
魔女っこが私の頭をよしよしと撫でてくれる。
あぁ、なんだか至福の時に思えるね。
一仕事終えたあとのなでなでは心に染みます。
気持ちよくて、つい口から蜜が漏れちゃいそう。
「アルラウネが頑張って火を起こしてくれたんだから、お姉ちゃんであるわたしも頑張らないとね」
──あれ?
私、まだ魔女っこからお姉さんだと思われていないの??
さっきまで泣いている魔女っこを私があやしていたはずなのにどうして!
そんな私の視線を受けた魔女っこは、さらに頭を優しく擦ってくれます。
小さいのに頑張って働いた妹に対する、お姉ちゃんのような温かい視線を感じるよ。
魔女っこに撫でられると安心して幼女のように甘えたくなる私と、精神的にお姉さんであるからもっと大人らしく行動しなければと喝をいれてくる私が、心の中で対立します。
でも、勝敗はすぐに決しました。
一年間森でボッチ生活をしていた私は、人肌に弱い。
魔女っこに蔓で抱き着いて、幼女ムーブをしてしまいました。
今日のお姉さん活動はお休みです。
か、勘違いしないでよね!
本当はお姉さんなんだけど、今回だけ魔女っこに付き合ってあげて妹のふりをしているだけなんだから!
そこのところ、誤解しないでくださいませ。
お姉さん力を高めた魔女っこは、いつの間にか力強そうな顔つきへと変わっていました。
私を見つめる魔女っこが、なにかを決心するように大きく深呼吸をする。
「決めたよ。あたし、街に買い物に行ってくる」
え、街に買い物に?
魔女っこさんよ、いきなりどうしたの??
「火を起こせるようになったんだから、鍋があれば調理もできる。料理ができれば、きっと食事ももっと楽しくなるよ」
魔女っこは干し肉をたき火であぶり出します。
そしてほんのりと焼けた干し肉にガブリとかぶりつく。
火起こしはできるようになったから、もっと火を活用したいのかもしれないね。
それでも私、公爵令嬢だったから一度も料理はしたことないの。
前世の女子高生時代なら少し経験はあるのだけれど。
まあ食虫植物である私は獲物を丸呑みするだけだから、料理した品を食べることはないんだけどね。
「調理器具以外にも、生活用にいくつか欲しい物もあるの」
「でも、街には、人間が、住んで、るんだよ?」
「人間は嫌い。でも、人であるわたしが森で生活するためには、その人間の道具が必要なの」
たしかに、今の私たちが持っている荷物はバケツしかない。
そろそろ道具を手に入れる頃合いかもしれないね。
よーし、私は魔女っこが望むならなんだって協力するよ。
でもね、魔女っこ。
街に行っても、私たちにはお金がないの。
いったいどうやってお鍋を買うつもりなの?
「買い物するためには金がいる。そのためには働かないと」
10才の魔女っこが知らない街で働けるものなのかな。
私、貴族だったからそういうことは詳しくないのだけど、どうなのでしょう。
「大丈夫、わたしに名案があるの」
いきなり、魔女っこが私の口の中に指を突っ込んできました。
な、なにごと!?
突然すぎて反応できなかったよ!
「アルラウネの蜜は凄く美味しい。本当はわたしが独占したいけど、自分の物を他の人に分け与えるのも悪い気分ではないよね」
美味しいと褒められるのは嬉しいです。
ても、蜜についてはあまり良い出来事がないの。
だって蜜狂いのペロリストを何人も生み出してしまっているからね。
「アルラウネはわたしの物。つまり、アルラウネの蜜もわたしの物だよね?」
たしかに最初にそんな話をした記憶はあるよ。
てことは、まさか…………!
「アルラウネの蜜を売ろうと思うの」
私はその言葉に衝撃を受けて、唖然としたまま口から蜜を垂らしてしまいました。
どうやら私の蜜、売られるそうです。
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次回、私の蜜、売られてしまうのです。